第28話 ミラージュキューブと獄炎戦車の残骸
「これはまた……」
「凄い代物ですね……」
「たしかに……」
立ち上がって様々な角度からミラージュキューブ・ステラを眺めていたクライヴ、エミリエル、ロイド支部長が、順に感嘆の声を上げた。
それからほどなくして3人とも満足したのか席に座り、ロイド支部長が3人を代表するかのようにして、
「ちなみにこれは、一体どういった性能を有しているのですか?」
という疑問の言葉を俺に投げかけてきた。
まあ、もっともな疑問だな。それに対して俺は返答しようとするが、それよりも早くエステルが、
「グランフェスタの『幻影舞台』で使われている魔煌具に近い感じじゃな。ソウヤは故郷にある『ぷらねたりうむ』とやらに似ていると言っておったがの」
そう答えて俺に視線を送ってくる。補足しろって事か。
「ああ、星空を映し出すってあたりが特にな。まあもっとも……プラネタリウムは『幻影舞台』と比べると出来る事が少ないけど」
……正確に言うと、少ないどころか、もはや両者は別物である様な気がするが、説明が面倒なのでとりあえずそういう事にしておく。
「グランフェスタの『幻影舞台』ですか……。あれも画期的な発明だと言われていますが、まさか古の時代に同じようなものが作られていたとは驚きですね」
「もしかしたら……『幻影舞台』で使われている魔煌具というのは、これそのもの、もしくはこれを再現したものなのかもしれませんね」
クライヴの言葉に対し、そう推測を述べるエミリエル。
「たしかに、それはありそうですね。――ただ、冥界の悪霊などというものが巣食っている遺跡に厳重に安置されていた事を考えると、『幻影舞台』と同じ性能しかないというのは、いささか不可解ですね」
クライヴが腕を組みながら言うと、ロイド支部長が頷き、同意する。
「ええ。少なくとも、なにかを封印するような性質くらいは合わせ持っている、と考えるべきでしょうね」
「うむ、そうじゃな。妾もそう思ったわい。解析すれば間違いなくなにか出てくるじゃろうな……。もっとも、妾の持っている器具では解析にも限界があるがのぅ……」
と、エステルはそこで言葉を区切り、しばし考え込んだ後ため息を吐き、言葉を続ける。
「……仕方がない、明日にでも弟弟子のいる大工房に行ってみるかのぅ。これ以上あ奴に借りを作りたくはないのじゃがなぁ……」
よく分からないが、どうやらエステルは弟弟子とやらに結構な借りがあるらしい。
「お姉ちゃん、大工房へ行くのはいいけど、また迷わないようにね?」
「むぐ……っ。い、一度行っている事じゃし……た、多分大丈夫じゃよ……」
エミリエルの言葉に、冷や汗をかきながらそう返すエステル。
……これは、どうやら駄目そうだ。
そんなエステルの様子を見て、アリーセが提案をする。
「あ、私たちも明日ルクストリアへ帰る予定ですので、一緒に行きませんか? 大工房まで案内しますよ」
「お、良いのかの? 正直、ルクストリアは広い上に複雑すぎて、いまだに構造が良く分からんからのぅ……。案内役がおると助かるわい」
心底助かったという表情を見せるエステル。
まあたしかに、空からみた感じでも大通りはともかく、路地裏とかはかなり入り組んでいるように見えたからなぁ……
「……という事で、妾が預かっても構わぬかの?」
エステルが俺の方を見て、そう尋ねてくる。
ふむ、ディアーナに聞いてみてもいいとは思うが、まあ折角だし、解析はそちらに任せるとするか。
「それじゃあ、解析の方はよろしくな」
「はい! お任せください!」
俺の言葉にアリーセが勢いよくそう答えて頷く。
「それ、妾のセリフじゃと思うのじゃが……」
「あ、すいません……」
エステルの呟くようなその言葉に対し、申し訳なさそうに答えるアリーセ。……おそらく恥ずかしいのだろう。顔が真っ赤だ。
