第24話 闇の先に蠢くモノ
暗闇に包まれた通路は、この部屋へ至るための通路に比べて少し横幅が広めになっていた。おそらく、10人くらいが横一列に並んでも大丈夫な程の余裕はあるだろう。
だが、代わりに通路以外はなにもなく、罠の類が扉とその付近に仕掛けられているという事もなかった。また、見える範囲には脇道や他の扉も見当たらない。完全な一本道の通路だ。
「たしかに、例の小さな光しか光源と呼べる物がなくて、ほぼ真っ暗ですね……」
俺の横に来て、そう言いつつ通路の奥を覗き込むアリーセ。
「うむ。この小さな光のみでは少々心許ないのぅ。ここは、これに頼る方が良さそうじゃな」
エステルはアリーセの言葉に頷きそう言うと、自身の次元鞄から例のスティックを取り出す。
そして、例の『銀白光の先導燐』とかいう名前の魔法を発動。スティックの発する強力な光によって通路が照らし出された。
「これで問題なかろう。では、遺跡の奥――未知の領域へと踏み込むとしようかの」
そう宣言し、通路へと入っていくエステル。
しかしその直後、突然、スティックの光が消失してしまう。
「むむ?」
「……もしかして、そっちもどっかがイカレたのか?」
「いや、さっきの壊れている方と違って、回路そのものは生きておるようじゃが……なにゆえに起動せぬのじゃ……?」
俺の問いかけにそう言葉を返すと、首を傾げてスティックを様々な角度から眺め始めるエステル。
「回路以外の場所が壊れた……もしくは、外的要因ですかね?」
アリーセのその言葉を聞いたエステルが、ハッと何かに気づいた表情で、勢いよくアリーセの方へと振り返る。
「それじゃ! これはもしや……」
と、そんな事を言いながら、広間へと引き返してくるエステル。
直後、スティックが息を吹き返したかのように、再びまばゆい光を発し始める。
「これはつまり……外的要因による物だという事か?」
「うむ。どうやらこの先は何らかの力が作用しているようじゃ。そして、その何らかの力が魔煌波をかき消す――つまり、魔法の発動をキャンセルしている……といった所のようじゃな」
通路を見据えながら俺にそう解説するエステル。
要するにダンジョンRPGによくあるアンチスペルゾーン――魔法使用不可領域みたいなものだって事だな。
「もしかして、この暗さもそのせいなのでしょうか?」
「おそらくそうじゃな。天井の光源が無力化されていると考えるのが妥当じゃろう」
「でも、精霊力と呼ばれているこのエネルギーは、無力化されないみたいですね」
と、アリーセが壁に手を触れながら、エステルに問いかける。
問いかけられたエステルは、通路の左右の壁と天井を順番に眺めながら、推測を述べる。
「おそらく、無力化される条件のようなものが、何かあるのじゃろうな」
「なるほど……条件、か」
俺は呟くようにそう口にすると、壁の小さい光球をつついてみる。
……実際には触れる事が出来ないから、つついてるフリだけどな。
「まあ、その事は良く分からぬゆえ、一旦置いておくとして……、それより問題なのは、魔煌波がかき消されるとなると、ここから先は妾たちの衣服に付与されておる防御魔法が、その効果を失うという事じゃ」
「あ、たしかに防御魔法は魔煌波――正確にはその魔煌波の生み出す魔力――を利用していますしね。という事は……もしこの先で魔獣の類に襲われたら、防御魔法なしで戦う事になるわけですね」
アリーセがこめかみに指を当てながら、そう問いかける。
「うむ、そうじゃ。それと、魔獣の使う魔法じみた技は、魔煌波を利用しておらぬ――要は、ソウヤの異能と似たようなものじゃからのぅ。あちらの方が有利になるわい」
そうアリーセの問いに答えるエステルに対し、
「あれ? ……そうなると、私の弓も使えないという話に……?」
と、アリーセが呟き返しながら、通路に入って弓を構える。
が、弓には例の翼竜もどきと戦った時の様な変化は起きなかった。どうやら作動していないようだ。
「……やっぱり駄目そうですね……」
「これは厄介だな……」
そう呟いた所で、俺はふと疑問に思った事を試すべく、通路内で次元鞄の中から剣を取り出してみる。
すると、何の問題もなく普通に取り出す事が出来た。
「あれ? 次元鞄の方は普通に使えるみたいですね」
俺が剣を取り出すのを見ながら、アリーセが言う。
「ああそうだな、どうやら普通に使えるみたいだ」
「ふーむ……。まあ……次元鞄は魔煌波を利用してはおらんからのぅ。おそらく壁と同じ理屈なんじゃろう」
「なるほど……」
エステルの言葉にそう返しつつ、壁と剣を交互に見る俺。
「――それでどうしますか? 先へ進みます? やめておきます?」
アリーセが、俺とエステルを交互に見つつ、そう問いかけてくる。
「そうじゃなぁ。魔法の類が一切使えないのは厄介じゃが、魔煌波を利用したタイプの罠や、魔獣の存在を気にする必要がないゆえ、安全な気もするしのぅ。うーむ……」
そう言って顎に手を当て、軽く目をつむりながら考えを巡らせるエステル。
それに対し、俺は次元鞄に剣をしまいながら提案を投げかける。
「魔獣が出現しないのなら、とりあえず、少しだけ奥へ進んでみるか? もちろん慎重にな」
「そうですね、ここで引き返すのは、もったいないというか……。せっかくですし、ちょっと覗いてみたい気はしますね」
