第3話 廃墟内にて
廃墟内に退避したところで、そのままピエロの残骸を放置しておくのもまずいという話になったので、シャルロットの提案により、残骸も廃墟内へと運ぶ事にする。
「よっ……と。とりあえずこれでいいな」
俺はサイコキネシスで浮かせたピエロの残骸を廃墟の床に置き、傘を閉じる。
「ご苦労さまです」
廃墟内にあった樽を調べていたエミリエルが、こちらを向き頭を下げる。
それにしてもこの廃墟、樽が随分と多いな……。一体、廃墟になる前は何に使われていたんだ?
3階建てで、1階部分は大広間、2階から上は個室が並んでいる……って感じだから、酒場兼宿屋だったような気はするが、樽以外の物――例えば机や椅子など――が残っていない為、なんとも言い難い。
上がどうなっているのか気にならないわけもないが、上への階段は、壁際を僅かに残して後は崩落しており、登ろうと思えば登れなくはないものの、極めて危険だ。
しかも、階段部分の天井と壁に穴が空いていて、そこから雨が入ってきていたりする。
まあ、わざわざあんな状態の階段を登ってまで見に行くほどの事じゃないし、やめておこう。
廃墟内を見回しながらそんな事を考えていると、後ろから入ってきたシャルロッテが、
「まったくもって、便利な異能ね……」
そう呟くように言うと、エミリエルがシャルロッテの方へと顔を向け、
「あの……ずっと気になっていたんですけど、なぜ傘をさしていないのに、まったく濡れていないんですか?」
そんな風に問いかけた。俺も気になっていたので、首を縦に振って同意を示す。
「え? ああ、それは水を弾く防護膜を展開する、っていう効果のある霊具を使っているからよ。――これね」
シャルロッテがスカートのポケットから、5センチくらいのビー玉のような物を取り出し、俺たちに見せてくる。
「なるほど……これが霊具ですか。アカツキ皇国にのみ伝わる特殊な製法で作られた魔煌具だというのは知っていましたが、現物を見たのは初めてです」
顎に手を当てながら、エミリエルが言う。
あー、そういえば例の『この世界について色々書かれている本』に、そんな記述があったような気がするなぁ……
「え? 初めて? ソウヤが何か持っていると思うんだけど?」
「あ……言われてみるとたしかにそうですね、ソウヤさんもとんでもない物ばっかり持っていますね。あれらが霊具だと言われると、そんな気がしてきました」
「あ、やっぱり」
そんな事を言いつつ、ふたりが揃って俺の方へと顔を向けてくる。
「あるにはあるが……そこまで多くは持っていないぞ?」
もちろん霊具なんて物は持っていないが、まったく持っていないと言うと逆に不自然そうなので、あえてそう言って、一番それっぽい『腕輪』をふたりに見せる。
「これは?」
「別の空間に置いてある物を、アポートで引っ張り出せるようになる腕輪だな」
エミリエルの問いかけに、俺はそう返して、連射魔法杖を取り出してみせる。
「なるほど……さっきはこれを使ってあの杖を召喚していたんですね」
そう言って納得顔で頷くエミリエル。
「召喚とは少し違うが……まあ、似たようなものではあるな」
「……別の空間との接続を可能にするとか、それもう霊具なんてレベルじゃない気がするんだけど……」
俺の言葉に対し、シャルロッテがため息混じりにそんな事を言ってくる。
……どうやら、ちょっとばかしチートっぽい代物だったようだ。っていうか、またこのパターンか。
「ま、まあいいじゃないか。それより、シャルロッテは何故襲われたんだ? 心当たりは何かあるのか?」
これ以上話を続けると、余計な墓穴を掘ってディアーナの説明をしなければならなくなりそうだったので、俺は話題を変えた。こっちの方が重要だしな。
「ええ、一応心当たりはあるわ。――ちょっと今、知り合いから頼まれて、極秘に調査しているものがあるのだけれど……おそらく、その調査をされると困るような後ろ暗い人物が送り込んで来たんだと思うわ」
と、さらりととんでもない事を言うシャルロッテ。
「それはもう、護民士の管轄ですね……。治安維持省へ行って話をした方が良さそうな気がします」
「……それはちょっと難しいわね。私が調査している内容は、護民士に話すわけにはいかないのよ」
エミリエルの言葉に対し、難しい顔で考え込みながら、シャルロッテがそう返す。
……話すわけにいかない? 犯罪的な何かか?
