第8話 皆に話す
「ここがエステルさんが今、滞在している実験室ですね」
扉の方を手で示しながら、そう告げてくるアリーセ。
扉を見ると、『古代遺物解析室』というプレートが貼られていた。
わかりやすいというか……実にそのまんまな名称だな。
アリーセがノックをすると、
「あやつなら大工房での打ち合わせに行っておるぞい。妾に用があるのなら、空いておるから勝手に入って来て構わぬわい」
という、エステルの声が聞こえてきた。
あやつ、というのは弟弟子の事だろうか? どうやら大工房の打ち合わせに行っているみたいだな。
となると……どこかですれ違っていた可能性もあるのか? まあもっとも、顔を知らないので、すれ違っても気づかないだろうけど。
「入りますねー」
という声と共に扉を開け、部屋の中へと足を踏み入れるアリーセ。
俺もまたそれに続いて足を踏み入れると、そこは、なんだか良く分からない機材がそこかしこに置かれている狭い部屋だった。
……いや、あまりにも置かれている機材が多すぎてそのせいで狭くなっている、と言った方が正しい気がするな、これは。
それにしても、なんだか大型コンピュータ――いわゆるスパコンと呼ばれる代物――に、似ている物まであるが……あれは一体なんなんだ?
「む、ソウヤではないか。ミラージュキューブの解析状況が知りたいのかの? ……って、んん? シャルにエミリーまでおるが……どういう事なのじゃ?」
エステルが俺たちに気づいてそう言ってくる。
それにしても……エステルはアルミナの時と違って、花びらっぽい模様の入っているタンクトップに、ポケットが多いキュロットという格好になっているが、こういう部屋でこの格好だと、いかにも技師って感じだな。
っと、それはいいとして――
「そのへんに関しては、今からまとめて話すつもりだ」
「なるほど、了解じゃ。……とはいえ、ここはちと狭すぎるのぅ」
ふむ……。言われてみると、たしかにこの部屋じゃ全員が入るのは無理そうだな。
「部屋の外のフリースペースで話を聞くとしようかの。今日はもうこの棟には誰もおらんから空いておるし、誰かに話を聞かれる事もないじゃろう」
エステルはそう言葉を続けた後、椅子に掛けてあったデニムジャケットに袖を通し、部屋の外へと出ていく。
俺たちもまた、その後を追ってフリースペースへ移動。
皆が椅子に座ったのを確認した所で、俺はこれまでの話をし始める。
……
…………
………………
「――とまあそんなわけだが、なにか質問あるか?」
フリースペースにて、アルミナでの諸々の説明を終えた俺がそう問いかけると、
「ん。つまり……うん、その化け物が魔獣が出現する元凶だった?」
ロゼが手を挙げて、そんな質問をしてきた。
「まあそういう事だな。封印が解けかけていたのが問題だったようだ。里の仲間と一緒にどうにかして再封印したら、魔獣が出現しなくなったからな」
実際には、直接再封印を行ったのはディアーナだが、ややこしくなるのでそう言っておいた。
「ぐぬぬ、あの遺跡の最深部がそんな風になっておったとは……。実に見てみたかったわいっ」
と、エステルがなにやら歯噛みしながらそんな事を言ってくる。そう言われてもなぁ……
「あそこでは魔法が使えないので、私たちがついていっても、足手まといにしかならないと思いますが……」
「むぅ、たしかにそうじゃが……。うーむ……次に同じ機会が訪れた時の為に、魔法が使えない場所での戦闘手段――武器を用意しておく必要がありそうじゃのぅ……」
アリーセの言葉に同意しつつ、なにやら武器を考え始めるエステル。次にあの手の場所があったら、確実に突入する気満々だな……
「魔法といえば……じゃが。例の連射魔法杖じゃが、無茶苦茶な方法で魔力供給の問題を解決しておるのぅ……。よもや、別の空間に魔力供給装置を配置し、その腕輪の力と異能を組み合わせて出し入れする……などというのは、さすがに想定外すぎじゃわい」
ため息混じりの呆れた口調で言い、肩をすくめるエステル。
「そういえば……別の空間というと、学院の七不思議を思い出しますね」
と、アリーセ。学校の七不思議って定番だけど、どうやらこの学院にもあるみたいだな。
「七不思議? なんだか面白そうね。例えば?」
と、何故だかわからないが、シャルロッテが食いついた。
もしかして好きなんだろうか、そういったオカルト話が。
「そうですね……最近、話題になっているのは幻の地下階段とかでしょうか。――この学院って、地下フロアは存在していないんですけど、夜になると地下への階段が出現するらしいんですよ。で、そこを下っていくと、異界に引きずり込まれてしまうんだそうです」
「うん。実際、その七不思議に首を突っ込んだ生徒は、行方不明になった。うん」
アリーセの解説に、そんな事を付け加えるロゼ。
