第32話 語りのロゼ
「や、やっぱりちょっと多かった気がするぞ……」
主にロゼが注文しすぎたのが原因と言えなくもないが、なかなかの分量だった。
ぐむう……なんとか部屋まで戻ってきたが、胃が気持ち……悪い……。胃薬が……欲しい……
……って、そう言えば、この世界に胃薬の類ってあるんだろうか? まあ、腕をくっつけられるような世界なのだから、そのくらいの薬の1つや2つ、普通にあるとは思うが……宿の売店で売ってたりするんかな? ま……一応、覗いてみるか。
――というわけで、なんとか部屋から出て売店に向かうと、既に先客がいた。ロゼだ。
アリーセもいるかと思ったのだが、見当たらないので、どうやら一人で来たようだ。
「ロゼ? なにか買い物か?」
「あ、ソウヤ。う、うん。ちょっと胃薬を……」
俺の問いかけにそう答えるロゼ。
お、どうやら胃薬は存在しているみたいだな。これは願ってもないチャンス!
という事で、俺も胃薬を探しているという事を告げ、一番効果がある物はどれかと尋ねる。
すると、ロゼは棚に置かれていた『腹部不快感解消薬』なる飲み薬を2本手に取り、
「これが一番効果が高い、うん」
そう言って片方を俺に手渡してきた。
……うん。これまた凄くド直球なネーミングセンスだな。
売店で売られている中でも安い部類の薬なので、どのくらい効果があるのかは分からないが、ロゼが勧めてくるという事は、それなりに効果はあるのだろう。
というわけで、購入して服用する。
……それなりに効果はあるだろうなんて思っていたら、それなりなんて効果ではなかった。なにしろ、服用して3分もしないうちに、症状が大幅に改善されたのだから。
安い薬だとか、それなりの効果だとか思ってすまんかった。効果は抜群でした。本当にありがとうございました、って奴だ。
――心の中で、独りそんなアホな事をしていると、
「……うん、落ち着いてきた。さすがは腹部不快感解消薬、良い効き目。うんうん」
ロゼがそんな事を呟き、首を縦に振った。
相変わらず言葉に抑揚がないものの、満足気だというのはなんとなく伝わってきた。
「たしかに納得の効き目だ」
うーむ、それにしてもこの世界、やはり医療分野に関しては凄く発展している気がするなぁ……
「うんうん。……それにしても……うん、やっぱり調子にのって注文しすぎたかも。うん、量をナメていた」
そう言ってため息をつくロゼに対し、
「まあ……俺もあそこまでの量とは思わんかったな……」
と、頷きながら言葉を返す俺。
なんというか、あって良かった胃薬、といった感じだな。って、まてよ……? そう言えば薬っていったら……
「……なあ、買っておいてなんだが、胃薬ならアリーセに頼めば調合してくれたりするんじゃないか? それとも、胃薬は調合が特殊だったり難しかったりするのか?」
そうロゼに問いかける俺。
俺の問いかけに対し、ロゼは俺の方を見て、
「うん、それはまあ……たしかにアリーセなら調合出来るし、してくれる。だけど……うん、アリーセにそんな事、頼めない」
と、そこまで言ったところで一度言葉を区切り、右手を胸の上に当てるロゼ。そして、
「アリーセを守るための存在である私が、アリーセに迷惑をかけるのは良くない。……今回は既に1回迷惑――心配をかけているし、うん」
そう続く言葉を紡ぎ終えると、今度はため息と共に脱力した。
「まあ……たしかに森でだいぶ取り乱していたからなぁ……アリーセ。――改めて俺が言う事でもないが……あんまり無茶はするなよ?」
そう言って肩をすくめてみせる俺。
「……うん。もちろん、可能な限り善処はする……つもり」
「善処、ね。さっきもそんな事をアリーセに対して言っていたな。……なあ、そもそもロゼがアリーセを守るための存在だってのは、どういう意味なんだ? 護衛みたいなもんって事か?」
「うん、そんな感じ。私は、アーヴィング様に護衛役を命じられた」
アーヴィング……。昨日、自己紹介をした時に出てきたアリーセの父親の名前だな。たしか、この国の元老院議長だったか。
「まあ、年齢的には護衛役にぴったりな感じではあるが……今、命じられたって言ったよな? 王国や帝国の類ならともかく、この国は共和国だろ? そんな騎士みたいな存在があるのか?」
いやまあ、もちろん兵士の類や、ボディガードみたいな『職業』であれば、あってもおかしくはないのだが……少なくとも兵士ではなさそうだしなぁ。
