破 走り行く先には
<Side:Charlotte>
一瞬、ドス黒い感情が心の奥底から浮かび上がってきたが、それを無理矢理押し留める。
――頭は氷の如く冷静に。動きは烈火の如く勢いよく。
私は、そんな師匠の教えを思い出しながら、勢いよく隣の客車のドアを蹴破った。
そして、その勢いのまま隣の客車へと突入すると、一目で盗賊だと分かる覆面をつけたドラグの男2人とドルモームの男1人、そしてカヌークの女1人が乗客を襲っているのが目に映る。
少なくとも乗客に死者は出ていないようね。そこは幸いというべきかもしれないわ。
「あん? なんだキサ――」
ドルモームの男が、乱入してきた私に対して何かを言おうとしていたみたいだけど……ま、どうでもいいわ。むしろ何を悠長に話しかけてきているのかしら? 状況的に、アナタたちから見たら敵以外ありえないでしょうに。
私は『縮地法』という歩法で一気に間合いを詰め、その男を斬り伏せる。
それだけで、男は断末魔の叫び1つ上げる事なくあっさりと絶命した。
視線を素早く動かすと、ドラグの男とカヌークの女が1人ずつ視界に入る。どうやらどちらもあまりの出来事に反応が出来ず、硬直しているみたいね。
まったく……馬鹿なのかしら、こいつら。戦いの場で動きを止めるだなんて。
動かない2人の内、男の方を逆袈裟で斬り倒すと、その勢いを利用し、返す刃でもう女の方も斬り倒す。
最後に残った男が、慌てた様子で人質を取ろうと動く。……けど、そうはさせないわよ?
レンジ流剣術――紅月閃!
心中でそう叫び、刀を縦に勢いよく振るう。
と、その軌跡に沿うようにして、三日月状の赤い衝撃波が生み出された。
そしてその衝撃波は、乗客に手を伸ばそうとしていた男へと襲いかかり……その翼を斬り落とす。
まったく……人質を取ろうだなんていう姑息な真似をするから、技を使う羽目になったじゃない。出来れば技を使わずに殲滅したかったのに。
だから、衝撃波の威力が不十分で翼しか切り落とせず、その男に、
「ぐぎゃあああああっ!?!?」
という苦悶の声を上げさせる時間を与えてしまったのは仕方がないと思うのよね。
私はそれ以上の声を上げさせないよう、速やかに刀の切っ先を男に向け、踏み込む。
刀が男の喉元に吸い込まれ、文字通り男は沈黙した。まあ、永久の沈黙だけど。
そんな事を考えながらも、周囲を素早く見回して、他に盗賊はいない事を確認する。
……潜んでいる気配もなし、っと。ここはもう大丈夫そうね。
そう判断した私は更に前の客車に向かって走り出す。
――盗賊は、殲滅あるのみ、よ。
<Side:Estelle>
シャルロッテの鋭く疾い斬撃によって、瞬く間に斬り伏せられていく盗賊たち。
「う、ううん……動きが速すぎる……うん」
後ろから追いかけてきたロゼがそんな風に呟く。
「同意じゃわい」
強そうだとは思っておったが、まさかこれほどとはのぅ……
4人の盗賊を仕留めた事を確認するやいなや、シャルロッテは即座に次の車両へと駆け出す。
「ちょ、ちょっとは待たんかいっ!」
――次の車両でも同じような速度で盗賊を斬り伏せるシャルロッテ。
次の次の車両でも、更にその次の車両でも同じじゃった。
ここまで来ると、最早、盗賊が戦闘訓練用の木人かなにかのように見えてくるわい。
「とんでもない強さですね……。ソウヤさんと同レベルくらいでしょうか……」
と、アリーセが横に来て言う。
「撃破速度という点ではこちらの方が上かもしれぬな」
「うん。ほぼ一撃必殺。盗賊たちの防御魔法が紙切れ同然、うん」
妾の返答に、アリーセの代わりにロゼがそう言って返してくる。
そうなのじゃよなぁ……。シャルロッテが倒した盗賊どもの装束をインスペクション・アナライザーで確認してみたら、割と優秀な防御魔法が付与されておったんじゃよなぁ。
もちろん、ソウヤの剣なら同様に一撃で貫くじゃろうが……シャルロッテの場合は、武器というより、あの剣技じゃな。あれが色々と規格外じゃ。
ちょいちょい魔煌波の反応を感じた事から推測すると、魔法の類が併用されておるようじゃが……あの刀、回路がないんじゃよなぁ……。文字通り刀一本で魔法を放っておるような状態だというのがわけわからんのぅ。
まあ、師匠も魔女技巧とやらで回路なしに魔法を使っておった故、魔煌波を何らかの手段で操作出来れば、不可能というわけではないのじゃろうが……
そんな事を考えつつ、シャルロッテの後を追って走って行くと、先頭の機関車両でその姿が消えた。
はて? どこへ行ったのじゃ?
