第26話 獄炎戦車 <後編>
姿を現した獄炎戦車だったが、結構なダメージを被っているのか、次の行動に移ることなくその場でガタガタと震えているだけだった。
よく見ると車輪が少しガタついており、上手く回っていないようだ。
俺は、一気に仕留めるチャンスだと判断し、次元鞄から剣を素早く取り出した。
「そらっ!」
掛け声と共に思い切り剣を正面に向かって投げつける。
そしてすぐさまアスポートを発動。
ドクロの眼前へと転移させた剣を、その赤く光る目のような部分へと勢い良く突き刺した。
獄炎戦車のドクロが「ルオォオォオォ!」という咆哮と共に震え、突き刺さった部分から、真紅色をした砂のように極小の結晶が大量に噴き出し、床に降り積もる。
「まだまだっ!」
俺はサイコキネシスで剣を抜くと、浮かせたままの状態を維持しつつ縦回転させ、そのままドクロの頭頂部に叩きつける。
と、叩きつけた瞬間、あっさりとドクロに大きなヒビが入った。
……こうも簡単にヒビが入るとは思えないので、やはり、さっきの炎で受けたダメージが蓄積していたのだろう。
さらに縦回転を続けると、叩きつけたところを中心にドクロがあっさりと砕け、そのドクロの破片が飛び散る。
直後、先程から噴き出し続けている結晶が、そこからも噴き出し始める。
俺はそれを見ながら、縦回転を続けている剣を床に触れるギリギリまで下げつつ、縦回転から横回転へと変化させる。
「続けて……そこだっ!」
ここで攻撃を止める理由はない。追撃あるのみ!
というわけで、俺は車輪に向かって剣を横回転させたまま、水平に勢い良く突っ込ませる。
刹那、剣が車輪をすり抜けたかのように感じられるほど、あっさりと両断。片側の車輪を切断された獄炎戦車が斜めに傾く。
「グルアァアァアァアァアァアァアァアァァァァァッ!」
一際大きく、怨嗟に満ち満ちた咆哮が響き渡る。
だが、響き渡っていた咆哮が途絶た瞬間、赤く光る目のようなものが消滅。ドクロはまるで力を失ったかのように床へと転げ落ちていった。
そしてその直後、多数の陶器をいっぺんに地面へと叩きつけたかのような、そんな盛大な破砕音が響き渡り、ドクロが粉々に砕け散る。
「た、倒した……のかの?」
そうエステルが呟くと同時に、残っていた車輪も動きを止めた。
どうやら間違いなく撃破したようだ。
「み、見てください! 砕け散ったドクロの残骸が崩れていきますっ!」
アリーセが砕け散ったドクロを指さしながら叫ぶ。
たしかにアリーセのように遠くから見ると、崩れていくように見えるのだが、実は少し違う。
俺の目――クレアボヤンスによる視界には、砕け散ったドクロが白い砂へと変わり、通路の床に広がっていくさまが映っていた。
そう。奴は砕け散った後、突然砂と化したのだ。
よくわからない現象だが、ここから復活するなどということはないと思いたい。
「まさか、再構築からの復活、なんてことはありませんよ……ね?」
と、俺と同じことを思ったらしいアリーセの呟きに対し、エステルが反応する。
「ふむ……それはなんとも言えんのぅ。冥界の悪霊を始めとしたアンデッドに分類される存在は、しぶとい事で有名じゃし……」
その不穏な言葉を聞いた俺は、注意深く獄炎戦車の残骸の様子を伺う。
……が、しばらく待ってみても、白い砂と化したドクロもさきほど動きを止めた車輪も、どちらも再び動きだすような気配はなかった。
俺はクレアボヤンスを解除し、剣を手元へと引き寄せる。
「どうやら、獄炎戦車は完全に沈黙したようだ」
2人の方を向き、そう宣言すると、
「ふぅ……。よかったです……」
胸をなでおろし、安堵の表情を見せるアリーセ。
それに対し、エステルの方はやや呆れた表情だ。
何故そんな表情をしているのかと思っていると、
「冥界の悪霊をこうも簡単に砕き、切断するとはのぅ。さすがは霊幻鋼の剣……凄まじい威力じゃな。しかもそれを浮かせて、風車のように回転させながら叩きつけるなどと、とんでもない事をしよるわい」
ため息混じりにそんな事を言ってきた。うーむ……やはり攻撃方法が力任せすぎたか。例の呪紋鋼の投げナイフ100本セットを買ってくるべきだったかもしれん。
「いやまあ、たしかに剣の頑丈さに頼った力任せな攻撃手段なのはわかっているが、他に良さそうな攻撃手段も思いつかないからなぁ……」
「そういう意味ではないのじゃがのぅ」
俺の言葉を聞いて、さらにため息をつき、首を左右に振るエステル。
……? どういう意味だ? 攻撃方法に対するダメ出しじゃないのか?
