第32話異伝1 キメラファクトリー <前編>
第0話よりも前の話再び、です。
時間軸的には、前回の「異伝」よりもかなり後、第0話の少し前になります。
「こいつで……終いだっ!」
掛け声と共に蓮司が化け物――筋骨隆々な人間の肉体に、ライオンの様な顔とトカゲの様な尻尾を持つ化け物――に向かって、鞘から勢いよく刀を抜き放つ。
と、同時に刀が炎に包まれる。それは、蓮司のサイキック『パイロキネシス』によって生み出された炎だ。
その炎を纏った居合の一閃が化け物を薙ぐ。
紅蓮の太刀筋と共に激しく噴き上がった轟炎に飲まれた化け物は、断末魔の叫びを上げる時間すら与えられる事なく、文字通り一瞬にして灰燼に帰した。
「相変わらず、とてつもない火力だな……。ってか、よく刀が溶けないもんだ」
俺がやや呆れ気味の口調でそんな言葉を投げかけると、蓮司は納刀しながらこちらを向き、苦笑する。
「いやぁ、実の所……以前はよく溶かしちまってたんだよな……これが。つーのも、刀身に熱が伝わらないようにするってーのがどうも上手く出来なくってなぁ……。ああ、もちろん今は完璧に調整可出来っけどよ」
「へぇ……。いつも、大雑把な戦い方をしている蓮司の事だから、カンでなんとなくやってるとかそんなんだと思っていたが、違うのか。随分と器用な事をしてんだな」
俺は腕を組みながら、感心してウンウンと首を縦にふる。
「……おいまて、何やら誤解があるようだから言っておくが、俺はどっちかってーと、状況を分析した上で、最適な作戦をきっちり立てて戦いたいタイプなんだよ。カンでなんとなく……ってな戦い方をしてんのは、姉貴の方だ。お陰で何度こっちの想定どおりにいかず、面倒な事になったか……」
心外だと言わんばかりの表情でそう言って、深くため息をつく。
「そうなのか? なんとなく、珠鈴さんの方が敵の動きとか先読みして動いている様に見えるんだが……」
「アレは、直感で動く姉貴を俺がフォローしてんだよ。姉貴は俺の想定外の動きをするからな。結果的に俺もカンで動くしかねぇだけだ」
蓮司の姉である珠鈴は、テレポート――と言っても、ワープ出来る距離は最大でも百数十メートル程度と短いが――を駆使して、敵を翻弄する様な戦い方をするが、アレは計算して動いているのではなくて、直感で動いているからこそ、なのか。
「ふむ……。言われてみると確かにしっくりくるな」
俺の言葉に対し、軽く肩をすくめる蓮司。
「だろう? まあ、お前は何故か姉貴の動きが先読み出来ているっぽいけどな」
不思議そうな目で蓮司が俺の方を見てくる。……そんなに不思議だろうか? 珠鈴の動きって、案外わかりやすいと思うんだけどな……
「っと、それはそうと今倒したあの野郎だが、まさか人間が異形――『キメラ』に変身するとは思わなかったぜ」
床の焦げ跡を見つめながらそう言ってくる蓮司に対し、俺は頷き肯定する。
「……ああ、たしかにそうだな。しかし、そうなると奴らは、遂にキメラ化の技術を完成させた……という事か?」
1年前のあのトンネルでの出来事以来、俺は『こちら側』に足を踏み入れて、あのトンネルで遭遇した様な異形の化け物――『キメラ』と称されるその存在を幾度となく倒してきたが、そいつらは全て最初から異形の姿だった。
そしてそれらは、『竜の血盟』という名の世界中で暗躍する謎の組織が、『実験』によって人間や動物を変異させて生み出したものだ。
ただ、組織の連中は、それらの事を一方通行の失敗作だと言っていた。というのも、変異させられた存在は元に戻る事はなく、自我も失われてしまっており、組織の連中の命令に従うだけの傀儡のような存在でしかないからだ。
ちなみに、どうやってキメラ化しているのかとか、どうやって命令に従わせているのかとかは、未だに解明されていない。
キメラ化はともかく、命令の方はたまに無視して暴走する個体がいたりするので、どうやら命令に従わせる手段は、完全な物ではないみたいだが。
だが――
「……奴は、明らかに自らの意思でキメラへと『変身』していた。そう考えるのが妥当だろう」
と、蓮司が腕を組みながら言ってくる。
――そう、蓮司が倒したそいつは、俺たちがここへ踏み込んだ時点では、ただの研究者といった風貌の男だった。
だが、踏み込んできた俺たちを敵と判断するやいなや、なにやら組織に対する忠誠の言葉を吐いた後、その身を異形の姿へと変えて襲いかかってきたのだ。
「異形となった後も自我を保っていたしな」
「そうだな。もっとも、マインドコントロールでもされてんじゃないかっつーくらい、不自然なまでに組織に忠誠を誓っていやがったから、本当に自らの意思があったのかっつーと、正直……微妙な所ではあるけどよ」
「まあたしかにそうだな。……そう言えば、別ルート――アサシンロッジとかいう施設の方へ行った室長や珠鈴さんたちは、同じような奴に出くわしていないんだろうか?」
「あっちもあっちで物騒な名前だからなぁ……。本部に聞いてみたらどうだ?」
俺は蓮司の言葉に頷き、発信機のボタンを押す。
『竜の血盟』が拠点としている場所は、その多くが、奴らの有する特殊な――現代の科学技術を凌駕する――超技術によるジャミングが施されており、一般的な通信手段では仲間と連絡を取る事が出来なくなっている。
