序 鉄道に乗って
1章の2章の間となる間章です。
全部で3話の予定です。
<Side:Souya>
「まさか、雨が降ってくるとは思いませんでしたね……」
「ああ、ここ1時間で急に暗くなったからなぁ……。まあ、駅は屋内だから問題ないが、どこかで傘を買わないと駄目だな」
そうエミリエルに返しつつ天井を見上げる。うーん……天井に当たる雨音からして結構降ってそうだな。
……そう言えば、この世界の傘ってどんななんだ? などというどうでもいい事を考えていると、
「まもなく、ルクストリア中央駅行きの列車が到着いたします。停車時間は2分と短くなっておりますので、ご注意ください」
雨音の中でも響く程の音量で、そんなアナウンスが聞こえてきた。
停車時間2分って、日本人の感覚からすると短いどころか長めな感じがするなぁ。
と、そう思いつつプラットフォーム上から線路の先へと視線を向けると、雨を弾きながら駅舎に滑り込んでくる列車の姿が見えた。
その列車は、先頭が煙突のない機関車といったフォルムの車両になっており、この車両の生み出す動力――もちろんこれも魔煌波によって生み出される物だ――で後ろの客車を引っ張るらしい。
客車はアンティーク調というか……前に何かで見た大正時代の客車っぽい雰囲気だ。全体的に日本の車両に比べて横幅が広いな。1.5倍くらいあるのではなかろうか……?
その為、通路がかなり広く作られており、あそこで武器を振り回して戦闘する事も出来そうである。
というより、シャルロッテがやっているわけだが。
ちなみに、座席は外から見た感じでは2人がけの席が向き合って配置されているタイプ――いわゆる横座席のボックスシートと呼ばれる物のようだ。俺の住んでいた辺りじゃ、このタイプと長椅子タイプ――いわゆる縦座席のロングシートが半々くらいだったな。
それはともかく、席の幅も日本の物より少し広いので、頑張れば3人座れるかもしれない。……いや、さすがに無理か。
そんな感じで、列車についてあれこれ考えたり思い出したりしていると、
「ふぅ、なんとか間に合ったか。いやぁ、急に雨が降ってくるとは思わんかったぜ……」
という声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはアルベルトの姿があり、その手には、日本で見慣れた傘を持っていた。
といっても、コンビニで売っていそうな透明な奴じゃなくて、ちゃんとした傘屋で売っていそうな出来のいい奴だが。何の素材で作らているのかは良く分からないが、少なくともビニール……じゃなくてポリエチレンで作られていない事だけは間違いない。
「あ、アルベルトさん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
エミリエルに続く形で、そう言う俺。……なんだか、この挨拶、日本っぽいなぁ。
という感想を抱いていると、発車時間が迫っている旨を知らせるアナウンスが流れる。
俺たちは話は乗ってからという事にして、早速客車へと乗り込んだ。
そして、3人で同じボックスの席に座った所で、俺はアルベルトに問いかける。
「たしか、アルベルトさんは例の列車盗賊団の件で首都へ行くんですよね?」
「ああそうさ。……しっかし、まさかあの時点で既に外に出ている奴らがいるなんて想定外だったぜ……」
そう答え、やれやれといった感じでため息をつきながら手を広げて首を左右に振るアルベルト。
「そう言えば、そんな話でしたね。運が悪いとしか言いようがありませんが」
「まったくだ。もし、あの列車に例のモノノフが乗っていなかったらと思うと、ゾッとしないぜ」
「なんでも、あっという間に制圧――いや、殲滅したという話でしたけど……」
「ああ、盗賊どもは一人残らず一撃で即死だったらしいぜ。まあ一撃つっても、刀で一太刀ってわけじゃなくて、切り刻まれたのとか、炎で燃やされたのとかもいるがな」
と、組んでいた腕の片方の手のひらを上に向けながら、そんな風に言ってくるアルベルト。
全て一撃必殺……か。かなりの強さを有している事は感じていたけど、そこまでとはな。
「お姉ちゃんが興奮しながら、その時の様子を事細かに語って来ましたからね、相当すごかったんだと思いますよ」
そう言ってウンウンと首を縦にふるエミリエル。
どんな感じなのか気になった俺は問いかける。
「へぇ……エステルがねぇ。どんな風に言っていたんだ?」
「えーっとですね――」
◆
――3日前の車内。
<Side:Estelle>
「な、なんかワープしてきたけど、今のなに!? なんなの!?」
唐突に、刀を持つエルランの女が妾に対し詰め寄ってきおった。……誰じゃ?
なにやら、ちょっとばかし取り乱しておるというか、混乱しておるというか……ともかくそんな感じのようじゃな……。まあ、そうなるのもわからんではないが。
というよりも、じゃ。飛ばされた妾も驚きなんじゃぞい。さすがはソウヤ……といった所じゃが、あんな事まで出来るとは思わんかったわい。
「あの……シャルロッテさん、落ち着いてください。私が説明しますね」
アリーセがエルランの女にそう告げ、とりあえず席に座るように促す。ふむ……エルランの女はシャルロッテという名前であるようじゃな。どうも、アリーセたちと一緒に妾を待っておったようじゃから、アリーセの知り合いか何かなのじゃろうか?
妾が席に座ってそんな疑問を抱いていると、アリーセがさっきのはおそらくソウヤの異能――さいきっくの力の1つだろうという説明をし始める。
ミラージュキューブを転送した話を交えながら、妙に熱く語っておるが……アリーセよ、ちょっと話を盛っておらんか?
