第29話 2人目の護民士
討獣士の登録の手続きはあっという間に完了し、即座にギルドカードが発行された。
そんなわけで、あっさりと登録も済んだので、俺たちはギルドを後にする事にした。そのままそこにいても特に出来る事はないからな。
一度詰め所に戻ると言うクライヴと途中で別れ、俺とアリーセ、そしてエステルの3人は治療院やエステルの店がある駅前へと続く通りを歩く。
「……それにしても、随分と簡単なんだな。討獣士の登録ってのは」
「本当は色々な手続きがあるので、最低でも2日はかかるんですけどね……。私の時は混雑していたので5日もかかりましたし」
アリーセにそう言われた俺は、先程貰った討獣士である事の証明となるカード――ギルドカード――を、次元鞄から取り出し、
「え、そうなのか? 俺の登録は10分もしないで終わったぞ?」
と、カードを眺めながら言う。
「まあ、ギルドとしては主力とも言える力を持つソウヤの事を、即座に動けるようにしたいじゃろうからのぅ。ある意味では当然の措置と言えなくもないわい」
そんなエステルの言葉に追従するようにして、アリーセが無言で頷き肯定を示す。
……なるほど。俺はどうやら随分と優遇されたらしい。ま、2日も待たされるよりはいいけどさ。
「……それならまあ、明日は森へ魔獣狩りに行って期待に応えておくとするか。……って、そういえば、どうやって倒した事を証明すればいいんだ?」
「うん? 説明されんかったのかの?」
怪訝そうな表情で、そう問いかけてくるエステル。
「ああ、普通に渡されただけだったぞ」
「……エミリーの奴、説明を忘れるとは困ったものじゃのぅ」
「もしかしたら、ソウヤさんなら普通に知っていると思われたのかもしれませんね」
「ふむ、たしかにそれはありそうじゃな。まあ、エミリーの代わりに色々説明するとしようかの。まず――」
そう言って歩きながらあれこれと説明を始めるエステル。
……簡単にまとめると、害獣は屍にカードの裏手、右上辺りに小さく刻まれた交差する剣の紋章を向ければいいらしい。
そうする事で、解析魔法が発動して倒した事が記録される仕組みになっているんだとか。
魔獣の場合はもっと簡単で、カードを身に着けておけば、魔獣が倒れた際に放出する魔瘴を感知して、自動的に解析魔法が発動、記録されるそうだ。
ただし、当然と言えば当然だが、カードが魔瘴を感知出来ない所にあった場合は、感知してくれない。当然、次元鞄の中では駄目なので、入れっぱなしにしないよう、注意しないとな。
ちなみに、倒した害獣や魔獣に応じて討伐ポイントっていうのが蓄積していって、それが一定の値に到達する度に、ランクが1ずつ上がっていくらしい。
うーむ、なんだかゲームによくある経験値とレベルの関係みたいだな。もちろん、討獣士になりたての俺のランクは1だ。
「――とまあ、そんな感じじゃな。ああ、それと……森へ行くのなら、妾の店で今日中に必要そうな物を買っておく事をオススメするぞい。なにしろ妾は明日から、最低でも数日は店を閉めてしまうからのぅ」
そう言って締めくくるエステル。
「あ、そうか。首都へ行くっていうならそうなるよな」
「うむ」
「うーん、そうだなぁ……。とりあえず今欲しいと思うのは、あの光源を発生させるスティックと……連射魔法杖試作型くらいか。あ、魔法杖は魔力供給装置も一緒にな」
その俺の言葉に、エステルとアリーセが揃って首をかしげる。
「連射魔法杖試作型? ソウヤさん、何か良い運用方法でも思いついたのですか?」
と、アリーセ。
「いや、むしろ思いついた時の為の物……要するに実験用に、って感じだ」
「ふむ……。まあ、ソウヤならば魔獣と戦っているうちに、何か良い方法を思いつくやもしれぬな。こうピコーンとのぅ」
エステルがそんな事を言いながら、指を立てる。
ピコーンって……。まるで頭上に電球が点灯する時の効果音みたいだな。
まあ、エステルが『ひらめき』のお約束を知っているわけがないので、何か別の物なのだろうが。
「なにがピコーンなのか良くわからんが、とりあえずその2つを売ってくれないか? 特に魔法杖の方は何本か欲しい」
「むぅ、ピコーンが通じる者がほとんどおらんのぅ、彼奴め……。――っと、まあ良いわい。とりあえず店に行くとするかの」
エステルが残念そうな顔……というか、ちょっと忌々しげな顔をしているが、そう言われてもな……
俺はもしかするとアリーセなら通じるのか……? と思い、アリーセの方を見て無言で視線を送ってみる。
すると、視線に気づいたアリーセが首を横に振ってきた。どうやらアリーセにも通じなかったらしい。それならもう、どうしようもないな。
それにしても、彼奴っていうのは一体誰の事なんだ……?