「うん。たしかにこの国に騎士は存在しない。他人を護衛するのは、軍人や一部の護民士の仕事。そして、私は軍人でも護民士でもない。うん、もちろん、騎士の家系だったわけでもない。だから、アーヴィング様と、それとアリーセは、あくまでも個人的な忠誠の対象……みたいなもの、うん」
「そうなのか。それじゃあなにか? 忠誠を誓った相手だから、迷惑をかけるのは良くない、と」
「うん、そういう事。……要するにアリーセは……うん、半分友人であり、半分『主』という事」
「なるほど……」
まあもっとも、アリーセの方は、ロゼの主だなんて事は思ってもいなさそうだが……
「――主とは、うん、命じられた事に対して全力をもって応えるべき対象。だから、気安く物を頼むような相手ではない、うん」
「んん? いや、半分友人なんだったら、そこまで線引きしなくてもいいような気がするが……」
「あ、うん……。それは……うん、そうかも……しれない。やはり……うん、私は普通の人間の考え方、というのが、苦手」
唐突に、なにやら歯切れの悪い話し方になるロゼ。
「……それは、どういう事だ?」
「――『主の命令』は絶対遵守。命令が下されたらその内容――目的を達成すべく、全力を持って動く。『主の命令』がない限りは待機。私はそういう風に『教育』されてきた、うん」
俺の言葉にそう答えた所で一度言葉を区切るロゼ。
そして、額のサークレット状の角を指で軽く触りながら、
「けど、うん、アリーセが言うには、その考え方は普通ではないらしい。ソウヤもそう思う?」
と、そんな風に問いかけてきた。
「ふむ……。そうだな……たしかにアリーセの言う通りだと思う。俺も今、ロゼの話を聞いていて同じ事を感じたし」
もっとも、この世界に来たばかりだから、この世界のどこかには、そういう考え方が一般的な国もあるのかもしれんが……まあ、アリーセが不自然に思ったのなら、少なくともこの国では一般的ではないのだろう。
「うん。だから、私は『普通』というのがわからない。それと、うん、命令がない限りは待機が基本だったから……私は、うん、その……自らの意思で行動するのは、あまり得意ではない、うん」
「ふむ……」
さきほどロゼは、アリーセの父親からアリーセの護衛役を命じられたと言っていたが……あれはおそらく、そんなロゼがいつか自分の意思で動けるようになる事を願いつつも、とりあえずの措置として、そういう形にしたのではないだろうか。
まあ、あくまでも俺の推測ではあるが、話を聞く限りでのアリーセの父親像から考えると、大きく間違ってはいないと思う。
「でも、ロゼはアリーセに無茶をするなと言われたのに拒否したよな? それは自分の意思なんじゃないか?」
俺がそう告げると、ロゼは驚いたと言わんばかりに目を見開いた後、顎に手を当ててうつむき、そのまま黙り込む。
……そして、たっぷり数分ほど考え込んだ後、
「……うん、言われてみれば……そうかも? ……うん、でも、アリーセの命令を実行したら、アリーセを護れない。それでは護衛役としての――」
と、今度はなにやらブツブツと呟き始めた。
うーん……やっぱり、自分の意思というものがしっかりと表に出てきているように感じるんだよなぁ。
「まあ……なんだ? 一人で考え込んでも仕方ないと思うぞ。それこそアリーセにその事について相談してみるのがいいと思うぞ。相談ってのは目的を最良の形で達成するために必要な事だしな」
「うん……なるほど。……うん、とても得心がいった。――胃の調子も良くなってきたし、戻ってアリーセに相談してみる、うん」
……そういや、いつの間にか俺も胃の不快感がなくなっているな。
「そうか。俺はもう少しここでゆっくりしてから戻るとするわ。それじゃまた明日な。おやすみ」
「うん、おやすみ。……その、命を助けてくれただけじゃなく、言葉でも助けてくれて……うん、ありがとう」
若干照れた表情をしながら、そんな言葉を残すと、階段を登っていくロゼ。……若干言葉に抑揚があったような気もする。
それにしても……言葉でも助けるって不思議な言い回しだな。
なんて事を考えながら、近くにあった椅子に座ると、俺はロゼの事に関して考えを巡らせる。
……ロゼは、何故あのような忠義に厚い――しかし、頭の固い騎士のような思考をしているのだろうか? 『教育』によるものだと言っていたが、騎士の家系やその類ではないとも言っていたので、それを踏まえると、なにか特殊な理由があると考えるべきだろう。
となると、キーワードとなるのは『主の命令』に『教育』か。
……はて? なんだか以前――地球でそれに似たようなものが……
そう、あれはたしか――
次回は、久しぶりの異伝(過去編)となります。




