第1話 摩天楼都市エレンディア
<Side:Souya>
「エレンディアが南北で差がある事は話に聞いて知ってはいたが……まさか、ここまで南北で差があるとは思わなかったな。まさに百聞は一見にしかず、だ」
俺は堤防の上に立ち、人工的な光によって煌々と輝くふたつの町並み――対岸の町並みと背後の町並みを交互に見ながら、そんな風に呟く。
背後に広がるのは、10階以上ある――中には20階を超えるような物すらある――高層ビルが建ち並ぶ新しい町並み。
対して正面……対岸に広がるのは、一番高くても3階程度の低い建物が並ぶ古い町並みだ。
「北は建物だけ見たらルクストリア以上よね。ルクストリアも中層以上の高層建築が増えてきたけれど、こっちの方が圧倒的に多いし。さすが、摩天楼都市だなんて言われるだけはあるわ」
「まあ、ルクストリアはそれなりに歴史のある都市だからな。古い建築物も多いし、そう簡単に新しい高層建築物をつくれるような土地がないってのもある。対してこっちは、元々何もなかった場所につくられた新しい街だし、まさに建てたい放題だっただろうからな」
シャルロッテの言葉にそう返しながら対岸を見る。
「そうねぇ……もっとも、それゆえに世界中から流れ込んできた人々や、古くから住んでいる人々、そして貧富の差……そういったものが原因となって犯罪の発生率も高いのが問題なのだけれど」
シャルロッテがため息混じりにそう言って肩をすくめてみせる。
「エレンディア広域警備局とやらの設立によって、大分減ってきてはいるらしいが、それでもまだまだ南の方は多いって話だったな。――で、たしかその警備局とやらは、シャルや蓮司たちとも関係があるんだったよな?」
「ええ、そうね。私たちがかつて所属していた傭兵団が解散になった時に、この辺りの出身だった面々が中心になって作った組織が、警備局の前身だから無関係ではないわね。ちなみに、最初は自警団みたいなものでしかなかったから、慢性的に人手不足でね……私たちも時々力を貸していたりしたわ」
シャルは懐かしそうな目をしながらそこまで言った所で一度言葉を切ると、俺の横に立ち、対岸の町並みへと視線を向けつつ、
「その後、色々あってこの南北エレンディアとその周辺地域が『自治領』となった際に、事実上の自治政府である『都市議会』の議長から直々に依頼されて今の形になった……という感じね」
と、言葉を続けた。
「でも……その影響で――政治的な部分が絡む様になったせいで、昔のように迅速に動けないっていう問題が新たに出てきているみたいだけれど……。まさに今回のように」
ため息をつきながらそんな風に言うシャルに対し、俺はクレアボヤンスで対岸の堤防沿いにある倉庫街を視ながら言葉を返す。
「ま、そういうもんだ。――だが、現場レベルではそういうのに流されない、屈さない、そういう気骨のある者たちもいるみたいだぞ」
「へぇ……。それはなかなか良い精神を持っているわね」
「そうだな。ただ……そこは良いんだが、問題があるのがな……」
「問題?」
「あんな少数で独自に動いて、もしあの場に『奴ら』の誰かが現れたりしたら、非常にまずい事になる……って事だ。――1年近く奴らの足取りを追ってきたが、まだまだ情報を得られていない奴がいるからな。だから……このエレンディアに潜伏し、今回の件に絡んでいたとしてもおかしくはない」
「……そうね。この都市なら潜伏場所は山ほどあるし、たしかにありえる話ね」
シャルはそこで一度言葉を区切ると、こめかみに人差し指を当て、
「しかも……こう言っては何だけど、いかに警備局――戦闘能力の優れた警備隊の人間でも、少数で奴らの相手をするには、さすがに戦力的に厳しいと言わざるを得ないのは事実なのよね……。かつての傭兵団時代の人間であれば、ある程度はやり合えるかもしれないけど、倒すとなると……」
と、そんな風に言い、首を横に振って否定した。
さすがに最強クラスの傭兵団の人間と言えども難しい……か。ならば――
「シャル、予定変更だ。『北』はロゼたちに任せて、俺らは『南』――あの者たちを支援するぞ。少数なら接触しても問題ないだろうからな」
「そうね、それに関しては私も賛成だわ。だとしたら、来る時に使ったウォーターレビバイクでで行くのがよさそうね。急いで戻りましょ」
そう力強く言ってくるシャルに対して俺は無言で頷き、ウォーターレビバイクを止めてある場所へ向かって走るのだった。
◆
<Side:????????>
「――隊長、今晩ここで『灰蜘蛛』が、密売を行うという情報は本当なんですかね? ガセとかじゃないんですかね? 人っ子一人いないんですが……」
俺の目の前で、赤いTシャツにデニムジャケットというラフな格好をしたドラグ・ケイン族の青髪の青年――ゼルディアス……ゼル先輩が、ゴスロリ感のあるワンピースの上に、丈の長いダークグリーンのモッズコートを身に纏ったエルラン族の女性――モニカ隊長に問いかける。
「貴方のお兄さんは――いえ、私のダンナ様はとても……とても、凄く、世界一優秀な情報屋よ? ガセなんて掴むはずがないでしょ? その情報力で私の好み――」
「――あ、それ以上は結構です。それ以上ノロケられると、口から火の変わりに砂糖を吐きそうです。……っていうか、まだダンナではないですよね」
ゼル先輩が手でモニカ隊長の言葉を遮り、そんな風に言う。
「来月にはそうなるんだから、似たようなものよ。貴方も隊長じゃなくて『義姉さん』と呼んでくれてもいいのよ?」
片目を瞑ってそうゼル先輩に告げるモニカ隊長。
それに対してゼル先輩は、
「……折角ですけど、遠慮しますよ」
と、棒読み気味に返す。
「……そこは普通、喜びの言葉を棒読みにする所じゃないかしら?」
なんて事を腰に手を当ててため息混じりに言うモニカ隊長。
え!? 突っ込む所そこ!? と思ったが、まあ……何も言うまい。
というわけで、その代わりに――というわけでもないのだが、
「それにしても……モニカ隊長、我々第7だけで勝手に動いてしまって良かったんですかね?」
と、問いかける俺。
「仕方ないわよ。上の決定を待っていたら、確実に取り逃がすような状況だし、私たちだけで動くしかないじゃない」
「それは……まあ、そうですが……」
隊長の言葉にそう返した所で、ゼル先輩が小声で告げてくる。
「……兄貴の持ってきた情報は正しかったようだ。さすがだぜ」
ゼル先輩の視線の先――古い倉庫の前に人影が現れる。
ゼル先輩の言う通り、ゼル先輩お兄さん――ガレスさんはさすがだとしか言いようがないな。
一体どうやったのかはさっぱりだが、こんな情報をあっさりと手に入れてしまうだなんて、心底驚きだ。
モニカ隊長が手放しに褒める――というかノロケるのも良くわかるというものだ。
だが、問題はここからだな……
というわけで……第2部は、第1部第4章でチラッと話に出てきた、レヴィン=イクセリア双大陸の大都市『エレンディア』からスタートです!
第2部では、蒼夜たちはどちらかと言うと『裏』で動く形ですので、基本的に並行して新キャラや旧キャラたちが『表』に立って進んでいく構成になります。
簡単に言うと……第1部でやたらと出てきたサブキャラたちに、順番にスポットライトが当たっていく感じですね。
まあ、そこに新キャラも絡んでくるので、群像劇度が大分上がりますが……
なにはともあれ、そんな感じですが、第2部もよろしくお願いいたします!
次回の更新は、明後日土曜日の予定です!