ともあれ、そんなこんなでエステルの店に行き、俺は例の懐中電灯代わりになるスティックを2本、それから連射魔法杖試作型を6本ほど購入した。もちろん魔法杖の方は、専用の魔力供給装置も同じ数だけ確保してある。
ちなみに魔力供給装置だが、冷凍庫のついていないタイプの小型冷蔵庫と同じくらいの大きさだった。
汎用の魔力供給装置は、業務用の冷蔵庫並の大きさだったので、これでも小型だと言えるが、それでも思ったよりもデカくて重い。
なるほど、たしかに戦闘中にこんなものを設置している余裕はないな。というか、設置した所であっさり壊されかねない。
うーむ……。次元鞄で持ち運べばどうにかなるんじゃないかと思ったが、難しそうだな。
やはり、設置場所をどこかに決めて、そこに固定するしかないか……
そんな事を考えていると、他に用はないかと言われたので、ついでに朝買った服にも防御魔法を付与しておいて貰う。
「――これで終わりじゃな。では、妾はクライヴの所――詰め所へ行くとするかのぅ。故障しているという通信機の様子を、見ておかなければならんしの」
そう言って椅子から立ち上がるエステル。
「ああ、そういえばそんな話をしていたな。通信機ってのがどんなものか見てみたいから俺もついて行って構わないか?」
通信機というのがどういうものか興味を持った俺が、エステルにそう問いかける。
「うむ、それは別に構わぬぞい。好きなだけ見るが良い。クライヴたちも特に文句は言わぬじゃろうしの」
「ソウヤさんが通信機を見た事がないというのも不思議な感じですね……」
俺とエステルの言葉を聞いて、アリーセがそんな風に言ってくる。
「そこはほれ、隠れ里じゃからじゃろうな。隠れて暮らしておるのに、通信を頻繁に使っては隠れている意味がないからの」
俺が答えるよりも先にそう返すエステル。
そのエステルの言葉に合わせるようにして、俺が頷いておくと、
「そう言われてみると、たしかに……」
と、顎に手を当てながら呟くように言って納得するアリーセ。
……そう言えば、このアカツキの隠れ里出身だという設定……便利ではあるが、今後も使うなら、もうちょっとしっかりと決めておかないと駄目な気もするな。
それこそ、アカツキ皇国に行ったり、彼の国に詳しい者と話す機会があったりした際にボロが出るのは困るし。
うーん……。まあ、これもどうせだからディアーナに相談してみるか。
◆
――治療院へ行くというアリーセと別れた俺とエステルは、商店の立ち並ぶ通りにある護民士の詰め所へとやってきた。
「へぇ、これが護民士の詰め所か。思ったより大きいな」
いわゆる町の交番のようなものを想像していたが、そんな事はなく、周囲の商店と同じくらいの大きさだった。
また、建物の外観はそれらの商店と大差がないものの、護民士の象徴であるらしい双翼の付いた盾の紋章がデカデカと掲げられており、そこが護民士の詰め所である事を分かりやすいまでに示している。
……周囲の商店の看板が小さく見えるくらい無駄にでかいとも言うが。
「ま、空き店舗を利用しておるからのぅ。とはいえ、ルクストリアにある本部と比べると圧倒的に小さかったりするんじゃがの」
「へぇ、そうなのか。まあ、ルクストリアは首都であると同時に、大陸南部の鉄道網の中枢――つまり、行き交う人々の中心である事を考えれば、むしろ小さい方が不自然だとは思うけどな」
「ほう、その辺の知識はあるのじゃな」
腕を組みながら、感心したような口調で言ってくるエステル。
「いや、宿に置いてあった雑誌から得た情報だ」
実際にはディアーナから渡された『この世界について色々書かれている本』だが。
「ああ、なるほどのぅ」
そう言って、護民士の紋章を見上げるエステル。
「……ま、本部に比べて圧倒的に小さいとはいえ、この町の護民士は3人しかおらんから、この小ささでも、むしろ広すぎる方じゃがのぅ」
