第68話 宵闇の先、暁月の先
『……アルチェムの動きが想定外だったのか、あの施設にいた銀の王にそれ以上の策はなく、銀の王の撃破と施設の制圧には成功はした。……だが、肝心のアルチェムはどうやっても見つからなかったんだ。鍾乳大河の激流の中へと文字通り消えてしまった――』
蓮司がその言葉を締めとして、今日カナトであった出来事の報告を終える。
……鍾乳大河に落ちて、捜索可能な範囲内にその姿はなし……か。
外海まで繋がる広大かつ複雑な場所で、捜索可能な範囲内で見つからないとなると、おそらくもう発見するのは不可能に近いだろう。
そもそも……ボールが一瞬にして見えなくなる程の激流の大河に流され続け、それでもなお生きていられる人間など、正直皆無と言って良い。
だから……生きている可能性は絶望的だと言っても過言ではない、そう最初に蓮司が言った通りだ。……言った通りなんだ。
「黒鳶隊の奴らめ、まさかあんな所にも潜んでいやがったとはな……」
「完全に想定外だったわね……。というか、カナトは黒鳶隊の側に協力している……という事なのかしらねー?」
話を聞いていた白牙丸と刹月斎がそんな風に言った。
『いえ、カナトの街自体は、黒鳶隊と無関係だと考えていいわよ』
というシャルの否定の声が聴こえる。
「それは、どういう根拠で……なのでしょう?」
もっともな疑問を口にする深月。
『当然、俺たちは町長のもとへ行った。ヘイゴロウは町長の指示で来たと言っていたからな』
『だけど、ヘイゴロウなんて人間は存在していなかったのよ。町長だけが知らないと言ったのなら嘘の可能性を疑うけれど、他の役所の人間も、街の人間すらもそんな存在は知らなかったわ』
『ああ、だから俺たちはあのヘイゴロウは外から来た人間であり、町長の指示で来たと言ったのは、俺たちの信用を得るための方便であったと判断したんだ』
と、蓮司とシャルが交互に説明する。
「なるほど、そういう事でしたか。納得です」
そう答えた深月に続き、彩香が頷いて納得の言葉を口にする。
「そうだね、それならたしかにカナトは黒鳶隊とは無関係だと考えても良さそうだ」
「代わりに……というのもなんだが、黒鳶隊が銀の王――ひいては、竜の御旗と繋がっている事は判明したな」
「そうねー。まあもっともぉ? 各地の竜の御旗の動きが全然掴めない時点でぇ、この国の政の中心に近い所が絡んでいそうな気はしていたけどねー」
白牙丸と刹月斎が、共にため息混じりにそんな事を言った。
そして刹月斎は額に手を当て、悲しみと悔しさの入り混じった表情で更に言葉を続ける。
「……もう少ししっかりと、黒鳶隊の動きを掴めていれば、犠牲者を出さずにすんだ事を考えると、力不足を痛感するわ……」
「それは……私もそう思っているよ。何故、前回皇都に来た時に、その辺りを掴んでおけなかったのか……と、ね」
彩香が、刹月斎と同じく悲しみと悔しさの入り混じった表情で、そう口にする。
そして、一呼吸おいて腰に手を当てて首を横に振ると、
「……この状態で、これ以上話をするのはあまり良いとはいえないね……」
と、言った。
その言葉を聞いた室長が、無言で俺の方へと顔を向けてくる。
それに対して俺が頷くと、室長が彩香に同意する言葉を発した。
「――そうですね。続きは明日にしましょう」
『ああ、こっちもそうしてくれると助かるぜ……』
『ちょっと調べたい事もありますしねぇ……』
蓮司とティアがそんな風に言ってくる。
……ティアの調べたい事というのが気にはなったが、まあ明日でいいだろう。
◆
――アルチェムを『こちら側』に引き入れなければ、アルチェムを失う事はなかったのだろうか?
……だが、その場合、グレンとクーを失っていたかもしれない。
だが、もしアルチェムが――
……いや、これ以上はやめておこう。さっきから完全に思考が堂々巡りだ。
「このまま布団の中に入っていても、考え込むだけだな」
俺はそんな事を呟くと、念の為に……と、枕元に置いてある次元鞄を手に取り、客間の外――廊下へと出る。
皇宮内は静まり返っているが、クレアボヤンスで壁越しに外を眺めてみると、物々しい警備体制が敷かれているのが見て取れた。
黒鳶隊や青虎隊が仕掛けてくるのを警戒しているのだろう。
……なにしろ巫皇である彩香が皇都に――皇宮に戻ってきている状態だからな。
なんて事を思っていると、クレアボヤンスの視界の端に、窓から外を眺める彩香の姿が見えた。
ふむ……。ここからさほど遠くもない場所のようだし、ちょっと行ってみるか……
なんとなく彩香と話をしてみたい気分になった俺は、早速そっちへ向かって廊下を歩いていく。
と、程なくして彩香とバッタリ出くわした。
どうやら彩香は、あの場所に留まっていなかったみたいだな。
「蒼夜? こんな夜更けにどうかし――いや……アルチェムという人物の事を考えてしまって眠れない……といった所かな?」
「ああ、まさにその通りだ。……考えてもどうにもならない事は分かっているんだが、それでも……どうしても色々と考えてしまってな」
俺は彩香の問いかけにそう返し、肩をすくめてみせる。
「色々……ねぇ。――色々と言えば……状況的にこの頃合いで聞くのはどうかとは思いつつも、君にひとつ聞きたい事があるんだ」
「よくわからないが……気になる事があるのなら、そんなに遠慮せずとも普通に聞いてくれて構わないぞ」
