第5話 討獣士ギルド本部にて
旧市街区を抜けた俺たちは、その足で討獣士ギルドの本部へとやってきた。
受付に話をしてしばらく待っていると、本部長室へと通される。
「サギリナ本部長、ソウヤさんとシャルロッテさんをお連れしました」
部屋に入るなり、エミリエルがそう告げる。
日本の着物と西洋のドレスを融合させたかのような装束に身を包んだ、口元にホクロがある兎耳の女性――サギリナ本部長がペンを走らせていた手を止め、椅子から立ち上がると、
「貴方がソウヤ・カザミネさんですのね。話は色々とロイドから聞いていますわよ」
そんな風に言ってきた。色々って……
「――それから、貴方も。久しぶりですわね」
「はい、5年ぶりくらいでしょうか」
問いかけられたシャルロッテが会釈し、敬語でそう返す。
「それにしても……ソウヤさんがいらっしゃるのは聞いていましたけれど、何故シャルロッテさんまでいらっしゃったのかしら?」
サギリナ本部長の疑問に対し、シャルロッテの代わりにエミリエルが答える。
「あ、それはですね――」
◆
「――そう言えば、列車内で大立ち回りを繰り広げたらしいじゃないか。護民士――治安維持省の人間が詳しい話を聞きたいとか言ってたぞ?」
「駅につくなり姿を消したので、みなさん探していましたよ」
俺の言葉に続くようにして、エミリエルが補足する。
「あー、あれね……。あの時は知り合いとの待ち合わせの時間が迫っていたし、事情聴取なんかにとっ捕まったら時間を奪われて間に合わなくなるのは確実だと思って、素早く離脱したのよ」
と、そう言って肩をすくめるシャルロッテ。
「まあ、そうだろうとは思っていたが……せめてその理由を伝えておけばよかったものを」
「そうですねぇ。うーん……どうします? 今から治安維持省に行きます?」
俺の言葉に頷くと、シャルロッテの方を見てそう告げるエミリエル。
「えーっと……それはちょっと面倒ね……。ついでにあそこに足を踏み入れるのはなるべく避けたいし」
「ふむ……。さっきも治安維持省――というか、護民士との接触を避けたい様な事を言っていたが、人形どもを送り込んで来た奴は、そっちと繋がりがあるのか?」
シャルロッテの言葉に対し、俺はそんな推測を問いかける。
「……ここまで関わった事だし、貴方たちにも警戒して欲しいから言うけど、治安維持省の誰かが関係しているのは、間違いないわね。治安維持省の情報を持っていなければ到底無理であろう動きを見せているし。あの列車襲撃もそうよ」
「……言われてみると、たしかに偶然というには不自然な部分がありましたね」
エミリエルがシャルロッテの話を聞き、何かを考えながら呟くように言う。
そう……エミリアの言うとおり、『監視を始める前に外に出ていた部隊が、逃げる為に列車を襲撃した』っていう理由は、一見筋が通っているように見えて、不自然な部分――疑問点が幾つかあるんだよな。
何故、監視を始める前の部隊が、監視や護民士の突入を知る事が出来たのか、とか、逃げる為に列車を襲撃する意味が分からない、とかな。
特に後者だ。鉄道というのはレールの上を走っており、そこから外れる事は出来ない。そして、環状線でもなけば、必ず終着駅が存在する。それ以上先には行けない。
襲撃なんていう大掛かりな事をしてまで奪った所で、ルクストリア中央駅までしか逃げられないし、こんな大都市になんぞ来たら、それこそ護民士に捕まえてくれと言っているようなものだ。ここには、アルミナやセレティアとは比べ物にならない程の数の護民士がいるのだから。
まあそもそも……その理由自体、シャルロッテが盗賊を殲滅――ひとり残らず殺害したというのに、どうやって知る事が出来たのか、っていう疑問点があるしな。
「だとしたら、このまま姿を消しておいた方がいいな」
「そうですね。……とはいえ、この情報――列車の件から先程の旧市街区での件まで含めた一連の話ですが、何かあった時の為に、治安維持に関わる者に伝えておいた方が良いと私は思います。シャルロッテさん、誰か信頼出来る知り合いの方はいませんか?」
エミリエルは俺の言葉にそう返し、そしてシャルロッテに問いかける。
シャルロッテは少し考え込んだ後、
「うーん……だとしたら、討獣士ギルドかしらね。ここの本部長なら面識があるし、以前、色々とお世話になった事があって信頼も出来るわ」
そうエミリエルの方を見て告げた。
「でしたら丁度いいですね。これから一緒に行くとしましょう」
◆
「とまあ、そんなわけでして……」
という言葉で話を締めるエミリエル。
話を聞いていたサギリナ本部長が、
