第4話 角狼
「グウウゥゥ……」
カメラのフラッシュのような閃光が見えた方へ行ってみると、なにやら唸り声が聞こえてきた。
慎重に近づいて行くと、そこには口に何かを咥えたまましきりに頭を振っているデカイ狼……いや、頭にイッカクのような鋭く尖った角があるので、狼もどきだな。まあともかく、そんな奴がそこにはいた。
……というか、一体なにを咥えているんだ?
気になった俺は、口の方を注視し、そして即座に顔をしかめる。いやはや、いきなりそうきたか……
狼もどき――角狼とでもしておくか――が咥えていた『ソレ』は、人間の腕だった。
その腕は細く、そしてとてもきれいな肌をしていた。……ふむ。なんとなくだが、女性のような気がするな。
あとは地面に落ちている短剣のみで、それ以外に周囲には見当たらない。……いや、血痕が地面に点々としているか。……つまり、あの腕と短剣の持ち主は、腕を食い千切られつつも、なんとか逃げる事に成功した、といったところだろうか。
なにはともあれ、ああいうわけわからん奴はとっとと仕留めておくべきだろう。人間の腕を食いちぎる時点で、友好とは思えないからな。だが、どうやって仕留めるべきか……
少しばかり思案をめぐらしたところで、次元鞄を渡してきた時のディアーナの言葉を思い出す。
たしか……なんとか鋼製の剣とやらを入れてある、と言っていたはずだ。
俺は、試しに剣をイメージしながら鞄に手を突っ込んでみる。
手に何かを掴んだ感触があったので、そのまま引っ張り出してみると、白銀の輝きを放つ、きれいな直刃の剣がその姿を現した。
その刃は幅広で、長さは1メートルに若干満たないくらいだと思われる。
両手持ちの剣と片手持ちの剣の中間くらい――いわゆるバスタードソードと呼ばれる類の剣。それに似た代物だな。
刃の付け根、鍔に近い所に、何やら八角形の純白の宝石らしき物が埋め込まれているが……これは、装飾かなにかだろうか?
純白の宝石らしき物の綺麗さにも驚くが、それよりも驚くのは、その大きさの割に重さをまったく感じない点だ。どういう原理なのかさっぱり分からないが、片手持ちの剣どころかナイフよりも軽い。
これがなんとか鋼とやらによるものなのか、何らかの力が付与されているからなのかは分からないが、とりあえず非常に強力そうな剣だというのだけは、ひと目で分かる。
少なくとも、あの角狼を倒すには十分すぎる代物だろう。
さて……と。
鞄から取り出したその剣を構えつつ、角狼の様子を伺う。
角狼は先程よりも立ち直りつつあったが、まだフラついているため、完全に立ち直るまでにはもう少し時間がかかりそうだ。
先程の閃光が、随分と効いているみたいだな。
まあ何にせよ、立ち直りきれていないのなら好都合というものだ。
俺は剣を構えたまま、角狼に斬りかかるべく距離を詰め……ようとしたところで、ふと思う。
……実戦自体は何度も経験してきてはいる。しかし、残念ながら剣を使った近接戦闘というのは訓練こそしたが、実戦は経験した事がない。
なぜなら、地球――日本での戦いでは、基本的にサイキックを使っていたからだ。
もっともそれ以前に、日本で剣などそう簡単に手に入らないし、持ち歩くわけにもいかないという理由もあるのだが……
っと、それはともかく、ここは技量に不安のある剣で斬りかかるよりも、俺の得意とするサイコキネシスを用いて、攻撃を仕掛ける方がいいように思える。
ちょうどいい事に、俺が手にしているこの剣は見た目に反してナイフよりも軽い。
そして、元々このくらいの重さ――それこそガラス片ならば地球にいた時でも『大量に浮かばせた上で、任意の範囲内で荒れ狂わせる』なんて事を難なく出来ていたのだから、あの時よりも力が強まっている今であれば、この剣を浮かせ、更に『回転』と『加速』を加える……という事も出来るのではないだろうか?
そこまで考えたところで、俺は手に持っていた剣を思い切り上へと放り投げた。
と、同時に、剣に向かって右手を伸ばすと同時に意識を集中させ、剣が風車のように回転する姿を頭に思い浮かべる。
すると、放り投げた剣が、俺のイメージした通りに横回転をし始める。
よしっ! 上手くいったっ!
