第67話異伝2 冥将の力
<Side:Renji>
ザコはあらかた片付いたが……本命ともいうべき冥将が残っているな。
「手駒はほとんどないようですけど、どうするつもりですかねぇ?」
ティアが微笑を浮かべて挑発気味に冥将へと言葉を投げる。
言葉が通じるような相手ではないはずだが、どういうわけか冥将からは、紫色のオーラを全身から噴出させ、怒りに震えているような雰囲気を感じた。
と、その直後――
「NCRMNCTALCKMR……ANMTPRGRMSTRT」
奇怪な言葉のようなノイズのような、なんとも言えない声を発する冥将。
「なんだ……?」
そう呟きながら、俺は冥将から視線を逸らさず警戒する。
正直、声と言うにはあまりにも奇怪だが、それでも今まで見た冥界の悪霊は咆哮ばかりだった事を考えると、あまりにも特異な状況と言わざるを得ない。
俺がそんな事を考えた次の瞬間、冥将がその細く長い腕を天へと伸ばすと、触手めいた髪が、ライオンの鬣の如く放射状に広がった。
そしてそれとほぼ同時に、倒した冥界の悪霊どもの残骸――白い砂から、赤黒い光の帯が、冥将へ向かって弧を描くようにして伸びていく。
って、こいつは……もしかして白い砂からなにかを吸収している……?
白い砂があっという間に黒い砂へと変容していくのを見ながらそう考える俺。
「なんだかわからんが、止めた方がよさそうだな。――とはいえ、近づくのは危険な気がする……距離を取って仕掛けるぞ」
そう周囲の皆に向かって告げる俺。
敵の詠唱は、阻止出来るのなら阻止するのが基本だからな。
皆が俺の言葉に同意するように、魔法を主とした遠距離からの攻撃を開始する。
っていうか、シャルが魔法――いや、真幻術を使う所を見るのは、何気に久しぶりだな。最近は、刀と蒼夜の剣しか使っていなかったし。
などという事を思っている間に、俺たちの攻撃が一斉に着弾。
冥将を中心に、爆炎やら氷結やら雷撃やらが荒れ狂う。
かろうじて残存していた冥界の悪霊どもも、この暴威に晒され、あっという間に消し飛ぶ。もはや残すは本当に冥将1体のみだ。
しかし、そんな攻撃を受けてもなお、冥将の詠唱は止まらない。
しかも、冥将には傷ひとつ付いていなかった。
「全く効いていない……です!?」
クーが驚きに声を上げる。
そう……たしかに一見すると全く効いていないように見える。
だが、実はそういうわけではない事を俺の目は捉えていた。
「いや……効いてはいる。効いてはいるが……ダメージを与えたその直後に完全再生していやがる……」
俺は直前に見えたその光景を告げる。
「はい……。どうやら、倒した魔物の生命力の残滓……のようなものを吸収して……自らの生命力――いえ……生命力を含めた、『己を構成する全て』へと変換しているようです……」
アルチェムが現状を分析し、そう言ってくる。
「己を構成する全て……? え? それってつまり……」
「――戦闘力も大幅に増す、つー事だな」
グレンがシャルの言葉を引き継ぐようにそう言い、冥将へと視線を向ける。
「DRK……RY……SPRD……BST……FLLDWN!」
詠唱が完遂され、燃え上がる炎を思わせる赤黒いオーラを纏う冥将。
そして、そのまま更に「DRY……SPL……FR!」と、短い詠唱を発したかと思うと、その手を俺たちの方へと突き出してきた。
と、その直後、冥将の手の先に出現した魔法陣を中心に、100はあるんじゃなかろうかという程の、凄まじい数の魔法陣が中空に展開される。
……って、マジかよ!?
