第67話異伝8 アルチェムと冥将、未来への双手
今回、やや長めです。
<Side:Arcem>
「ウォータータービンとかいうのが大量に設置されてやがるな……」
レンジ様たちに続いてドアの先へと足を踏み入れた所で、グレン殿下がそう言います。
そう……ドアの先は地下の瀑布が何段にも連なり、そこにウォータータービンが取り付けられている、そんな光景の広がる巨大な空洞でした。
瀑布と岩壁を縫うようにして、大きな円形の網目状の金属床が複数設置されており、それらを繋ぐ階段が連なっているのが見えます。
と、その階段のひとつに視線を向けると、頭上から襲いかかって来る魔物めがけて、衝撃波で迎撃するシャルロッテ様の姿がありました。
そして、そこよりも高い場所には、レンジ様とティアさんの姿もあります。
レンジ様は刀から放射された炎で、ティアさんは純粋な魔法攻撃と格闘術――ソーサリーアーツの複合で、竜の御旗の構成員と思しき、灰色の外套を纏った者たちと黒装束の者たちを片っ端から打ち倒していきます。
……どうして服装が異なるのでしょう? いえまあ、統一されている必要もないといえばないのですが……妙な違和感が……
そんな疑問を抱いた所で、
『異形ナル魂ノ質……。変異セシ器……。ヒトノ驕慢ノ果テ、歪ナリ』
などという声が内側から響いて来ます。
そして、更に声が続きます。
『憎悪、憤怒……。我ガ糧、満チ満チテ』
……っっっ!?
意識と思考が……乱レル……
「これは……あの3人だけでどうにかなるんじゃねぇか……?」
「こっちに来る敵は全くおりませんね……。さすがというべきでしょうか……」
グレン殿下ノ言葉にソンナ風に返すヘイゴロウ様。
良ク知ッタ声によって、ドウにか乱れた意識ト思考ガ元に戻りましタ。
……イエ、まだ完全デハありませんが……とりあえずは大丈夫そうです。
「よくまあ、こんな入り組んだ場所で、ああも易々と敵を倒していけるもんだ……。……て、クーはなにしているんだ?」
「うーん……なんだか、冥界で塔を登っていった時の事を思い出す構造なのです」
なんて事を言うクーちゃん。
……そういえばクーちゃんは以前、ソウヤ様たちと共に、冥界に行った事があったんでしたっけね……
『似タ構造……。造魔城ノ……虚空回廊……。ナルホド、三番目ノ侵入者タチ……カ』
例の声が聞こえて来ます。今回は、意識も思考も問題がありませんね。
それはそうと……どうやらクーちゃんたちが足を踏み入れた場所は、冥界のモノたちには、造魔城と呼ばれているようですね。
そして、三番目というのは……そう、銀の王たちが最初に冥界への扉を開いたという話でした。
……銀の王たちを、クーちゃんたちのひとつ前の侵入者とすると……
……? もう一組侵入者がいた事になるような気がしますが……
私がその事をクーちゃんに話すと、
「銀の王以外……です? いえ、私たちは見ていないのです。……というか、アルチェムはどこでその情報を得たです?」
という、もっともな疑問を返されました。
「それは……」
どう答えていいか迷っていると、唐突に重い音が響き始めます。
「扉が……!?」
ヘイゴロウ様が声を上げます。
その視線の先へ顔を向けると、私たちの入ってきた扉が閉じていくのが見えました。
「逃げ道を封じると同時に遠隔攻撃から隠れる場所をなくすつもりって所か。……まあ、それならそれで迎撃するまでだ」
