第32話異伝2 キメラファクトリー <後編>
「しっかし……子供を攫ってきて暗殺者にするだの化け物に変えるだのと、相変わらず胸クソの悪い事しやがってんな、あいつら」
俺の斜め後ろを走る蓮司が、静かに怒りの言葉を発する。
まったくだと頷きつつ、俺はふと湧いてきた疑問を口にした。
「なあ蓮司、その子どもたちなんだが……奴らは一体どこから攫ってきたんだ?」
「んあ? あー、言われてみるとたしかにそうだな……。いくらなんでも、そんなに大勢の子供が失踪したらニュースになるよなぁ……普通。かと言って、海外で攫って日本へ連れてくる、なんつー手間のかかるよーな事をするたぁ思えねぇし……」
「ああ。海外にも奴らの拠点はあるし、わざわざ日本まで連れてくる必要性はないな」
そう、奴らの拠点は世界中に存在している。子供たちを暗殺者にする為の施設が、日本にしか存在しない、というのなら話は別だが、組織の規模からして、そんな事はありえないだろう。
「……っと、考えるのは後にした方がよさそうだ」
そうつぶやいて俺は思考を中断する。
こちらに向かって、鉄筋やコンクリートなどの建材を集めてプレスしたかのような塊を投げつけてくるキメラの姿が目に入ったからだ。
いや、正確には走りながら継続していたクレアボヤンスが捉えた、か。
せいぜい50メートル先までしか見えない微妙な俺のクレアボヤンスだが、こういった暗い通路では割と役に立つんだよな。
「なあ、アレ回避すんの無理じゃね?」
肉眼でも捉えられるほどにまで近づいてきたそれを見て、蓮司が危機感のまったくない口調でそんな事を言ってくる。
たしかに、その塊の大きさと通路の幅からして、回避するのは不可能に近い。
なので、回避など試みるつもりもない。その代わりに――
「わかってるって。あいつは俺がどかすから、大元の方は任せたぞ?」
足を止めながらそう告げる。
その俺の横を足を止める事なく……いや、むしろスピードを上げた蓮司が、「任されたぜ!」という言葉を残して駆け抜けていく。
俺はその塊へと右手を突き出し、それを押し返すイメージを頭の中に浮かべる。
と、すぐさま突き出した右手に重い物がのしかかる衝撃が伝わってきた。
衝撃の強さは想定の範囲内。――この程度なら、問題ないっ!
突き出した右手で塊を受け止め、そのまま押し返すイメージを頭の中に浮かべる。
「せいっ!」
俺が気合の声を発すると同時に、蓮司の間近まで迫っていた塊が反転、そのまま分解し、左右の壁に破片が飛び散った。
……押し返したつもりだったのだが、どうやら押し返しの時の衝撃であの塊自体が崩壊したようだ。押し返そうと思った対象が脆い場合は、こうなるんだよなぁ……
とはいえ、想定とは違う結果だが、障害自体は取り除けたし、まあいいだろう。
と、その刹那、炎が生み出す紅蓮の光が視界に映った。
そして、それから数秒遅れて、いかにも化け物だと言わんばかりの断末魔が聞こえてくる。……どうやら蓮司が、アレをぶん投げて来た奴を倒したようだ。さすがだな。
俺が蓮司に追いつくと、蓮司は開口一番、
「蒼夜、もしかしてサイコキネシスの力が以前よりも増してんのか? まさか、あの塊をぶっ壊すとは思わなかったぜ」
なんて事を言ってきた。
俺は首を左右に振って否定の意を示す。
「いや、あれは単なる偶然……というか、俺の押し出す力に耐えきれなくて砕け散っただけだ。今までも何度かこういうのはあった」
「ほぉ、そうなのか。だがまあ……蒼夜のサイコキネシスによる押し返しは、言ってしまえば2つの強い力がぶつかり合うようなもんだし、そういう事もありえるっちゃ、ありえるか」