そこで出番となるのが……
『ソー兄、どうかした?』
思考の途中で頭の中に朔耶の言葉が響く。そうサイキックの1つ、テレパシーだ。
通信こそジャミングされているが、俺たちの持つ発信機からの信号は一方的に飛ばすだけだからなのか、問題なく送られる。そして、この送る信号を変える事で、テレパシー能力を持つ『オペレーター』に合図が行き、こうしてテレパシーによる連絡が可能になる、というわけだ。テレパシーにジャミングは効かないからな。
……まあ、まさか朔耶がテレパシー能力を持っているとは想定外だったが。
と、それはともかく、状況を伝えてしまおう。
◆
『……とまあ、俺たちが突入したキメラファクトリーってのはそんな感じだ』
『変身かぁ。そういうマンガとかアニメとかあったよね』
『たしかにあるけど、俺の報告を聞いた最初の反応がそれかよ。……まあいい、今更そんな所に突っ込んでもしょうがない。んで? 室長や珠鈴さんたちからは、俺たちが遭遇したような奴についての話はなかった感じか?』
『うん、ないね。っていうか、なんでもあっちは、私たちの半分くらいの年齢の子供たちが襲ってきたみたいだよ。それも幾度も』
『子供?』
『うん、そう子供。どの子供も主の命は絶対とか、そんな事を呟きながら襲ってきたんだって。で、室長さんがサイコメトリーで得た情報によると、どうやら、この拠点のボスによって「侵入者を排除せよ、死ぬまで戦え」って指示――命令されていたみたいだね』
サイコメトリー……物体――主に液体に残るという残留思念を読み取るサイキックだな。もっとも、秋原室長のは液体じゃなくても読み取れるけど。
まあ何はともあれ、このサイキックは今回のような調査が主目的となる場合には、とても役に立つ物である事は間違いない。
……ま、今回は相手側の抵抗が激しすぎるせいで、調査が主目的であるにも関わらず、拠点制圧とあまり大差のない状態ではあるが。
っと、それはともかく……命令、か――
『その命令に子供たちは素直に従っていたっていう事か?』
『うん、そう。というのも、どうやらその子供たちって、教育――という名の様々な物、手段を用いた洗脳によって、自分の意思っていうのを持たないようにされていたみたいなんだよね』
『……ふむ、なるほどな。アサシンロッジってのは、文字通り暗殺者育成の為の施設だったってわけか。しかも、やっぱり何らかの方法でマインドコントロールの類が行われていた、と』
『うん、そうなるね。でもさソー兄、竜の血盟は、この日本でそんなに多くの暗殺者を育成してどうするつもりなんだろうね? ほら、少し前に出たアサシンが主人公のゲームでもさ、1人いれば十分なくらいだったじゃない? たくさんいても使い道なくない?』
『いやいや、あのゲームのアサシンは能力が高すぎるだけだからな? それに、最近は集団を率いたりもしているだろうに。優秀なアサシンといえど、単独でやれる事には限界ってものがあるさ』
って、何の話をしてんだ、俺は……。朔耶が唐突にゲームの話を挟んでくるので、つい返してしまった……
まあいい、とりあえず話を戻そう。
『……まあ、それはともかく……暗殺者を日本で育成したからと言って、日本で使うってわけじゃないだろうさ。海外に送るとかもありえるしな』
『ああ、なるほど!』
『まあ、あくまでも推測だがな。細かい事は解析班に任せとこうぜ』
餅は餅屋というように、そういう調査関係は、本職に任せるのが一番だ。
『うん、そうだね。……っと、今来たばっかりの追加情報なんだけど、アサシンロッジの方で不適格とされた子供たちは、そっちのキメラファクトリーの方に送られるみたい。もっとも、その後その子供たちがどうなるのかは現時点では謎っぽいんだけど、ソー兄の話からすると……』
『ああ……。ここへ送られてきた子供たちは、キメラ化させられたと考えるべきだろうな。なにしろ、キメラファクトリーなんていう名がついているくらいだしよ』
『だよねぇ……。ああでも……情報からすると、もしかしたらまだ無事な子供たちがいるかもしれないよ。最後にそっちに送られたのは、一昨日らしいから』
ふむ……。一昨日か。無事な子供が残っているかどうかは、正直微妙なところではあるが……可能性はゼロではない。であれば――
『さっさと子供の居場所を探し出して、無事な子供がいれば保護するとしよう。ちなみにそれって、こっちを探索中の他のメンツには伝えてあるのか?』
『あ、うん。他のオペレーターが順次伝えているから大丈夫だよ。みんな、探してみるってさ』
『そうか。んじゃ、俺たちも探しに行くから一旦交信を終了するぞ。また何かあったら連絡するわ』
『ん、了解だよ。……それと、ソー兄も気をつけてね』
『ああ』
朔耶との交信を終えた俺は、朔耶から聞いた情報を蓮司に伝える。
蓮司は俺の言葉に頷き、
「オッケーだ。さっさと探しに行くとしようぜ」
と、言ってきた。
俺は「ああ」と短く返し、一昨日こちらへ送られて来たばかりだという子供たちを探すため、部屋を後にした。
次回も異伝になります。後編の予定です。
追記
誤字を修正いたしました。
ご報告ありがとうございます!




