第2話 ピエロの正体
次の停留所で下車した俺たちは、来た道を少し戻り、シャルロッテらしき人影が見えた裏路地へと入る。
「この先だったな……。まだいるといいんだが……」
そう呟きながら角を曲がった直後、
「え?」
と、エミリエルが驚きの声を発する。
そこにはシャルロッテの姿があった。
いや、それだけではない。地面に倒れ伏し、血溜まりを作っている2人のピエロの姿もそこにはあった。そういえば、エミリエルにピエロの方は話していなかったな……。驚くのは無理もないか。
そんな事を思いつつピエロに視線を向けると、その手には短剣が握られており、周囲にも短剣が散らばっていた。推測どおりと言うべきか、おそらくシャルロッテを襲って返り討ちにあったのだろう。
片方は腰の辺りで真っ二つに切断されており、もう片方は心臓付近に拳4個分程度の風穴が空いている。……切断の方はわかるが、風穴はどうやったんだ?
「――貴方は、えっと……ソウヤ、よね? どうしてこんな所に? ああでも、討獣士ギルドの制服を着た人と一緒にいる事から考えると、もしかして誰かがギルドに通報したとか?」
俺に気づいたシャルロッテが、そう推測して問いかけてきた。
「いや、ギルドに向かう途中のトラムの窓から街を眺めていたら、偶然シャルロッテの事を見かけてな。ちょっと気になって透視してみたら、ここに転がっている奴らが待ち伏せしているかのように、廃墟に隠れていたから、様子を見に来たんだが……問題なかったようだな」
「なるほどね、納得し……って! 透視ってなによ、透視って! はぁ……まったく、アリーセが話していた通り、貴方の異能は無茶苦茶だわ」
俺の返答を聞いたシャルロッテが、納得しかけたかと思ったらいきなり驚き、それから呆れて肩をすくめた。……なんだかまるで、ノリツッコミみたいな流れだな。
「ま、まあその事はおいといて、それよりもこいつらは――」
何者なんだ? と最後まで言う前に、心臓付近に風穴が空いていたピエロが急に痙攣と共に立ち上がり、シャルロッテに襲いかかった。
いや、こいつだけじゃない――
「ちょっ!?」
驚きながらも鞘から刀を抜き放ちつつ横一閃。ピエロの首を切断。ピエロが今度こそ、その動きを完全に止めた。ふむ……抜刀術か。さすがだな。
だが、敵はそれだけではない。
俺は腕輪の力で3本の魔法杖をアポートすると、即座にシャルロッテの後方、中空にアスポートで転送する。
それと同時に、一刀両断されたピエロの上半身だけが飛び上がり、シャルロッテの後方から襲いかかろうとするが、それよりも先に3本の魔法杖からそれぞれ火球、氷柱、雷撃が放たれる。というか、俺が放った。
3種の魔法の攻撃をまともに食らったピエロが地面へと落下し、こちらも動きが完全に止まった。
やれやれ、ぶっつけ本番だったが、上手くいったか……
「ふぅ……。どうもありがと、助けられたわね」
刀を鞘に収めながら、礼を述べてくるシャルロッテ。
「まあ、必要なかったかもしれないけどな。後方にも視線を向けていたから気づいていただろうし」
杖をアスポートでディアーナの空間に戻しつつ、そう言う俺。
それに対し、シャルロッテは頭を振り、言葉を紡ぐ。
「そうでもないわよ。気づいてはいたけど、さすがにあれは完全に回避しきれそうになかったから、守りは物質衝撃緩衝膜任せで、ある程度のダメージは覚悟して反撃するつもりだったし。だから、貴方のお陰で無傷で済んだわ」
ふむ……。要するに物理防御力でダメージを軽減しつつ、肉を斬らせて骨を断つって戦法か。なんだかまるで重装備の戦士っぽい感じの戦い方だな。
っと、それはそうと今度こそ倒したよな……? また動き出したりしないよな?
そう思った直後、パリン! という何かが砕ける音が響く。
音のした方を向くと、エミリエルが何かの結晶を砕いたらしく、その手から紫色の結晶のかけらが、パラパラと地面に舞い落ちていくのが見えた。
「ん? 何の結晶を砕いたんだ?」
「このピエロの首の部分に埋め込まれていた結晶――いえ、コアですね」
と、そこまで言った所で、虫眼鏡のような物を懐から取り出し、言葉を続ける。
「このお姉ちゃんから渡された簡易魔煌波解析鏡……えっと……お姉ちゃんの眼鏡――インスペクション・アナライザーの簡易版のようなものなのですが、これで魔煌波の流れを確認してみた所、先程砕いたコアが、このピエロを強引に動かしていたようだったので、念の為に壊しておきました」
俺の問いかけにそう返してくるエミリエル。……強引に動かす?
