第23話 更なる深部への扉
「ここが最深部かと思っておったが、どうやら違ったようじゃな……」
エステルが俺の思った事と同じ内容を口にする。
「あの星空で隠されていた感じでしょうか?」
俺の横に立ち、同じように扉の方を眺めながらアリーセがそう言ってくる。
それに対し、エステルが顎に手を当てながら、
「うむ。あの扉に関しては、調査隊の報告にはなかったからのぅ。――つまり、調査隊は見つけておらん」
と、答えた。まあ、正確には隠されていたというよりは、単に星空でカモフラージュされていて気づかなかっただけだとは思うが。なにしろ、俺もさっきまで全然気づかなかったしな。
「なんにせよ、あの先は真の最深部へ続いているってわけか」
「ま、そういう事になるのぅ。完全に未踏の領域じゃから、案内は出来ぬがの」
俺の言葉に頷き、そう返してく肩をすくめるエステル。
そりゃまあ、そうだろうな。
「……開けてみます?」
「そうだなぁ……見つけてしまった以上、気になるし、開けてみるか」
アリーセの問いかけにそう答えつつ、俺はミラージュキューブを次元鞄にしまい、階段の方へと足を向け――
「あ、ちょっと待つのじゃ」
エステルから呼び止められる。
「扉へ行く前に、測定機での測定を先にさせてくれぬかの? ここへ来たのはそれが目的なのじゃから」
「っと、ああそうか」
そう返しつつエステルの方を見ると、手持ちの次元鞄から小型のパラボラアンテナのようなものを取り出し、それを床に設置していた。
ふむ、これが測定機とやらか。
エステルは、測定機の台座部分に格納されていた銀色のパネルのようなものを取り出し、それを測定機の近くの床に置くと、それを指でなぞる。
と、パネルの真上に、宿にあった時計と同じようにホログラムが浮かび上がる。
ただし、数字ではなく文字――『あ』から『ん』までの羅列……簡単に言えば五十音だ。
って、今更気づいたけど、この世界の文字って、文字の形状こそ違えど、日本と同じ形態だったのか……
その浮かび上がった五十音を順番に叩いていくエステル。
……って、もしかしてこれ、キーボードみたいなものなのか?
そう思いながら眺めていると、エステルが文字を叩くのを止め、こちらを向く。
「よし、このまま5分ほど待つぞい」
そう告げてくると同時に、五十音の表示が消え、代わりに『計測中』と表示された。どうやら計測には少し時間がかかるようだ。
……
…………
………………
「うむ、測定完了じゃ」
5分が経過したところで、エステルがパネルを見ながら呟く。
見ると、パネルの色が銀色から青色へと変化しており、表示されている文字も『計測完了』となっていた。
青色になったパネルを指で軽く2回叩くエステル。
すると、表示されていた『計測完了』の代わりに、別の文字と数字が浮かび上がる。
『AWS:反応あり AWP:陽霊子 AWR:10/E』
おおう……さっぱりわからん。
……っていうか、入力は五十音なのに、表示される文字はアルファベット――にあたる、この世界固有の形状の物――もあるのか。
なんだかよくわからん形態だな……。まあ、ある意味日本に近いと言えなくもないが。
「ん? 以前よりのレートが下がっておるのぅ」
そう言って首を傾げるエステル。
それに対し、アリーセが石碑の方を見ながら推測を語る。
「それは、ミラージュキューブの差ではないでしょうか?」
「あー、たしかにそれはありそうじゃな。ま、問題ないからよかろう」
よくわからないが、エステルが問題ないという以上、問題ないのだろう。
「じゃ、改めて行くとするか」
「そうじゃな。……が、あの扉とその先も一応調べておくぞい。魔法罠が仕掛けられておったりしたら、ことじゃからな。なにせ、古代の魔法罠はエグいのが多いからのぅ」
魔法罠なんてあるのか……いやまあ、魔法が一般的な世界だから、あってもおかしくはないか。
石の中にワープさせられたりでもしたらシャレにならんし、しっかり調べた方がいいな。
◆
……てなわけで、新たな扉の前へと移動した俺たちは、まず測定から始める。
ちなみに、この扉は左右に開くタイプのようだ。
さて、測定だが……今回は床にパネルを置くのではなく、扉にパネルが貼り付けられていた。
どうやって貼り付いているのかは、よくわからない。磁力……いや、純粋に魔法の類か?