「ま、そういう事だ。――ん?」
何気なく、蓮司と話しつつ背後にある大きな扉――防火壁に似ている重そうな鉄扉――に視線を向けると、そこには気になる表記があった。
「なあ、あの扉、『被検体保管室』って書いてないか?」
俺が指さししながらそう告げると、蓮司が俺の指し示した方へと顔を向ける。
「んあ? ……あー、たしかにそう書いてあるな。……って、そういやこいつ、あの扉を守るように立っていたな」
「被検体を保管する部屋、そして見張り……可能性は高いな」
「なんの可能せ……って、ああそうか! ここへ連れて来られたっつー子供たちか!」
蓮司が得心が言ったといわんばかりの表情で、指をパチンと鳴らす。
「よーし、乗り込んでみようぜ!」
そう言いながら扉を開けようとして、扉に触れた瞬間、動きが止まる。
「この扉、取っ手も鍵穴もないぞ……? どうやって開けるんだ?」
「カードリーダー……もないか。だとすると別の場所に開閉装置か何かがあると考えるべきか……?」
俺は扉とその周囲を見回すしながら、そう呟くように言う。
開閉装置、もしくはそれに近い物がありそうな場所……か。うーむ……
と、そんな事を考えていると、
「もっと合理的にいこうぜ。――おらよっ!」
そう言い放つなり、炎を纏った刀で扉を斬り裂き、大穴を開ける蓮司。
って、そんな事出来るんかい!
あまりの想定外な手段っぷりに、俺は驚き半分、呆れ半分といった感じで、心の中でツッコミをいれつつ言葉を発する。
「……合理的って言えば合理的なのかもしれんが……何かがおかしい気がする。っていうか、その刀は斬鉄的な代物かなにかなのか?」
「いんや、そこそこ業物の刀ではあるが、そんなご大層な代物じゃねぇよ。今のは、刀で切断したわけじゃなくて、刀に纏わせた炎で焼き切ったのさ」
それはそれで無茶苦茶な気もするが……まあ、キメラを一瞬にして灰燼に帰させるほどだし、焼き切るくらいは大した事ない……のか?
と、そんな事を考えていると、
「それよか、せっかく開けたんだし、さっさと中を調べようぜ」
そう言って大穴から部屋の中へと入っていく蓮司。
俺は後方を一瞥し、念の為増援の類が来ていないかを確認してから、それに続いた。
「……キメラどもの気配は感じねぇな。代わりにどこからか人の気配がする」
俺が部屋に入るなり、先に入っていた蓮司がそう言ってくる。
「人の気配……か。考えられるのは――」
「ああ、こっちへ送られたっていう子供たちだな。……暗くて良く見えねぇが、この奥か?」
蓮司は俺の言葉を引き継ぐようにそう言って、コンテナやら機材やらが雑多に置かれたやや広い部屋の奥に視線を向けた。
さっきの通路よりも暗いが、ここもクレアボヤンスを使えばあまり問題ではないな。
とまあそんなわけで、蓮司と同じく部屋の奥へと視線を向けると、クレアボヤンスを発動する。
「……ん?」
部屋の一番奥にある鉄格子の中で何かが動いたような気がした。
クレアボヤンスを継続させつつ、前へ歩きながら鉄格子の中へ視線を集中させる。
……ん? なにかいるな。これは……
「犬の……耳?」
「はあ? 犬?」
俺の呟きに、意味がわからないと言わんばかりの表情をする蓮司。
そうは言っても、クレアボヤンスの視界には犬の耳――
「って! 獣人!?」
つい素っ頓狂な声を上げてしまう俺。
そう、俺の視界に改めて映ったそれは、犬の様な耳を持つ少女だったのだ。
俺の声に反応して、その少女がビクッと震える。
「あ、ああすまん。驚かせるつもりはなかったんだ」
そう言いながら鉄格子に張り付くと、クレアボヤンスなしでも少女の姿がはっきりと見えた。
「……なるほど、犬の耳に尻尾……か」
