第37話 昇降機での戦い
「……随分と長いですね」
「そうですねー。あの広間からー、もう500メートル近くはー、下に降りてきていますねー」
降下し続ける昇降機の壁を見回しながら、そう答えてくるディアーナ。
随分と下まで降りているが、一体どこまで降りるんだ……?
「そしてー、段々と禍々しい気がー、強くなってきていますねー。これはなんなのでしょうー?」
こめかみに指を当て、首をかしげるディアーナ。
「……? 禍々しい気、ですか? それはどうい――」
「――ヲ――ラミ――」
「っ!?」
唐突に底冷えのするような昏い声がどこからともなく聞こえてきた。
否、正確には頭の中に直接響いてきた。なんというか、朔耶とテレパシーで交信している時のあの感覚に似ているな……
ただ、朔耶との交信と違い、聞こえてきた声はノイズが混ざりすぎており、ほとんど聞き取る事は出来なかったが。
と、そんな事を考えていると、今度は昇降機が停止した。
「昇降機が……停止しましたねー? それに先程の声は――」
ディアーナが言い終える前に、再び声が頭の中に響く。
「――リノ――ジ――デ――クレ――ゾ――」
だが、やはりさっきと同じくノイズが多すぎるせいで、何を言っているのか、さっぱり聞き取れない。
「何か言っているようですけど、聞き取れます?」
「いえー、さっぱりですねー。ですけどー、声からー、怨嗟、憎悪、憤怒……そういった負の感情がー、ごちゃ混ぜになってー、含まれているのがー、感じ取れますねー」
……それって、かなりやばい存在なんじゃ……?
「おやー? 正面にー、なにか反応がありますねー?」
そうディアーナが言った直後、正面の壁が消え、暗黒の空間と化した。
「ん? 昇降機が横に動き出した?」
暗黒の空間が見えたと思ったら、停止していた昇降機が再び動きだす。
ただし、水平方向への移動、つまり、そのまま暗黒の空間への突入だ。
一瞬にして昇降機の周囲が闇に塗りつぶされる。
闇のせいで分かりづらいが、昇降機から伝わってくる振動や空気の流れからすると、垂直方向に移動していた時よりも速度が出ているような気がする。
「なんか、随分とハイスピードで動いていますけど……これ、どこへ向かっているでしょうね?」
「うーん……方角的には森の方へ向かっている感じですねー」
ディアーナが顎に手を当てながら、俺の問いかけにそう返してくる。
森の方……? 森の方まで繋がっているって事か? この遺跡は。
けど、そうなると一つの可能性が生まれるな。
「まさか、森に魔獣が出没するようになったのは、この遺跡――いや、さっきの声の主が関係している……とかだったりするんですかね?」
「終点まで辿り着いてみないと確定は出来ませんけどー、その可能性は十分にありえますねー」
ディアーナのその返答を聞きながら、俺は周囲の闇へと視線を移す。
「……ん?」
ふと、なにやら闇が煙や靄のように揺らめいているのがわかった。
この闇……ただの暗闇じゃない……? ……煙や霞のように揺らめく闇……? この感じ、なにかどっかで見たような……
「た、大変ですー! 辺り一面、魔瘴だらけですー! 注意してくださいー!」
俺の思考を遮るように、ディアーナが少し焦った様子で、そんな警告を投げかけて来る。
魔瘴? なんとなく雰囲気からすると、魔の瘴気って感じだが……
俺が魔瘴とは何かと尋ね返そうとしたその刹那、視界の端に、周囲の闇――否、魔瘴とやらから何かが飛び出して来るのが見えた。
俺は、即座に次元鞄から剣を取り出しつつ、そちらを向く。
と、そこにはこの世界に来て最初に出くわした魔獣、モータルホーンがいた。
飛び出してきたのはこいつか……
「はっ!」
モータルホーンが動くよりも先に、剣をサイコキネシスで一直線に飛ばし、その口へと剣をねじ込む。
モータルホーンは、声を発する事もないまま全身を痙攣させ、そのまま口から周囲の闇と同じ黒い靄を噴き出して消滅した。
