第82話[Multi Site] 黄金守りの不死竜
今回は結構長めです。
<Side:Souya>
「……は?」
ディーが居ると思われる部屋へと足を踏み入れた俺の口から、そんな声が出た。
なぜならそこには、床に倒れ伏したまま動かなくなっている朔耶の姿と、ビームブレードを手にした朔耶の姿があったからだ。
「朔耶が……ふたり?」
蓮司がもっともな疑問を口にする。
「一体……どういう事……なの?」
「ん……。倒れている方が、ディーで、剣を持っている方が、サクヤ?」
シャルとロゼもまた、そんな疑問の言葉を口にする。
「まあ、そんな感じかな」
なんて事を平然とした表情で言ってくる朔耶。
「ディーの支配を脱した……という事なのです?」
「んー、ちょっと違うかな。『ディーに意識を支配された朔耶』……というか、この転がっている義体――アストラルモジュールは、私が殺したからね」
クーの問いかけに対し、朔耶がそう返して床に倒れ伏している朔耶――ディーを見下ろす。
「義体……アストラルモジュール……。つまり、朔耶は肉体がアストラル化したわけじゃなくて、元々そういう存在――朔耶のコピーみたいなものだった……と、そういうわけか?」
俺は状況から推測し、そう問いかける。
「うん、そうだね。ある意味コピーだと言ってもいいかもしれないね。ディーの仕掛けのせいで、アストラルモジュールへの記憶の引き継ぎは出来ないから、『アストラルモジュールの私』は、何も知らないし」
「何も知らない?」
「そう。さっきまでソー兄たちの近くに居たアストラルモジュールの『私』が記憶として持っているのは、幻獣にやられて沼に沈む前の記憶と、この奥の施設でソウルバックアップから魂魄をインストールした後の記憶、そしてあの温泉で『アリーセに告げた話』だけ。……だからまあ、『私』は自身の身体がアストラル化したと勘違いしてしまったわけなんだけどね」
朔耶は腰に手を当ててそう言うと、ため息をつきながら首を横に振る。
……なるほど、だから『竜の座への行き方』を知らなかったわけか……
「結局、ディーってのは何なんですかねぇ?」
「あれは、この世界――このコロニー型移民船の『管理者』――『マザーシステム』と呼ばれる物が、自由に動き回るために生み出した存在だよ。情報統制システムの一部をクラックしてその制御下から脱し、この移民船団の全権を奪おうと画策しているCH―M3 XAL ANTUS――この世界の人たちが、鬼哭界ザラントゥスと呼んでいる船のマザーシステムである『エムス』や、ゆっくりと世界を崩壊させる『ホロウ・エクリプス』に対抗するためにね」
ティアの問いかけにそんな風に言ってくる朔耶。随分とまあ詳しい事で……
「その『エムス』っていうのは、もしかして『真なる王』なのか?」
「んー、そこまではちょっとわからないなぁ。さすがにザラントゥスの情報までは把握出来ないし。まあでも、ディアドコス……だっけ? なんか妙なシステムを使って、銀の王たちの知識や技術を収集、統合している事を考えると『エムス』と『真なる王』は、イコールじゃないような気がするよ、うん。『エムス』なら、そんな回りくどい事をする必要はないはずだからね。データベースにある情報が間違っていたり、改竄されていたりしなければ、という前提なら……だけど」
俺の推測に対し、朔耶は顎に手を当てて考えながら、そう答えてくる。
うーむ……。奴の正体は謎って事か……
「もうひとつの『ホロウ・エクリプス』というのは何? そんなものデータベースでも見た事ないんだけど……?」
「んー、それが『なんなのか』と言われると、私にもさっぱりわからないんだよね。ほら、ソー兄から聞いた事あるよね? 世界を浸食する歪みの話を。アレの事だよ」
シャルの問いかけに、そんな事を言って返してくる朔耶。
……え? あれって、100年前から発生している転生するはずの魂が別の世界に流れてしまう現象を、そのまま説明するのが難しいからってんで、でっち上げた話なんだが……マジでそんな現象が発生していたのか……?
