第30話 列車盗賊団の情報と通信機
「ふむ……凝固した魔煌精錬水が音振球にへばりついておるのぅ。こいつのせいで音振球自体が音を変換出来ておらんようじゃな」
と、蓋を外した通信機の中を覗き込みながら言うエステル。
「へぇ、通信機ってこういう感じなのか」
呟きながら俺は通信機を見る。壁に取り付けられた箱にヘッドホン式の受話器が付いている……といった感じの見た目だ。
うーむ、なんというか……大正時代頃の日本に存在していた、壁に取り付けるタイプの電話に似ているな。ただ、操作はダイヤルでもボタンでもなく、魔煌板とかいうタッチパネルみたいなので行うあたりは、この世界らしい気もしなくはない。
……それはそうと、さっき魔煌精錬水とか言っていたよな? 通信に液体が必要なのか? 一体どういう原理なんだ?
と、そんな事を考えていると、アルベルトが問いかける。
「つまり、漏れてる場所を塞いで、音振球を交換する必要があるっつー事か?」
それに対しエステルが首を横に振り、そして告げる。
「応急処置ならそれでも良いのじゃが、回路の方も古くなって伝達効率が落ちておるようじゃ。これだと中身をごっそり交換してしまった方が良いじゃろうな。このままだと魔煌精錬水を余分に消耗して、また同じ様な状態になりかねんからの」
「随分とヤバい状況になってたんだな。全然使ってないから気づかなかったぜ」
「そうですね……。中の確認とか一度もしていないですし……」
「ああ。なんつーか、魔煌具は回路に傷1つ付いただけでヤバいっつーか、今まで何度かそうして魔煌具をぶっ壊した経験があるから、あまり中を覗きたいとか思わねぇんだよなぁ……」
と、ボヤくアルベルト。その横でクライヴが首を縦に振って同意する。
2人そろって壊してるのか……
まあでも、魔煌具って言ってしまえば精密機器みたいなもんで、理論とか構造とかが意味不明すぎるからな。下手に触りたくないってのは分からんでもない。
とはいえ……俺は今後の事を考えると、いつまでも理解不能だとか言っていられないよなぁ……。うーん、どうしたものか。
――そうこうしている内に、エステルの修理が完了する。
「これでしばらくは問題ないじゃろう。お主らが点検を怠っても大丈夫なように、耐久性の高い素材を使った物に変えておいたわい。……ああもちろん、修理費は割り増しで貰うが構わぬよな?」
「おう、壊れにくくなるなら構わんぜ。どうせ支払いは本部だしな」
「ええ、そうですね。……ああ、支払いと言えば、アルベルトさんがセレティアで使った捜査費用ですが、経費として扱われる条件に合致しない物がありました。この分は、アルベルトさんの自腹になるかと」
笑い混じりのアルベルトの言葉を聞き、ふと思い出したかのように言うクライヴ。
「な、なに!? どれの事だ!?」
「こちらの領収書は無理ですね」
そう言ってクライヴから領収書を渡されたアルベルトが、それを見て驚きと焦りの入り混じった表情を見せる。
「お、おいおい! まてまてっ! よりにもよってこれかよ!? これは情報を聞き出す為に使った金だ! 俺は何も飲み食いしてねぇっ! それに、以前はこれだけあれば、問題なかったはずだぞ!?」
「経費になるからと宴会のような事をする者が何人もいたので、規約が変更になったのですよ。前にアルベルトさんに渡した新しい規約書に書かれていたはずですが……?」
必死に弁明するアルベルトに、呆れ顔で言葉を返すクライヴ。
「新しい規約書……? そ、そう言えばそんなものあったな……。無駄に長くて面倒だったから、しっかり読んでなかったわ……」
そう呟くように言って、肩を落とすアルベルト。……まあ、規約ってのは大概が無駄に長くて面倒だから、たしかにしっかり読まれない事が多いんだよなぁ。
「とはいえ『白牙隊』の隊長さんからは、有用な情報であったという話を聞いていますので、アルベルトさんには本部から金一封……特別報奨が出るでしょう。それで支出の大半は賄えるかと」
「そいつは助かるが……結局、俺が損しただけな気もするぞ……」
「そこはどうしょうもないとしか言えんのぅ……。しかし、その情報とやらは、そこまで金を払って得るほどの物であったのかの?」
エステルが二人の会話に割り込むように問いかけ、こめかみを指で軽く叩く。
「ああもちろんだ。なにせ『ヴェヌ=ニクス』の情報だからな。どんだけ金を払ってでも欲しいさ」
「ヴェヌ=ニクス?」
『白牙隊』のように日本語に訳されなかったのは何故だ? いや……そもそも、冥界の悪霊のように固有の名称そのままだな……どういう事だ?