「それはこいつらが、何者かによって操られていたって事か?」
「いえ、このピエロたちは人間ではありませんね。おそらくですが……人形タイプの魔法生物ですね。……まあもっとも、こんな人間そっくりの見た目で動きも人間と変わらない俊敏さを誇るものは、今まで見た事もありませんが」
再び問う俺に対しそう答えると、エミリエルは、血溜まりに指を突っ込み、
「ちなみに、この血に見える物ですが、これは朱霊石系の魔石と、玄霊石系の魔石から精製された魔煌精錬水ですね。おそらくですが、これが動くためのエネルギー源となっているのでしょう」
と、言葉を続けた。
ふむ……そっちの意味の『強引に動かす』か。
要するにコアを破壊しない限り、動くって事だな。しかしそれは――
「なんというか、まるでアンドロイドだな」
俺がふと呟いたその言葉に対し、なぜか驚いたような表情でこちらを見てくるシャルロッテ。
「アンドロイド? それは一体なんですか?」
シャルロッテが問いかけてくるかと思ったが、エミリエルの方が問いかけてきた。どうやらエミリエルにも聞こえていたようだ。
「あー、里の本に書かれていたんだが、人間の各器官を機械的な物で再現して、人間と同じように動き、自身で物事を考えて判断も出来る人形……みたいなもの、らしい。俺も実際に見た事はないんだけど、そういう物があるんだとさ」
俺は、とりあえずそういう事にしておく。実際、あれほど動くロボットやアンドロイドは本でしか見た事がないからな。
「ふぅん。アリーセから話には聞いていたけど、貴方の里には随分と変わった物があるのね。一度行ってみたいわ」
顎に手を当てながらそんな風に言ってくるシャルロッテ。
「え、えーっと……なんというか……連れて行きたいのは山々だけど、多分、里長からの許可がおりない……んじゃないかなぁ」
「ま、そうでしょうね」
俺の言葉に対して、なにやら『そんな事はわかっていた』と言わんばかりの口調でそう返してきた。
うーむ……。さっきの驚きといい、今の口調といい、どうも引っかかるな……。なにか秘密があるっぽいが……
まあ、その事を聞いても十中八九教えてはくれないだろうし、今は放っておくしかないな。
「それはそうと、今更だけど……そっちの討獣士ギルドの人は誰なのかしら? 雰囲気はなんとなく同じ列車に乗った、魔煌技師のエステルに似ている感じがするけれど……」
シャルロッテが、顔をエミリエルの方に向けながら、俺に対してそんな問いかけをしてくる。
「ああ、まさにそのエステルの妹だよ。ルクストリアのギルド本部まで同行してもらっているんだ」
「エステルの妹のエミリエルです。普段はアルミナの町で討獣士ギルドの受付嬢をしています」
俺の言葉に続くように、エミリエルが会釈をして、自己紹介の言葉を発する。
「なるほど、そういう事だったの。私の名前はシャルロッテ・ヴァルトハイム。よろしくね」
「ヴァルト……ハイム……?」
名前を聞いたエミリエルが、そう呟いて小さく首を傾げた。
「うん? どうかしたのかしら?」
「あ、いえ……前にその姓を名乗っている人を見た気がしもので、つい……。ああ、でも多分、ギルドの管理名簿かなにかだと思うので、気にしないでください」
シャルロッテの問いかけに対し、そんな風に言葉を返すエミリエル。
「まあ、珍しい姓でもないから、同姓の討獣士はそれなりにいると思うわよ。……っと、この雨の中、こんな場所で立ち話を続けるのもアレね。とりあえず、どこかカフェにでも……と言いたい所だけど、そんなものあるわけもないし、それに、こいつらを放置しておくわけにもいかないし……」
シャルロッテはそう言って周囲を見回した後、
「うーん……そうね、そこの廃墟の中にでも入るとしましょ。少なくとも雨風は凌げるわ」
と、廃墟を指さしながら、そんな提案をしてきた。
俺とエステルは特に異論もなかったので、シャルロッテの言葉に対し首を縦に振り、肯定を示すと、廃墟の中へと足を踏み入れた――
次回は少し間が空いて、今度の土曜日か日曜日の予定です(なんとか土曜日にしたい)
第2章の冒頭なのに、間隔が空いてしまい申し訳ありません……