そんな俺の思考を読んだのか、シャルロッテが、
「あ、ちなみに犯罪に加担しているから話せないってわけじゃないわよ? むしろ、犯罪を阻止するために調査しているんだし」
と、補足するように言ってくる。
「なんにせよ、ヤバそうな事に首を突っ込んでいるってのは理解した。……けど、そうすると、俺たちもこのピエロ――人形を送り込んできた奴に目をつけられた可能性はあるな。何しろこいつらは、そこの廃墟に潜んで待ち伏せしていたからな。何らかの方法でシャルロッテの事を監視していると考えた方がいい」
「た、たしかにそうですね……。監視以外にもこれらの人形を操っていた者……操者がいるはずですし」
「その件に関しては大丈夫だと思うわ。こいつら自体が監視者だと思うから」
と、軽い口調で俺たちに言葉を返してくるシャルロッテ。
こいつら自体が監視者……? 監視者が廃墟に潜んで待ち伏せ……?
「それはどういう事だ?」
「こいつらの気配なんだけど、実は一昨日からずっと感じていたのよ。後ろからだったり、前からだったり、ね。おそらくだけど、暗殺に適した場所とタイミングを見計らっていたんだと思うわ」
「ふむ……。廃墟に隠れていたのは、先回りしていたって事か? だが、ここを通るとは限らないのに先回りするとかおかしくないか?」
「ええ、普通に考えたらおかしいわね」
シャルロッテは俺の言葉にそう返すと、ピエロ人形の残骸を一瞥し、言葉を続ける。
「――こいつらの気配から、暗殺者である可能性を考えた私は、一昨日と昨日、あえてこの道を同じ時間に通っているのよ」
「なるほど……こいつらは、シャルロッテの2日間の行動から、ここが暗殺に最適なポイントで、今日もここを通るはずだと判断して待ち伏せていたってわけか。なんだか随分と高度な分析能力と判断能力を有したAIだな……」
やれやれとばかりに肩をすくめる俺。
「えーあい? なんですか、それ」
「人工知能の事よ。魔煌機工学で使われる用語ね。簡単に言えば、本来動くはずのない人形を『動かす』ための複合術式――『プログラム』の上位版みたいな物だと思えばいいわ。術式としての『プログラム』は、決められた行動や対応しか出来ないけど、AIの方は、自分で思考して自分で行動を判断する所が出来るのよ。エミリエルの潰したコアの中にもそれがあったはずよ」
エミリエルの問いかけに対し、俺よりも先にそう言って返すシャルロッテ。
ふむ……。『チート』もそうだったが、この手の言葉は、魔煌技術関連の用語として使われているみたいだな、この世界では。
「で、元々は人形だとは思っていなかったから、ふたりの間だけで監視しながら判断しているのだと思っていたわけだけど、人形だったじゃない? だから、一瞬マズいかなって思ったわ」
「監視者や操者がいる可能性があると思ったんですね? でも、違うと判断したのは何故です?」
シャルロッテの言葉に対し、そう問い返すエミリエル。
「ソウヤも気づいたように、こいつらがAI搭載型だから、と思いなおしたからよ。操者がいるタイプの人形には到底不可能な動きをしていた事から考えて、ね」
シャルロッテがピエロ人形の残骸を指さしながら、そんな風に言う。
……SFに出て来るアンドロイドのように、この類の存在は、全て普通にAIで動いているんじゃないかと俺は思っていたんだが、どうやらそうじゃないのもいるみたいだな。まあ、実は操者がいるタイプの事なんて、これっぽっちも考えてもいなかった、なんて事は、あえて口にはしないが。変な墓穴を掘りかねないし。
「ふむふむ……。つまり、このピエロの人形はAIによって自分の判断で動いていたため、他に監視者も操者もいない――いえ、必要がないという事ですね」
エミリエルはそう言って納得すると、ピエロ人形の残骸へと顔を向ける。
「ええ、そういう事よ。ちなみにそいつらが誰かと通信などで情報伝達をしている様子もなかったわ。おそらく、アナライザーの類で通信波……というか、通信波の残滓を感知されるのを避ける為に、あえてシャットアウトしていたんだと思うわ」
シャルロッテが腕を組みながらそう言うと、エミリエルは虫眼鏡……じゃなかった、簡易魔煌波解析鏡を取り出し、それを通して残骸を見ながら、
「うーん……。たしかに光学迷彩機能の方は数時間前に使われた形跡がありますが、音声と映像の通信機能の方は、ここ数日使われた形跡がありませんね。通信波の残滓が見えませんので」