なんて事を考えながら朔耶に視線を向けると、朔耶はちょっとだけ口角を上げた後、ほんの少し頭を下げ、俺の方へ視線を向け返してきた。
……あー、これは『でっち上げた話』だと知った上で、『何かの理由があって』敢えてそういう風に言ってきたっぽいな……
「……ところで、どうして『エムス』や『ホロウ・エクリプス』に対抗するディーを殺害しちまったんですかねぇ? 色々とマズいんじゃねぇですかねぇ?」
「それは簡単。ディーはたしかにこの『世界の未来』に繋がる行動をしていたけれど、それは、私たち――人間にとっては未来に不幸をもたらすものだったからだよ。ディーは人間の事を……命を、単なるリソースとしてみていて、世界の未来――存続のために、どんどん消費していく……そんな計画を立てていたからね。さすがにそんなのは許容出来ないでしょ? だから殺したんだよ。――例え、ディーと私の存在がリンクしていて、どちらかが消滅したら、もう片方も消滅するとしても、ね」
ティアの問いにそう答える朔耶。
「……もう片方も消滅……です!? それって、朔耶さんが消えてしまうって事です!?」
「うん、そうだよ。アリーセには伝えてあったんだけど、ソー兄にも伝わっていて驚いたよ」
朔耶は驚くクーの言葉に、あっさりとそう返して笑う。
……やはり、そうなのか……
俺がどう言葉を紡げば良いのか分からずにいると、
「……でも、それが間違いだったかもしれない。ディーがアリーセや室長を石化させたのは、完全に誤算だったし……」
なんて事を朔耶が言ってくる。
「ん、それ! 今のサクヤは石化を解除出来る!? うん」
ロゼが期待を込めて問う。
しかし、朔耶はそれに対し首を横に振った。
「……ごめん、無理。この世界の石化って構成そのものを書き換えてしまうような代物だから、戻すとか解除するっていう概念がないんだよね……。でも……魂が残存しているのなら方法自体はあるかもしれない」
「その『可能性』のために、ディーの使ったあの術式が知りたいんだが……朔耶は知っているか?」
ディーは既に死んでいる為、情報を持っているとすれば朔耶だけだ。
……これで、もし持っていなかったらどうしようかと思ったが、それは杞憂に終わった。
「私自身は知らないけど、ディーの使う禁呪級の星霊術に関しても、全てデータベースに情報が存在してるから、それを調べれば分かると思うよ。まあ、閲覧するだけでも最高権限――アドミニストレーター権限が必要だったりするけど」
と、俺の問いかけにそう返してきたからだ。
「ん、なら、サクヤの力で――」
「――ごめん、それも無理。……多分、調べ終えるまで私が保たない。……ほら、既に崩壊しかけてきているし」
ロゼの言葉を遮るようにしてそう言って、腕を上げて見せる朔耶。
すると、朔耶の腕から金色の光る粒子がパラパラと床に向かって落ちていくのが見えた。
そしてそれと同時に、床に倒れ伏していたディーが、同じ金色の光る粒子を周囲に撒き散らしながら消滅した。
その光景を目の当たりにしてしまった瞬間、俺の心が掻き乱される。
……ああ……くそっ! なんでこんな状況になってんだよ……っ!
なんで、朔耶自らがディーを殺してんだ……っ!
どうすれば……どうすればいい……。どうすればいいんだ……っ!?
唐突に突きつけられた――いや、分かってはいたが急にその時が来てしまったという現実。
掻き乱された心では、焦るばかりで何も思いつかない。
しかし、それを――俺の心を見透かしたかのように、
「でも、ソー兄なら全部どうにかしてくれるかもしれないね」
なんて事を言って笑みを浮かべてくる朔耶。
「それは……どういう……?」
「――ソー兄、私について来て。全てを教えるから」
俺の問いかけに対し、朔耶はそれだけ言うと、奥にある昇降機へと移動。
「あ、ああ……」
俺はそう返しつつ、朔耶を追うようにして昇降機へと向かう。
そして、俺が昇降機に乗った所で、
「あ、ちょ、ちょっと待って、私も行くわよ!」
と、シャルが慌てた様子で昇降機へと走ってきた。
蓮司たちもまた、そのシャルに続く形で走ってくる。
「あ、ちょっ、来たら駄目っ!」
シャルに対し、慌てた様子でそう返す朔耶。
「だ、駄目ってどうい……うぎゃっ!?」
シャルが昇降機に乗ろうとして弾き飛ばされた。
「だから駄目だって言ったのに……」
朔耶が額に手を当てながらため息をつきながら言う。
と、その直後、ナイフが飛んできた。
な、何だ!?
