第55話[裏] 虚空より這い出せし魔物
<Side:Rose>
自身の中に突如として湧いてきた新しい問題――異能を持っている可能性があるという事――に対し、どうしたものかと考えていると、
「ママ! グニャってしてるのがパリーンってしそう!」
なんて事を、マーシャが突然言い出す。……ん?
マーシャへと顔を向けると、先程までの笑みを浮かべた明るい表情とは打って変わって、危険が迫る事に対して慌てているのが見て取れる、そんな不安に満ちた表情になっていた。
と、その直後、本当にパリーンという感じで、中空に割れた窓ガラスみたいな穴が出現した。
更にそこから何かが這い出してくる。
それは、手足のやたらと長いバカでかいトカゲだった。
……ん……? 何、あれ。
私はその存在を知らなかった。
うん? 魔獣? いや、ううん……新手の幻獣?
中空に出現した穴の縁に手をかけたまま、周囲を見回すトカゲ。
そして、私たちの方を見て、ニヤリと笑った……ような気がした。
グガアアアアアアアッという咆哮と共に、その右手に炎の槍を生み出すトカゲ。
……っ!!
私はその瞬間、明確な殺意を感じ取り、マーシャを抱えて跳躍。
木を利用して更に跳躍、跳躍、跳躍!
トカゲの右手から放たれた炎の槍が、私たちのいた場所へと突き刺さり、一瞬にして真っ黒な地面へと変えた。……ん、あの炎、シャレにならない温度……うん。
そして、その炎は地面を黒くしただけでは飽き足らず、周囲を、木々を、焼き尽くさんと燃え広がろうとする。
「はあっ!」
私はマーシャを地面に下ろすと、即座に両手に短剣を構えて振るう。
その振るわれた短剣から放たれた霊力の衝撃波が、炎を飲み込み消し飛ばす。
同時に別方向からも衝撃波が飛んできて、残った炎も消し飛ばした。
それは、間違いなくシャルの放った物だ。
幾ばくかの木も吹き飛ばしてしまったものの、どうにか森林火災になるのを防ぐ事が出来た。
その事に安堵したのと同時に、今度は泥のような色をした『波』が空へと物凄い速度で広がり、突如として現れたトカゲ――魔物へと迫る。
言うまでもなく、ソウヤの融合魔法だ。
しかし、魔物は穴の縁に足をかけ、大きく跳躍。その波から逃れた。
……威力のみならず攻撃範囲や速度も凄まじいものがある融合魔法を回避するだなんて、さすがに想定外……
跳躍した魔物はその状態から空中で宙返りしたかと思うと、私たちの方へと超高速でダイブしてきた。
……ん、理由は分からないけど、奴の狙いはあくまでも『こちら』らしい。ならば……うん、迎撃するまで。
私は得物を円月輪に切り替えると、再び跳躍。
その魔物の方へと逆に突っ込んでいく。
……マーシャには近づかせない。
そう、娘に近づこうとするような悪い虫は排除しないと。うん。
程なくして、魔物に到達。
私は巨大化させた円月輪を振るう。
ギィンという甲高い音と共に、魔物の爪と激突。
……したかと思うと、円月輪がスルリと爪の表面を滑った。
受け流された!?
今度は魔物の爪が私を襲う。
その程度、見えてるっ!
私は円月輪でそれを弾き返しつつ、更にそれによって生じた隙を狙って反撃。
しかし、その攻撃は既の所でガードされてしまう。くぅっ、反応が速いっ!
攻防が激しく入れ替わりながら、空中で打ち合う私と魔物。
と、私の攻撃を受けた魔物が大きく仰け反った。
チャンス! 円月輪による追撃を仕掛け……ようとして、魔物と目が合った。
何故か魔物は笑っているようにも見える。
……?
刹那、私の目がその魔物の口に『炎』がある事を捉えた。
っ!!!!!
仰け反ったのではなく、ブレスの前兆……っ!?
私は既に追撃――攻撃態勢に入っており、ここから防御へと移行するよりも先にブレスが放たれるのは明白だった。
つまり、もはや私がまともにブレスを食らう事になるのは確定だと言って良い。
……耐えきれるかは微妙……。下手したら即死するかもしれない。いや、多分即死する。うん。
……うんまあ、ここで死んでも、ソウヤの『計画』が成就すれば、私は蘇る事が出来るから、そこはまあ構わないのだけど……でも、うん、マーシャと出会ってすぐにさようならなのは、少し残念……。ソウヤは、まあ……うん、凄い癪だけど……シャルがいるから大丈夫、うん。
そんな感じで死を覚悟したその瞬間、横から槍が飛んできて魔物に突き刺さった。
……んん? これはソウヤ? それともシャル? でも、槍……?
何が何だかわからないが、ともあれ飛んできた槍の衝撃によって体勢を崩した事により、炎の軌道が口から吐き出されるその寸前に変化する。
「ぐぅうぅっ!」
炎は私が攻撃態勢に入っていた右腕を溶かし尽くし、灰に変えたものの、それだけで終わった。まさにギリギリの所で、九死に一生を得た形といえる。
腕はまあ……再生出来るし。
私は何気に腕の損傷率が高いから、あれこれ訓練した結果、今では両利きだし。
だから、左腕が生きていればとりあえずは困らないし。
うん、問題なし問題なし。
なんて事を思ったその直後、真下から放たれた霊力の螺旋と、数多の魔弾が魔物に直撃。
「ガアアアアアアアアッ!」
という苦悶の咆哮と共に地面へと落下していく。
そこに更に、融合魔法と特大の衝撃波が叩き込まれる。
しかし、それでもなお魔物は消滅する事なく、その姿を保っていた。
うん……頑丈すぎる……。ん……まさか……不死、とか……?
だが、その考えは杞憂だった。
地面に激突した瞬間、魔物は銀色に光る粒子に包まれ始め、そして爆発して消し飛んだ。
ん……? あの消え方……あの翼竜もどきに似ている……? うん。
だとすると、うん……。あれも、幻獣……?
私はその光景を見下ろしながらそんな事を思う。
……ん? んん? 見下ろし……?
どこかで見た魔物ですね……?(何)
とまあそんな所で、また次回! 更新は明後日、木曜日の予定です!




