第7話 魔煌技術学院エクスクリス
お待たせしました……本日から再開です。
「トラムは丁度行ってしまったみたいですね。次は9分後です」
停留所の時刻表を見ながら、そう告げてくるエミリエル。
「まあ、急ぐ程の事でもないし、待ってればいいさ」
そう俺が言葉を返すと、それに続くようにして、
「なら、ちょっとそこのパン屋に行ってくるわ。まだお昼ごはん食べてないのよ、私」
そう言い残し、パン屋へと入っていくシャルロッテ。
そのままシャルロッテの入っていったパン屋を眺めていると、後ろから声が聞こえてきた。
「ん? ソウヤにエミリーじゃないか、どうしてこんなところに?」
誰かと思い振り向くと、そこにはアルベルトの姿があった。また、その隣には同年代と思われるスーツ姿の男性の姿もあった。
黒い翼を持っているので、セレリア族だろう。ただ、同じセレリア族のカリンカさんとは違って髪の色は翼と同じではなく、青だったが。
ふむ……髪の色と翼の色が同じくなるとは限らないみたいだな。
「アルベルトさん? どうしてこちらへ?」
エミリエルが首を傾げながら問いかける。
「ああ……よくわからんが、『ヴェヌ=ニクス』の件と関係があるとかで、こいつに大工房での打ち合わせに参加してくれって言われてな。それでやってきたんだ」
そう言って隣の男性を指さすアルベルト。
「おいこら、人に向かって指をさすな……」
と、そう言ってため息混じりに肩をすくめると、俺たちの方を見て、
「っと……申し訳ない、私はディラネスローヴァ・ベスティアード。アルベルトと同じく護民士をしています。あ、名前ですけど、長いのでディランと呼んでください」
と、自己紹介してきた。
「ああ、同じとか言ってるが階級的にはこいつのが上だ」
「……それは、お前が意図的に評価されないようにしつつ、代わりに俺が評価されるように細工しているせいだろうが……。本当ならば、お前は俺よりも更に上の階級になれているだろうに……」
「俺は今の立ち位置……アルミナが気に入ってる。だから変にお偉いさん方に評価されて、ルクストリアに戻って来いとか言われたら困るんでな」
「……まったく、困った奴だ」
アルベルトの言葉に対し、腰に手を当て、やれやれといった表情で首を左右に振るディラン。ついでにさっきよりも深いため息が漏れた。なんだか良くわからないが、アルベルトのせいで苦労しているようだ。
そんなこんなでディランに少しだけ同情しつつ、こちらも自己紹介をし、これからエクスクリスへ向かう事を話す。
しばし他愛もない話をした後、打ち合わせの時間が迫っているといい、去っていくディランとアルベルト。
ディランは去り際に、
「――あ、エクスクリスといえば……最近、あの学院の生徒が数人に失踪したそうです。単なる家出……で片付けるには少々不自然な点のある生徒もいるので、念の為ご注意いただければ、と」
そんな事を言い残していった。
ふーむ、失踪事件か……。なんだか物騒だな。
アリーセとロゼは巻き込まれていたりしないだろうか? ちょっと心配だ。
◆
「お、おお……これはまた凄いな……」
トラムを乗り継いでやって来た魔煌技術学院――エクスクリスを見るなり、俺はそんな感嘆の声を上げる。
学院は、フランスのベルサイユ宮殿を思わせるかのような豪奢な造りをしており、広さもまさに宮殿そのものだった。
「私も最初来た時は同じように驚いたわね」
「私も同じです」
エミリエルとシャルロッテが同意の言葉を口にしながら、ウンウンと首を縦に振る。
「とりあえず、立ち入りの許可を得るとしましょう」
というエミリエルの言葉に従い、学院の建物内へと足を踏み入れる。
内部は外観と違い、宮殿というよりは高級ホテルや高級マンションを思わせるような雰囲気のする造りだった。日本でもそれなりに見かける光景――と言っても、そんな所に止まった事も住んだ事もないが――なので、外観ほどの驚きはなかった。
エントランスホールの受付で目的を告げて、許可証を発行して貰っていると、
「やっぱりソウヤだった、うん」
というロゼの声が聞こえた。
声のした方へ顔を向けると、ロゼが吹き抜けになっているエントランスホールの2階部分から、こちらへと飛び降りてくるのが見えた。
……当然の如く、スカートの中――白い物が見えたが、あえて何も言うまい。
エミリエルとシャルロッテの方を見ると、受付の方を向いていたので安心だ。……主に俺が、だが。
そんなこんなで、とんでもない方法でショートカットしてきたロゼは、着地すると同時に問いかけてきた。
「ん、久しぶり……ってほどでもなかった、うん。この間ぶり」
「あ、ああ、そうだな。……ってか、いくら身体能力が高いからって、飛び降りるのは駄目だろ」
「まったくです! 何を考えているんですか……!」
俺がロゼに対して苦言を呈すると、それに続くようにして、そんなアリーセの声が上から降ってくる。
再び見上げると、そこには2階部分の欄干から身を乗り出して怒るアリーセの姿があった。
「ん、このくらいなら、別に危なくもなんともない、うん」
「そういう問題じゃありません……っ!」
ロゼにそんな怒りの声を発した後、俺の方を見て、
「お見苦しいところをお見せしました……。――エミリエルさんがいるという事は、エステルさんに会いに来たのですよね? 案内しますので、少しお待ち下さいっ!」
そう告げるやいなや、階段の方へ向かって全力で走り出した。
いや、そんな全力で走らなくても、まだ手続き終わってないし……
なんて事を考えていると、
「はぁ、はぁ……お、お待たせ、しました……」
と、息も絶え絶えな様子でアリーセがやってきた。
「……だ、大丈夫ですか?」
エミリエルがやや呆れながら、そう言葉を投げかけて、懐からコップとペンダントを取り出した。
そして、ペンダントの魔法で生み出した水をコップに注ぎ、それをアリーセへと手渡す。……水の魔法って、こういう使い方もあるんだな。
っていうか、いくら収納の術式があるとはいえ、コップなんか持ち歩いているのは何故なのか……
――アリーセが一息ついた所で、ちょうど良い具合に発行手続きが終わったらしく、俺達は受付の人から許可証を手渡された。
「それでは、エステルさんの所に案内しますね」
という、アリーセの言葉に従い歩き出す。
……どうでもいいけど、さっきから妙に視線を感じるな。主に他の生徒の。
う、うーん……もしかして、男1人女4人とかいうアンバランスすぎる男女比のせいだろうか……?