「やべぇっ! 防御障壁っ!」
俺は慌てながらも、前にアカツキ皇国へ来た際に苦労して手に入れた霊具を起動する。
すると、即座に俺を中心に半円状の障壁が展開された。
「うーん、これだけでは危険ですねぇ……っ」
「はい……。更に障壁を重ねます……っ」
そう言いながらティアとアルチェムが障壁魔法を重ねてきた。
「役に立つかはわかりませんが、こちらも支援いたします」
「ないよりは良いでしょう」
そう言って、馬車の御者と護衛を務める兵士もまた、馬車での移動時に使われている防御障壁の霊具を使った。
これで五重層の障壁が展開された事になる。これなら抑えきれる……はず。
っていうか、抑えきれなければ困る。
そう考えた直後、「ALMGCSRCL……FLBST!」というノイズめいた声と共に、全ての魔法陣から紫色の光線が一斉に発射された。
しかもそれは一度だけではなく、数瞬の時間を開けながら、立て続けに幾度も幾度も放たれ続ける。
そう……それはまさに魔法の乱れ撃ちといってもよい、そんな光景だった。
そして、その圧倒的な数の前にすぐさまピシピシという音が響き始める。
見ると、一番外側――馬車用の障壁のそこかしこにヒビが入り、魔法同士が激突した際に発生する相殺現象並の速度で、障壁が壊れていく。
俺はその光景に悪態をつく。
「ちいっ……! いきなりやべぇ……っ!」
直後、パリリィィン! というガラスが割れたような音と共に、障壁がひとつ砕け散る。
……いや、ふたつ目も砕け散ったか。まさか、ふたつがほぼ同時に砕け散るとは……
「うおっ、マジかよ!?」
驚くグレンに、
「お、おそらくヒビの入っていた部分からダメージがある程度浸透していたのですっ」
と、障壁を凝視していたクーが状況を説明する。
そうこうしているうちに、3つ目も砕け散る寸前に追い込まれていた。
光線はまだ降り注ぐ。
……だが、少し数が減った気がする。
「魔法陣が減ったわね……。魔法陣に供給されている魔力が切れてきたのかしら?」
というシャルの言葉で、それが確信に変わる。
「なんというか……魔力切れと障壁の消滅、どちらが先か予想出来ねぇ……ですねぇ……」
ティアは障壁魔法を展開しながらそこまで言うと、一度言葉を切り、上を見上げる。
そして、ヒビだらけの障壁を見て、
「そして……こいつはまずいですねぇ……これ以上は……もう、もたねぇですねぇ……」
と、言った。
その直後、ティアの障壁が砕け散り、アルチェムの展開する障壁が魔法の嵐に晒される。
「くっ……くぅぅっ……! これは……長くは持ちません……っ!」
そう告げてきた通り、ティアほど強力な障壁ではないため、あっという間にヒビが入り始めた。
御者や護衛の兵士が展開した障壁よりは耐えてくれそうではあるが、さして変わるものではないな……
なんて事を考えている間に、アルチェムの障壁が砕ける。
だが、魔法陣の数もかなり少なくなっていた。
これは……ギリギリ耐えきれる……か?
俺の障壁はティアの障壁よりも更に頑丈だが、もうこれひとつしかない。
――障壁魔法は、一度破壊されるとその余波によって、魔煌波の暴走が引き起こされ、魔煌波生成回路がオーバーロード寸前に陥ってしまうという欠点がある。
そして、その状態から無理に再発動などしようものなら、発動する前に武器が砕け散ってしまうため、再発動は出来ない。
霊具も、霊具自体が砕け散ったりはしないものの、霊具がオーバーヒートしてしまい、クールダウンが必要な状態になってしまう。
クールダウンが完了するまでは、いくら発動しようとしても、うんともすんとも言わない。
そんな思考を巡らせつつ、魔法陣の数を把握し続ける俺。
「10を切ったぞ!」
「やれやれ……この感じなら、なんとかギリ持ちそうだ……」
グレンの言葉にそう呟くように答える俺。
「……って、あれ? 一気に魔法陣が消えたのです」
クーが見上げながらそんな事を言った。
……たしかに急に障壁への攻撃が止んだな。魔力が一気に切れた……のか?
