第74話 星天の紋章と裏位相コネクトゲート
世界の崩壊、朔耶の消滅、竜の座の認識阻害……
なんというか、相変わらず唐突にとんでもない話が展開する辺りは、さすが朔耶が絡んでいるだけはあるな。
なんて事を思う俺。
……もっと他に思案しなくてはならない事があるのだが、あまりの展開に脳が上手く働かず、そんな思考しか出来なかった。
とにかく落ち着くとしよう。
何故こういう時に限って、思考の加速状態にならないのか……
どういうわけか、これまではある程度意図的に加速出来ていたのだが、それも無理だった。
……どうしたものか。
いくら思案した所で情報不足はどうにもならなかった。
ならばもういっその事、朔耶を問いただすか?
一瞬そんな事を思うも、すぐに無駄だろうなと考え直す。
問いただしたくらいで、あいつが真実を語るわけがない。
……不完全燃焼すぎて癪に障るが、仕方ない……。この件は一旦保留だ。
竜の座への入口を見つけてから、改めて考えるとしよう。
それまでに何か情報が得られるかもしれないし……な。
◆
――翌日。
「ふむ、なんの変哲もない古い墓地って感じだね」
と、彩香。
そう、俺たちは第3区画を調査した結果、第3区画の外れにある、もうスペースがなく、これ以上墓石が増える事のない古い墓地へとやってきていた。
墓地だからという事もあるのか、住居や商店の立ち並ぶ地区と比べ、照明の数が極端に少なく非常に暗い。
更に第3区画の中でも一番奥、かつ曲がりくねった狭い通路の先にある為、まるで里から隔絶されているかのようにも感じられる。
「どうにか得られた情報から、ここへ蓮司君たちが訪れているのは判明しています。ほぼ間違いなく、竜の座に関する何らかの秘密が隠されていると考えて良いでしょう」
そんな風に室長が言う。
「ゆ、幽霊とか出てこないですよね?」
おっかなびっくりといった感じで、ターンアンデッドボトルを手で抱えて歩くアリーセ。
「ふふっ。なーに、墓場なのだから幽霊……というと幅が広いね。――我々に害をなすような悪霊の類が出てくるような事はないさ」
彩香が軽く笑いながら、そうアリーセに対して告げる。
「え? どういう事です?」
「簡単な話さ。ここ――墓地に眠っている者たちは、キッチリと葬送の儀によって『送られて』いるからだよ。悪霊の類というのは『送られていない』からこそ現世に姿を見せるものだからね」
「そ、そういうものなのですか?」
「そういうものなのさ。この『巫』の名を冠した『皇』たる私が言うのだから間違いないよ」
彩香は自信満々に胸を叩いてそんな風に言う。
それを聞いていたエステルが、得心がいったと言わんばかりの表情で、
「ふむなるほど、言われてみるとその通りじゃな。……昔、アルミナの外れ――森の入口にある墓地で肝試しをした事があったのじゃが、たしかに何も出てこんかったわい」
と、呟くように言った。
ああ、たしかにその通りだな……と、俺も心の中で同意する。
「――そう言われるとちょっと安心出来ますね……」
と言って胸を撫で下ろすと、アリーセはターンアンデッドボトルを次元鞄にしまった。
「それで……? どこから調べるの? 墓石の下?」
「いえ、とりあえず……まずはそこ以外の場所を調べてみるといたしましょう。さすがに墓荒らしのような行為はしたくありませんし」
朔耶の問いかけにそう答える室長。
……昨夜のアリーセの告白――警告文からすると、朔耶は俺に竜の座へ行かせたいらしい。
もし、朔耶が『本当は竜の座へ行く方法』を知っていたら、そこへ誘導しようとするはずだ。
だとすると、どこかの墓石の下……になにかあるのか?