そういや、こいつと一番最初に対峙した時、剣を回転させて首を切り落とすとかやったけど、今考えるとあれって、オーバーキルだったなぁ。
っと、それはそうと……ディアーナの言った魔瘴ってのは、この黒い靄の正式名称で間違いなさそうだな。おそらく、魔獣の源といえる瘴気だから『魔瘴』って名前なのだろう。まあ、分かりやすいネーミングだ。
って……まてよ? そうすると、さっきのディアーナの警告は――
「グルアァァアァァッ!」
「ギギィィッ!」
「オオォォンンッ!」
俺が思考を完結させるよりも先に、魔瘴の中から複数体の魔獣が飛び出してきた。
……うんまあ、そういう事だよなぁ……
やっぱりあの警告は魔獣が湧いて出てくるから注意しろって意味だったか。
しかし……ゲームなんかじゃ、こういう昇降機上で敵に襲撃されるっていうのは、割とよくあるイベントだったりするけど、まさか実際にそれを体験する事になるだなんて、夢にも思わなかったぞ。
……とまあそんな事を、剣を飛ばして魔獣を始末しながら考えられるくらいには、既に魔獣の相手は慣れていたりする。なにしろ今日の午前中は、森でかなりの数の魔獣を倒していたからな。
「上ーっ! 上ですーっ!」
ディアーナの警告が響く。
が、それよりも前に俺は、剣とは別に浮かせておいた投げナイフ20本を、上に向かって飛ばしていたりする。
そして、投げナイフの弾幕は、頭上から襲いかかろうとしていた、鋭い牙を持つ巨大な口を腹部に持ち、羽根まで生えている大蜘蛛もどき――ネックイーター・レイドスパイダーとかいう名前らしい――に次々と突き刺さり、あっさりと絶命。霧散した。
霧散と同時に落下し始めた投げナイフを再びサイコキネシスで浮かせ、俺の周囲に展開する。
「わー、よくわかりましたねー」
光線で魔獣を攻撃しながら拍手してくるディアーナ。……何気に器用だな。
「まあ、余裕ぶっこいて上から攻撃を食らうのは1回だけで十分ですので……」
ちょっとだけ自虐を込めて、肩をすくめながらそう返す俺。
まあ、あの経験があったからこそ、頭上もしっかり警戒していたんだけどな。
そんなこんなで前後左右、時には頭上から……と、あちこちから襲いかかってくる魔獣を、剣と投げナイフで蹴散らし続ける事、約15分……。3つ首の巨大ライオンもどきを倒した直後、急に魔獣の出現が停止。昇降機の駆動音のみが静寂の中に響く。
「……打ち止めですかねー?」
ディアーナが周囲を見回しながら言ってくる。
「……だといいんですけどね。そろそろ面倒くさくなってきましたし」
そう返しつつ、俺もまた周囲を見回す。
すると、なんとなくだが周囲の魔瘴が薄まっているように感じられた。
「魔瘴が薄くなっていません?」
「あー、たしかにー、魔瘴の濃度は薄まっていますねー。……んー、でもー、禍々しい気は以前よりもー、更に強くなっていますねー」
んん? 魔瘴は薄まっているのに、禍々しい気とやらは強くなっている?
ディアーナの行った言葉が、どういう事なのかと思考を巡らせているうちに、周囲の魔瘴が完全に消え、ドーム状の巨大な空間が姿を現した。
後ろを見ると、魔障に囲まれているかのような通路が見えた。
なるほど……ここを進んできたのか。
そして昇降機――といいつつ、水平に動いていたが――は、ドーム状の巨大な空間のその入口で動きを止めた。しばらく待ってみても再び動く出す気配はない。
ここが終点なのか? と、そう思った直後――
「――ヲ! ――サノ――ヲ! キ――!」
例の声が響く。だが、今回は頭に直接ではなく、下の方からだった。
という事は……
「って……。なんだありゃ……」
昇降機の縁から下を覗いた俺の目に映ったのは、漆黒の靄――おそらく魔瘴だと思われるそれが収斂し、名状しがたい巨大な獣の姿を形作っている『何か』であった。




