第27話 アルミナの町に戻って
――そんなこんなで、冥界の悪霊とやらを退けた俺たちは、街へと戻ってきていた。
2体目が現れる事も、他の問題が起きる事もなかったのは幸いというべきか。
エステルが言うには、あの扉から先に行かなければ冥界の悪霊と遭遇したりはしないらしい。
根拠は例の計測結果に基づくとかなんとか色々言っていたが、専門用語が多すぎて、俺にはさっぱり理解出来なかった。
今もエステルとアリーセが、あの扉の奥は時空間がおかしな事になっているのではないか……だとか、地脈に影響を与える霊子のパワーバランスが崩れてきているのではないか……などという話を、昼食のパンを食べながらしているが、俺には何がなんだかさっぱりだ。
なにせ、この世界に来てまだ2日目だからな……。あまり専門的な話をされると、さすがについていけない。
「――という感じなんじゃなかろうかと妾は思うのじゃが……ソウヤよ、お主はどう思う?」
パンを食べ終えたエステルが唐突に俺の方を向き、問いかけてくる。
いや、そう言われてもさっぱり分からんしなぁ……と、心の中で呟きつつ、どう答えたものかと思案していると、
「あれ? 皆さんも調査が終わった所ですか?」
という声が背中越しに聞こえてきた。これは……エミリエルの声か?
後ろを向くと、そこには予想通りエミリエルの姿があった。その横にはクライヴもいる。
「はい、今戻ってきた所です」
アリーセがそう言葉を返す。
そして、それに続く形でエミリエルの方を見て問いかけるエステル。
「夜明けの巨岩と森の様子はどうじゃった?」
「んー、どっちも測定したけれど、特に異常はなかったわ。ただ……たしかに魔獣が出没するようになっているわね。帰り道にブレードディアを1体見かけたわ」
エミリエルが、頬に指を当てながらそう答える。
「ん? ブレードディア? どんな魔獣だ?」
俺がその疑問を口にすると、エミリエルが「えっとですね……」と言いつつ、『魔獣図鑑』と書かれた分厚い本を懐から取り出し、ページを捲り始める。
あんな分厚い本を……どうやって懐なんかに? と一瞬思ったが、すぐにエステルのローブやアリーセのコートに施されている収納術式の事を思い出した。
おそらく、エミリエルの服も2人のそれと同じなのだろう。
……とまあ、そんなこんなで疑問を自己解決した所で、
「こんな感じのですよ」
と、エミリエルが本を開いてこちらに見せてくる。
ふむ……見た目は鹿に似ているが角が刃のようになっている魔獣か。名前そのまんまって感じだな。
「強さとしてはモータルホーンと同等くらいですが、ブレードディアの方が動きが鈍いので与しやすいですね。角から放たれる衝撃波にさえ気をつければ、倒すのは難しくありませんよ」
クライヴが腕を組みながら、補足するように言ってくる。
「それでも、あっという間に倒すなんて凄いです!」
本を閉じながらクライヴの方に顔を向け、やや興奮気味に言うエミリエル。
どうやら、そのブレードディアはクライヴによって倒されたようだ。
「ほう、さすがは元討獣士のエース格じゃな」
顎に手を当てながらクライヴに視線を向け、感心の言葉を紡ぐエステル。
「そういえば、クライヴさんは以前、討獣士だったんですよね? 何がきっかけで護民士に転職したんですか?」
アリーセがそう問いかけると、クライヴがアリーセの方を向き、答える。
「実はですね、ロイドさんに護民士にならないかと言われたんですよ」
「街の人たちから、腕も性格も良い優れた討獣士だと評判だったので、支部長がこの街の駐在護民士にちょうど良いと考えて掛け合ったそうです。あの頃はまだ駐在護民士がいませんでしたから」
エミリエルがクライヴに続く形で説明を補足する。
その説明を聞いたアリーセが言葉を返す。
「なるほど……。そう言えば、今でこそどんな小さな村にも必ず護民士が配されていますが、数年前――父が元老院議長になる前は、いない町や村もありましたね」
ふむ……。アリーセは昨日、護民士はどんなに小さい町や村であっても一人は必ず配置されていると言っていたが、どうやらずっと昔からそうだったというわけではなく、ここ数年の間にそういう風になったみたいだな。
「民の安全を第一とする……。アリーセさんのお父上の思想、理念は素晴らしいと私は思いますよ」
と、そう言って微笑を浮かべるクライヴ。
「ええ、まったくもってその通りですね」
エミリエルは頷いてそう言うと、そこで一度言葉を区切り、エステルの方に顔を向けてから問いかけの言葉を紡ぐ。
「それはそうと……お姉ちゃん、そっちはどうだったの?」
エミリエルの問いかけに、エステルが肩をすくめて俺の方を見る。
「こっちはまあ……なんじゃ? 色々あったわい。というより、色々ありすぎてこんな道端で話すのは無理じゃ。とりあえずギルドへ行くぞい」
エステルのその言葉に続き、皆がギルドへ向かって歩き出す。
「……ソウヤさん、もしかして先日の魔獣に引き続き、また何かとんでもないものを瞬殺したのですか?」
エミリエルが俺の方を見て、呆れと疑念が入り混じった様な表情でそんな事を言ってきた。
いや、またって言われてもなぁ。瞬殺……っていう程ではない気がするけど、魔獣や冥界の悪霊とやらを簡単に倒す事が出来たのは、あの剣がチート級だからだと思うんだよな、俺は。
◆
そんなこんなでギルドについた俺たちは調査結果の報告をする。
ロイド支部長、エミリエル、クライヴの3人はその報告を聞き、最初こそ驚きの表情を見せたり、声を上げたりしたものの、あれこれと説明しているうちに落ち着きを取り戻していった。
というか、なんだか皆の中では、『俺を含む隠れ里の人間は、常識で測れないチートな存在』みたいなイメージが出来つつあるようだ……。まあ、隠れ里設定が功を奏したと思うべき……なのか?
