急 雨空よりも冥い闇
間章はこれで最後です。
<Side:Souya>
「――という感じだったそうですよ。あ、ちなみに乗客を巻き込んではいなかったそうです」
エミリエルがそう言って締めくくる。まあ、巻き込まれてても困る。
それにしても……
「レンジ流……剣術? ――いや、それはないか……」
一瞬、蓮司の事が頭をよぎったが、あいつであるはずがない。
「ん? 何か気になる事でもあるのか?」
俺の呟きに対して問いかけてくるアルベルト。
「あ、いえ、故郷に蓮司という、刀を得物にする友人がいたので、ふと頭をよぎったんですけど、俺が故郷を出て来る時に、まだ居残っていたので、あいつは無関係だな、と」
そう言葉を返し、肩をすくめる。
「なるほどな。たしかにその後、お前さんの里から出て来ていたとしても、こんな短時間でそのシャルロッテという者と出会って、更に剣技を教えるなんてのは無理だな」
「ええ。なので、おそらく名前が同じだけかと」
そう言いつつ、ふと蓮司と組み手をした時の事を思い出す。
……あいつ、紅月閃だの焔刃連牙だのと技の名前を叫びまくってたな。実戦であんな事したら手の内を晒しているだけだってのに。
「しかし……レンジ流剣術というのは、聞いた事がないな」
「うーん……私、そういった武術の歴史にも詳しいんですけど、私もレンジ流剣術というのが、歴史上に出て来た記録は見た事がありませんね。最近確立された新しい流派、もしくは完全に秘匿されてきた流派ではないかと思いますが、後者だとしたら、簡単に教えるのが不自然ではありますね」
アルベルトの言葉に、エミリエルが顎に手を当て、首を傾げながらそう返す。
「なるほどな。となると新しい流派ってのが有力そうだ」
腕を組みながらそう言って納得するアルベルト。
うーむ、なんだか少し気になる流派ではあるな。今度シャルロッテに会う事があったら聞いてみるか。
そんなこんなで、ヴェヌ=ニクスやシャルロッテについて話をしていると、
「当列車はあと5分程で、終点ルクストリア中央駅に到着いたします。この度は、イルシュバーン南方国境線をご利用いただきまして、誠にありがとうございました。皆様、お忘れ物がないか今一度ご確認くださいますよう、お願い申し上げます」
という、アナウンスが聞こえてくる。
窓の外を見ると、少し木々が見えるものの、ほぼ都市の町並みといった感じだ。
更に、アルミナの町では俺たちの使った物以外見かける事のなかったレビバイクが、ちらほらと走っているのが目に入った。
道を見てみると、しっかりと舗装されているようだ。見た感じアスファルトの路面ではなく、コンクリートに近い路面なのだが、この世界の舗装技術についてはまったく知らないので、実際に何を使って舗装されているのかはわからないが。
「ルクストリアについたら、まずギルドに行けばいいのか?」
「ええ、そうですね。ただまあ……どこか寄りたい場所があるようでしたら、そこに寄ってからでも構いませんよ? そこまで急いでいるわけでもないですし」
俺の問いかけにそう返してくるエミリエル。
「特に寄りたい場所はないな。そもそも、首都にどんな場所があるのか、なんて知らないし」
「ふむ……時間的に昼飯食ってから行けばいいんじゃねぇか? 良い店を知ってっから紹介するぜ?」
俺の返答に続くようにして、アルベルトが言う。
これからしばらく滞在する事を考えると、それはなかなかに魅力的な話だ。
ならば……
「それでいいか?」
「ええ、もちろん構いませんよ。むしろ、良い店というのが気になるので、是非そうしましょう」
◆
<Side:Estelle>
「やれやれ、まさかこんなに強い雨になるとは思わんかったわい」
研究室の扉を開きながらそう呟くように言うと、
「ええ、まったくですね。ちょっと調べてみた所、どうやら北の方で魔煌波の乱れが発生した影響で、雨雲が急速に発達してしまったようですね」
という弟弟子の声が返ってきた。
「魔煌波の乱れ……とな? 誰かが大規模魔法でも使ったのかの?」
「天候に影響を与える程の魔煌波の乱れは、たとえ禁呪級戦略魔法を使ったとしても起こりませんよ。もっと強大な何かですね」
と、妾の言葉に対し、腕を組みながらかぶりを振って否定してきおった。
禁呪級戦略魔法……一度放てば半径数十キロが灰燼に帰す程の爆発を引き起こすような、危険極まりない魔法じゃな。まあ、そんなものを発動するには、とてつもなく複雑で巨大な回路が必要じゃし、発動までにかかる時間も長過ぎる故、発動を阻止されて終わりじゃがな。
それだけの大規模な物になると、魔煌波の揺らぎが目に見える程になる故、すぐに感知されてしまうからのぅ。……まあもっとも、発動した記録がまったくない、というわけでもないのじゃが……
ととっ、それはともかくじゃ――
「強大な何かとはなんじゃ?」
「まだ情報を掴んだばかりなので、現時点では推測も難しいですね……完全に謎です」
そう返してくる弟弟子。ま、それもそうじゃな。
「ふむ……。気にはなるが、そっちは考えても仕方がなさそうじゃな。それより、もう一つの謎の方をどうにかするのが先じゃな。例のミラージュキューブ・ステラじゃが、何かわかったのかの? 大工房の機材ではさっぱりじゃったが」
「ええ。ここでさいこ……うの機材を使って調べた所、新たに判明した事が1つあります。――このミラージュキューブという物ですが、どうやら静止画や動画などのデータを受け取って、それを出力する、という装置のようですね」
妾の問いかけに対して、ミラージュキューブ・ステラを眺めながら、そんな事をサラリと言ってきおる弟弟子。
あと、最高の機材と言った所で、なんか誤魔化したように感じたのじゃが……気のせいじゃろうか?