「そういう事ですのね。という事は、今からその話を私にするという事ですわね?」
と言って、シャルロッテを見る。
「はい。それに関しては私が話します」
シャルロッテはそう答えると、一連の話をし始めた――
……
…………
………………
「――以上です」
一連の話をシャルロッテから聞き終えたサギリナ本部長は、紫髪の中に交じる赤髪の一房を指でこすりながら、
「また、厄介な事に首を突っ込んでいるんですのねぇ……シャルロッテさんは」
そう呆れ気味に言って、ため息をついた。
『また』という所に気になってその事について訪ねてみると、
「ええ、シャルロッテさんは以前、悪徳商人や闇組織と繋がっていた政治家を相手に、色々やった事があるのですよ。ええ、ええ、それはもう色々と」
そう言って、サギリナ本部長は更に深くため息をついた。
「そ、その節は誠にお世話になりました……」
シャルロッテがたじろぎながら、そんなお礼の言葉を発する。
なるほど、以前お世話になったとか言っていたのはこれか。どうやら、色々とフォローしてもらったみたいだな。
「まあいいですわよ、貴方のフォローには慣れていますもの。……ただ、私は以前ほど自由に動けるような立場ではなくなってしまったので、私の娘にも話を伝えて、必要に応じて動いて貰う事にしますわ。構わないですわよね?」
サギリナ本部長はそう言ってシャルロッテの方に視線を向ける。
「え? 娘……ですか? サギリナさんに子供がいたという話は聞いた事がないのですが……」
シャルロッテが首を傾げると、サギリナ本部長は再び赤髪に触れ、
「ええそうですわね。たしかに実の子ではありませんわ。あの子は、貴方が壊した孤児院で暮らしていた孤児の一人ですもの」
と、言った。
「それは……もしかして、あの腐った商人の経営していた……?」
「その通りですわ」
「そうですか……。それは……その、ありがとうございます」
そうお礼を述べて頭を下げるシャルロッテ。
よくわからないが……おそらく、さっき言っていた『色々やった』中の一つ、といった所だろう。
「お礼を言うのはこちらですわ。貴方のお陰で優秀な人間を失わずに済んだ上、娘を得る事が出来たのですもの。――それはともかく、娘にも伝えて構わないですわよね?」
「え、ええ、まったく問題ありません。それよりもむしろ……巻き込んでしまってよいのですか?」
「大丈夫ですわよ、あの子なら。……それに、何かあったら私が『適切に』対処しますわよ。ふふふ」
『適切に』の所を強調しつつ、笑いながら言うサギリナ本部長。
もっとも、顔がまったく笑っていない上、なにやら暗く冷たいオーラを感じるが。
まあ……なんだ? とりあえずこの人の『適切な対処』とやらが、末恐ろしいものだという事は理解出来たぞ、うん。
そんなサギリナ本部長に対し、シャルロッテは気圧されつつも言葉を返す。
「そ、そうですか……。それなら安心ですね……」
「あ、ちなみにその娘さん――カリンカさんですが、先程、受付で私が話しかけた人がそうですよ」
と、さらっとエミリエルが付け加えるかのように言ってくる。
ふむ……さっきの受付の人っていうと、有翼――セレリア族の人か。銀色っていう珍しい色の翼を持っているのが印象的だったな。
綺麗に編み込まれた髪も同じ銀色だったけど、セレリア族には、髪の色と翼の色が同じになるっていう特徴でもあったりするんだろうか……?
それにしても……エミリエルは、あのサギリナ本部長の暗く冷たいオーラを受けても、なんともないようだな。さっきの旧市街区の路地裏でもそうだったけど、エミリエルって、何気に肝が据わってるよなぁ……。
そんな事を思っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「入って来て構いませんわよ」
サギリナ本部長の言葉に促される形でドアが開き、先程の受付嬢――カリンカが部屋の中へと入ってくる。
「本部長、私になにか御用でしょうか?」
「ええ。でもどちらかというと……受付嬢としての貴方ではなくて、私の娘としての貴方に用があるという感じですわね」
カリンカの問いかけに、そんな風に言って返すサギリナ本部長。
「……? えっと、それはどういう事?」
サギリナ本部長が『私の娘としての貴方に用がある』と言ったからか、カリンカの口調が砕けた物へと変わった。
「今から話す事は、他言無用ですわよ――」
サギリナ本部長はそう前置きすると、カリンカに対して先程の話をするのだった。
シャルロッテが過去に何をやったのかは、いずれ機会があれば……




