第33話 モノノフの女性
――なんていうカッコイイ決意をしておきながら、クーが自らの足で再び歩き出せるようになるよりも前に、俺は死にかけてこちらの世界へと転移してしまったわけだが……。
まあなんというか、実に締まらない話だな、まったく。
……とはいえ、助け出した頃に比べれば大分明るくなったし、もう一歩といったところだったからな。俺がいなくても朔耶たちが最後の一押しをしてくれるだろう。……そう思いたい。
それにしても、結局クーがどこで捕まったのか分からなかったな……。記憶も戻らなかったし……
解析班の連中は、記憶が戻らないのは中途半端にキメラ化してしまったせい――ゲノムがおかしな事になっているせい、みたいな事を言っていたが……そっち方面は詳しくないから、そう言われてもよくわからん。
それはそうと、思い出してみて気になったが、やはりロゼは『竜の血盟』が育てていた――いや、生み出していたアサシンに似ているんだよな。なんなんだ? この奇妙な一致は……
まあ……世界は違えど、アサシンの養成組織ってのはそういうものである、という可能性も十分にあるのだが、それだけで片付けるにはどうにもなぁ……
「……とはいえ、ここで考え込んでいても解決するものではない、か」
俺はそう独りごちると、椅子から立ち上がる。
そして、ふとフロントの方に視線を向けると、そこには刀を腰に佩いた女性の姿があった。クライヴと同じく、横に長い耳をしているので、おそらくエルラン族だろう。
侍のような感じだが、身に纏っているものが、軍服とゴスロリが混ざりあったかようなワンピースという、和風とはかけ離れた妙な装束な上、黒髪ではなく、薄紫のロングヘアーにピンクブラウンのメッシュ――エクステかもしれんが――を入れたような髪をしている事もあって、なんとなく違和感を覚えるな。
たしか、例の本にも『アカツキ皇国』は種族を問わず黒髪の者が多い、と書いてあったような気がするんだが……
もっとも容姿はともかく、ただ立っているだけでも、その端々に油断のなさが見え隠れしており、かなり高い戦闘能力を有しているであろう事は良くわかった。侍の類ではないとしても、優れた武人である事には間違いない。
と、そんな事を考えていると、部屋の鍵を受け取ったその女性が俺の方へとやってきて、腕を組みながら声をかけてくる。
「あなた、私の方をずっと見ていたけど、何か気になる事でもあるのかしら?」
……さすがに気づかれていたか。
「あ、ああ……すいません。刀を腰に佩いていたので、同郷の者かと思ったのですが、それにしては郷ではあまり見ない髪の色だったもので、つい……」
とりあえず、ここはこんな感じで誤魔化しておこう。
「刀? 同郷? ……って、ああなるほど、そういう事ね」
そう言って、なにやら合点がいったとばかりにウンウンと首を縦に振る女性。
「たしかに勘違いしてもおかしくはないけど、残念ながら、私はアカツキ皇国の生まれではないわ。この通り、刀を得物としているから私も『モノノフ』ではあるけれど、これは私に戦い方を教えてくれた師匠――といっても、私とあまり歳は変わらないけど――が、モノノフだったからよ」
ああそうか、そのケースもたしかにあるな。それと、この世界では侍の事は『モノノフ』っていうみたいだな。
「なるほど……そういう事ですか。わざわざ教えていただいてすいません」
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。アカツキから遠く離れた地で、刀を持っている人間を見たら、懐かしくなる気持ちもわかるもの」
と、そう言ってくるモノノフの女性。懐かしくなったわけではないのだが、あえてそれを言う必要はないと考え、俺は適当に相槌を打っておく事にした。
……そうして、俺はそのまましばしの間、その女性と雑談を交わす。
雑談の中で出て来た話によると、どうやらこのモノノフの女性は首都行きの最終列車を逃してこの街で一泊するハメになったらしい。
しかし……だとすると、こんな時間まで一体どこで何をしていたのだろうか?
不躾だとは思ったが、どうにも気になったのでその事について尋ねてみると、
「アルミナと隣の街――セレティアとの間にある神殿遺跡に興味があって訪れたのだけれど……徒歩だと思ったより距離があったのよね……」
という事らしい。セレティアっていうと……たしか、アルベルトが事件の調査とやらで行っていたっていう街だな。
「最初はセレティアに戻って一泊しようかと思ったのだけど、あっちは安宿が一軒ある程度だし、距離的に少しこっちの方が近いのを思い出したのよ」
「なるほど、それでこっちに」
まあたしかに、安宿な上、一軒しかないセレティアに戻るよりも、こっちに来る方が色々な意味で安心ではあるな。
「首都で明日、人と会う予定があるから、ついでにお土産でも買っていこうかと思ったっていうのも、あるんだけれどね」
「この街、何気に商店が多いからなぁ……。ちなみに何を買うつもりなんだ?」
「うーん……。やっぱり武器かしら? この街には、『武具専門ショップガイド』に、質の良い呪紋鋼製の武器が置かれていると記されていた、ウェルナット装備品店があるし」
俺の問いかけに対し、そんな風に言ってくる女性。
……『武具専門ショップガイド』というのは、おそらく本の名前なのだろうが、そんなノリで武器や防具を売る店を紹介する本まであるとは……おそるべし。
それにしても、武器がお土産ってのはどうなんだ……?まあ、ある意味武人っぽいかもしれないが……
なんて事を俺は思うのだった。
今回、少し短いです……




