第67話異伝7 静けさの先に
<Side:Arcem>
「これはまた……随分と変わった構造だな……」
グレン殿下が周囲を見回しながらそう言いました。
「天井も床も壁も金属ですねぇ」
「なんというか……■■■にそっくりだな」
ティアさんとレンジ様がそんな風に言います。
ただ、レンジ様の言葉は、一部分ノイズになって聞こえてきました。何か竜の座に関わる単語を口にしたのでしょう。
「ソウヤたちが探索したと言っていたのと違って、こっちは直接ここに新しい施設を造った感じなのかしら? どう考えても古代の遺跡じゃあないわよね、これ」
「ああ、■■■――■■■■■■■と同じ鋼材で作られている以上、おそらくそうだろう。まあ……坑道や鍾乳大河の一部を利用して造った理由に関しちゃあ、正直言ってさっぱりだがな」
シャルロッテ様とレンジ様がそう話した直後、少し離れた所にいるクーちゃんが、
「このドアの向こうは橋になっているのです。……あと、橋の近くに水車のようなものが見えるですね……もしかして、あれがこの施設の動力源です?」
と、そんな風に言ってきます。
「ん?」
と言ってレンジ様がそちらへ歩み寄ります。
それに私たちも続きました。
「あれは……見た感じ、ウォータータービンっぽいな……」
レンジ様がクーちゃんの示す水車のような物を見ながら、そう言いました。
……ウォータータービンというのはなんでしょう?
「そうですねぇ。どうやらあれで魔力を生み出しているみたいですねぇ」
「え? それって水で魔力を生み出しているって事?」
「正確言うなら、水の流れで回る水車の力で、ですねぇ。もっとも……どういう原理でそれが成り立っているのかは、正直さっぱりわからねぇですけどねぇ」
ティアさんはシャルロッテ様の問いにそう答えると、お手上げだと言わんばかりの表情で、両手を左右に広げて首を横に振りました。
「水力発電機の魔力版って事なんだろうけど、そもそも電気と魔力はまったくの別物だしなぁ……」
「たしかにそうなのです。ただ……あれは、基本的には発電機にそっくりなのですが、同時に異なる機構も組み込まれているように見えるのです」
「異なる機構?」
「はいです。あのタービンの上と側面を良く見ると、それぞれアスピレーターとコンバーターがくっついているのです。なので、大気中の魔煌波を取り込んで、それを利用している――というか、変化させているような気がするです」
「ああそうか。魔力の元になるのも魔煌波だもんな。水力で電力を生み出し、電力でアスピレーターとコンバーターを動かし、取り込んだ魔煌波を魔力へと変換……と考えればたしかに……。若干無駄な工程を経ている感じがしないでもないが、仕組み上はいけるな……」
なんて事をあれこれ話すレンジ様とクーちゃん。
……たまにですが、クーちゃんは私が聞いた事も見た事もないような知識を口にするので、驚かされます……
アスピレーターとかコンバーターとか言われても、さっぱりわかりません……
「……クーたちが、何を言ってんのかイマイチ――いや、正直言うとさっぱりわかんねーんだけどよ、よーするに……あの水車みてぇのは、鍾乳大河の激流を利用して魔力を生み出してるっつー事だよな?」
グレン殿下が私の方を見て、髪を掻きながらそんな問いの言葉を投げてきました……
「あ、はい……。そういう事だと思います……。私も理解が追いついてはいませんが……」
「つー事は、だ。この施設は大量の魔力を必要とする何かがあるっつー事にならねぇか?」
「そうですね……その可能性は高いと思います……」
「なら壊しておいた方がいいんじゃねぇか?」
私とグレン殿下がそういった話をしていると、
「あれひとつ破壊した所で、あまり意味はねぇんじゃないでしょうかねぇ。なぜなら、これだけ大掛かりな施設を地下に造ってまでやっているような事が、あれだけで賄えるとは到底思えねぇからです」
と、ティアさんがそんな風に言いました。