グレン殿下がそう言い放ち、獰猛な笑みを浮かべて得物を構えます。
直後、私は下に何かを感じました。
――いえ……何かではなく、これは魔物ですね。
「下! 水の中から魔物が飛び出して来ます!」
バシャンという水音と共に飛び出して来たそれを目で追う私。
翼を持った大きなワニ……と、そう表現する以外になさそうな、そんな魔物がこちらへ強襲してきます。
魔法で迎撃……
『其ノ魔法デハ遅イ。槍ヲ使エ』
ッ! 冥将の声が聞こえてきます。
その声ガ、一瞬にシテ、直前マデの思考を塗りツブシ、私は行動ヲ変えマス。
アア、コレを使えバ良イですネ。
「――《玄影の瞬槍》ッ!」
私ハ即座に、発動待機時間ガ非常に短い、漆黒ノ槍を生ミ出す魔法ヲ発動します。
ソシテ、魔法ノ力で一瞬にしテ生み出サレた漆黒ノ槍を手に掴むト、ソレを魔物に向かっテ投げつけマシタ。
ワニの魔物が、身ヲ捩ってソレを回避しマス。
まあ、このヨウな一直線のわかりヤスい攻撃デ倒セルとは思っていマセん。
でスが、コウスるノガ良いとばかりニ、身体ガ勝手にコノ行動を取リマシタ。ソウそう、コレデイイのデス。
『爆ゼロ。黒ノ霊手』
私ノ中からソンな声が聞こえタ瞬間、通リ過ぎたハズの漆黒ノ槍が空中デ炸裂。
槍ダッタ物は、漆黒ノ5つの鞭状ノ物へト変貌し、ウネるヨウにして、ワニの魔物ニ再び襲イかかります。
……良く見ると、鞭ノ先端は手ノ形をしてイマスネ。……ナントモ不気味です。
「グギィッ!? ギッ、ギギィッ!」
魔物はソノ攻撃を想定してイナカッタのか、5つの鞭――イエ、黒イ手に拘束サレル形となったワニの魔物が、拘束ヲ解こうト暴れます。オヤオヤ?
シカシ、手は微動だにシマセン。ニゲラレルトデモ思ッテイルノデスカネ?
ソシテ次の瞬間、手が動イタかと思うト、ワニの魔物ヲ、まるでハンマーの如ク振リ回し、別の方向かラ近づいてキテいた、別ノ魔物に叩きつけマシタ。
「ガギャァッ!」
「ゲガヒィッ!」
直後、手がパッと離サレ自由ヲ取リ戻すワニの魔物。
シカシ、ソれは次ノ攻撃のタメの動キ。フフフ、開放シタワケデハナイワ。
手ダッタ部分が、鋭いナイフのヨウな形状へと変貌。
淡ク青白イ光を放ち始めマス。サア、赤キ舞ヲ楽シミマショウ。
『滅……』
ソンナ短い声が私の中カラ響いたかと思うト、鞭が振るワレるかの如キ動キと共に、鋭ク尖ったナイフ状の部分が2体ノ魔物に襲いかかり……ソノ身体を滅多刺しにシマシタ。アラアラ、赤キ舞ハ……血ノ舞ハ、コレデオシマイデスカ?
「お、おい、アルチェム……。なんだあの物騒な魔法は……。威力はすげぇが……」
「《玄影の瞬槍》は、あんな物騒な魔法ではなかったはずなのです……」
大量ノ血と共に動キを止めた魔物ヲ見ながら、グレン殿下とクーちゃんガそう言ってキマス。
ソの声ニ私はハッとナリ、同時に一気に頭が……思考が、冷やされていきました。
そして、今の現象に対してどう答えればよいのか迷い、無言になります。
……力を欲するかという問いかけに対して拒否の意思を示したはずなのに、どうして冥将の力――いえ、意識と思考が……私と混ざり合うかのように……?
その思考を巡らせる私の視線の先には、襲いかかってくる敵との交戦を続けるレンジ様たちの姿がありました。
そして先程の、憎悪、憤怒という声……
……まさか、戦いの中の憎しみや怒りを……喰らっている……?