一瞬心の中で慌てるも、それは俺や朔耶に当たる軌道ではなかった。
というよりも、近づく前に弾け飛んだ。
「ん……何か見えない壁がある……」
ナイフを投げた張本人であるロゼがそんな風に言う。
どうやら、どうなるのか試すために投げてみたようだな。
「この昇降機、サブアドミニストレーター権限以上がないと使えないんだよね。だから、この先に進めるのは私とソー兄だけ」
朔耶が頬を掻き、そんな風に皆に告げた所で昇降機が動き出す。
「……まあ、そういう事らしいから、すまんがみんなは待っていてくれ」
「……仕方ねぇな。……後で詳しく話を聞かせろよ?」
俺の言葉に対し、蓮司が笑みを浮かべながら腕を組みそう返してくる。
「それはもちろんだ。――俺はこれまでに失った……そしてこれから失うであろう全てを……取り戻したい。だから、蓮司たちにも協力して貰わないといけないしな」
「俺は? 違うわよ、ソウヤ。そこは、『俺たちは』よ!」
「その通りなのです。『俺たちは』なのです!」
俺の言葉にシャルとクーがそんな風に返してくる。
……ああ、そうか。そう……だったな……
「――すまん、言い直す。俺たちは……力を合わせて失った全てを、失う全てを、取り戻すっ! その為にも、ちょっとばかし情報を入手しに行ってくる!」
◆
<Side:Irving>
娘――アリーセが石化したと聞かされた時は絶望した。
……しかし、どうにか出来る可能性についてソウヤ君――いや、使徒ソウヤ殿に言われた時は歓喜した。
そして更に、妻も取り戻す事が出来るという話だった。
それはもう、更に歓喜したさ。
<Side:Grendine>
アルチェムが鍾乳大河に落ちた時、俺は絶望した。
……しかし、ソウヤはアルチェムを取り戻せると言った。
ならば、俺が取るべき道はひとつしかないだろ?
<Side:Valgus>
……ハイジの言った通りになりやがったな。
であれば、俺も言った通りにするだけだ。
<Side:Emerada>
いやはや、突拍子もない事を言う使徒殿だ。
が、女神ディアーナ様、そして使徒殿が言うのであれば、事実であるし、可能であるのだろう。
私はもうすぐ盟主ではなくなる。ならば、私の好きなように動こうではないか。
――アーヴィングと共に、アイツを取り戻してやろうじゃないか。
<Side:Rinslet>
失ったものを全て取り戻す――
その言葉を、ソウヤ以外が言ったのなら、「うさんくせぇ」の一言で切り捨てていただろーな。
けど、あいつが言った以上は本当に出来る。そう信じている。
何しろ、取り戻せるのなら取り戻したいからな。この国の……全てを。
<Side:Ayaka>
蒼夜……。君の選んだその道は、影の道。私以上に険しい道だ。
だけど、アカツキもまた、影の争いに満ちた国だからね。
ならば、私も影の道を歩もうじゃないか。
それこそが争いを治め、全てを取り戻す事へと繋がるのだから、ね。
◆
<Side:Souya>
『ソー兄ならきっと成し遂げられる。その為のお膳立ては……出来る事は、全てしておいたんだから。これで成し遂げられなかったら……それは、嘘だよ。大嘘だよ』
『……本当はソー兄に全て任せるような……放り投げるような事をせずに、全てを解決出来たら良かったんだけど……ね。残念な事に、世界はそこまで私たちに有利な状態じゃなくてね……』
『だから……ごめん。私はこの世界から、物語から、一旦退場するけど、いつか必ず戻ってくる……』
『……ううん、そうじゃないね。ソー兄が、私を、いつかの日か……この世界に戻してね!』
『私の好きな……大好きなソー……蒼夜なら……きっと出来るって信じているからっ!』
『頼んだよっ! またねっ!』
――目を閉じた俺の頭の中に、『あの日』交わした朔耶との最後の会話……朔耶の言葉が断片的に蘇っては消えていく。
やれやれ、なんとも大変な物を押し付けてくれたもんだ。
けどまあ……そうまで言われて、ここまで準備されたらやってやろうじゃないか。
お前には言わなければならない事があるし……な。
そんな事を考えていると、
「蒼夜さん、大聖堂の正門が開かれたのです」
そう告げるクーの声が聞こえてきた。
その声に、俺は閉じていた目を開く。
視線の先には、たしかに開かれた大聖堂の正門があった。
そして、その開かれた門の奥から聖騎士どもが群れをなして姿を見せる。
その光景を見て、やれやれと言った感じで、