「ああ、なるほど……。ディランさんの言っていた生徒の失踪ってそれの事か……」
「ディランって誰よ?」
俺の呟きを拾ったシャルロッテが問いかけてくる。
「あ、そうか。シャルロッテはあの時、パン屋に行ってていなかったのか。大工房の停留所でトラムを待っている時に、知り合いの護民士と出会ったんだけど、その人と一緒にいた人だ」
「ふぅん、そうだったの。……奴らの件については話していないわよね?」
俺の説明に対し、シャルロッテがそんな事を言ってくる。
……それ、まだアリーセたちにも話してないんだけど、そんな事を言ったら――
「奴らの件って……なんです?」
首を傾げて問いかけてくるアリーセ。そしてそのアリーセに続いて、
「うん、そこのところ、詳しく」
と、そう言ってロゼが身を乗り出す。……うんまあ、こうなるよな。
「あ……!」
しまったという表情をするシャルロッテ。
それからしばらく考え込んだあと、ため息をつきながら、
「……まあ、貴方たちになら話しても大丈夫だと思うから話すけど――」
と、前置きして旧市街区や襲ってきた奴らについての話を始めた。
……
…………
………………
「うん、なるほど……それは厄介。あと、うん、これから気をつけた方がいい」
「気をつけた方がいい……というのは、どういう事ですか?」
ロゼの言葉に対し、疑問を投げかけるエミリエル。
「うん、おそらく襲撃はしてこない。けど、うん、その代わりに接触した人間の調査をすると思う。組織を暴くために。私も昔、そういう調査をした事がある、うん」
と、そんな事を言うロゼ。そういう調査を昔したって言うのが気になるが……まあ、アリーセの護衛役だし、色々あるんだろう。
「ふむ……。となると、シャルが接触した人間……つまり、妾たちも『敵』の調査対象になる可能性が高そうじゃな」
「あー、もしかして……組織立って動いているように見せかけたのは、マズかった……のか?」
エステルの言葉を聞き、もしかして策を誤ったかもしれないと思い、俺はそれを口にする。が、それに対し、ロゼが首を左右に振って否定してくる。
「ううん、正解。こっちは単に裏にある組織と無関係だと思わせるだけでいい、うん。しかも、実際にはそんな組織なんてどこに存在しない。だから、うん、無関係だと思わせるのは別に難しくない。いつもどおりでいい、うん」
「なるほど……普通に生活していれば、勝手に無関係という事になるわけですね。となると……逆に怪しまれるような言動――不審な行動を取るのは避けた方が良い、という事ですね」
「まあ、そういう事じゃな。……とりあえずおぬしは、とっととアルミナに戻るんじゃな。アルミナに住む者を関係者だとは思わぬじゃろうからの」
エステルがエミリエルの言葉に対し、そんな風に返す。
「なら、俺もしばらく討獣士ギルドの仕事でもしているか」
と、俺が呟くように言うと、アリーセが、
「それでしたら、ついで……というのも変ですが、市内を色々と案内しましょうか? あ、シャルロッテさんも一緒に」
そんな風に言ってきた。
「うん。単なる仲の良い友人や仕事仲間たち、という風に見せるのは、ありだと思う、うん」
「そうね……。そうするのが手っ取り早そうね。――それに、この街は久々すぎて良くわからない所が多いし、案内してくれると助かるわ」
「じゃあ、そういう事で、すまないが案内を――」
ロゼのシャルロッテの結論から、俺はアリーセに案内を頼もうとしてそこでふと気づく。
「……って、待った。アリーセ、ロゼ、学院の方はいいのか? 休みまでまだあるし、授業とかそういうのが普通にあるだろ?」
そう、思いっきり休む事になるんじゃなかろうか、と思ったのだ。
まあ、今日が水曜日だというのは、さっき受付にあった日付案内で知ったんだが。
っていうか……曜日の概念に関しては、地球と同じだって事は例の本――『この世界について色々書かれている本』に、ちらっと書いてあったんだけど、さっきまで完全に忘れていたわ……
「大丈夫ですよ。単位は十分足りているので、毎日来る必要はありませんし」
「うん、同じく」
ロゼがアリーセの言葉に頷き、そう言い終えた所で、アリーセがなにかに気づいたかのような表情を見せる。そして、
「あ、単位っていうのは……うーん、大雑把に言うと、授業に出ないといけない回数みたいなものです」
と、そんな補足をしてきた。
……もしかして、俺が単位という概念を知らないと思ったんだろうか。
まあ、俺は隠れ里から来たって事にしてるし、そう思ってもおかしくはないか。
っていうか、なんかちょっと説明が大雑把すぎる気もするぞ……まあいいけど。
「なるほど……。それじゃ心配はないな。なら、改めて頼む」
「はい! おまかせください!」
「ん、任された。バッチリやる、うん」
俺の言葉に対し、ふたりはそう言って敬礼した。
……って、なんでそこで敬礼……?