まあ、単に言い間違えそうになっただけやもしれぬし、とりあえず今は横に置いておくとするかの。
それはそうと、動画というと数年前に登場した映画という代物を思い出すのぅ……。
……むむ? 映画? という事は……じゃ、
「出力という事はつまり……映画館などで使われておる映写機のようなもの、という事かの?」
「ええ、そう思って構いません。これ自体には星空を映し出す為に必要な静止画も動画も存在していませんでした。なのに、星空を映し出していた……となると、どこかから星空の動画を受け取って、それを映写機のような感じで壁全体に投影していたと考えるのが妥当でしょう」
「ふむ……そういえば、こやつは別の装置に組み込まれておったと言えなくもないのぅ」
と、妾は顎に手を当てながら弟弟子に言葉を返す。……なんせ、ソウヤが無理矢理『さいきっく』とかいう異能で引き抜いたようなものじゃしのぅ。
「だとしたらその装置から動画データが送られていたと考えるべきですね。で、それを魔法と同じ仕組みで魔煌波を調律して映像化していた……と言った所でしょうかね。なかなかに高度な技術が使われていますね、これ」
そう言って、ミラージュキューブ・ステラに手を触れる弟弟子。
「ふむ……? 魔法と同じとな? じゃが、それには回路のようなものは見当たらなかったのじゃろ?」
「ええ、たしかに回路はありませんでしたが、この装置それ自体が何らかの方法で魔煌波を直接調律しているようですね。なので厳密には魔法ではなく、魔法のような別の物、というべきでしょうか。もう少しわかりやすい例で言い直すなら、僕たちの師匠が使う魔女技巧と同じ類の物、ですかね」
「ふむ、なるほどのぅ……」
回路なしに魔法のようなものを……とな。
ああ、そう言えばシャルロッテも、刀で魔法のような衝撃波を発生させておったっけのぅ……。あれも同じ様な仕組なんじゃろうか……? まあ、次に会う機会があれば聞いてみたい所じゃの。
◆
<Side:Charlotte>
「……どう?」
私は、雨が降りしきるルクストリアの街の裏路地を、傘をさして歩きながら、携帯式通信機に向かって問いかける。
「あのイカレたヤツで間違いなさそうですねぇ」
という言葉が携帯式通信機を通じて聞こえてきた。
「ふぅん……やっぱりね。ロクな事しないわね、あいつ」
「ホントに。なんであんなイカレたのが我々の『同胞』なのやら……ですねぇ」
通信機の向こう側とこちら側で同時にため息が漏れる。
「まあ……自ら『真実』に至った以上、同胞となるのは仕方がないわ」
そういう仕組みなのだから仕方がないとはいえ、いくら何でも大雑把な気がするのよね、これに関しては。どうしてこんな仕組みなのかしら……
そんな事を思っていると、
「そうですねぇ……。もっとも、だからこそ害しかならないような者は、私たちが始末する必要があるんですけどねぇ」
と、私に告げてきた。たしかにその通りだし、だからこそ私はこの力を手に入れた。
「ええ、そうね。――それで、肝心のあいつは?」
「どうやら、ヴェヌ=ニクスとかいう盗賊団だけじゃなくて、レグランス諸侯連合――というか、レグランスへの亡命組にも関わっているみたいなんですよねぇ」
「なるほどね。となると、奴らが何らかの動きを見せる……と?」
あの過激派連中の事だから、ロクな動きじゃないだろうけど……と心の中で付け加えつつ、言葉を返す。
「そういう事でしょうねぇ。おそらく、それに合わせてあのイカレたのも動くでしょうねぇ。……ヴェヌ=ニクスの時は想定外があったせいで上手く捕縛出来ませんでしたけど、今度こそ……ですねぇ」
「まったくよ、いい加減終わって欲しいものだわ。……っと、それじゃ引き続きそっちの調査をお願いするわね。こっちは、もう一つの方を調査するわ」
「あー、たしかにそちらも重要ですねぇ。こちらは今の調査で手一杯なので、すいませんが、そちらはよろしくお願いしますねぇ」
「ええ、任せておいてくれていいわよ。それじゃ次は明後日ね」
「はい。それではまたこちらから連絡いたしますねぇ」
そう言い終えると同時に通信が切れる。
「……さて、もう一つの方を調査し始める前に……やらないといけない事があるみたいね?」
私は、服の内側に設置してある収納領域に携帯式通信機をしまいながらそう呟き、後方へと視線を送りながら向き直る。
「「………………」」
無言、無表情のまま、短剣でのジャグリングを繰り返すピエロ2人が、廃墟になっているらしい建物の影から姿を現した。種族はいまいち分からない。おそらく翼のない種族だとは思うけれど……
ともあれ、おそらく何者か――といっても、大体予想はつくけど――が放った刺客ね。
ちょっとばかし不気味なオーラを漂わせているのが気になるけど……ま、それは倒してから考えればいい話よね。
「まったく……。この街も物騒になったものだわ」
私は独りごちると、傘を放り投げ、刀の柄に手をかけた――
次回から第2章に入るわけですが……
すいません……現在、お盆に向けて仕事が諸々前倒しなっている都合で、あまり執筆時間が取れません。
次の本格的な(連続的な)更新が可能となるのは約2週間後(お盆休みから)になる見込みですが、可能であれば今週末辺りに1~2話程度追加したいと思っています。
追記
誤字を修正いたしました。
ご報告ありがとうございます!




