第65話[表] 人狼の血と灯
<Side:Akari>
「追撃チャンスですわっ!」
なんて事を言いながら、ブラスターを発射するエリス。
「とりあえず、こっちも撃っておくっすよ!」
と、こちらも手斧にハンドガンをくっつけたような武器を構え、撃つツキト。
小型の銃剣といった所かしらね? 刃が随分とゴツいけど。
こっちの世界で、銃って始めてみた気がするわ。
まあ、これだけ現代に近い世界なら、あってもおかしくはないわね。
もっとも、撃ち出されるのは鉛の弾丸じゃなくて、魔法の弾丸だけど。
「私の斧よりも、ツキトのそれの方が斧らしい感じがしますわね……」
「いやいや、これは斧じゃなくて、クリーバーっていうナイフの一種っすよ?」
エリスの言葉に、得物を軽く振ってみせながらそう返すツキト。
……え? あれってナイフなの? 普通に斧かと思ったわ……
なんて事を思っている間にも、ゼルやジャンの魔法が着弾。
更にロディのサイコキネシスによって飛翔する剣によって、人狼は大量の血を周囲に撒き散らした。
……って、血に結晶のようなものが混じっているような……
液体のはずの血が、所々結晶のように凝固しており、まるで砂を撒き散らしたかのように、なっている部分もあった。
良く見ると、結晶化している所は、紫がかっているわね……。
なんなのこれ……気味が悪いわ……
……なぜか、そこで私は自身の手を見た。
もちろん、そこに何かがあるわけではない。むしろ、何もない。
なのに、なぜだかわからないけど、私は自身の手を見た。
……放出される血。結晶……。私は……?
――私ノ血ハ? 結晶ヲ撒キ散ラスノハ? 私モ同ジ? ソウ、ソレガ――
「――灯ぃぃっ!」
そこでユーコの叫ぶ声が聞こえ、ハッと正気に返る。
いつの間にか人狼が、私めがけて突っ込んできていた。しかもかなり間近だ。
っ! まずっ!
今からでは、攻撃から逃れられるほどの距離は取れそうにないと判断し、回避は放棄。
私は即座に発動までの時間が短い防御魔法――障壁を展開し、防御を試みる。
幸いな事に、その判断は間違いではなかった。
ガキィンという音が響き、障壁が人狼の右の爪を受け止める。
ただ……間違いではなかったが、正解でもなかった。
何故なら、その一撃で障壁にあっさりとヒビが入り、次に一撃が来たら確実に破壊されるであろう事は明白だったからだ。
うえぇっ、なんなのよこの破壊力……っ!
左の爪を振るわれる前に間合いを……って、ちょっ!?
当然といえば当然ではあるのだけれど、私が間合いを取ろうとするよりも速く、左の爪が振るわれた。
頼みの綱の障壁があっさりと砕かれ――たその刹那、人狼めがけ、左右から飛翔する剣が襲いかかるのが目に入ってくる。
それは、ロディのサイコキネシスによるものだった。
剣に勘付いた人狼は、即座に私への追撃を中断し、回避行動へと移ってみせる。
爪を素早く引っ込めつつ、大きく後ろに跳躍。剣の攻撃をあっさりと躱す。
しかし、その後方への跳躍のお陰で、私は完全に追撃の危機から逃れる事が出来た。
……おそらく、というか間違いなくロディはこれを狙いって放ったのだろう。
ふぅ……ホント助かったわ……。さすがよね。
後ろに跳躍した人狼を追撃するように、ジャンさんとユーコの魔法――どちらも雷撃ではあるが、片方は複雑な軌道を描きながら扇状に枝分かれしつつ襲いかかる雷撃で、片方は人狼の周囲に出現したバチバチとスパークする7つの球体――が、ほぼ同時に放たれ、人狼へと迫る。
私へ追撃しようとしていた所から一転、自身が追撃される形となったわけだ。
ところが、そんな追撃にも人狼は想定外の動きをしてみせた。
なんと、爪を振るって雷球を全てかき消してみせたのだ!
って、いやいやいや!
驚きを隠せない私。な、なんなのあれ……あんな事まで出来るの?
しかし、その隙を突くようにして広がった雷撃を防ぐ事は出来ず、「ガアァァァアァァァアァァッ!」という苦悶の咆哮と共に地面を転がっていった。
……いえ、違うわね。今のは、自分から地面を転がって雷撃のダメージを最小に留めたわね。
うーん……やっぱりと言うべきか、獣化しても知性はそれなりにあるみたいね……なんて厄介な。
「灯っ!」
「アカリさん、大丈夫ですか?」
魔法を撃ち終えたユーコとジャンさんが、そう私に声をかけながら、駆け寄ってくる。
「あ、はい、大丈夫です。すいません……」
「いえ、お気になさらず。それより、どうなさいました? 明らかに不自然な硬直でしたが……」
「その……あの不気味な血を見ていたら、急に思考が混濁してしまって……」
ジャンさんの問いかけにそう答える私。
……何か、妙な思考が頭の中に渦巻いていたような……
でも、上手く思い出せないわね……私は一体何を考えていたのかしら……?
「急に思考が混濁……ですか? もしかしたらあの奇妙な血には、視覚を通じて脳を混乱させ、精神異常を引き起こす作用があるのかもしれませんね。実際、そのような力を持つ魔獣や魔物も存在しますし……。――みなさん、あの血をあまり長い間、見ていない方が良さそうです」
ジャンさんがそう言うと、ゼルが頷いて答える。
「了解だ。アカリ、ユーコが3度呼びかけるまで完全に硬直してたかんな。たしかにヤバそうだぜ」
「え? 3回も呼んだの?」
「ええ、呼びました。呼びましたとも。……まったく、弱そうだからと油断していると危険ですよ?」
呆れと怒りの混じった口調で忠告してくるユーコ。
「うっ……。そうね……ごめんなさい、注意するわ。一瞬弱そうだと思ったけど、全然そんな事なかったし……」
「はい、注意してください。まあでも、灯のお陰であの血が危険である事がわかったのは、不幸中の幸いですね」
ユーコは私の謝罪に対し、そんな風にちょっとおどけて返すと、ちょうど立ち上がった人狼に視線を向け、
「……それにしても、タフな上に知性もあって厄介ですね……」
と、言葉を続けてくる。
「そうね、まったくもって厄介だわ……。魔法をかき消すなんて事までしてくるし……」
私はユーコに対しそう返し、同じように人狼へと視線を向けた。
何か妙な思考を一瞬していますね……
ちなみにジャンが『視覚を通じて脳を混乱させ、精神異常を引き起こす』なんて事を言っていますが、これがこの世界における、いわゆる『状態異常』になるプロセスという奴です。
例えば『混乱』なら、目で見た情報が脳に伝わった時に、周囲の魔煌波が一種の共鳴を引き起こし、脳内に異常な情報となって伝わる事で、間近にいる者が『敵対者であると認識され、なおかつそれが視覚的にも処理されてしまう』という感じですね。
といった所でまた次回! 更新は明後日、土曜日の予定です!
追記
誤字があったので修正しました。
また、『しかし』が連続で多用されていた所があった為、調整しました。