と、そんなことを考えているうちに5分が経過し、測定が終わる。
『AWS:計測不可 AWP:判別不可 AWR:計測不可』
「計測不可に判別不可? どうなっておるんじゃ?」
「測定機のエラーでしょうか?」
アリーセにそう言われたエステルが、測定機の状態を確認する。
「うーむ、特に問題はなさそうじゃがのぉ……。ま、もう一度計測してみるかの」
『AWS:計測不可 AWP:判別不可 AWR:計測不可』
2度目の計測もまったく同じ結果だった。
「……駄目じゃな。どうやら魔煌波が遮断されておるようじゃ」
と言って、扉を見ながら考え込むエステル。
「この扉が遮断しているのでしょうか?」
「うーん……この扉、入口の奴と同じ作りだと思うんだがなぁ」
アリーセの言葉にそう返しつつ、俺は扉を軽くノックする。
と、そこで思い出す。俺にはクレアボヤンスのサイキックがあったことを。
ふむ……この至近距離なら透視出来るだろう、多分。
俺は早速扉に顔を近づけると、そのままの状態で扉の向こう側を視るイメージを固めていく。
と、扉の一部に小さい穴が出来、それが広がり始める。どうやら透視が上手くいったようだ。
そのまま凝視を続けていくと、視界の中央部分が大きく透明化し、向こう側が見える状態になった。
……が。
「んー? 扉の向こう側は真っ暗だな。壁の紋様上を走り回る例の小さな光球のお陰で、手前の壁際はうっすらと見えるが……さすがにこれじゃあ光が弱すぎて、奥はまったく見えないな。こっちと違って天井の照明が機能していないのか? まあ、とりあえず危険な物はなさそうだが……」
「まてまて。その前に、どうして扉の向こう側が見えるのじゃ」
後ろから突っ込みをいれてくるエステル。
俺はクレアボヤンスを中断し、エステルたちの方を向いて説明する。
「あー、説明が途中になっていたが、これがサイキックのもう1つの力だ。遠くの物を視たり、壁や扉の向こうを視たり出来るっていうな。……まあ、壁や扉の向こうを視るには、かなり目を近づけないと駄目だが」
「ああ、それで扉に顔を近づけていたんですね」
アリーセが手をポンっと叩き、得心のいった表情を見せる。
「ふむ、なるほどのぅ。その力とさっきの力が、おぬしの『さいきっく』という異能なのじゃな。うーむ、なんとも便利な異能じゃのう……」
「ちなみにあと1つ、物を浮かせたり動かしたりする力もあるぞ。まあ、これはある程度の重さまでしか無理だがな。この剣くらいなら自由自在だが」
エステルにそう言葉を返しつつ、次元鞄から剣を取り出し、それを浮かせた状態で回転させる。
「これは浮遊魔法や飛翔魔法に似ていますね。というか、その剣はこの力を使って浮かせていたんですね」
「ああ、そういう事だ」
納得顔のアリーセに対し、頷き、そう返す俺。
「まあ、普通の浮遊魔法や飛翔魔法ではそんな回転はさせられないがのぅ……」
「そこはまあ、異能だからって事で。――それはそうと、サイキックの説明はこれぐらいにして、扉を開けてみないか? 特に危険そうな物は扉の向こうにはなさそうだったしな」
「ふむ……。確認するが、魔法陣の類や装置の類はなかったのじゃよな?」
こめかみに人差し指を当て、そう問いかけてくるエステル。
「ああ、ただの通路だった。奥の方は見えなかったが」
そう答えると、エステルは少しの間目を瞑って考え込んだ後、呟くように言葉を発する。
「……ま、多分大丈夫じゃろう」
「よし、じゃあ開けるぞ」
俺は扉の取っ手に手をかけ、そして開ける。
って……。け、結構重いぞ、この扉……。
まあでも……このくらいなら、サイコキネシスを併用すればどうにかなりそうだ。
そんなわけで、少し開いた扉の隙間に手を突っ込み、そこから手で押しながら、
ついでにサイコキネシスも発動させ、それを使って押す。
と、普通に手の力だけで開けるよりも簡単に、扉が開いていく。
そうして開かれた扉の先には、さきほどクレアボヤンスで見た通り、暗闇に包まれた通路があった――




