第69話 謎の片鱗、謎の大地
「……いやはや、まさかそう来るとは流石に想定外だったよ……。『巫』の名を関する皇でありながら『ソレ』を見抜けないだなんて……。やはり私は、中途半端で力不足だね……」
ディアーナとの邂逅、そして全ての説明が終わった後、何故か少し落ち込んだ様子でさっきの自虐の言葉を口にする彩香。
いや、さっきよりも自虐の度合いが強い気がするな……
「そこまで気にしなくても……」
「そうですよー」
俺とディアーナがそんな風に声をかけつつ、慰める。
「――そもそもー、半分くらいは私とソウヤさんで決めた説明用の設定……作り話ですしねー。まあー、使徒という所はあながち間違いとも言えませんがー」
と、俺にだけ聴こえる声で言ってくるディアーナ。
……いやまあ、たしかにそうなのだが……
というか、使徒という存在が普通に過去にいた事に最近は驚きだったりする。
それとも……だからこそディアーナは、特に何も言わずにその設定を受け入れた……のか?
もっとも、たしかにディアーナの言うとおり、俺がディアーナの使徒であるというのは当たらずといえども遠からず、という奴ではあるが。
……と、それはそれとして……
「――ところで、ディアーナ様……アルチェムの状況って、わかったりしますか?」
俺はアルチェムが生きている可能性に賭けて、その辺りを探ってもらうよう、ダメ元でディアーナに話を振ってみる。
「アルチェム……ですか? ……ああー、あの新たに加わった人ですねー。ちょっと調べてみましょうー」
あっさりとそんな事を言って、目を瞑るディアーナ。
「う、うーん……? これはー、一体全体ぃー、どういう状態なんですかねぇ……?」
そんなディアーナの言葉を聞き、俺と彩香は顔を見合わせ首を傾げた。
「……どういう状態……ですか?」
俺よりも先に、彩香がそんな風に問いかけた。
「はいー。なんというか……魂が『何とも言い難い状態』になっているんですよ」
……発言の内容があまり変わっていないというか……そう言われても、何がなんだかさっぱりわからんままだ……
というわけで、今度は俺が問う。
「えっと……『何とも言い難い状態』というのは?」
「魂そのものがー、かなり薄くなったり濃くなったりしているんですよねー。それが何故なのか、と言われてもー、こんな現象を見たのはさっぱりなのでー、何とも言い難い状態、と表現しましたー」
「それは……消えかけている、というのとは違うのですか?」
ディアーナの説明に対し、そう問いかける彩香。
「違いますねー。何かと混ざり合っているというかー、変異しかけているというかー、んー、転生寸前というわけでもないですしー。……あ、いえー、待ってくださいー。この感じはー、100年前からちょくちょく起きている現象に近いようなー」
そんな事を言いながら、チラリと俺の方に視線を向けるディアーナ。
……100年前からちょくちょく起きている現象……?
それってまさか、未だに原因の片鱗すら掴めていないあの現象――『本来ならこの世界に転生するはずだった者が他の世界に転生してしまう現象』……か?
……まさかこんな所で――このタイミングで、『初めて片鱗を掴んだ』……のか?
いや、でも……もしもそうだとしたらアルチェムは……
「――ディアーナ様、アルチェムの魂って回収とかは出来ないんですかね……」
「んー、残念ながらー、私はそこまで万能ではないのでー、それはちょーっと難しいですねー。こうしてー、魂の動きを追うのが限界ですぅ……」
と、心底申し訳なさそうに言ってくるディアーナ。
「あ、いえ……こちらこそ無茶な事を言ってすいません」
俺はディアーナに対し、そう返事をすると、謝罪のために頭を下げた。
そして、それから一呼吸置き、改めて問いの言葉を投げかける。
「……であれば、代わりに……という言い方をするのも何ですが、その魂について、このまま追跡をお願いしてもいいですか?」
「はいー、もちろんですー。むしろー、これを追えばー、例の件もー、何かがわかる気がしますー」
ディアーナが頷いてそう返してくる。どうやら俺と同じ事を思ったみたいだな。
「……? なんだか良くわからないけど、揃って『何かに心当たりがある』という顔をしているね?」
「ああうん、ちょっとした『可能性』があってな。……まあ、まだそれに該当するかどうかは不明だから、皆に伝えるわけにもいかないが……」
俺が彩香の疑問に対して返事をすると、彩香は少し考え込んだ後、