と、そこで視界の中にある魔物の屍に違和感を覚えます。
何故か、灰のように全身が変色している個体がいくつかありました。
最初はレンジ様の炎によって焼き尽くされたのかと思いましたが、炎で焼き尽くしてあのような状態になるわけがありません。
つまり……『キメラ』という歪められた生命の力も喰らっているという事に……
『然リ。我、汝ガ思考ヲ、肯定セン』
内から聞こえた声が、言葉通り私の思考を肯定してきます。
……声の雰囲気が今までと違い、なにやら高揚しているような感じです……
『我ガ問イ、汝ガ拒否スレバ、融合ヲ止メラレル。汝ガ判断、其ハ的確ナリ。サレド、此ハ昏ク冥イ想念ト、歪ミシ生命ニ満チシ場。我ガチカラ、其ノ源泉タル領域ナリ』
続けてそんな風に、饒舌なまでの説明を続けてくる声――冥将カローア=ヴィストリィ。
「あれは……魔王術式型融合魔法……です。カリンカ様から聞きました……」
私は内から聞こえてくる声を聞きながら、グレン殿下とクーにそう言います。
……冥将との融合が進行しているせいなのか、カリンカ様が以前仰っていた……カリンカ様の使う融合魔法が、ソウヤ様の使う融合魔法とは源流を同じくしつつも、そのプロセスが異なっているという事を、私は認識――理解するに至っていました……
……そう、カリンカ様の使う融合魔法は、冥将の使う魔法に近いプロセスだったのです……
遺失技術の類だとカリンカ様は仰っていましたので、過去に何らかの方法で、冥界の術式をこちらの世界に持ち込んだ者がいたという事なのでしょう……
ただ……プロセス上に冥界の存在が有する魂魄因子が必要な為、何故カリンカ様がそれを扱えるのかは良く分かりません……
……まあもっとも、その理由を私が知る事はないでしょうが……
そうこうしている間にも、上――レンジ様たちの戦いは圧倒的有利な状況のまま進んでいき、もうすぐ決着が着きそうでした。
……つまり……時が来たようです。
とても不確かな要素が複数あったので、上手くいくかどうかは、正直出たとこ勝負だったのですが、どうにかこうにかギリギリ持ちこたえましたね。
……私の好きな、グレン殿下の思考に賭けて正解でした。やはり……最後に信ずるべき物は……愛、だという事ですね……。ふふ……っ。
『汝ハ、何ヲ思考シテイル?』
……冥将の声が警戒と疑念に満ちていました。
ですが、私はそれに対して何も反応しません。
『はっ、こうもあっさり撃退されるとはなぁ。想定外ってぇ奴だぜぇ』
そんな声がどこからともなく聴こえてきます。
それに対し、グレン殿下とクーちゃんが驚きます。
……まあもっとも、私はその声が聴こえてくる事は『知っていた』ので、それに対して何も反応しませんでした。
『既ニ、認識ヲ有スル……? 貴様ノ此ノチカラハ……』
融合が進んだ事で、私の持つ異能に気づいたのか、冥将がそんな呟くような声を発してきます。
『つっても、黒鳶隊とやらと手を結んで進めた計画は、ほぼ完遂だしなぁ』
「計画? 完遂? どういう事だ?」
声に対して問いかけるグレン殿下。
『俺は他の銀の王とは違うんでねぇ。懇切丁寧に、わざわざ手の内を教えてやるつもりはねぇよ』
声――銀の王と名乗る者はそう答えますが、まだ言葉が続くはずです。
『――と言いてぇ所なんだが……特別にサービスで、ひとつだけ教えてやるぜぇ。ここでディンベルと巫皇勢力との繋がりが出来るのを一時的にでも断っておけば、計画は完全完遂ってぇ奴だぜぇ』
想定通りそう言ってきます。
「……? それはどういう事ですかねぇ?」
ティアさんが魔法かなにかで声の音量を上げながら問います。
『わざわざ懇切丁寧に教えてやるつもりはねぇって言ってんだろぉ? だからよぉ、直接見せてやるぜぇ?』
その声に合わせるようにして私は動きます。
『何……ヲ? 否。此ノ光景ハ……。未来視……? 汝ガ狙イハ、未来ノ改変……?』
……ようやく冥将が私の目的に気づいたようですが、少し遅かったですね。
「――破之太刀・斬鉄!」
「――冥キ闇黒ノ双手!」
ヘイゴロウ様――否、ヘイゴロウと私ノ声が重ナリ合いましタ。
ヘイゴロウの放っタ剣技にヨリ、床が切断――破壊サレます。
「なっ!?」
「へっ!?」
唐突に床ガ抜け、驚く以外ノ事が出来ナイ、グレン殿下とクーチャン。
マア、そうですよネ……
下は流れノ急ナ鍾乳大河。あのワニモドキは、何故カそんな中ヲ自在に動イテいたヨウデすが、普通ハ無理です。落ちれバ一巻ノ終わりデス。
デモ、そうはハさせませンヨ?