最悪、墓石の下はクレアボヤンスで覗けるが……あまりやりたくはないな。
まあここは、朔耶が『竜の座へ行く方法については知らない』可能性の方に賭けるか。
矛盾しているようだが、実の所、そっちの方が色々としっくりくるからな。
なんて事を思いつつ、俺は墓地の調査を始めた。
……
…………
………………
――墓地がそれなりに広い事もあるのだが、調査を開始してから2時間近く経過しているものの、未だに何も見つかっていなかった。
……これはやはり、墓石の下を覗かないと駄目だろうか……
と真面目に考えながら、ふと奥の結晶――魔晶が生えた岩壁を見る俺。
どうやらこの辺りは魔晶の鉱脈に近いようで、かなりの数が岩壁から生えており、墓地には不釣り合いすぎる明るい緑、白、金の光が放たれていた。
見方によっては、イルミネーションのような感じになっていて綺麗かもしれない。
……まあもっとも、いくら悪霊が出てくるような事がないとはいえ、こんな場所に、これを見るためだけに来たい、などとはまったく思わないが……
なんて事を思いつつ、視線を少し上に向けた所で、刃物でスパッと切ったかのように欠けている妙な魔晶を見つけた。
何かで切断した……のか? いや、それにしては……
その周囲を見てみると、何故か同じような魔晶が複数あった。
そして更に、切断面同士が向かい合うような感じになっている事に気づく。
しかも、その内側には魔晶が一つもない。
つまり、この場所に何かあるという事になるが……と、心の中で呟きつつ、クレアボヤンスを実行。
「……っ!?」
驚きに目を見開く俺。
なぜなら、そこには扉があったからだ。
更にその扉は、先日訪れた遺跡を利用した竜の御旗の拠点と同じ、薄っすらとピンクがかった金属で作られている事が分かる。
「みんな! ちょっと来てくれ!」
俺は即座に声を大にして、皆を呼び集めた。
◆
「岩壁に偽装……。まさか、こんな単純な隠され方をしていたとはね……」
と、ため息交じりに肩をすくめて言う彩香。
「ここ隠されている扉が、竜の座への入口……なのです?」
「それはなんとも言えぬのぅ。さすがにこの程度の隠蔽では、この里の中で気づく者が出てもおかしくはないからのぅ。もっとも、何か他に仕掛けが施されているのやもしれぬがの」
岩壁を眺めながら言うクーに対し、そう答えるエステル。
「ん、そもそもこの扉、うん、どうやって開ければ? うん」
ロゼが至極もっともな事を口にする。
「ふむ……。インスペクション・アナライザーを通して視てみると、なにやら扉の表面に複数の紋様が描かれておるのが分かるのぅ」
「紋様? 俺のクレアボヤンスでは何も視えないが……」
「それはこの紋様が魔力によって描かれておるからじゃな。――防御魔法の印を使い、服とかに紋章を付与するじゃろ? 要はあれと同じじゃよ。あれも、これを使わねば視えぬからのぉ」
俺の疑問にそう答えてくるエステル。
「ああなるほど……そういう事か。納得した」
たしかに、服に付与されている防御魔法――紋章は、俺のクレアボヤンスじゃ視えないな。
「それで、その紋様っていうのはどういう感じの物なの?」
と、問いかける朔耶。
「うむ。複数の星型の印と印を線で繋いだような紋様じゃな」
「……なんだか、竜賢者や竜神官――ドラグナーが好んで使うの『星天の紋章』という物に似ているね。すまないけど、私にそれを貸して貰えないかな?」
彩香がエステルの言葉にそう返すと、エステルは「ほれ」と言って眼鏡――インスペクション・アナライザーを手渡す。
「ありがとう。では早速――」
そう言って眼鏡姿になった彩香が岩壁を凝視。
「……うん、やっぱりだね。これは『星天の紋章』だよ」
そう言いながら彩香がエステルにインスペクション・アナライザーを返す。
「ふむ、『星天の紋章』……のぅ。妾はまったく知らぬ代物じゃが……コウ、お主は知っておったりするかの?」
エステルが室長に対しそう問いかけると、いつの間にかインスペクション・アナライザーを装着した室長が、
「――いえ、私も名前は初めて聞きましたが、この『星天の紋章』と呼ばれる物はなんというか……そう、星座のようにも視えますね。私の知っている物はひとつもありませんが、見た目だけで言えばまさしく星座そのものです」
と、そんな風に答えた。
「星座?」
「星座とはなんじゃ?」
彩香とエステルが疑問を抱いて首を傾げる。
「ああ……そう言えば、星座については話した事がありませんでしたね。宇宙に煌めく星々の並びを線で繋ぐ事で、何か――例えば動物など――に見立てた物です」
そう室長が説明すると、
「ふむ、それはまたなんともロマンチックで面白いのぅ」
「動物などに見立てる……か。まあ、ここに描かれている物はどう見ても動物には見えないけど、別の『何か』に見立てている可能性は十分にありそうだね」
ふたりがそんな反応を示す。
「もっとも……残念ながらそれが判明した所で、開け方がさっぱりわからないという事に変わりはないのですが……」
そうため息交じりに言って首を横に振る室長。
星座……。そして、ドラグナーの使う紋章でもある……か。
「もうさ、普通に壊せばいいんじゃない?」
そんな事を言ってくる朔耶に対しロゼが頷き、
「ん、試そう。――《朱焔の爆裂矢》!」
と言い放って、紅色の魔法の矢を扉に向かって発射。