と、そんな疑問を懐きつつ首をかしげる俺。
「ん? 知らんのか? ……って、ああそうか。すまん、兄ちゃんはアカツキ皇国から来たばっかりなんだったな」
「ええ、その通りです。まあ……正確には、アカツキ皇国の領内にある隠れ里ですけどね」
俺がアルベルトの言葉に頷き、そう答えると、
「『ヴェヌ=ニクス』というのは、このイルシュバーンで古くから語り継がれておるイルス神話に登場する、『異界の凶鳥』の名じゃな。かつて大樹海であったこの一帯を、蒼き業炎にて荒野へと変えたと云われておる」
「んでもって、その凶鳥の名前を持つ列車盗賊団――列車を襲撃し、乗客から金品を強奪、もしくは拐って身代金を要求するという列車専門の盗賊団の名前でもある」
と、エステルとアルベルトが代わる代わる説明してくる。
なるほど、神話から名前を拝借した列車専門の盗賊団、か。そんなのがいるとは物騒だな。
それと……今のと冥界の悪霊の出処から分かった事だが、どうやら『異界』の存在、もしくは神話や伝説に登場する名称は、日本語にならないようだな。
もっとも、そうなる理由はよくわからないが……
「ちなみに、列車盗賊団としての『ヴェヌ=ニクス』は新聞に度々記事が載るほど有名な存在じゃぞ。なんでも鉄道警備を担う『白牙隊』の護民士たちは、幾度となく辛酸を舐めさせられているそうじゃとか」
「ま、そうだな。俺も時々あいつ――白牙隊の隊長に良くボヤかれるぜ。1つの列車に最低1人は『白牙隊』の者を配備したいが、人手がまったく足りない、人手が欲しい、ってよ」
エステルの言葉に続くようにそう言って、ヤレヤレと首を振りながら肩をすくめるアルベルト。
「国内を走っている列車の数は桁違いに多いからのぅ……。おぬしら『翠爪隊』から人を回すとかは出来ぬのか?」
エステルが、クライヴとアルベルトを交互に見ながら、そう問いかける。
「俺たちも国内の全ての都市、町、村に最低2人以上配置している関係上、そっちまで回す余裕はないな。そもそも『翠爪隊』の約3割は、俺みたいな情報収集役だしよ」
「……『ヴェヌ=ニクス』が駅を襲撃してくるのであれば、我々も加勢に行く事が可能なのですが、奴らは走行中の列車に対して、直接乗り込んできますからね……」
と、アルベルトとクライヴ。……走行中の列車に乗り込んでくるのか。どうやってんだか知らないけど、それはたしかに厄介だな。
「そこが厄介なところじゃな。走行中に襲撃されては乗客も逃げられぬからのぅ。……それにしても、明日は首都へ行くのじゃが、あやつらが出てこない事を願うしかないのぅ」
エステルがそう言ってため息をつき、首を横に振る。
まあたしかに、列車専門の盗賊団なんてものがいると言われると、俺も少し心配になってくるな。
うーん……もし襲われたりしたら大変だし、ここは俺も首都まで一緒に行った方がいい……のか?
と、そんな事を考えていると、アルベルトが人差し指をピッと立てる。
「そこでさっきの話に戻るんだ。『ヴェヌ=ニクス』の情報――正確に言えば、奴らの根城の情報だな。それを手に入れたのさ。そして、既に監視要員を配置して見張らせている状態だ」
「準備が整い次第―ーおそらく明日の未明になりますが、『白牙隊』と『翠爪隊』が合同で根城を強襲、制圧する予定です。少なくとも明日エステルさんの乗る列車が襲われる、などという事はないでしょう」
クライヴが、エステルの方を見ながらそう告げる。
なるほど……そういう事か。それなら一安心だ。
なら、明日は当初の予定通り、森で魔獣を倒しつつディアーナに会いに行くとするか。
なにしろ、色々ディアーナと話をしたい事があるからな。
この世界は、列車があったりバイク(ただし浮く)があったりする世界なので、
ちょっと変わった盗賊団が多いです。
追記:後半に読みづらい感じのする箇所があったので、少し読みやすくなる様に調整しました。