……機関室のドアは魔法障壁が展開された状態のままで、破られた形跡がないのぅ。
どうやら盗賊どもは魔法障壁を破る事が出来なかったようじゃな。となると……
「あ、後ろの屋根の上にいました!」
アリーセが壊れて開きっぱなしになっている運転士用の乗降ドアから身を乗り出しながら言ってくる。
ふむ、そう言えば機関車両の外側には梯子が取り付けられておったっけのぅ。それを使ったようじゃな。
そんなわけで妾たちは機関車両の外側、乗降ドアのすぐ横にある梯子を登っていく。
と、シャルロッテが一番前の客車の屋根で、襲撃してきた盗賊どものリーダーと思われるガルフェン族の男と対峙しておるのが見えた。
――否、正確には刀の切っ先を喉元に突きつけておるのが見えた、じゃな。
「うん、もう決着がついてた。早すぎる。うん」
ロゼが呟くように言う。まったくもってその通りじゃわい。
妾たちがシャルロッテの方へ近づいていくと、
「一つ聞きたいのだけど、アナタたちの使っていたあのワイヤーシューター、アレ、どこで手に入れたのかしら? あんな高度な技術で作られた物、普通には入手出来ないわよね?」
シャルロッテのそう問いかける声が聞こえてきた。
ふむ……どうやら、シャルロッテも妾も同じ事を考えておったようじゃな。
「あ、あれはボスが『協力者』から提供された代物だとか言ってたが、それ以上の事は俺には分からん……っ!」
「へぇ、そうなの……。それで、その『協力者』っていうのは、アナタたちと共にいるのかしら?」
「い、いや、定期的にやってくるだけだ。ただ……」
「ただ?」
男の言葉に首を傾げるシャルロッテ。
「奴がいつどうやってボスの所に来ているのかが分からねぇんだよ。見張りを根城の内外に配置しているのに、誰も見つけられねぇ。俺がボスの部屋の前で見張りをしていた時も、だ」
「いつの間にか……ねぇ」
何か思い当たる節があるといった感じで呟くシャルロッテ。ふむ……
「だから、細かい事はわからねぇ。も、もういいだろ。知っている事は話したんだから見逃してくれよ」
「そうね。そういう約束だったわね」
そう言って刀を鞘に収め、背を向けるシャルロッテ。
たしか、こういうのを『ふらぐ』だか『お約束』だかと言うんじゃったか? つまりこの後は――
「死ねぇぇぇっ!」
どこからともなく取り出した短剣でシャルロッテに襲いかかる男。
想定どおりじゃのぅ……。
「――と、叫んで襲ってくる。師匠の言う通りの動きでつまらないわねぇ」
シャルロッテもまた予測していたらしく、身を翻して短剣の一撃を回避。
「くそっ!」
攻撃が外れた事で冷静になったのか、男は例のワイヤーシューターなるものをどこからともなく――まあ、妾がローブの袖に仕込んであるのと同じ収納領域じゃろうが――取り出し、近くの大木に撃ち込む。
どうやら逃げに転じるようじゃな。まあもっとも、同族の恥であるような愚か者を逃がすつもりなぞ、毛頭ないんじゃがの。
妾は追撃の為にソーサリーペンダントを取り出し、拘束魔法『朱鎖の封縛陣』の発動準備を開始……しようとした所で、「あ……れ?」という疑問の言葉を最後に、男の首が床へと転がり落ち、血しぶきが舞った。
……は? な、なんじゃ今のは……
一体、いつ斬ったのじゃ? というか、刀が鞘から抜かれておらぬ……ぞ?
「まったく……真っ先に逃げる事を選択すれば、良かったのにねぇ……」
シャルロッテが妾たちの方を向き、ヤレヤレと言った表情で首を左右に振る。
「うん? 今の……何? まったく見えなかった。うん」
ロゼがシャルロッテへと問いかけ、アリーセがそれに続く形で頷く。
どうやら二人も妾と同じであったようじゃな。
「レンジ流剣術――正確にはその中の抜刀術ね。こう、逆手で柄を持って、引き抜きながら右手の甲で峰を押し上げるのよ。で、薙ぎ払ったら即座に納刀」
そう説明してきおったが、原理は理解出来ても、それを目に見えぬ程の速さで行うというのは、常人には無理じゃろうな……
「うん……? 右手で押して速度を上げている……? うん、なるほど……片刃ならではの方法……」
なにやら手持ちの短剣で練習を始めるロゼ。……この娘なら、いずれ普通にやってのけそうな気がしないでもないのぅ。
それはそうと――
「のぅ、シャルロッテよ、今のそれは奥義とやらではないのかの? そう簡単にバラしてしまって良いのかの?」
「え? 別に奥義ってわけじゃないから全然構わないわよ? 私の師匠も、すぐに教えてくれたし」
妾の問いかけにそう返してくるシャルロッテ。
あれが奥義ではないというのなら、一体全体、奥義レベルの剣技はどんなものなのじゃろうな……
ソウヤも大概じゃったが、この女もぶっ飛んでおるのぅ……。なんだか、レンジ流剣術とやらに興味が湧いてきたわい。後で調べてみようかのぅ。
そんな事を考えておると、
「あ、あの……すいません。貴方たちが、盗賊団を一掃した……のですよね?」
という声が聞こえてくる。
そちらへと顔を向けてみると、車掌と思われるテリル族の女が、壊れたドアから身を乗り出してこちらを見ておるのが視界に入った。
「うん。私たちというか、シャルロッテが一人で」
そうロゼが答え、手に持った短剣でシャルロッテを指し示す。
妾とアリーセもそれに続く形で、首肯した。
「ひ、一人で……ですか!?」
驚きの声を上げる車掌。まあ、そうじゃろうな。
「ええまあ、たしかに結果的にそうなったわね。そ、それより……乗客や荷物に被害はなかったかしら? ち、注意していたから大丈夫だとは思うけど……。その、も、もしかしたら、うっかり斬り裂いちゃっていたかもしれないというかなんというか……」
と、なにやら不安げな表情でそんな事を言ってくるシャルロッテ。
いや、そこで不安そうになられても困るのじゃが……。
やれやれ、なんだか締まらないのぅ。
逆手の居合(逆手での抜刀)ですが、極めると尋常ではない速さになります。
昔の映画にも出てくるのですが、あまりにも速すぎて何をやったのか分からなかった、という苦情があったという逸話も……