「聖騎士どもがワラワラと出て来やがりますねぇ。いつの間にあんなに増えたんですかねぇ?」
なんて事をため息混じりに言ってくるティア。
うーむ。聖騎士の数はそんなに多くないって話を以前聞いたんだけどなぁ……
増員でもしたんだろうか? まあ、もしそうだとしたらちょっと増やしすぎな気もするが。
「ん、どれだけ来ても殲滅するだけ。だからうん、ソウヤ、合図して」
ロゼのその言葉に、俺は「そうだな」と言いながら頷き、周囲を見回す。
俺の周囲には大勢の人間が集っていた。
……よくもまあ、あんな微妙な呼びかけで、これだけ集まってくれたもんだ。
……さて、それじゃあそんな集まってくれた皆のためにも、早速始めるとするか。
俺は心の中で静かに意を決すると、
「我々は……『黄金守りの不死竜』は、これより全てを取り戻すべく……女神をデア・エクス・マキナとすべく、活動を開始する! その為に……まずはアレストーラ教国を――その中枢を攻め、これを滅する!」
と、芝居がかった口調で言い放つ。
その言葉を合図として、俺のもとに集ってくれた皆が一斉に動き出す。
一番槍――真っ先に接敵したのはシャルだ。あ、なんかロゼが少し悔しそうな顔をしているな。
「『黄金守りの不死竜』――ドラグーン・ファースト……『剣聖』シャルロッテ・ヴァルトハイム――」
「『七聖将』が一人、『剛盾』ガルディナス・ヴァルドー・ローンダイク――」
シャルと、シャルが対峙する七聖将が互いに名を名乗る。
「剣聖の名にかけて……そこを通して貰うわっ!」
「否っ! 剛盾の名にかけて、この先へは進ませぬっ! ――武装真化!」
そんなやり取りと共に、激戦が繰り広げられ――る事もなく、シャルの圧倒的な強さの前に、武装真化した七聖将のひとりがあっさりと地面に倒れ伏す。
お、おおう……。い、いいのだろうか……こんなに簡単にケリがついてしまって……
……いやまあ、味方の被害が減るわけだから別に構わないっちゃ構わないんだが……
それにしてもなんというか……今の俺は、まるでラスボスかなにかだなよなぁ……
けどまあ……やろうとしている事を考えたら、ある意味そうであると言えなくもないし……。うーむ……
などというどうでもいい事を考えられる程の余裕さで、七聖将の守りを易々と突破し、大聖堂へと突入する俺たち。
待ち構えた聖騎士どもが襲いかかってくるが、そんなもので俺たちの足が止まるはずもない。
聖騎士どもを瞬殺し、赤く染め上げられた、元は白かったのであろう床の上を駆ける。
ピチャピチャという水――いや、血の跳ねる音と共に。
――まずは、この偽りの聖地を、偽りと言えども聖地たらしめる『楔の中枢』の破壊だ。
これをどうにか出来なければ、朔耶の計画の果て……『デア・エクス・マキナ』は夢もまた夢。
だから……例え俺の進む道の先が、血の河になっていようが、屍の山になっていようが、俺は進み続ける。朔耶との誓い……いや、『約束』を果たすためにっ!
First Episode is Completed.
To be continued on Second Episode.
というわけで、第1部終了です!
第1部は、蒼夜が『竜の座』へ至り、世界の真実を知って『黄金守りの不死竜』と呼ばれる組織を設立するまでの『前日談』でした。
なので、実は第2部からが本作は『本編』です。
それもあって、蒼夜と朔耶が最後にどんな会話をして、朔耶の計画とやらがどんな物なのかは、いずれ徐々に分かりますが、今はとりあえず『謎』としておきます。
何故ここが描写されなかったのかというと、第2部が割と特殊なストーリー構成と展開になるからだったりします。
ある意味、『サイキッカーの異世界調査録』のタイトルが示す通りの展開はこの第2部から始まるとも言えます。なにしろ『本編』ですからね。
(第1部で、看板に嘘偽りありギリギリなくらい、ほとんど『調査』していなかったのは、そういう事なんです……)
さて、第2部はおそらく同じくらいの長さになると思います。
あと、1話の文字数を大体半分にして、更新頻度を2日に1回にしようかと思います。
間が開くよりはこっちの方が良いかなと思いまして…… ちょうど大きな区切りなので……
というわけで、次の更新――第2部第1章第1話は、明後日木曜日を予定しています!
ここまでお読みいただきました皆様には感謝を! 本当にありがとうございます!
そして、今後ともよろしくお願いいたします!