「えっと……『さいきっく』という異能自体が凄まじすぎる、という意味かと」
俺が頭の中に疑問符を浮かべながら頭を捻っていると、アリーセがそんな事を言ってくる。
……あ、ああ……なるほど、そういう事か……。まさかそっちの意味だとは思わなかった。
「たしかにチートっぽい力ではあるよなぁ……。魔法の使えないこの場所でも、魔法並の力を発揮出来るわけだし、サイキックは」
「うむ、そうじゃな。じゃがまあ……それを言うなら、あの獄炎戦車も同じくチート、じゃがのぅ」
と、俺の言葉に頷きながら、そう言ってくるエステル。
……ん? つい口走ってしまったが、スラングである『チート』が普通に通じている?
英語――というか日本でも一般的に使われている『メンテナンス』などのような英単語は、これまでにもそのまま通じていたが、スラングまで通じるとはな。
もしや、この世界でも使われていたりする……のか? いや、そもそもそれっぽい別の言葉に変換されている可能性もあるか。
と、不思議に思っていると、アリーセが首を傾げながら、
「あの……『ちーと』というのは、どういう意味の言葉なんですか?」
という疑問の言葉を口にした。あれ? やっぱり通じない?
でも、エステルには普通に通じていたしなぁ……うーん?
「魔煌技師の間で使われる用語じゃな。本来は術式や魔煌具に細工を施して発動する魔法の性能や性質を改変する事を指すのじゃが、インチキくさいものや、ありえないようなものを指す時にも使われておるじゃよ」
困惑する俺の代わりに、そう答えるエステル。
ふむ、この世界ではそういう感じで使われるのか。でもまあ、地球……というか、日本でも大体同じような感じで使われていると言えなくもない、か。
「なるほど……。たしかにソウヤさんの『さいきっく』も、獄炎戦車の火球も、ありえない力ですね」
顎に手を当てながら、そう言って納得するアリーセ。
エステルはアリーセのその言葉に頷くと、俺の方を見て、
「じゃからチートと自分で言ったのじゃろうよ。――さて、そのチートな力を持つ冥界の悪霊の類がまた出てきても困るからのぅ。急いで戻るとするぞい」
と、肩をすくめながら言ってきた。
「そうだな。……っと、その前にせっかくだから、あの車輪と砂の一部を回収してくるわ」
俺はそうエステルに言葉を返すと、獄炎戦車の残骸に近づいていく。
「次元鞄とはいえ、さすがにそんな大きいものは入らんと思うのじゃが……」
「え? 今日は持ってきていませんが、私の次元鞄はあのくらいの物でも入りますよ?」
「それは、おぬしの次元鞄が大きいからじゃろ? ソウヤの持つ次元鞄は、あの大きさのじゃぞ?」
「ああ……言われてみると、たしかに私の次元鞄を背負わないと駄目なくらい大きいですね」
後ろからついて来た2人がそんな事を話している。
そう言われてみると、アリーセが森で背負っていた次元鞄は、なんか恰幅のいい武器商人あたりが背負っていそうな感じの、やたらとでかい奴だったな。
……もしかして入らないか?
と、思ったものの、試しに入れてみたら、切断した車輪はもとより、切断していない車輪の方も特に問題なく次元鞄の中に収まった。
というよりも、近づけただけで次元鞄の中に自動的に吸い込まれた。どうやら、鞄より大きな物であっても問題なく入るようだ。
「どうやら全部入ったみたいですよ?」
「そう……みたいじゃな。うーむ……もう、あやつが里から持ってきたという物は、すべて規格外……というより、チートな代物だと思った方がよい気がしてきたぞい」
アリーセに対し、呆れた声でそう返すエステル。
どうやら――いや、これはもう予想通りだと言うべきだな。ディアーナが俺に渡してきた次元鞄は、他の物同様に一般的な物よりも優れているらしい。
……取扱には注意した方が良さそうだ。
それにしても……ディアーナの持っている物が凄まじいのか、ディアーナ自身が凄まじいのか良く分からないが、エステルの店にあった例の『連射魔法杖試作型』って奴も、ディアーナに相談してみたらなにかいい魔力の供給方法が出てくるかもしれないな。
いつまでもサイコキネシスで剣を飛ばしてぶつけるだけじゃ芸がないし、魔法の方をもっと使ってみたいから聞いてみるか。
そんな事を考えながら、あらかた回収し終えたところで、
「さて、急いで戻るとするぞい。また厄介なのが現れる前にのぅ」
と、そう声をかけてくるエステル。
俺はそれに対して頷き、暗闇に包まれた通路から脱出する。
そして、広間から通路を眺めながら、思う。
……杖の事だけじゃなくて、この場所に関してもディアーナに相談してみた方が良いかもしれないな、と。まあ……どう考えても、通路の先にあるのは何かヤバいものだろうけど。
明日、夜明けの巨岩へ行ってみるとするか。
……って、そう言えばクライヴとエミリエルは、その夜明けの巨岩へ調査に行っているんだったっけな。向こうの調査結果はどんな感じだったんだろう……?