心の中で歓喜の声を上げつつ、今度は、回転する剣を手裏剣のように投げつける……というイメージを頭の中に描き出し、右手を正面――角狼の方へ向かって振るう。
と、その手の動きに合わせるかのように、剣は勢い良く正面方向へと高速で飛翔を始める。
そして、まさに巨大な手裏剣と化したそれは、一旦角狼の頭上を通り過ぎた後、スピードを落とす事なく大きくカーブし、そのまま弧を描くようにして、角狼へと迫る。
その剣の動きによって生じる空気の流れを感じ取ったのか、角狼が反応して迫る剣の方に顔を向ける。
「遅い」
俺がニヤリとしつつそんな事を小さく呟いた直後、剣が勢い良く角狼をすり抜け、そのまま地面に激突。深々と突き刺さる。
それと同時に、角狼の首がゴトリと地面に落ち、角狼は断末魔の叫びを上げる事もなく、絶命した。
そう、俺の放った剣は角狼をすり抜けたのではなく、角狼の首をいとも簡単にスッパリと切り落としていたのだ。
だが、回転と加速を加えただけで、ここまで威力が増すとは想定外だな。……単純に、この剣の切れ味が良すぎるだけだという気もしなくはないが。
それはともかく、首を失った胴体の切断面からは鮮血が噴き……出していないな? はて?
もっとも、グロい光景を見なくていいなら、それに越したことはないし、いいっちゃいいんだが……
って、まてよ? もし、これで実は絶命していない、なんていうオチだったら笑えないぞ……
その可能性を考えた俺は、念の為、剣をアポートで手元へと引き戻し、それを青眼に構えながら角狼の様子を確認すべく、慎重に近づいてみる。
――ん?
先程まで剣が突き刺さっていた地点まで近づいたところで、ふと気づく。
首を失った胴体はピクリともせず、完全に動きが止まっているのだが、緑色のオーラは消えていなかったのだ。
そう、最初に見た時と比べかなり薄くなってはいるが、いまだに角狼の体は緑色のオーラに纏われ続けていた。
これは……どういうことだ? まさか不死、もしくは倒してもすぐに蘇生してしまうような存在だとでもいうのか? もしそうだとしたら、面倒だぞ……
そんな事を考えつつ、今度は首の方を確かめるべく、地面に転がっている角狼の首のそばまで近づく。
直後、それまで胴体と同じく首に纏わりついていた緑色のオーラが突然消滅した。
そして、それと同時に黒い血、いや、黒い靄が血の代わりだと言わんばかりに、切断面から勢いよく噴き出す。
「うおっ!?」
俺は慌ててバックステップし、角狼との距離を取る。
と、まるでその動きに合わせるかの如く、今度は胴体から黒い靄が勢いよく噴き出し始める。
なんだか良く分からないが、とりあえず様子を見るしかなさそうだ。不死や何度でも蘇るようなタイプではない事を願いつつ、な。
◆
……というわけで、剣を構えたまま様子を見ていると、俺が危惧していた蘇生などは起こらず、十数秒かそこらで黒い靄の消滅と共に、角狼の姿も一緒に跡形もなく消えてしまった。
まるで、最初からそこには角狼なぞ存在していなかった、と言わんばかりに、だ。
残されたのは、口に咥えていた腕と短剣、そして赤青白の三色の石片が2つずつ、だ。石の方はどう見ても角狼の一部とは思えないが……なんだ? 奴の核みたいなものか何かだろうか?
なんだかよくわからないが、まあ……これも後で本を読めば分かるだろう。
今はそれよりも……ということで、短剣と一緒に石片も回収し、それを鞄にしまい込む俺。
そして、ゆっくりと地面に残されている腕を拾い上げ、腕の状態を確認してみる。
……うーん? なんというか、噛みちぎられたにしては切断面がきれいすぎるな。どちらかと言うと、刃物でスパッと切断したような感じだぞ、これは。……まさか、あの角狼に食いつかれた腕を切断して逃げた……のか?
そう思いながら、先程見つけた血痕に目を向ける。すると、その血痕から、まるでこの先の道筋を示すかのように血の跡が一直線に続いていた。
おそらくそれはこの腕の持ち主……いや、持ち主と言っていいのか良くわからないが、ともかく、その人物が血を流しながら逃げていった跡で間違いないだろう。
だが、この血の流れ具合からすると、もう片方の手か何かで出血を抑えてはいるのだろうが、本格的な止血など一切していないと思われる。正直、かなり危険だ。
そこまでして逃げるという選択を取ったという事は、この人物は、あの角狼を倒せるような力を持っていないと考えた方が良いだろう。
止血をしていない事も問題ではあるが、もしこの血の匂いに釣られて、角狼、あるいは別のモンスターが、その人物のもとに現れたりしたら……
と、そこまでで俺は考えるのを止め、手に持ったままの腕を鞄の中へ突っ込むと、血の跡を追って走り出す。
あれこれ考えるよりも、さっさと追いかけるべき、だよな――
次の話は、蒼夜とは別の人物の視点となります。