言っとくけど、俺がそうしたいからそうしているわけじゃないぞ! これは単なる成り行きだ! と声を大にして言いたい所だ。
が、もちろんそんな事、口に出して言えるわけもないので、諦めて視線を無視して歩くしかないのだが……
などという地味な葛藤をひとりで繰り広げていると、アリーセが口を開いた。
「それにしても、エミリエルさんとシャルロッテさんまでいらっしゃるとは思いませんでした」
「うん、たしかに。どうして?」
そう言って、ロゼが交互にエミリエルとシャルロッテを見る。
「ああ、それに関してはエステルに会ってから俺が話すよ。ちょっと長くなるしな」
と、そう告げると、
「あ、もしかして私が推測した通り、魔獣が湧いてくる元凶を突き止めた……とかだったりします?」
なんて事を言ってくるアリーセ。
……そう言えばそんな事言ってたなぁ、あの日の朝に。
「あ、ああ、実はその通りになったんだ」
そう答えると、アリーセは腰に手を当てて、
「ふっふっふー、さすがは私です!」
なんて事を言ってきた。……かと思ったらすぐに、
「あ、やっぱり、今のなしです! 恥ずかしいです!」
と、顔を真っ赤にして悶えながら言ってきた。……エステルの店でも見たな、この流れ。
「ん、アリーセ、その『魔法探偵シャルロット』の真似するの、そろそろやめた方がいい、うん。いつも自滅してる」
表情にこそ変化はないが、やれやれと言わんばかりの生暖かい目でアリーセを見るロゼ。
「魔法探偵シャルロット?」
「ん、架空の大都市ダルクローリアを舞台に、悪徳商人や汚職議員を懲らしめるっていう娯楽小説、うん。懲らしめる時の決め台詞みたいなので、自画自賛するのが特徴、うん。あと、大体やりすぎて、探偵事務所のボスにフォローされるのも特徴、うん」
俺の疑問に対し、ロゼが解説してくる。
「へぇ、そんなのがあるのか。……ん? ボスにフォロー?」
俺は妙な共通点を感じ、なんとなくシャルロッテの方を見る。
「……な、なにかしら?」
なにやら明らかに目が泳いでいるな……
「その小説のモデルって、昔のシャルロッテなんじゃ……?」
「あ、そう言われるとギルドでちょっと話に出た『昔話』に似ていますね。名前も限りなく近いですし」
俺に続くようにして相槌を打つエミリエル。
「……」
「……」
「…………そ、そうよ! その小説は、知り合いが昔の私――というか、私の話を元に書いたものよ! なかなか面白いから、出版しても良いかと言われた時に、つい許可しちゃったのよ! でも、私は自画自賛とかしないわよ!?」
沈黙に耐えきれなくなったのか、ちょっとばかしヤケクソ気味にそう言い放つシャルロッテ。
そのシャルロッテに対し、
「え? そうなんですか! なら、是非その辺の話を詳しく聞かせてください! 真のシャルロットの話を!」
と、なにやらハイテンションで迫るアリーセ。まあ、俺もちょっと気になるけどな。
「え、ええっと……。そ、そのうち……? 機会が……あれ……ば?」
シャルロッテは、あまりの勢いに気圧されて後退しながら、そんな風に言葉を返す。
「わかりました! どこかで機会を作ります!」
パンッ! という、とてもいい音がする程、勢いよく両手を合わせるアリーセ。……作るのか、機会を。
「まあうん、アリーセの物語好き……というか、うん、物語の主人公好きは、今に始まった事じゃない……。だからうん、主人公みたいな人間が現実にいると、その人間に凄く入れ込む……。うん」
「……あー、ソウヤの事をやたらと熱く話していたのはそういう事なのね……」
ロゼの言葉を聞き、シャルロッテは呟くように言いつつ、こめかみに指を当てた。
そういえば、たしかに妙に盛って話していたなぁ……と、俺も思い出すのだった。
『魔法探偵シャルロット』の内容は、どこかで描いてみたい気もします。
……今の所、予定にはありませんが……




