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サイキッカーの異世界調査録(サーベイレコード)  作者: TOMA
第1部 異世界グラスティアの異変 第1章 アルミナ編
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第25話 獄炎戦車 <前編>

 全力で走る俺たちの後方から背筋をゾクッとする感覚が走り抜ける。


 その直後――

「ルオォオォオォォォーンッ」

 という昏い咆哮が通路に響き渡った。それはまさに冥界の悪霊だと言わんばかりの、地獄の底から響くかの如き低くそして重い音だった。


 俺は通路を駆けながらも、その音に対し反射的に顔を後ろに向け、クレアボヤンスを発動……させなかった。

 なぜなら、発動させる必要がなかったからだ。なにしろ、火球はいつの間にか凄まじい速度でこちらへと迫ってきているのが、ハッキリと肉眼で見える程にまでなっていたのだから。

 

「あ、あの火球……速すぎませんか!? こ、このままだと追いつかれます!」

「ぬうぅ……っ! 魔法さえ使えれば障壁で防ぐのじゃが……っ! と、とにかく全力で走るしかあるまい!」

 走りながらそんな2人の焦りの声が聞こえてくる。

 

 エステルの言う通り、火球はどう考えてもこちらが走るよりも速い。

 広間までの距離を考えると、走っても到底間に合いそうにない、か。……仕方がない、逃げるのは止めだ。

 

 俺は立ち止まり、即座に複数のサイキックを同時に発動させるイメージを思い描きつつ、周囲を見る。

 と、周囲――アリーセやエステル、火球などの動きがスローモーションに見え始めてきた。

 よし、これで思考する時間を稼げるというものだ。


 ……そう言えば、これが最初に発動したのは幽霊トンネルの時だったか? 懐かしいな。

 あの頃は、なんだかピンチの時に唐突に発動する場合がある良くわからん代物だったが、今では自分の好きなタイミングで使えるだよなぁ、これ。

 まあもっとも任意の場合、『複数のサイキックを同時に発動させるイメージ』を思い描かないといけないから、とっさに発動させるってのは難しいんだけど。

 本当は、敵の攻撃を受ける瞬間に発動させて回避行動を取る! みたいな使い方が出来れば最良なんだけどな。そうすれば、それこそあの頭上からの致命的な攻撃を、まともに食らったりはしなかったわけだし……

 

 まあ、一応ピンチの時に勝手に発動する場合があるんだけど、あれは何がトリガーとなっているのが未だに良く分からんから、アテには出来ないしなぁ……

 って、違う! そんな事を悠長に考えている場合じゃない!

 

 ――本題だ。飛んでくる『物』を押し返すっていうのは、サイコキネシスを使えば可能だ。押し返すだけであれば、対象物が結構な質量でもいけるしな。

 

 さて、火球は『物』であるとは言い難い気もするが、俺のサイコキネシスは、どうやら物質、非物質問わず、なんらかの『塊』であれば『物』という扱いになるらしい。

 なので、火の『塊』である火球にも問題なく有効だと考えられる。

 

 問題があるとすれば、単純に俺の力でどうにか出来る程度の物であるのかどうか、という事と、あれが本当に『炎の塊』なのか、という事くらいだ。

 なにしろ、この特殊な空間でも使える力によって生み出された火球だ。単純な『炎の塊』ではない可能性もある。

 普通に考えても、ところどころに黒の混じった紫色の炎なんてものは存在しないからな。炎色反応で紫になるものもあるが、あんな黒が混じったような不気味な色なんかじゃないし。

 

 とはいえ……だ。仮に『炎の塊』でなくても『なんらかの塊』ではあるだろう。そうでなければあのような形になるとは思えないからな。

 

 ……と、そこまで思考した所で、俺は『あれをサイコキネシスで押し返す事は可能である』という結論を出す。よし――

 

「やるか」

 俺は短くそう呟くと、スローモーション状態を解除。意を決して迫る火球の方に向けて手を突き出す。

 

「ソウヤさん!?」

「おぬし、何を!?」

 俺が立ち止まった事に気づいたらしいアリーセとエステルの声が聞こえてくるが、俺はそちらを見ずに、

「このままじゃ確実に追いつかれるからな。あの火球を迎撃する」

 と、声だけ返す。

 

 その間にも火球はこちらへと着実に迫ってきており、もう三十秒もしないうちに、俺たちを飲み込むだろう。

「ぬう……。たしかにあの速度では逃げ切るのは不可能じゃな……」

 エステルが俺の横に立ち、火球を見ながら言う。

 

「でも、どうやって迎撃するのですか?」

 アリーセがエステルとは反対側の俺の横に立ち、そう問いかけてくる。

 

 ……そのまま逃げててよかったのに、何故足を止めて俺の所へ戻って来たのか。しかも、横に並ぶなんて……

 うーん……俺ならどうにか出来ると信用されているのか、それとも好奇心からなのか……いや、両方が半々か?

 

 っと、それはともかく、だ。

「さっき言った物を動かす力だ。正確にはそれを応用した塊を押し返す力だな。おそらくは大丈夫だと思うが、念の為に伏せておいた方がいいぞ」

 そう告げると、アリーセとエステルが速やかに床に伏せた。

 

 俺はそれを確認すると、眼前へと迫りつつある火球を睨みつけ、突き出した手で押し返すイメージを頭の中に浮かべる。

 と、その刹那――

「………………っ!」

 前へと突き出した手に、目に見えない巨大な何がぶつかり、強烈な重さの衝撃が伝わってくる。どうやらサイコキネシスが火球を捕らえる事に成功したようだ。

 ……たしかに重いが、強烈だったのは一瞬だけか。朝のあの大岩に比べると全然楽だな。

 よし、まずは……止める!