「そうかい? それなら遠慮なく……と思ったけれど、こんな廊下で話をするものではないね。すまないけど、ちょっとついてきてくれないかな?」
そんな事を言ってくる彩香
特に問題はなかったので、不思議に思いつつも了承する俺。
そうして共に静まり返った皇宮内を歩いていき、階段を2つ下った先――暁月を中心に配し、その周囲に黒い鳶、青い虎、白い蛇、そして赤い狼が描かれている……そんな壁画の前へとやって来た。
「この壁画は……? いや……壁の向こう側に空間があるな……」
そう呟く俺。
というのも、壁画に対してクレアボヤンスを使ってなんとなく透視してみると、その向こう側に、中庭のような空間が見えたからだ。
ような……というのは、周囲を壁に囲まれ、天井まであるためだ。
大部屋を改造して中庭にした……とでも言えばいいのだろうか? ともかく、そんな場所だった。
「これは扉――もっと正確に言うなら、扉の霊具なのさ」
と言いながら、4体の獣の中心に描かれた暁月の絵に手を触れる彩香。
すると、暁月の絵が光ったかと思うと、暁月だけが宙に浮いた状態で、壁画がスゥッと音もなく消滅し、先程クレアボヤンスで視た光景が、クレアボヤンスを使わずとも見える様になった。
「なんともまあ大仰な仕掛けだな……」
そんな事を口にしつつ、先に入っていく彩香を追う形で、俺も中へと入る。
――実際に立ち入ってみて気づいたのだが、そこは、なんとなく陽の霊力に満ちていそうな場所だった。
もっとも、そういった物を感じ取れるような能力はない……はずなので、あくまでもなんとなくではあるのだが、それでもどういうわけか、ここでならディアーナと話をするための例のオーブが使えそうだと、俺は確信していた。
なんて事を心の中で呟いていると、彩香が宙に浮かんだままの暁月の絵に手を触れた。
すると、再び音もなく壁画が浮かび上がってくるように出現する。
「なるほど……たしかに扉だ」
壁画へと戻ったそれを見ながら呟くように言う俺。
そして、ふと思った疑問を口にする。
「これ、誰が触れても開閉するのか?」
「いや、限られた者――特定の条件に合致する者以外は、これに触れても開閉は出来ない仕組みだね。よく分からないけど、触れた者の身体に刻まれている情報とやらを瞬時に取得して分析、条件と合致するか判断する……そういう術式が組み込まれているんだそうだ」
「なるほど……生体認証の霊具版って事か……。結構高度な技術だな」
「……私の説明で、そんな言葉を返して来たのは君が初めてだよ。さすがは高度な技術を有する隠れ里の出身だけはあるね」
彩香は俺の言葉に対し、少し呆れたような口調でそんな風に言った後、
「まあもっとも……それだけではないようだけど」
と、続けてきた。
「……それはどういう事だ?」
「我が国の隠れ里の生まれで、現在はイルシュバーン共和国に住み、エクスクリスという名の学院に通う生徒……。たしかにそれは事実かもしれない。だが……君にはそれ以外にも『隠された役割』とでも呼ぶべき物があるのだろう?」
「……なぜ、そんな風に思う?」
「最初は、秋原洸――次の学院長だという彼が、君たちの『中心』だと思っていたのだけど……どうやら、君の方が『中心』のようだ。そう……彼はその事実を隠すためにいるにすぎない。……次の学院長となるような者がそこまでの事をして、なおかつ元老院議長であるアーヴィング殿の娘からも絶大な信頼を得ている。……ここまで分かれば、さすがに君がただの生徒ではない事に気づくというものさ。私は、これでも一応この国の統治者だからね。――例え、中途半端で力不足であろうとも、だ」
そんな感じで、俺の問いかけに淀みなく、そして一気に答えていく彩香。
もっとも、最後は自虐めいた口調と表情をしていたが……まあいい。
「――俺をここに誘ったのは、ここなら俺が話した事が黒鳶隊や青虎隊に盗聴される心配がないから……か?」
「おや……さすがだね、その通りさ。ここは初代様の時代に作られた、特殊な霊具の力に満ちている場所なんだ」
彩香は俺の言葉にそう返す一旦そこで区切り、壁を指さしながら、改めて続きの言葉を紡ぐ。
「――周囲の壁は二重になっていてね、壁と壁の間に張られた結界で、外とは隔絶されているんだ」
「なるほど……よく出来た場所だな。……ちなみに、ここは陽側の霊的な力に満ちている感じか?」
「そうだね、それもその通りだよ」
俺の新たな問いかけに対して頷き、肯定してくる彩香。
お、やっぱりそうなのか。
「ならば都合が良いな。……わかった。俺が『何者』であるか話すとしよう。……まあもっとも、彩香なら信用出来る人間だし、普通に全部話してしまっても大丈夫だろうとは考えていたんだけどな」
「おや……。それはつまり、わざわざこんな事をしなくても、近い内に話が聞けたという事かい?」
「ああ、そういう事だ。だからまあ……それが少し早まっただけさ」
意外そうな顔をする彩香にそう答えつつ、肩をすくめてみせる俺。
そして一呼吸置き、次元鞄からいつものオーブを取り出す。
「それは?」
「俺が『何者』であるかを理解する、手っ取り早い方法さ」
俺は首を傾げてオーブを見る彩香にそう告げ、オーブを発動させた。
それからはもう、言うまでもない。いつもの流れだ――
というわけで、彩香も遂に蒼夜について知る時が来ました。
てな所で、また次回! 更新はいつもどおり金曜日を予定しています!




