第105話[表] 冥界・中庭
<Side:Akari>
「いたって普通の庭だけど……」
そう呟きながら、中庭を見回す私。
中庭は手入れされた芝生が広がっており、水路や植木、お椀のような形をした屋根のある東屋、そういったものが点在している、そんな光景がそこにはあった。
うん。違和感しかないわね……
「……この世界で、こんな植木と澄んだ水があるわけないわよねぇ……」
「そうですね。いくらセントラル・ラボラトリー内とはいえ、不自然この上ないですね」
「一見すると本物だけど……」
「芝生も植木も造り物ですね」
ま、そうよねぇ……
「水は――」
私はそう口にしつつ、スケッチブックの紙を破いて水に漬けてみる。
しかし、まったく『濡れない』
「……幻かなにかっぽいわね。水があるように見えるだけだわ。これ」
そう言って肩をすくめてみせると、
「まあ……全てが造り物であるがゆえに、今でも遺っていると言えますね」
と、そんな風に呟くように口にしつつ真上へと浮かび上がるユーコ。
そして、「うーん……」と唸った後、
「そのスケッチブック、ちょっと貸して貰えます?」
と言いながら、私の所へと降りてきた。
「いいわよ。もしかして、絵とそっくりだったとか?」
「さすがにそれはないですが、それでもなんとなく気になる点がありまして……」
スケッチブックを渡しながら問いかけた私に、ユーコはそう返しつつ、再び真上へと浮かび上がっていく。
ユーコはそのまましばらく上から中庭を眺めた後、
「東屋が中央にあって、水路はその東屋の近くに……そして、植木が多数存在する場所が中庭の四隅にある……?」
なんて事を呟いた。
「その配置、たしかに気になるわね。東屋を街、水路を川、植木の密集している場所を森とすると、絵とそっくりだし。あ、それと芝生は平原とも取れるわね」
「ですよね。よく見ると、灯が今いる場所から東屋に続く石畳の道は、途中の水路の所に小さな石の橋がかかっていますが、東屋のすぐ近くから、向こうの植木が多数存在する方へ続く土の道は、途中の水路に橋がありませんし……」
なんて事を言いながら、私に背を向けつつ腕を伸ばすユーコ。
ふぅん、ここから見て東屋を挟んだ反対側はそうなっているのね。
でも、それって……
「――まるで、さっきの手抜きめいた違いがあった箇所みたいね」
私はそう返事をしながらユーコの示す方へと顔を向け、肩をすくめてみせる。
「そうですね。しかもそっち側は植木の数が他よりも多いですし……」
ユーコの言葉に私はふと思う。
この中庭って、4つの絵が重なった状態になっているのでは……? と。
「逆に植木の数が少ないのは?」
「東屋を挟んで真反対――つまり……今、灯がいる所ですね」
私の問いかけにそう答えてくるユーコ。……うん?
「えっと……もしかして、そこから見て右手側か左手側のどちらかって、水路が東屋の間近にあったりする?」
「ええ、その通りですね。ここから見て右手側がそうなっています。しかも、なぜかそっちには複数の水路が存在しているのに、反対側――左手側には水路がありません。……これって、つまり……」
私の再びの問いかけに返事をしつつ、私と同じ事に気づいたらしいユーコ。
そんなユーコに対し、
「どうやら、この中庭は4つの絵を重ねた状態を再現しているみたいね」
と、私はそう告げる。
「なるほど……。やはりそういうわけですか。この中庭に『何か』があるのは間違いなさそうですね」
「そうね。ただ……そこが分かっても、じゃあどうすればいいのかっていうのは、さっぱりなのよねぇ……」
私はやれやれと首を横に振りながらそう返すと、そのまま言葉を続ける。
「まあ……とりあえず怪しい場所を調べてみるしかないわね」
「そうですね。何かヒントがあるかもしれませんし」
頷いてそう返してきたユーコに対し私は、
「それじゃあ、手分けして調べるわよ」
と告げ、そのまま中庭を調べ始めた。
……
…………
………………
ひとしきり調べた後、東屋に集った私たちは、それぞれ見つけた物を放す。
そしてそれを纏めると……
「見つけた怪しいもの――ヒントになりそうなものは、東屋の4本の柱にある『溝の数』が違う事と、四隅に石碑があった事……くらい?」
という感じだった。
「そうですね。溝の数は明らかにヒントだと思いますが、石碑はなんとも言い難いですね。刻まれていたのは、どれも4つの丸とXのような記号で共通していましたし、単に何かのマークみたいなものかもしれませんし」
そのユーコの言葉に対して私は、「そうねぇ……」と、ため息混じりに返してから、腕を組みつつ続きの言葉を紡ぐ。
「ま、とりあえず違いを一度再確認するわよ。えーっと……たしか、先に見たふたつの絵の違いは、川の有無だけだったわよね」
「ええ、その通りです。そして……その後で見たふたつの絵の違いは、森と街との間にある平原の有無と、橋の有無ですね」
そう頷きながら言ってくるユーコに対し、
「で、中庭を4分割して、私がさっきいた辺りを『右下』とすると、反対側の『左上』が森が街の近くまで来ていた絵になって――」
と、そこまで告げると、ユーコがその先の言葉を紡いだ。
「――『右上』が川のある絵、『左下』が川のない絵……という形に、それぞれなりますね」
「溝の数は……右下4つ、左上が1つ、右上が2つ、左下2つ……ね。これ、もし2の片方が3だったら、1234になって分かりやすかったのに……」
「まあたしかにそうですけど、それだとさすがに分かりやすすぎるかと……」
ユーコは私に対して頬を掻きながらそう言うと、
「あ、そう言えば石碑の台座ですが、上に物を置いてみたら少し沈んだので、あれ自体がスイッチになっている可能性もありますね。どかしたらすぐに戻りましたし」
なんて発言を続けてきた。
うーん……。スイッチねぇ……
そう思いながら石碑の方へと移動。
石碑に両手を置くと、そのまま上から力をかけてグッと押し込んでみる。
すると、ユーコが言う通り台座が沈み込んだ。
なるほど……。たしかにスイッチっぽいわね、これ。
本来はもう少し先まで収まる想定だったのですが、無理でした……
ま、まあ、そんな所でまた次回!
次の更新も予定通りとなります、3月8日(金)の想定です!