「そもそも、そう簡単には壊せそうにないわよ、あれ。なんか見えない霊力の障壁みたいなのが周囲に展開していて、まずはそれを破壊しないと駄目っぽいし。しかもその障壁、私の剣技を数発撃ち込んでどうにか……って所ね。感じ取れる霊力の強さから推測すると、だけど」
今度はシャルロッテ様が、腕を組みながらそう告げてきます。
「――アラートを発するための術式が見えやがるので、多分シャルが衝撃波ひとつ撃ち込んだだけで、敵がワラワラと群がってきやがるでしょうねぇ」
眼鏡――インスペクション・アナライザーを人差し指でクイッと押し上げながら、捉えた術式を、私たちに伝えてくるティアさん。
インスペクション・アナライザー……やはり、便利な代物ですね。
国に戻ったら、共和国製の最新の物を手に入れるとしましょう。
……まあ、無事に戻る事が出来れば……の話ですが……
「それはまた……手を出さない方が良さそうな感じですね」
「だな……。このまま放っておくとすっか」
グレン殿下はヘイゴロウさんの言葉に同意すると、やれやれだと言わんばかりに肩をすくめてみせます。
「――ところで、どうしましょう? このまま奥へ進んで見ますか? それとも一度引き返して準備を整えますか?」
ヘイゴロウさんが皆を見回しながら問いかけの言葉を投げかけてきました。
「ここまで来て一度引き返すって選択肢はねぇな。そんな悠長な事なんざしてたら逃げられちまう可能性がたけぇ」
腕を組みながらそう口にするグレン殿下に、
「ああ、このまま先へ進むのが最良だろう」
と、レンジ様が頷き同意します。
私もふたりの判断に異論はなかったので、同意の言葉を口にしました。
◆
ウォータータービンとやらが設置されていた場所から少し行った所に、大型の昇降機がありました。
その大きさは、ここカナトへやって来る時に使った大型馬車が、十分乗っかる程です。……これは、一体何を運搬するために使われているのでしょう……?
レンジ様が操作した事で動き出した昇降機の上で、そんな事を考えていると、
「それにしても、ここに私たちが侵入した事に気づいていないのかしらね? 全然、敵が出て来る気配がないわ……。この昇降機なんて、格好の仕掛け所だと思うんだけど……」
という疑問を口にするシャルロッテ様。
「たしかに……。それは私も気になっていました……」
ソウヤ様たちの方は、入ってすぐに敵が襲ってきたとの事でしたが、こちらはまだ何も起きていません。一体どういう事なのでしょう……?
「……何かの装置の稼働音や、水の音が聞こえる以外、完全に静まり返っている状態なのです。……不気味なのです」
クーちゃんが、耳をそばだてながら言ってきます。
「既に放棄した後……だったりするのかしらね?」
「だとしたら、装置の稼働音がするのはおかしくねぇか?」
シャルロッテ様の言葉にそう返すグレン殿下。
「人間の代わりに、飛行機能を有するキリングマシンの類が襲ってくるんじゃねぇかと考えて、警戒している最中なんですけどねぇ……。どうも、全然そんな事はなさそうな感じですねぇ」
ティアさんが、インスペクション・アナライザーで周囲を見回しながら、そんな風に告げてきます。
キリングマシン……たしか、金属で出来たゴーレムのようなもの……でしたね。
たしかに、こういう所でその類をけしかけてくるというのは、常套手段ですね……
と、心の中で同意するものの、結局そのままキリングマシンやその他の敵の襲撃などは一切なく、程なくしてガコンという音と共に昇降機が停止しました。
そして、私の視線の先には閉じられた大型のドアが見えています。
「っ!?」
心臓付近にズキンッという強烈な痛みが走ったかと思うと、
『オオ……。場ニ満チシ無数ノ憎悪……。素晴ラシイ……』
そんな声が聞こえて来ました。……これ……は……
「アルチェム、顔色が悪いのです。やっぱり無理をしているです?」
クーちゃんが横にやって来て、心配そうに問いかけてきます。
「いえ……。この先から憎悪を感じたもので……」
私は首を横に振って否定すると、そう言いました。