なんて事を思っていると、
「それにしても、まさか冥界の悪霊――《獄炎戦車ヴォル=レスク》が出てくるとは思いませんでしたね……」
と、ロイド支部長が唸るように言う。
「それに、翼竜のような謎の存在……ですか」
エミリエルがロイド支部長に続くようにしてそう呟くように言う。
「あれに関しては、妾にもさっぱりわからぬわい。そもそも、何故あの場所に現れたのかすら謎じゃ」
エステルがこめかみを人さし指でなぞりながら言う。
「その翼竜のような存在に関しては、私もなんとも言えませんが、冥界の悪霊が出没し、魔法――魔煌具が使えない領域……という方には心あたりがありますね」
顎に手を当てながら、そんな事をいうクライヴ。
それに対し、アリーセがクライヴの方を向き、問いかける。
「心あたり……ですか?」
「ええ。私の祖国にある『封魔の神殿』です」
「なんじゃ? その『封魔の神殿』というのは」
エステルがクライヴにそう言葉を返しつつ、腕を組む。
「――祖国に『常夜の大樹海』という、昼でも夜のように暗い広大な森林地帯があるのですが、その深奥に、古代アウリア文明期の巨大な都市遺跡が存在します」
「あ、聞いた事があります。たしか……『不夜城都市』ですね」
「その通りです、よくご存知ですね。祖国でもあまり知られていないのですが……」
「あはは……歴史はそれなりに得意なので……」
クライヴに褒められたエミリエルが、照れながらそう返す。
ふむ……。エステルがエミリエルは歴史に詳しいと言っていただけはあるな。
「それで……ですね。その都市遺跡の中にもエステルさんたちが遭遇した魔煌具や魔法が無効化されてしまう場所――神殿のような建物があるのですよ」
「なるほどのぅ。確かにそれは『封魔の神殿』という名がピッタリじゃな」
クライヴの解説に頷き、得心がいったという表情を見せるエステル。
そのエステルに対しクライヴもまた頷くと、
「ええ。ちなみにその『封魔の神殿』は、幽界との境界線だと言われており、何人たりとも入ってはならない禁域とされています」
と、補足するように言葉を続けた。
「幽界というのは、冥界と同じ意味ですよね?」
アリーセがエステルに向かってそう問いかける。
「うむ、そうじゃな。厳密に言えば少し意味が異なるのじゃが、まあどちらも死者の世界を指す言葉である事に変わりはないのぅ」
「なるほど、あの遺跡の深部が『封魔の神殿』と同じようなものであるという可能性は十分に考えられる話ですが、そうすると今度は、それが何故古代の遺物――ミラージュキューブといいましたか? それによって巧妙に隠蔽されていたのかという点が気になってきますね」
ロイド支部長がそう呟くように言い、顎に手を当てながら考え込む。
「あーっと……とりあえずその問題の遺物ですが、ここに出しても構いませんか?」
俺が考え込んでいるロイド支部長に対し、そう問いかけると、
「ええ。むしろ出して戴けると助かります」
と、そう返してきたので、俺は例のミラージュキューブ・ステラとかいうのを次元鞄から取り出し、テーブルの上に置く。
すると、現物を始めて見たロイド支部長、エミリエル、そしてクライヴの3人が、興味津々といった様子でそれを眺め始めるのだった。
しばらく街中での話が続きます。