俺の横にやってきた蓮司が少女を見てそう呟く。
「キメラと言えなくもないし、人と言えなくもない……か?」
「そう……か? いや……でも……そうなるか、一応」
俺の疑問の言葉に対し、蓮司はそう歯切れ悪く返すと、震える少女と同じ目線までしゃがみ込み、
「――えーっと、あー、お嬢ちゃん? 俺の言葉わかるか?」
と、ぎこちない笑みを浮かべながら、問いかけた。
「……?」
少女は首を傾げ、考える仕草を見せた後、静かに言葉を発する。
「……あ……えと……なんとなく、わかる」
「お、そうか」
「あなた、は? だれ?」
「えーっと、だな……。……どう言えばいいんだ?」
困った顔で俺の方を見てくる蓮司。
何故そこで詰まるのか……。まあいい、助け舟を出すとするか。
「――俺たちは君を助けに来たんだ」
「たすけ、に、きた? ……なるほど、りかい、した。……えっと、ありがとう」
「まだお礼を言われるのは少し早いけどな。まずはこれを壊さないと。――蓮司」
俺の言葉を聞き、蓮司が頷く。
「ああ、任せておけ。お嬢ちゃん、少し下がっていてくれ」
蓮司の忠告どおり少女が少し下がる。
「――ふっ!」
短い掛け声と共に炎を纏った刀が振るわれ、鉄格子が焼き切られる。
「す……ごい」
その様子を見ていた少女から感嘆の声が漏れた。
「ま、こんなもんだな。さて…………っと、すまん、そう言えば名前を聞いていなかったっけな。お嬢ちゃんの名前は?」
蓮司がそう問いかけると、少女は口元に人差し指を当てて少し考えた後、
「なま……え? クー……レン……ティル……ナ」
と、少しぎこちなく名乗った。
「クーレン……ティルナ? ……少なくとも日本の名前じゃねぇな」
蓮司が頭を掻きながら呟くように言う。俺はそれに対して頷きつつ、言葉を返す。
「ああ、たしかにそうだな。ちょっと長いし」
「さっきどっから攫われてきたのかわからねぇ、つー話をしたけどよ……こうなると、海外から攫われてきたって可能性もありえそうじゃねぇか?」
「まあ、たしかにその可能性もありえる状況だけど……一応、日本語を理解出来ているからなぁ。普通に日本で暮らしていたとも考えられる。――えっと……クーレンティルナは、ここに連れて来られる前は、どこに住んでいたのかわかるか?」
「ここに、つれて、こられる……まえ? ……えっ、と……。……? ……ん、っと……? あ、れ? ……わからない。わたし、すんでいた、ところ、どこだか……おもいだせない!」
蓮司の問いかけにそう返すなり、両手で頭を抑え出し、悲壮な表情をするクーレンティルナ。
――記憶が部分的に失われているのだろうか……? まてよ? そういえば、自分の意思を持たないようにされていたと朔耶が――
って! 違う! そんな事を考えるのは後だ! とりあえずクーレンティルナを落ち着かせないと!
……危うく高速思考モードに入りかけたが、なんとか踏みとどまる俺。
そして、蓮司とともにクーレンティルナを落ち着かせると、発信機を用いて朔耶と連絡を取る。
すると朔耶は、すぐさまこちらの建物へ救護班を向かわせると言ってきた。
蓮司に救護班の話を伝えると、
「うっし! それじゃあさっさと脱出して、救護班と合流するとしようぜ」
と、そう言ってパシッと左の手のひらに右拳を打ち付ける。
「ああ、そうだな。……クーレンティルナ、色々思うところはあるだろうけど、今はとりあえず何も考えずに俺たちについてきてくれ」
俺がそう言いながら手を伸ばすと、クーレンティルナは、こくんを首を縦に振り、俺の手を掴む。
「よし、ここから脱出するぞ――」
今回の異伝はこれで終わりです。