……誤魔化し半分、真実半分です。
「……言われてみると、たしかにこの先から嫌な物を感じるです」
大型のドアへと視線を向けながら、私の言葉に同意するクーちゃん。
「――たしかに、なんだか全身がザワつくな……」
「……そうね。私もピリピリとした空気――殺意を感じるわ」
「ですねぇ。……これは、間違いなく待ち伏せしていやがりますねぇ……」
グレン殿下、シャルロッテ様、そしてティアさんもまた、クーちゃんに続く形で、そんな同意の言葉を紡ぎます。
「バラバラに仕掛けるよりも、施設内の全戦力を一点に集中させ、飽和攻撃で仕留める方が確実だと踏んだんだろう。そしてそれは、それが出来るだけの広さがこの先にあるっつー事だ」
グレン殿下がそう推測して告げてきます。
「ああ、そういう事だな。……ドアが開くと同時に戦闘開始――いや、総攻撃を受けるって感じだな。敵の集団に突っ込む組と、ドア付近に陣取る組に分かれた方が良さそうだ。言うまでもないが、突っ込む方は片っ端から敵を屠っていく役割だな。で、陣取る組はその支援と迎撃。そして念の為の退路の確保だ」
顎に手を当てながらそう言ってくるレンジ様に、
「それなら、私は突っ込む方をやるわ」
そうシャルロッテ様が間髪入れずに返答しました。……さすがです。
「私は迎撃……と言いたい所ですけど、屋内だと味方を巻き込みかねねぇので、突っ込んで暴れる方をやらせていただきますねぇ。あまり魔法ばかり使っていると、近接戦闘の技が錆びついてしまいますし、ねぇ」
ティアさんがシャルロッテ様に続くようにして、そう宣言します。
「んじゃ俺も突っ込むかね」
そんな風にグレン殿下が言うものの、
「いやいや、グレンは大将要員だから迎撃側に決まってんだろ……。クーとアルチェムも、グレンと一緒に迎撃側に回ってくれ。突撃は俺とシャルとティアでやる」
と、レンジ様が即座にそれを否定します。
まあ、普通に考えたらそうなりますよね……
ですが……ここでグレン殿下が突撃すると未来はどうなるのでしょう?
……いえ、その方向性は不確定要素が多すぎますね。やめましょう。
「ヘイゴロウさんも、すいませんが迎撃側でお願い出来ますか?」
「承知いたしました。拙も武士の端くれとはいえ、まだまだ未熟。皆様の腕には遠くおよびませぬが、討ち漏らした敵の相手をするくらいは出来ますのでお任せください」
レンジ様の要請にそんな風に答えるヘイゴロウ様。
「――久しぶりに、アレを言うのもいいかもしれないわね」
皆が各々の得物を構え、自動ドアへと近づいて行く最中、シャルロッテ様が唐突に言葉を紡ぎました。
……アレ、というのはなんなのでしょう?
そう私が疑問を抱いた直後、自動ドアがゆっくりと開き始めます。
と、そこでシャルロッテ様が、不意に駆け出しました。
「一番太刀は……私が貰うわよっ!」
「それかよ!?」
「相変わらずですねぇ……」
などと言いながらも、シャルロッテ様の後を全速力で追うレンジ様とティアさん。
そして、自動ドアの開きはじめた部分へと滑り込む形で、3人がドアの向こう側へと踏み込んで行きます。
刹那、物凄い数の魔法や遠隔攻撃が3人へと殺到。まさに飽和攻撃です。
しかし、レンジ様とシャルロッテ様は刀で、ティアさんは素手――正確に言うなら、ソーサリーアーツと呼ばれる魔法と武術を合わせた戦技ですね――で、それらをやすやすと打ち払いました。飽和攻撃がまったく飽和していません。余裕で対処出来ています。
……やはりというかなんというか、私とは強さが別格すぎです……
『チカラヲ、欲スルカ?』
ズキンッという痛みと共にその声が聞こえてきますが、私はそれを拒否します。
ここはレンジ様たちに任せておけば問題ないので、まだ力を望む段階にはなっていません。
……そう。あくまでも、『まだ』ですが――
次回で異伝は最後になります(多分)
ちなみに、今回は完全にアルチェム視点でしたが、次の話もその想定です。
さて、その次回の更新ですが……金曜日を予定しています!