……まあ、よいわい。
それにしても、じゃ。実際に飛ばされてみて思ったのじゃが、昨日、脚立から落下した妾をソウヤが受け止めてくれた時、なにやら受け止められた位置が不自然であった気がしたのじゃが……あれはやはり気のせいなどではなく、ソウヤの異能によって引っ張られたからだったようじゃな。
と、そんな感じで妾が考えを巡らせておると、
「はぁ……。なんだかとんでもない人ねぇ……」
というシャルロッテの声が聞こえてくる。なんだかため息が混じっておるのぅ。
「うん、とても凄い」
アリーセの横でディアルフの娘が頷いて言う。なんだか妙に誇らしげな顔をしておるのぅ。お主が凄いわけではないと思うのじゃが……
たしか、こういうのをドヤ顔とか言うんじゃったかのぅ?
まあそれはそうと……おそらくこの娘がロゼとやらじゃな。腕を自ら斬り飛ばすとかいう無茶な事をした、という話じゃったが、見た感じ特に問題なく繋がっておるようじゃな。
もっとも、あの治療院であれば、このくらいの再生は大した事じゃなかろうがの。
……ああそう言えば、弟弟子の奴も、なんどか無茶な実験をして怪我をしては、その度に治癒や再生を受けて追ったっけのぅ。
なんて事を、外の景色を眺めつつ感慨深げに思い出しておると、アリーセが妾を見て何かに気づいたのか手を合わせ、
「そう言えば、エステルさんにはまだ、お二人の事を紹介していませんでしたね」
と、言ってきおった。ふむなるほど……その事であったか。ま、たしかにそうじゃな。
「ならば、妾から先に名乗るとしようかの。――妾はエステル・クレイベル。アルミナの町で魔煌具屋を開いておる。もちろん魔煌技師でもあるぞい」
その妾の名乗りに続くようにして、ロゼとシャルロッテが自己紹介をしてくる。
そしてそのまま、他愛もない話をしばし続けた後、ふと窓の外に目を向けてみると、線路脇の崖上に覆面の集団がいるのが見える。……うん? なんじゃ?
よく見ると、その集団の身につけている服には鳥の様な物が描かれておった。
あれは……アルミナとセレティアの間にある遺跡の壁画に描かれておる奴じゃな。
そう……確かヴェヌ=ニ――
そこまで思考した所で、妾はアリーセたちに向かって叫ぶ。
「いかん! ヴェヌ=ニクスじゃ!」
妾の言葉を聞き、アリーセたちが弾かれたように窓の外に目を向ける。
と、同時に覆面の集団――ヴェヌ=ニクスどもがクロスボウをこちらに向け、そしてボルトを発射。
「ん、来る!」
ロゼの発言の直後、ボルトが列車の屋根に突き刺さる音が響き渡る。
「ワイヤー付きボルト……。なるほど、あれで乗り込んでくるわけね」
落ち着いた様子でヴェヌ=ニクスの動きを観察するシャルロッテがそう言うと、その発言通り、ヴェヌ=ニクスどもがワイヤーに引っ張られる形で列車の屋根へと飛び移ってくる。
どうやら、ボルトにワイヤーを巻き取る魔煌具と重力制御系の魔煌具が仕込まれておるようじゃな。ワイヤーの巻き取りを利用しつつ、重力制御で落下を防止している……といった所なんじゃろうが、あんなもの並の魔煌技師では作れぬぞい……
なんなのじゃ、ヴェヌ=ニクスというのは……。そもそも、『白牙隊』と『翠爪隊』が合同で根城の制圧を行ったのではなかったのかのぅ? まあ、取り逃した一団と考えるのが妥当じゃろうがの。
「ど、どうしましょう!」
アリーセが慌てた様子で問いかけてくる。まあ、これが普通の反応じゃよなぁ。
他の乗客たちも同じような感じじゃな。
「迎撃あるのみ、うん」
ロゼはそう言って立ち上がると、短剣を構える。
「迎撃では遅いわね。こういう輩の時は、一瞬で制圧、殲滅するのが被害を最小限にする最良の手よ」
シャルロッテがそう返しつつ、刀の鞘に手をかけつつ立ち上がる。
……ロゼ以上にやる気満々かつ過激じゃのぅ……。まあ妾もシャルロッテ程ではないにせよ、この列車に踏み込んで来るような危険な連中は、躊躇なく倒すつもりじゃが。
そうこうしている内に、屋根に取り付いたヴェヌ=ニクスたちが、そこからワイヤーを使って窓ガラスを蹴破り、突入してくる。……随分とアクロバティックというか、器用な事をしてきおるな。
それにしても、この最後尾の車両に突入してきた者たちがおらんかったのは、幸か不幸かどちらなのやら、じゃな。
まあもっとも、この車両が無視されたというわけではなく、奴らは単に機関車両を先に抑えるつもりでいるから、なのじゃろうが。
そう推測した直後、他の客車からの悲鳴が聞こえてくる。奴らの手口からすると、そうそう殺されはせんじゃろうが……奴らには後がない故、今までとは違う強硬手段に出ないとも限らぬ、か……。これは厄介かもしれぬな。
「……そう。盗賊は殺し尽さなければならないのよ。全て」
うん? シャルロッテの口調が――いや、様子が少しおかしい気がするぞい……。なんというか全身から、あの獄炎戦車の冥い霊力に似た物を感じるのじゃが……なんなのじゃ? これは。
そんな疑問を抱いておると、シャルロッテが悲鳴の聞こえた客車に向かって駆け出しおった。
妾は放って置くわけにもいかず、それを追って走るのだった――
語り手が切り替わる外伝に似た形式の為、「間章」という扱いになっています。