しょうがないな、話題を変える事にするか。
「――そう言えば、遺物以外に冥界の悪霊とやらの残骸も持ってきましたけど……どうします?」
俺はロイド支部長の方を見て、そう問いかけるように言うと、ロイド支部長は数瞬の思案の後、俺の方を見て口を開く。
「それも出して貰え――」
「あ、待ってください!」
クライヴが、ロイド支部長の言葉を遮るように手を伸ばしつつ、そう言い放つ。
「クライヴさん? どうかしたのですか?」
クライヴの横に座っているエミリエルが首を傾げて問いかける。
「祖国に『封魔の神殿』に出現した冥界の悪霊《巨剣鎧デム=ウォード》を倒した者の記録があるのですが、それによると、残骸を戦利品として持ち帰ろうとしたものの、常夜の森から外へ出た瞬間、残骸が紫煙となって霧散したと書かれていました。ここで出すと、同様の結果になる可能性があります」
クライヴがそんな事を言ってくる。……それが本当だとすると厄介だな。
「……とはいえ、試してみないとわからないですし、とりあえず1つ出してみますね」
俺は皆にそう告げると、立ち上がり、慎重に次元鞄の中から車輪を1つ取り出す。といってもそれは、両断した側の車輪のその半分だが。
「よ……っと」
半分とはいえテーブルの上に置くのは無理な大きさので、床の上に置く。
「なにも起きませ――えっ!?」
アリーセが特に変化のない車輪を見ながら、首を傾げようとした瞬間、勢いよく車輪から紫色の煙が噴き上がる。これは、クライヴが言っていた通りって事か……?
突然噴き出した紫の煙に皆が立ち上がり、車輪を囲む形で集まる。
「紫煙、そして霧散……。まさに記録の通りですね」
そうクライヴが呟く間にも紫色の煙は勢いよく噴き出し続け、それに合わせるようにして車輪が崩れ去っていく。
――そうして1分もしないうちに、あっさりと車輪は消滅。床の上には何も残っていなかった。
「ふぅむ……。冥界の悪霊というだけあって、霊的な力に満ちた場所でないと存在自体を保つ事が出来ない……という事なんじゃろうかのぅ」
しゃがみ込んで車輪の置かれていた床を撫でながら、そんな推測を述べるエステル。 そのエステルの肩越しに床を眺めながら、
「あーなるほど。たしかにそう考えるのが一番しっくり来るね」
と、エミリエルが言葉を返す。
「……ふーむ、やはり遺跡の最深部は色々な意味で怪しそうですね」
ロイド支部長が顎を撫でながら言う。
「ですが支部長、魔法の力が無力化されるとなると、防御魔法も魔煌薬も使えないわけですし、調査するには危険すぎますよ」
「ええ、そうですね。今のまま調査しようとしたら、確実に死人が出るでしょうし、私としても無闇に乗り込もうとは考えていませんよ」
エミリエルの言葉にそう返すロイド支部長。
「という事は……じゃ」
エステルのその呟くような言葉と共に、エステルとロイド支部長の視線が例の遺物――ミラージュキューブ・ステラへと向いた。
「ええ。まずは、あれがどういう性質を持っているのかを知る事が重要でしょう」
「やはり、そういう事になるかのぅ。して、こちらはそれまでどう対処するつもりなのじゃ?」
「はい。エステルさんが大工房での解析を終えるまでは、警戒を厳にし、姿を現した魔獣を速やかに撃退していく形を取るつもりです。幸い、他の支部からの増援が、もうすぐ到着する予定ですので」
「ふむ……。やや後手に回る形じゃが、それが一番最良であろうな」
そんな2人のやりとりを聞いて、俺はまだ討獣士の登録をしていなかった事を思い出す。ちょうどいい、今このタイミングで登録しておくとするか。
そんなわけで俺は、討獣士の登録がしたい旨をロイド支部長に告げたのだった。
ようやく討獣士になりました。
ちなみに『冥界の悪霊』以外にも『異界』の『魔物』は存在します。




