第76話 Recode of CH-D7:Sakuya's farewell day
わけのわからないタイトルです(何)
「最後は風王っと」
そう言いながら、俺は圧縮された風の魔弾――見た目は宙に浮いている緑色の渦巻――をスフィアから発射し、岩壁に擬態された扉へとぶつける。
「ん? なにやら反応が変わったぞい!」
「扉全体を魔力が波打ち始めていますね」
インスペクション・アナライザーを装着しているエステルと室長が、そんな風に告げてきた直後、ブォンという音と共に、岩壁が扉の形に白く光ったかと思うと、ディアーナが使うテレポータルに似た渦が出現する。
その渦の中には、鈍色と薄い青色の金属を組み合わせて作られたような、工場や基地を思わせる――しかし、装置や機器などの類は一切配置されておらず、オレンジ色の光のラインが描かれ、その中を小さい光球が移動している太いパイプのみが通路の上部に通っているという殺風景な――そんな構造の通路が見えた。
「あのパイプ、アウラセラムに似ていますね。小さい光球が走っていますし」
「冥界の……あの魔王城のような雰囲気の場所で見た壁にも近いのです」
アリーセとクーがそれぞれそう口にする。たしかにどちらにも似ているな。
「たしか……あの小さい光球は、正体不明であるがゆえに、『精霊力』と呼ばれている代物だったかな?」
小さい光球の動きを眺めながら言ってくる彩香に対し、室長が頷いて説明する。
「はい、仰る通りあの発行体――エネルギーの塊が正体不明なせいでそのように呼ばれています。なので、本当に精霊の力があそこを流れている、というわけではありません」
そういえばアルミナの地下神殿遺跡で、エステルがそんな話をしていたなぁ……なんて事を思いながら、
「なんにせよ……どう考えても、この先が竜の座……だな」
と、そう呟く俺。
……果たして進んでいいものなのだろうか……?
アリーセの警告では、この先に進むと朔耶が消滅するという事だったが……
「じゃあ、早速乗り込もう!」
意気揚々と言ってくる朔耶。……お前は……
「あ、いえ、その……何があるかわからないので、一旦準備をした方が……」
アリーセが俺の方をチラチラと見ながらそんな風に言う。
「これ以上、準備する事なんて何もないと思うけど……?」
「それは……その……」
首を傾げる朔耶に対し、どうやって言葉を返すべきか悩み、二の句が継げない様子のアリーセ。
「――スフィアの魔力を考えると、少し待機だな。……ああ、後から追いかけるから先に行っても構わないぞ」
別に大して魔力を消費したわけでもないが、敢えてそんな風に言った。
どう考えてもその場しのぎにしかならないような言葉だったが、他にうまい口上――ごまかしの言葉が出てこなかったのだ。
「えー? ソ―兄が行かないと意味がな……。……ん?」
朔耶が言葉の途中でふと気づいたような表情になり、アリーセと俺を交互に見た。
「……もしかして、『アレが伝わっている』?」
その言葉と共にアリーセを見る朔耶。
刹那、アリーセが一瞬だが視線をそらした。そらしてしまった。
「あー、うん、その反応で理解したよ。……よくもまあ、竜の座の『制約』に支配された状態で伝えられたよねぇ……驚きだよ」
ため息交じりに肩をすくめてみせる朔耶。
だが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「おぬし、一体何を言っているのじゃ……?」
「朔耶君、君はまさか……蓮司君と同じく竜の座に至っていたのですか?」
エステルと室長がそんな風に問う。
「そうだったら楽なんだけど、残念な事に『私は』竜の座の場所も行き方も知らなかったんだよね、これが」
朔耶が『私は』という部分を強調しつつ、そう答える。
「……君は今、竜の座の制約と言わなかったかい?」
「言ったね。でも、その制約は『私だけど私自身によるものじゃない』んだよねぇ」
「……それは、どういう事だい?」
わけのわからない事を言う朔耶に今一度問う彩香。
「それは――」
そこまで口にした所で、突然呻き出す朔耶。
「ぐ、ぐうっ!? この場……で……っ!? ま……まだ……出てくるのは……はや……っ!? ち、違う……私は……今、何を……喋った? 何を皆に……話し……た? あ……ま、まずい……既に……思考が……接続が……乗っ取ら――」
呻きながら意味不明な言葉を紡ぎ出すも、それも途中で途切れた。
そしてその直後、朔耶が白い光に包まれ、その姿が変わっていく。
白鳥の如き白い翼を3対持ち、青い鎧を身に纏った姿へと。
そう、それは、ディンベルの時に見た『ディー』である。
「竜の座の制約を破る術を……放置するわけにはいかない」
抑揚のない朔耶の声が聞こえる。……いや、これは……声が朔耶なだけで、中身は『ディー』とやらな気がするぞ……
刹那、「キュピィ!」という声と共にアルが召喚されてくる。
いや……違うな。召喚を行ったようには見えなかった。
まさか……勝手に出てきた……?
