第40話 訪れる静寂
――強い輝きが収まったかと思うと、
「ギリギリでしたぁー。ソウヤさんー、ありがとうございますー」
という、俺に対してお礼を述べてくるディアーナの声が聞こえてきた。ふぅ……やれやれだ。
目を覆っていた腕を下ろすと、そこには元の姿へと戻ったディアーナがいた。どうやらさっきの光は再生のためのものであったらしい。
俺はその姿を見て改めて胸をなでおろすと、ディアーナに問いかける。
「消えそうになっていたので、焦りましたよ……。一体どうしてあんな事に?」
「あの封印強化の術式はー、どうもー、私を構成するアストラルをー、大幅に消耗する様ですねー。あの鎖もー、私や私の使う星霊術と同じくー、アストラルでー、構成されている事がー、原因のようですけどー、よくわかりませんねー」
と、腕を組みながらそう言って首を傾げるディアーナ。
星霊術というのは、ディアーナがあそこで使っていた術だろう。自身を構成する物を利用して放つから魔煌波がかき消されるあの場所でも使えるんだな。
……それはそうと、あの術によるアストラルの消耗度を知らなかった、みたいな言い回しだが……どういう事だ?
「さっきの封印強化の術式、ディアーナ様はアストラルを消耗する事を知らなかったのですか?」
「はいー、というかー、あの直前まで術式自体しりませんでしたー。あの謎の存在が放った不快な咆哮を―、受けた瞬間にー、記憶領域――頭の中にー、ふっと浮かんできたんですよー。それと同時にー、封印強化がー、私の使命の一つであるという事もー、私の思考領域――頭の中にー、刷り込まれましたー」
俺の問いかけに対し、なにやら、とんでもない事を言って返してくるディアーナ。
なんとか領域とか言ってから、頭の中と言い直しているのはこの際置いといて、術式がいきなり使えるようになった? しかも使命とやらが刷り込まれた?
「えーっと……そういった現象は、これまでにもあったのですか?」
「はいー。世界の守護に関わる問題が発生するとー、そのような現象が起きますねー」
と、そう言って頷くディアーナ。
ディアーナは、『管理者兼守護者』という存在だという事からすると、世界の問題に対応するのは正しいのだろうが……
「問題が発生してから、それに対抗する新たな術式と使命――役割がディアーナ様に追加される……という仕組みなんですか?」
「どうやらその様ですねー。おそらくー、私を生み出した方がー、そういう風にー、設定していたのではないかとー」
中指を、眼とこめかみの間あたりに当てながら、俺の問いかけにそう答えるディアーナ。
……完全に後付けなんだよなぁ……。問題を感知してから、問題に対する対処法がディアーナが受け渡されているような感じだが、どうしてそんな風になっているんだ? というかそもそも、どうやってそうしているんだ……?
「……そう言えば、ディアーナ様を生み出したのは……どんな方なんです?」
「それがですねぇ……記憶にないんですよー。誰かに生み出されたのはー、間違いないんですけどー、その方の顔すらもー、さっぱりなんですよねー」
意図的に記憶させない様にしているのか? だが、何故そんな事を……?
……って、今それを考えても、答えなんて出るわけがないな。いかんせん情報がなさすぎる。それよりも……
「なるほど……。ところで、もう回復は完璧なんですか?」
「ああ、いえー、大丈夫は大丈夫なんですけどー、完全回復というにはー、程遠いといった所ですねー。どうにかー、この姿を維持出来る程度には回復したー、という感じですー。先程の封印強化をもう一度やるどころかー、多分ー、冥界の悪霊のようなー、異界の魔物との戦闘すら厳しい状態ですねー」
腕を組みながらそう言うと、首を横に振るディアーナ。
それはまた、随分と弱体化したものだな……
「あ、触る事は出来ますよー。触ってみてくださいー、さあさあー」
と、ディアーナが付け加えるように言い、こちらに迫ってこようとする。何故そんなに触らせたいのかっ。
「あ、あとでいいですから……。というか、こっちに来たらまずいのでは?」
「ある程度は大丈夫ですよー。まあでもー、力が回復するまではやめておきましょうかねー。あ、力はー、そのうち回復するのでー、ご心配なくー」
ディアーナはそう言って引き下がっていった。思ったよりも問題なさそうだな。
「そうですか……。それなら一安心です。……それで、この謎の化け物なのですが……どうします?」
俺が沈黙している化け物に視線を向けつつ、そう問いかけると、ディアーナは腕組みをして「うーん……」と唸った後、
「……正直言うとですねー、現時点ではー、手も足も出ませんねー。ソレが非常に危険な存在である事はー、間違いないのですがー、どういった存在であるのかとかはー、情報が引き出せずにさっぱりですしー。その遺跡も同様でー、私が生み出されるよりも前の時代に造られた物である事しか分からないのでー、追々、色々と調べてみないと駄目ですねー」
と、言ってきた。
ディアーナが生み出されたのがいつだかわからないが、ともあれ、かなり古い時代の遺跡であるようだ。あまり朽ちている様な雰囲気でもないというか、まるでまだ生きているかの様な感じなので、もう少し新しい時代の物だと思っていたのだが……
うーむ……いわゆる超古代文明的な何かだったりするのだろうか? そう思って周囲を見回してみるが、その程度で何かがわかるわけでもないか。
「……ん?」
超古代文明的な何かかどうかはわからなかったが、代わりに変化に気づいた。
昇降機で通ってきた通路に満ちていた黒い靄――魔瘴が消えているという事に。
あれだけ満ちていたはずの魔瘴は、今や綺麗さっぱり跡形もなく消え去っており、普通に天井や壁が見える状態になっている。いくらなんでも変化が極端すぎやしないか……? これ。
「ディアーナ様、魔瘴が消えている様なのですが……」
「あー、たしかに消えてますねー。それとー、歪んでいた次元境界も正常化していますねー。もう冥界の悪霊と呼ばれている異界の存在が顕現する事はなさそうですねー。うーん……その謎の存在に施されていた封印をー、強化したからでしょうかー?」
そう言って首を傾げるディアーナ。
「かもしれませんね……。となると、森に魔獣が出現しなくなった可能性も……? たしか、森の方へ向かって移動していたんですよね、この昇降機」
ディアーナの言葉にそう返しつつ、俺は今では完全に停止している昇降機だった床に視線を向ける。……水平移動だから、昇降はしていないが……って、そこはどうでもいいか。
「そうですねー、十分ありえますねー。その昇降機での移動距離を考えると、そこは森……というよりー、夜明けの巨岩の真下辺りになりますしー」
俺の問いかけにそう答えてくるディアーナ。
真下なのか。だとしたら余計にありえるな。もし予想通りだったら、偶然とはいえ原因を潰せてラッキーというか、ナイスというか……って感じだな。
っと、それはさておき、いつまでもここに居てもしょうがないな。
そろそろ、俺もディアーナの領域へと戻るとしよう。