と、言葉を返す。
へぇ、そんな詳細に分かるものなのか。いや、エステル製だから、という可能性の方が高い気もしなくはないが。
それにしても……だ、音声通信のみならず映像通信や光学迷彩まであるとは想定外だな。しかもその使用状況まで暴く手段があるとか、最早とんでもない技術レベルだ。
まあ……あれだな、十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない、という有名な言葉があるが、十分に発展した魔法もまた科学と見分けがつかないな。
しかしまてよ? そうなるとこいつらは、光学迷彩があるのにそれを使わずに、わざわざここに潜んでいたって事になるよな……
「――光学迷彩を数時間使っていないのは何故なんだ? こんな所に隠れて待ち伏せするよりも、そっちを使った方が手っ取り早い気がするんだが……」
「……たしかにそうね。昨日なんかはずっと光学迷彩を使っていたみたいだったのに、なんでここに来て使わなかったのかしら? 私がここに誘導したとはいえ、ちょっと不思議ね」
「えっとですね……この光学迷彩ですけど、国軍で使われている物よりも遥かに高性能なんですけど、それでも弱点の方は克服出来ていないみたいなんですよ」
俺とシャルロッテの口にした疑問に対し、エミリエルが回答をしてくる。
……うん? 弱点? 弱点ってなんだ? と、そう思っていると、
「ああ……そういう事。つまり、こいつらの光学迷彩も一般的な光学迷彩と同じで、動くと強制的に解除されるし、水にも弱いっていう問題を抱えているってわけね。いくら高性能な物であっても、そこの問題は解決出来ていなかった、と」
シャルロッテは、組んでいた腕を左右に広げてそんな風に言うと、やれやれといった感じで首を左右に振った。
「まあ……その問題に関しては、長い間解決方法が生み出されていないので、これを作った人間でも無理だったのでしょう。――ともあれ、そんなわけで……雨が降っているので使いたくても使えなかった、と考えるのが妥当かと」
「なるほど、そういう事か」
俺はエミリエルの見解に、納得の頷きを返す。
どうやら光学迷彩は、動くと解除される上に、水にも弱いみたいだな。
「しかし、軍よりも高性能……か」
俺がそんな事を呟くように言うと、エミリエルは、
「はい。国軍に配備されている武具や装置は、当然ではありますが最先端の魔煌技術が使われています。しかし、この人形に使われている魔煌技術は、それを遥かに超えていますね。お姉ちゃん程、魔煌技術に詳しくない私ですら分かる程に、です」
と、そう言ってこめかみを軽くトントンと叩いた。
ふーむ……。つまり相手は、これだけの都市を作り上げる事が可能な技術力を有する国家を上回る技術力を持つ、という事か。
なかなかに厄介な相手だな、それは。
「――それだけの技術力で作られているって事は、こいつらの動作が停止したってのが、既に敵――こいつらを送り込んできた奴には伝わっていると考えた方がいいな」
「ええそうね。駆動反応に関しては、通信とは別の方法で捉えているだろうから、そろそろ様子を見に来るんじゃないかしらねぇ?」
シャルロッテはそう言って口角を上げ、笑みを浮かべる。
そしてそれから一呼吸置いた後、人さし指をピッと立て、
「で、そいつの前に私一人で立ち塞がれば、貴方たちの存在はよりバレなくなるわ。他の2体も私が一人でやったのだろうと判断するでしょうしね」
と、告げてきた。
ふむ、どうやら廃墟の中にピエロ人形の残骸を運び入れるように提案してきたのは、そういう意図もあったみたいだな。
……だがそれならば、だ。
「ま、そういうわけだから、これからやって来るであろう人形を私が叩き潰すまで、貴方たちは外から見えない場所……樽の裏とかにでも隠れておくといいわ」
「……いや、それじゃ不完全だな。だから、いっそこうするのはどうだろう。まずは――」
俺はシャルロッテに対し、一つの提案をするのだった――
明日も投稿予定です!
追記
シャルロッテのセリフ内でエミリエルの名を呼ぶ所でシャルロッテと書いていた所を修正しました。
また、シャルロッテの名前が、シャルロットになっていた所も修正しました。
更に、シャルロッテの名前が、エミリエルになっていた所も修正しました。
その他、いくつかの誤字脱字も修正しました。