 

「――せいっ!」

 気合の掛け声とともに、衝撃を伝えてきた目に見えないソレを思いっきり押す。

 

「な、なんじゃとぉぉぉっ!?」

 エステルの驚きの声が耳に届く。……なんか、さっき――ミラージュキューブの時――も似たような驚き方してなかったか?


 なんて事を思っている間にも、火球はみるみるうちにスピードを落とし、そのまま停止した。

 

「す、凄いです! 火球が止まりました!」

 今度はアリーセの声だ。

 ちらりと2人の方を見ると、いつの間にか2人とも立ち上がっていた。……伏せておけと言ったのに……

 

 心の中で軽くため息をついていると、少し火球がこちらへと動いた。

 おっと……気を抜くと危ないな。――火球の方に意識を向け直し、改めて精神を集中する。

 

 さて……ここまでは思ったよりも余裕だったが、ここからがある意味本番だ。

 俺は力強く火球を押すイメージを固め、さらに前へと手を突き出す。

「ぐっ……!」

 お、重いな……っ!

 火球を押そうとするも、それはかなり重かった。想定外だな……これは。

 受け止めた時の重さが大した事なかったから簡単にいけると思ったんだが……

 

 とはいえ……重いは重いが、いけそうな感覚だったので、突き出した手に力を込めてさらに押す。

 ……くっ! ぬ……っ! さ、さすがにちょっと……キツ……い……ぞっ!


 ぐ……ぬ……おおおおおぉぉぉぉぉっ!

 

 心の中で雄叫びをあげ、気合を込めて思い切り押し込む俺。

 その俺の額に汗が浮かんできたその直後、火球に変化が生じる。

 なんと、火球は飛ぶ方向を急反転――獄炎戦車の方へと向かって、勢いよく飛んでいった。

 

「はい?」

 あまりの事に素っ頓狂な声をあげてしまう俺。

 

 なんか……思いっきり押し込んだら、そっからは思った以上にすんなりいったな……。なんだこれ?

 もしかしてアリーセかエステルがなにかしたのだろうか? と、そう思って2人の方を見る。

 だが、2人ともやはりというべきか、信じられない物を見たと言わんばかりの顔で呆けていた。……とりあえず、なにもしてはいなさそうだ。

 

「お、押し返すとは言っておったが、まさかこれほどとは思わなんだぞい……」

 そんな驚きの言葉を紡ぐエステル。うんまあ……やっといてなんだが、俺自身も驚いているからな、さっきのには。正直言って、わけがわからなすぎる。

 

 と、そこで突然、獄炎戦車の方へ向かって飛んでいた火球がいきなり爆ぜた。


 って、50メートルも飛ばずに勝手に爆発?

 ……いや、違うな。何かにぶつかったような感じだったぞ。


 うん? まてよ……あっち側に存在するのは獄炎戦車のみなはずだ。

 という事は、奴に火球がぶつかったという可能性が一番ありえるな。

 

 俺がそれを確認するよりも先に、爆ぜた火球を中心に、黒混じりの紫炎が凄まじい速度で上下へと広がる。

 そして、文字通り炎の壁となって通路を塞いだかと思うと、その炎の壁がこちらへと勢いよく迫ってきた。

 

「ちょっ!?」

 まずいな……。あの炎そのもののような状態では、まず押せるとは思えないぞ。だが、このままでは炎に飲み込まれてしまうだけだ。

 俺は、さっきのような成功の可能性を見出す事が出来ないまま、イチかバチかの賭けでサイコキネシスを発動する。

 

 ……が、熱風が俺たちをなでるも、炎が届く事はなかった。

 見ると、俺たちのいる所から5メートル程度離れた辺りで、こちらに迫ってきていた炎の壁が止まっていた。ふぅ、やれやれだ……

 しかしこの炎、こんなに近くにいるのに熱さを感じないな。むしろ冷たささえ感じるぞ……?


 ……まあいい。その事はいったん置いておくとしよう。それよりも何にぶつかったのかを、改めてクレアボヤンスで確認してみないと。

 もっとも、ぶつかったのは獄炎戦車で間違いないと思うけど……


 ……そしてクレヤボヤンスを使うと、案の定、獄炎戦車がその炎の中に飲み込まれているのが見えた。

 火球に遮られてこちらからは見えていなかったが、どうやら獄炎戦車自身も火球に続く形で俺たちの方へ迫っていたらしい。

 で、俺が火球を押し返した事で、思いっきり衝突する羽目になった……ってわけだ。

 まあ……獄炎戦車は、自らが放った火球を押し返されるだなんて、思ってもいなかっただろうからなぁ。

 

 と、そんな事を考えながら、炎に包まれている獄炎戦車をよく見てみると、車輪やドクロの一部など、あちこちが溶けているのがわかった。

 どうやら獄炎戦車という名称を持つ割に、いわゆる火属性耐性のようなものはないらしい。

 不思議な感じだが、おそらく馬が引いて走る方の戦車に似た姿――といっても、馬付きではなく本体の方だけだが――と、凄まじい威力を持つ不気味な火球を発射してくるところから、そう名付けられただけなのだろう。

 

 なんて事を考えていると、

「クアアアアアァァァァァ!」

 という昏い咆哮が再び辺りに響き渡った。相変わらず薄気味の悪い叫びだ。


 で、奴はなにを仕掛けてくるつもりだ? と思いながら敵の動きを注視していると、こちらに対して攻撃を仕掛けてくるような事はなかった。

 だが、その代わりというの変だが、獄炎戦車を飲み込んでいた炎が一瞬にして消失した。

 

 ふむ……どうやら今の咆哮は、あの炎を消失させるためのものだったらしい。

 炎に隠れていた獄炎戦車が、その姿を現した――

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