「ん? この町に駐在している護民士はクライヴさんだけじゃないのか?」
「うむ、ちょうど今、クライヴ以外の2人が留守にしておるだけじゃよ。クライヴ以外の2人の内1人は、結婚報告とやらで、南のディンベル獣王国にいっておるし、もう1人は、数日前に隣駅のあるセレティアから要請を受けての。出張っていっておるのじゃよ」
エステルが俺の問いかけにそう返す。
「なるほど、そうなのか」
「うむ。で、そんなわけじゃから、クライヴは本部――治安維持省に応援を要請したのじゃろうよ」
そう言いながら、扉を開け、
「クライヴよ、通信機の様子を見に来たぞい」
と、詰め所の中へ言葉を投げかけるクライヴ。
「おう、エステル嬢じゃねぇか」
返ってきた言葉は、クライヴの声とは明らかに違う野太い声だった。
エステルの横から詰め所の中を覗くと、そこには声の主と思われるおっさんが立っていた。パッと見、ガタイが良い事を除き、外見に角や尻尾、長い耳といった特徴的な部分はないので、種族はおそらくヒュノスであろう。
「ん? アルベルトではないか。お主、戻ってきておったんか」
「おう、さっき戻ってきた所だ。まあ、セレティアであった事件の方は、昨日の午前中には解決していたんだがな」
「ふむ、そうじゃったのか。じゃが……ならば何故、昨日の内に戻って来んかったのじゃ?」
「実はその事件で聞き込みをしている時によ、ちょいとばかし気になる情報を得てな。事件を解決した後、別途、追加で調査してたんだよ。……つか、今更だが、そっちの兄ちゃんは誰だ?」
アルベルトと呼ばれたおっさんが、そう言って、興味深げに観察するかのような視線を俺へと向けてきた。まあ、そうだよな。
ふーむ、どう答えたものか……と思っていると、クライヴの声が聞こえてくる。
「アルベルトさん、その方がさっき話したソウヤさんですよ」
本棚の裏から姿を現すクライヴに対し、アルベルトが顔を向ける。
「ああ、あれか。魔獣のみならず冥界の悪霊まで瞬殺したって話の」
「ええ、その通りです」
相槌を打つアルベルトに対し、頷き答えるクライヴ。
いや……魔獣はともかく、冥界の悪霊――《獄炎戦車ヴォル=レスク》に関しては、瞬殺ではないのだが……。ま、いいか。
「なるほどな。道理でお前や高ランクの討獣士にそっくりな眼をしているはずだ」
と、なにやら納得してウンウンと頷くアルベルト。
「……おっとすまん、名乗りがまだだったな。――俺はアルベルト・ヴァーレン。そこのクライヴと同じく護民士だ。つっても、俺は戦闘はからっきしでな。基本的には情報収集や捜査、分析なんかがメインだ。よろしくな」
俺の方に向き直り、自己紹介をしてくるアルベルト。なるほど……つまり、護民士の警察――刑事的な部分を担当する捜査官みたいなものだって事だな。
「――改めて名乗らせていただきます。ソウヤ・カザミネです。通信機という物に興味があったので、エステルさんについてきました」
クライヴから聞いているようではあるが、とりあえず自分でも名乗っておく。
「まあ、そういうわけでの、ソウヤがおっても構わぬよな?」
「おう、全然構わんぞ。むしろ、大歓迎だ」
「うむ、では早速、その通信機がどうなっているか確認させて貰うとしようかのぅ」
アルベルトの返答を聞きながら、詰め所の奥へと歩を進めるエステル。
さて、この世界の通信機っていうのは、どういう代物なんだろうな――
2人目の護民士の登場です。
討獣士の仕組みは、まさにレベルと経験値なのですが、ランクの上限はありません。
100万でも1億でも上げようと思えば、どこまででも上げられます。
まあ、そんなランクに到達するには、凶悪な害獣や魔獣を非常識な数倒す必要があるのですが。