「なるほど……。まあ、そうであるのなら私は何も言わないよ」
と、言った。
「そうしてくれると助かる」
「まあ、そもそも『使徒』の方針に反対する事自体ありえない、と答えるべきかな?」
「いや、その……なんだ? そこは今まで通り接して欲しい所なんだが……。っていうか、わざと言ってるよな、それ」
そう言ってジトッとした目を向けると、彩香は笑みを浮かべ……というか、笑いながら、
「あはは。とんでもない事実を隠していた君への、ちょっとした意趣返しみたいなものさ。――大丈夫、私は蒼夜が何者であろうと、接し方を変えるつもりはないよ。君の私に対する接し方と同じように、ね」
なんて事を言ってきた。
「そうか……。……そうだな」
「うん、そうさ。――しかし、『巫皇』に『使徒』……か。お互い、とんでもない隠し事をしていたもんだね、ホント」
そんな風に言って肩をすくめてみせる彩香に対し、俺は頷くと、
「それに関しては、まったくもってその通りだな……としか言いようがないが、これ以降は、隠し事はなしにしたいもんだ」
と、腕を組みながら返した。
「そうだね。私に異論はないよ。というより……もう私が君たちに隠している物なんざ、ひとつもない――」
彩香はそこで思案顔になって一度言葉を切った。
そして、しばしの後、
「いや……ああ、そうか。……そういう意味で言えば、君たちを霊具の職人――正確に言うなら、『霊具の秘技』を密かに継承し続ける……そんな職人たちが住まう隠れ里に案内した方が良いのかもしれないね。深月にも、君たちが仲間に……我々の陣営に加わるのであれば、そうした方が良いと助言されたし」
なんて事を言ってくる。
……深月の助言?
はて……? 深月はどうしてそんな助言をしたのだろう?
まさか、その里になにかがある……という事なのか?
「ちなみにその里って、深月も行った事があるのか?」
「みたいだね。ただ、私は教えた事も連れて行った事もないから、どこか別の所で情報を得て行った感じだと思うよ。まあ、私が聞いても教えてくれなかったから、君が聞いても多分教えてはくれないだろうけどね」
俺の問いかけに対し、頬に人差し指を当てながらそう答える彩香。
「なるほど……。その里っていうのはどの辺に?」
「北壁に限りなく近い――いや、北壁の中と言っても過言ではない場所にあるよ。多分、場所を正確に知っている者以外は、辿り着けないんじゃないかな?」
再び問いの言葉を投げかけた俺に、彩香はそんな答えを返してくる。
「まあ、隠れ里っていうくらいだから当然そうだろうな。……しかし、北壁か」
「なにか気になる事でもあるのかい?」
俺の言葉に疑念を抱いたらしい彩香が問いかけてくる。
「ああいや、北壁の向こうってどうなっているんだろうと思ってな」
「んー、私も北壁の向こうについてはまったく知らないね。いかんせん『越える事が出来ない壁』だからね」
「まあそうか……」
と答えつつ、俺はディアーナの方へと向き直り、言葉を紡ぐ。
「ところで、ディアーナ様」
「はいー? なんでしょうー?」
「グラズベイル大陸の北端――北壁の向こう側ってどうなっているかわかりますか?」
「グラズベイル大陸の北端……ですか? こんな感じですねー」
と言って、真下にグラズベイル大陸北部を上空から見た光景が映し出される。
「ほう、これは凄いな!」
彩香は感嘆の声を上げて、映し出されている光景をまじまじと眺める。
そして、指で様が連なっている辺りを示し、
「……この山脈が北壁だから……この先が北壁の向こう側という事になる……はずなのだけど、なんだかここから北は全体的に真っ白だね? モヤモヤしているから、雪原というわけでもないようだけど……」
と、言った。
そう……彩香が言う通り、北壁の先――北は完全に真っ白だった。
しかも、それが延々とどこまでも続いている。
これは一体……と聞くよりも早く、
「これはー、幻燈壁ですねー。普通は幻燈壁を透過して映し出せるのですがー、どういうわけかー、ここから北は透過出来ないほどにー、幻燈壁が『濃い』んですよー」
と、そう説明してくるディアーナ。
「幻燈壁が……濃い?」
「はいー。もっと言うならー、魔煌波と霊的な力が結びついて変異を起こした状態で淀んでいる感じですねー」
「……なるほど」
と、ディアーナの説明に納得した所で、
「ふむ……。霊具づくりの秘技はそれを利用している……という事になるのかな」
なんて事を、唐突に口にしてくる彩香。