と、そう思ったものの、それは単なるぬか喜びだった。
「ま、まずいです……っ! 特大の魔力反応です……っ!」
声を大にして言い放つアルチェム。
直後、障壁越しに大型の魔法陣が展開されているのが見えた。
……なるほど。魔法陣が消えたのは、これを使う為の魔力を回収するため、といった所だったか。
「どうやら、数では埒が明かないと考えて、攻撃方法を変えてきやがったみたいですねぇ」
というティアの言葉とほぼ同時に、光を一切通さない暗黒の中に、紫のオーラが渦巻いているような、そんな魔法球が放たれた。それも超特大の。
凄まじい速度で飛来したそれは、俺の展開している障壁に激突すると、バキバキと音を立てて、障壁を破り始める。
「くっ! さすがにこいつは抑え切れる気がしねぇ……っ! ――俺が抑えている間に下がれっ!」
俺は皆に叫ぶ。
だが、次の瞬間、
「今からの退避は、ちょっと間に合わないかなぁ……」
と、そんな事を言いながら刀と剣を交差させて構えるシャル。
そして「ふっ」と息を吐くように気合を込めた。
直後、赤黒い膨大な霊力が刀と剣に纏わりつく。
更に、それとほぼ同時に、俺の障壁が粉々に砕け散った。
障壁の力で少しは魔力を相殺出来たらしく、球体は一回りほど小さくなっていた。
とはいえ、超特大が特大になった程度だが……
「せええぇぇいっ!」
気合一閃。
シャルが刀と剣を振るう。
十文字の形で放たれた霊力の衝撃波が、魔法球と激突。
互いに互いを削りながら小さくなっていく。
それは、魔法同士がぶつかりあった際の、相殺現象に近いといえなくもない速度であった。なんとも独特な光景だ。
それでも、なかなか削れない。
「――見た目に反して、多重の術式で構成されているようね……。もういっかいっ! いえ、もうにかいよっ!」
シャルがそんな事を言い、再び刀と剣を振るう。更にそこからもう一度振るう。
刹那、先に放った衝撃波が消滅。
魔法球は大幅に削り取られたもののまだ健在で、こちらへと迫る。
「相変わらず、何度見てもシャルロッテの剣技には驚かされんぜ。……つーか、前よりも更に磨きがかかってねぇか……?」
とはグレンの声。
たしかにグレンの言う通り、以前のシャルはこんな技は使えなかった。
なぜなら、俺の使う剣技の一部と、深月の使う剣技の一部をいいとこ取りした感じの技しか持っていなかったからだ。
それが今や、自分オリジナルのとんでもない技を生み出していた。
……蒼夜の持つ、本人すらわからない『周囲を急成長させる力』の影響である事はわかっているが、それにしたって常軌を逸しているにも程があるだろ……これ。
などと、グレンも俺も悠長に構えていられるのは、合体して『米』という漢字みたいな形になったシャルの衝撃波が、物凄い勢いで魔法球を喰らっていたからだ。
無論、本当にバリバリと食べているわけではなく、凄まじい勢いで相殺しているという意味で、である。
空気の抜けた風船の如き勢いで、魔法球が瞬く間に萎んでいき、そのまま障壁を吹き飛ばす程の破壊力を有する魔法球が、あっさりと消え去ってしまった。
しかも、まだシャルの衝撃波は残ったままで、である――
蓮司側は、蒼夜と共に行動していた期間が長いのがシャルロッテしかいない事もあって、蒼夜側ほどの圧倒的な戦闘能力があるわけではないんですよね。
まあ、それでもこの世界の一般的な水準から見たら、かなり高いのですが。
とまあそんな所で、次回の更新について……ですが、来週の火曜日の予定です!