アリーセが俺の提案に肯定するようにそう言って、エステルの方を見る。
「まあ……妾も奥が気になるのはたしかじゃ。……まあ、この広間の光が見えるくらいまでなら、なにかあっても大丈夫じゃろうし、覗いてみようかのぅ」
そのエステルの言葉に、俺とアリーセは互いに顔を見合わせて頷く。
そして、3人揃って暗闇に支配された通路へと、その足を踏み入れていった。
◆
「……ようやく、暗闇に目が慣れて来ましたね」
というアリーセの言葉に「ああ」と返しつつ、俺は遥か後方に見える広間の光を一瞥する。
「結構進んで来たが……どこまでも一直線に伸びているというか……やたらと長い通路だな」
「うーむ……。たしかにそうじゃな。しかも、さっきの広間へ続く通路と違って、小部屋のようなものすらないのぅ」
さっき確認した時点で、見える範囲はそんな感じだったけど、それがどこまでそうなっているのかまでは確認してないんだよなぁ……。もう一度、今度は限界まで伸ばしたクレアボヤンスで通路の先を確認してみるか。
と、そう考えてクレアボヤンスを発動しようと思ったその矢先、斜め後ろを歩いていたアリーセが言葉を紡ぐ。
「あれ? 奥の方に炎の灯り――いえ、なにかが燃えているのが見えません?」
「うん? ……なるほど、たしかになにかが燃えておるのぅ……」
「燃えている?」
2人の言葉に釣られるようにそう呟きながら、目を凝らして通路の奥を見ると、たしかにオレンジ色の光――炎が見えた。
「……っていうかあれ、なんかこっちに近づいてきてないか?」
明らかに動いてるよなぁ……改めてクレアボヤンスを使ってみるか。
サイキックは、さっきエステルが言っていたように、魔煌波なるものを利用して発動するわけではないので、問題なく使えるからな。
クレアボヤンスを使い、遠視を開始する。
「……やっぱり近づいてきているな……。なんなんだ? あの炎」
クレアボヤンスを継続させ、視界のみをさらに炎の方へと接近させていく。
「ひ、人魂かなにか……でしょうか?」
「そ、そんな事はなかろう……。い、いや、ないと思いたいぞい」
後方から、2人が震える声で、そんな話をしているのが聞こえてきた。
うーん、もし本当に人魂だったら、どうすっかね……
なんて事を思いながらクレアボヤンスを継続し続けていると、ついに炎の姿がはっきりと見えて来た。
それは炎を纏った黒い車輪だった。それが2つ横に並んでいる。
クレアボヤンスを中断し、それを伝えると、
「炎を纏った黒い車輪……ですか?」
「人魂ではなさそうじゃが……。なにかで見たような気がするのぅ……」
「はい。私もなにかで見たような気がしますね……思い出せませんが」
そう言って、その『なにか』を思い出そうと2人が考え始めた。
その様子を見ながら、俺はクレアボヤンスを再開し、その車輪を凝視する。
……と。
「んん? 2つの車輪の間に何か見えるな……」
燃え盛る炎のゆらめきに邪魔されて良く見えないが、たしかになにかがそこにある。
じーっと、その見えにくい車輪の間に視線を集中させていく俺。
「……なんだ? これは……ドクロか?」
そう、そこにはバカでかいドクロがあったのだ。
しかも、ドクロのくせに目に赤い光が宿っている。
おかしいな……。魔獣の類は出てこないんじゃなかったのか?
「ドクロ……じゃと? そんな魔獣や害獣は見た事も聞いた事がないのぅ。うーむ……なんじゃ……死霊? 悪霊?」
エステルの悩む声を聞きながらクレアボヤンスを再度中断する。
と同時に、下を向いて考え込んでいたアリーセが突然「あっ! それですっ!」と勢いよく声を上げ、
「エステルさん! それですよ、それ! 悪霊です! 異界録に記されている『冥界の悪霊』の中に、ソウヤさんの言った特徴にそっくりなのがいます!」
俺とエステルの方を交互に見て、そう言葉を続ける。
それを聞いたエステルが、手をポンっと叩き、得心がいったと言わんばかりの表情を見せる。
「ああっ! そ、そうじゃ! それじゃっ! アレに記されておる冥界の悪霊《獄炎戦車ヴォル=レスク》じゃ! 特徴が合致しておるわい! ……じゃがしかし、なるほどのぅ……異界の化け物じゃから、この領域でも存在を保てるわけじゃな」
エステルの言葉を聞いても、なにが『なるほど』なのか、さっぱり分からないが、とりあえず魔獣とは異なる魔物の類って事でいいか。名前も英訳も日本語訳もされていない固有な感じに聞こえたから、特殊っぽいしな。
「あ、で、ですけど、そうだとすると、魔獣よりも危険なのでは……っ!?」
「……た、たしかにそうじゃな……! もし本当に奴であれば、今の魔法が使えない状態で対峙するのは、まずいぞい……!」
二人がそんな事を言って慌てていると、その獄炎戦車とやらが紫色に光った。
「ん? なんだ?」
俺は再びクレアボヤンスを使い、獄炎戦車の姿を視界に捉える。
と、ところどころに黒が混じった紫色の火球がドクロの前に生み出されており、それが徐々に通路を埋め尽くす程にまで巨大化していっているのが見えた。
……って、おいおい!
「まずい! バカでかい火球が来るぞっ! 逃げろっ!」
その一言を合図に、俺たちは広間へ向かって全力で駆け出すのだった……