「ん? それはどういう事だ?」
「いやなに、さっき言ったとおり、この北壁に霊具づくりの秘技を継承する隠れ里があるだろう? という事は、だ。『秘技』というのはこの環境下でなければならない『何か』があると考えるのが妥当だろう……と、そう思ってね」
彩香が俺の疑問にそう答えてくる。
「ああなるほど、そういう事か。その何かが『北壁より北の淀み』なのではないか……と、彩香は考えたって事だな。というか……霊具づくりの秘技とやらは、彩香も知らないのか?」
「うん、そうだね。完全に秘匿されていて、皇族も『里の場所』以外の情報は持ち得ていないんだ。……過去に無理矢理聞き出そうとした愚かな巫皇もいたらしいけど、数日後には精神を患って、離宮に隔離されたよ。……死ぬまでね」
「……それは、精神を患ったという体で幽閉された、という事なんじゃ……」
「まあ、ぶっちゃけてしまえばそういう事だね。はっはっは」
俺の言葉にそんな風に返して笑う彩香。
ぶっちゃけてしまえば、って……。いやまあ別にいいけどさ。
ともあれ……俺は、やれやれだと言わんばかりに両手を左右に広げ、
「国家元首すらどうにかしてしまえるとは、なかなかに怖い里だな」
と、ため息混じりに言った。
「ま、それだけこの国にとっては重要だという事さ。それこそ巫皇なんかよりも、ね」
彩香が、何故か自虐――いや、皮肉めいた口調でそんな風に言う。
……その皇族って、もしかして……
それについて詳しく聞いてみるべきかどうか迷っていると、
「よくわかりませんがー、その里とやらにー、テレポータルを繋げばいいんですかねー?」
そんな風にディアーナが問いかけてきた。
おそらく、大陸北部について俺が聞いたから、そう思ったのだろう。
「ああいや、そういうわけでは……。……っていうか、北壁の先ってテレポータルで行けるんですか?」
「いえー、正直に言うと無理ですねー。まるで、次元干渉阻害結界に接触した時のような感じでー、弾き返されますー」
……次元干渉阻害結界に接触した時のような、とか言われてもよく分からんが、まあ無理だという事は理解出来た。
っていうか、次元干渉阻害結界って久しぶりに聞いたな。
アルミナの地下神殿遺跡で、異界の魔物の顕現を防ぐためにディアーナが使った奴だよなぁ、たしか。
……って……まてよ? 異界の魔物の顕現を防ぐ……?
「ちなみに……グラズベイル大陸全域を次元干渉阻害結界で覆う事って可能だったりしますか? さすがに無理ですかね?」
「そうですねぇ……。出来なくはないですがー、恐らく北部の『淀み』の影響でー、あっという間に結界が変質してしまってー、すぐに壊れてしまいますねー」
俺の問いかけにそんな風に返してくるディアーナ。
そして、眼下に広がるグラズベイル大陸へと視線を落とし、言葉を続ける。
「というかー、グラズベイル大陸はー、陸地が『淀み』に接している事でー、龍脈が異常をきたしていてー、そのせいで次元境界が歪みやすくなっているのでー、あの淀みをどうにか出来ればー、次元干渉阻害結界なしでもー、異界の魔物が顕現しやすい状況はー、改善されると思いますー。……もっともー、あれをどうにかする手段はー、思いつきませんがー」
話の途中からポカーンとしていた彩香だったが、その言葉を聞いた途端にハッと我に返り、
「え? あの……ちょ、ちょっとまってください。……こ、これが……この『淀み』というのが、この大陸だけ他と比べて妖魔――あ、いえ、異界の魔物が顕現しやすい状況……次元境界が生まれやすい状況をを生み出している元凶――原因……なんですか?」
と、驚きと困惑に満ちた表情と声で、食い気味にディアーナに向かって疑問を投げかける。
まさに大慌て……といった様子だが、まあ……ずーっと謎に包まれていたグラズベイル大陸の次元境界が歪みやすい理由――異界の魔物が顕現しやすい理由を、サラッと言われたりしたらそうなるよなぁ。
なんて事を思いつつ、彩香とディアーナのやり取りを見守る俺だった――
というわけで、遂に『一番最初の目的』に関係する話が少しだけ進みました。
いやはやなんというか、ようやく過ぎですね……
どうしても『こういう状態になった魂』が出て来ないと進められなかった為、ここまで引っ張る結果になってしまいました…… orz
さて、なにやら北壁の更に北側についての話をしていますが……という所で、次回へ。
更新は、来週の火曜日の予定しています!