冥将ノ力を利用シ、魔法デ生み出シタ大きな漆黒ノ手。
私はソレを使イ、ぐれん殿下トくーチャンを掴ミ、ソシテ放り投ゲます。
『なにっ!?』
「バカなっ!? この一瞬に全てを賭けるべく、私は殺意を――殺気を……完全に消していた……っ! なのに、何故……気づいたっ!?」
銀ノ王とヘイゴロウの声ガ重ナリます。
……ソウ、ヘイゴロウが自らの命スラ使イ、私たちヲ――イエ、グレン殿下ヲ亡き者ニしようトしてイタのは、既ニ知ッテいましタ。
デスカラ、私はソノ未来を変えるタメに、冥将ヲ利用したのデス。
『汝ダケノチカラデハ、対応不可能ト判断シ、我ノチカラヲ利用スル……。汝モマタ、自ラノ命スラ行使シ、未来ヲ改変セントシタ、カ……。――忌々シイ、チカラダ』
鍾乳大河へと落下していく私の身体のその内側から忌々しげな声が聴こえます。
いつの間にか思考が再びクリアになっていたので、私は冥将に対して声を投げかけてみました。
――そうは言いますが、冥将の力があれば、万に一つの可能性で、生き残る事が出来るかもしれませんよね……?
『……。……ク、クク……。実ニ、実ニ忌々シイ……。ダガ……愉悦。愉快。愉楽!』
短い沈黙の後、なにやら楽しげな声に変わりました。
……何がそんなにツボにはまったのでしょう?
『……我トノ完全ナル融合。其ノ果テニ、奇跡ト称サレル事象ガ起コレバ……。否、起コシテミセヨウ。……然レドモ、其ノ結末、我ヤ汝ノ魂ガ、肉体ガ、無事デ済ム可能性ハ零ナリ。此ハ絶対ナリ』
まあ、3人が死ぬ事が確定していた未来から、グレン殿下とクーちゃんが死なず、更に私まで死なない可能性がほんの僅かでもある未来を掴み取る事が出来たのなら……それは、私にとっては僥倖――作戦大成功というものです。
……なにしろ今ここに、この場に私がこうしている事自体が、ソウヤ様との出会いという、『本来ならあり得なかった未来を掴み取った結果』なのですから……
「――クーちゃん。グレン殿下の事をお願いしますね……!」
私が全力を振り絞った声を発した直後、上からグレン殿下とクーちゃんの声が聴こえます。
私に何か言っていますが、聴き取る前に落水音にかき消されてしまいました。
あ、ちょっと残念ですね……
『……此ノ先ハ、我モ識ラヌ未知ノ領域ナリ。生カ死カ。否、其ノ概念スラ――』
冥将が何かを言っていましたが、それを全て聞き終えるよりも先に、私の意識の方が途切れ――
という所で異伝終了です! 次は68話になります!
最後にサラッと出てきた様に、3章での蒼夜とアルチェム(グレン)たちとの出会いは、偶然ではなくアルチェムによって導かれた結果でした。
まあ、そうそう都合よく(しかも夜の森で)遭遇するものなのか? という疑念は、蒼夜たちも抱いていたりします(実際その疑念を抱く描写も過去にしています)が、真相を知るのはアルチェムだけですからね……
さて、そんな所で次回の更新予定ですが……来週の火曜日を予定しています!
この先は、ある意味ようやくとも言える、『竜の座』へ向かって(概ね)まっすぐ進み始めますよ!