唐突な展開に動けずにいると、朔耶……いや、『デイ―』が手をスッとアリーセの方へかざした。
……『ディー』はなんと言っていた?
――竜の座の制約を破る術を……放置するわけにはいかない――
っ! まずいっ!
アリーセをアポートで引き寄せる。
……だが、どういうわけか引き寄せたはずのアリーセが硬く、重い。声もしない。
何故か冷や汗が噴き出す。心臓の音が加速する。
それでも……それでも俺は、そっと……手の内へと、アリーセの方へと視線を向ける。
……!?!?!?
アリーセは、俺の手の中で物言わぬ灰色の塊――石像と化していた。
死んでいないだけマシ……などとは思わない。思えない。思えるわけがないっ!
気づくのがもう少し早ければ……っ!
いや、そもそも奴は手をかざしただけだぞ!? どうなっている!
アポートして引き寄せても無駄だとでもいうのか!?
あまりの出来事にまともな思考が出来ない。
感情がグチャグチャで、何を考えているのか自分でも良くわかっていない。
それでも……
「な、せ……せ、石化……じゃと!?」
エステルが目を見開いて驚きの声を上げる姿が視界に入る。
そして……
「アリーセを……戻せっ!」
ロゼが冷たく鋭い声と共に『ディー』に斬りかかる姿が視界に入る。
ロゼの動きを俺の目が追う。
『ディー』が、いつの間にかその右手に持っていた青い剣で、事も無げにロゼの攻撃を受け止めたのが見えた。
そしてそのまま力任せにロゼを押し返す形で弾き飛ばす。
弾き飛ばされたロゼは、どうにか態勢を立て直しつつ着地した。
しかし、そのロゼの方へと『ディー』が左手をかざす。
くっ! 今度こそ……っ!
いや……だが、アポートをしても無駄だった石化をどうやって防げば!?
という思考が、俺の動きを鈍らせた。
……だが、ロゼは石化しなかった。
ロゼと『ディー』の間に割って入った室長が、代わりに石化したからだ。
「アキ、ハラ……せ、ん……せい?」
「コ、コウ?」
突然の事に理解が追いつかないのか、それだけを呟き呆然とするロゼとエステル。
「……正直言って何がなんだか分からないし、思考もまったく追いついていないけど、でも……それでも、非常にまずい状況だという事だけはわかる」
彩香がそう言って得物を構える。
「う、うああああああぁぁぁぁぁぁっ!! も、もう……これ以上……誰かが失われるのは嫌なのですっ! 嫌なのですっ! 朔耶さん、目を覚ますのですっ!!」
今まで沈黙していたクーだったが、堰が切ったように叫び声を上げた。
そしてそのまま朔耶への呼びかけの言葉と共に、『ディー』へと突っ込んでいく。
「ま、待て!」
俺が静止の声を上げるも、クーには届かない。
ハンマーを振るったクーを、ロゼ同様に受け止め、そして弾き飛ばす『ディー』
く……っ!
今度は声を上げるよりも先にアポートを使った。
クーを引き寄せた直後、『ディー』が俺の方へと視線を向け、手を突き出……そうとして、硬直した。なんだ……?
刹那、「キュ……オォォォォォォォォォォォン!」というアルの咆哮が響き渡る。
そして、咆哮を聞いた『ディー』が片膝をつき、口から「ぐ……う……」という呻き声を漏らし始めた。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」
両手で頭を抑え、苦悶の表情で天井を見上げながら『ディー』が絶叫。
再びの硬直と共にそれが静かになった所で、腕が力なくだらりと落ち、
「こうなる……から……。だから……私は……私自身を……静かに……消滅させたかった……の、に……」
という、息も絶え絶えと言った感じの言葉が発せられる。
それは紛れもない『朔耶』の言葉だった。
口にしている内容は、いつもの朔耶のノリとはまったく違っている。
だが、それでも……それでも、それは紛れもない『朔耶』の言葉だった。
その事実に、俺の思考がクリアになっていく。
「ア……ル……。ソー兄……に……」
「キュ、キュピィ……ッ!」
そんなやりとりの直後、バシィンという衝撃音と共に、アルが吹き飛ばされる。
「――真なる竜……か。厄介な物を仕込んでくれたものよ」
『朔耶』から『ディー』へと戻ってしまったらしく、忌々しげな声を発し、アルへと左手を向ける。
――間に入った室長が石化した……という事は、あれは不可視の直線……。ならば……っ!