矢が扉に当たった瞬間、魔法の名前どおり強烈な閃光と共に爆発が引き起こされた。
……のだが、扉には傷ひとつついていなかった。
「さすがに、そんなインチキで突破出来るような代物ではないみたいだね」
「ふむ……。一瞬、何やら赤い光が見えた気がするのじゃが……気のせいじゃったのかのぅ?」
彩香とエステルがそんな風に言う。
俺はエステルの言った赤い光というのが気になり、扉の向こう側をちょっと覗いてみようと考え、クレアボヤンスを使ってみる。
しかし――
「あー、もし壊す事に成功したとしても、それは無駄な行為にしかならなさそうだな。この扉の裏側にはなにもない。岩壁だ」
そう、扉の向こう側はなにもなかったのだ。
「であれば、やはり何らかの仕掛けがあるようじゃな。もしかしたら……じゃが、お主らがアルミューズ城の地下で見つけた『裏位相コネクトゲート』とやらと同じような代物なのかもしれぬのぅ」
エステルがそんな推測を口にする。そして、俺も同じ考えだった。
これが竜の座へと続く『裏位相空間にある通路に接続するためのゲート』であると考えれば、扉の向こう側になにもない事に説明がつくからな。
……それにしても、やはり朔耶は『行き方を知らない』ようだな。壊せばいいんじゃないかとか言い出したし。
まあ、それも含めてここまでの会話が全て演技であったのなら話は変わってくるが、朔耶はそんな上手い演技が出来るような奴じゃないしな、うん。
「もしかして、例の『ドラグナーズブラッド』が必要だったりするのでしょうか?」
「いえ、それだと普通の人間は絶対に竜の座へ行けない事になってしまいます。ですので、その可能性は低いと考えて良いと思います」
アリーセの推測にそう返す室長。
「うーん……。とりあえず『星天の紋章』とやらについての詳しい情報が欲しい所だな」
「……残念だけど、詳しい情報はドラグナー……それも極一部しか知らないと思うよ。『星天の紋章』については、私も『職業柄』見た事がある……というくらいだし、機会があって話をした時に聞いた感じだと、その意味まで理解している者はほとんどいないらしいからね」
俺の言葉に対し、彩香がそんな風に言ってくる。
「そうなのか……? だとしたら、少々……いや、かなり厄介だな」
そう口にした所で、ふと『情報』の詰まった物を思い出す俺。
「……最近まったく使っていなかったが……」
と、呟きながら次元鞄に手を突っ込み、ソレを引っ張り出す。
「その本は? 随分と分厚い本ですが……」
アリーセが疑問を口にする。
そう、俺が引っ張り出した物は本――『この世界について色々書かれている本』だ。
「これ、実はディアーナ様から貰った本でな。世界の色々な――基礎的な情報が記されているんだ。……まあ、残念ながら基礎的と言った通り、竜の座のような物は何一つ書かれていないんだけどな」
「う、うーん……『星天の紋章』は『基礎的な情報』に入るのかなぁ……?」
「それは何とも言い難い所だが、まあ調べてみるだけ調べてみよう」
首を傾げる朔耶にそんな風に答えつつ、俺は索引ページを開いて『星天の紋章』についての記述がないかを調べてみる。
……すると、予想外にあっさりと見つける事が出来た。
あって当然だと言わんばかりに、『紋章』の項目の中に、『星天の紋章』の記述があったのだ。それもかなり詳しく。
「ディアーナ様にとって、『星天の紋章』は『基礎的な情報』だったようですね……」
「そうみたいだね……」
やや脱力気味に言ったアリーセに、朔耶は同じく脱力気味に言葉を返すと、肩をすくめてみせた。
「でもこれ、随分と数が多いのです……」
横から覗き込んできたクーがそんな風に言う通り、『星天の紋章』の数はかなりあった。
見開き2ページ分に渡って、ぎっしりと絵と説明が記されていたりする。
これをひとつひとつ見比べていくのは大変だが……まあ、やるしかないよなぁ……
「……まずは扉に描かれている紋様――紋章を全部描き写さないと駄目だな。このままじゃ見比べづらくてしょうがない」
そう呟くように言った後、俺は室長の方を向き、続きの言葉を投げかける。
「室長、そのインスペクション・アナライザーを貸していただけませんか?」
「ええ、いいですよ」
「ありがとうございます」
俺は、手渡されたインスペクション・アナライザーを装着しつつお礼を述べる。
そして、最近なにかと出番のあるタブレットを取り出し、扉に描かれている紋章を描き写し始めるのだった――
なんだか今回は「忘れた頃に再登場」みたいな代物が多かった気がします……
ちなみに、アルミューズ城の『裏位相コネクトゲート』は竜の座へは繋がっていません。
ディアーナが言っていた通り、『何かの遺跡』こと『遥か昔に作られた施設』へと繋がっていますが……そこはいずれ。
ちなみに……その時の会話で、サラッと『クレリテ』という魔女の名が出てきているのですが、現在、門の防衛協力は『アーデルハイド』が行っていて、クレリテは未だに出てきていません。
そこらへんの話も、同じタイミングで出てくる予定です。
(なお、『転生した魔工士 (ガジェットマイスター) は、更に人生をやり直す』に、同名のキャラがいますが別人です。単に寝ぼけていて被っただけです……(汗))
っと、随分と長くなってしまったので、今回はこの辺で……
次の更新は、金曜日の予定です!