朔耶の言葉を聞いた事でクリアになった俺の思考は、ひとつの方法を導き出した。
もっと早く気づく事が出来れば……という、無念さと共に俺は手を伸ばす。
直後、岩壁から生える魔晶の一部が単なる石へと変貌する。
『ディー』の石化が魔晶へと発揮されたためだ。
そう……俺は、『ディー』をアスポートで飛ばし、左手の先をズラしたのだ。
「サイコキネシス……アスポート……。なるほど、面白い。さすがは『導き手』か」
そんな事を言うと、『ディー』は竜の座への通路へと侵入。
「来るが良い――『導き手』よ」
そう言葉を続けると、奥へ向かって飛翔し始めた。
「って、待て!」
俺はアポートで『ディー』を引き寄せようとする。
しかし、あっさりと弾かれてしまった。
さすがに二度も受けてはくれないか……っ。
「逃が……さ……ない……っ」
ロゼが、殺意の込められた底冷えのする声を残して『ディー』を追っていく。
それに無言で続くクー。
逆にエステルは放心状態のまま動かない。
……先へ進めば、朔耶は消滅する。
……だが……もう、あれは……
……ああ、くそっ! これだから……超展開メーカーは……っ!
こうなったら、意地でも『掴まえて』説教だ! コンチクショウッ!
俺は心の中でそんな悪態をつきつつ、頭をかきむしる。
その悪態は、言葉は、俺の『朔耶』を必ず取り戻すという決意であり、石化してしまったアリーセと室長を必ず元に戻すという誓いでもある。
「――彩香、すまん。エステルたちを任せる」
そう言い残してロゼとクーを追うようにして通路へと侵入。一直線に続く通路を駆ける。
どういうわけか通路に入った途端、身体が軽くなり、ロゼやクーに軽々と追いつき、そして追い抜いた。
すぐにロゼやクーを置き去りにする形となったが、それでも速度は緩めない。
――程なくして正面に大きなドアが見えてくる。
……閉ざされているみたいだが……最悪、力づくで壊せばいいか。あの強度なら問題ない。
何故か触れてもいないのに強度を認識した俺だったが、そんな些末な事はどうでもいい。
そう思考しつつ、ドアへと接近する。
しかし、予想に反してドアは自動的に開かれた。
単なる自動ドアだったのか……と脱力した所で、ドアの先――広間へと視線を向けつつ、駆ける速度を急激に落とす。
というか、落とさざるを得なかった。
前方には透明な――ガラスのようでいて非常に分厚そうな、そんな謎の材質で出来た窓。
壁の代わりにその窓で仕切られた外壁があったからだ。
何故外壁だとわかるのかというと、透明である以上、当然のように『向こう側』が見えるわけで……
「……これ……は?」
と、俺は呟く。きっとその顔は驚きに満ちている事だろう。
『向こう側』――外は得体のしれないオレンジ色の光……いや、靄のようなものが、凄まじい速度で渦巻くようにして流れていく、そんな空間だったのだ。足を止めて呟かずにはいられない。
外の光景を更に良く見てみると、そのオレンジ色の光だか靄だかわからないものの中に、薄っすらとだが『星空』が見えた。
なぜ星空が? これが異空間……いや、裏位相空間とかいう奴……なのか?
普通に考えたらそう考えるのが妥当なのだろうが、どうにも違和感が拭えない。
――直後、俺の目の前にホログラムの文字が表示される。
『コロニー型大型移民船 CH-D7:GLASS―TEAR CENTRAL ZONE 《竜の座》へようこそ!』
「……コロニー型……大型移民……船? ならば、あの星空は……宇宙……なのか?」
表示されたホログラムの文字に理解が追いつかず、ただそんな風に呟く俺だった――
ようやくここまで来られました……。いやはや、長かったです……
さて、ファンタジーの裏で見え隠れし続けてきたSFが、遂に思いっきり顔を出してきました。
あ、ちなみにSFと書いてサイエンスファンタジーと読みます(何)
まあ、ラストの所は『宇宙』の存在が秘匿されていたり、『遠くが見えない』ようになっていたりと、あからさまに『世界の外』が隠蔽されていたので、予想していた方もおられそうですが……。割と古典的な仕掛けですし。
ですが、あくまでもサイエンスファンタジーなので、少し違う要素があったりします。
その辺に関しては、次の話から色々と判明していきますよ! そろそろ第4章も大詰めですし!
はいそうです、そろそろ第4章も大詰めなんです! 多分3月中に終わると思います。
……あ、いえ……やっぱりちょっと足が出るかもしれません……
とまあ……そんな所でまた次回! 更新は金曜日の予定です!




