第66話 皇宮への道と巫皇アヤカ
下水道の奥へ進んだフリをして引き返してきた俺の目の前に血に染まった地面が見えた。
「どうやら、上手く片付いたみたいじゃの」
その血に染まった地面を見て、4人がしっかり仕留めた事を悟ったらしいエステルがそんな風に言う。
「うん? 覗いていたんじゃ?」
「いえ、あのふたりが注意深くこちらの動きを探っていたようでしたので、バレないように、少しだけ奥へ進んでいたんですよ。なので、こちらの動向はまったくわかりませんでした」
ロゼの疑問に対し、そう答えるアリーセ。
「ん、なるほど。言われてみると、たしかに注意深く探っていた。うん」
納得するロゼを見ながら、俺は心の中で付け加える。
……まあ、俺はクレアボヤンスで視ていたんだがな。ロゼが首を跳ね飛ばす所まで、な。
いやぁ、実にスプラッターな光景だった……
と。
「あれ? あのセツゲツサイという人は? ってか、白牙丸もいない?」
朔耶が周囲を見回しながら、そんな問いの言葉を投げかけた。
ふむ、たしかにそう言われてみると、どっちもいないな。
クレアボヤンスは、ロゼが首を跳ね飛ばして、もうひとりが白牙丸と篝の連携で死んだ所までしか使っていなかったからな……
「どうやらふたりの死体を運んでいったようですね」
サイコメトリーを使って過去を視たのであろう室長が、そんな風に言う。
「この近くに、白蛇隊が使っている倉庫があるらしくてね。そこに一旦放り込んでおく事にしたのさ。ここに放置しておくわけにはいかないからね」
篝が腕を組みながらそんな風に言う。
「なら、この血の痕も消しておくとしようかの。――蒼水の泡沫! 蒼水の泡沫! それそれ、もういっちょ蒼水の泡沫じゃ!」
そうエステルが言い放った直後、中空に立て続けに生み出された巨大な水泡が一気に地面へと落下。
炸裂して大量の水が石畳の地面に撒き散らされる形となり、それが血痕を一瞬にして洗い流した。
蒼水の泡沫……ルクストリアで初めて人形と遭遇した時に、エミリエルが俺たちが近く――廃墟にいた痕跡を消すために使った魔法だな。なんだか懐かしいぞ。
「エステル、やりすぎです……」
室長が呆れた口調でため息をつきつつ、無言で魔法を発動。
直後、強烈な――しかし生ぬるい熱風が吹き付けてきた。
そして、水浸しだった地面が見る見る間に乾いていく。
うーむ……なんというか、超強力なドライヤーといった感じの魔法だな、これ。
というか、むしろこの程度の生ぬるい熱風で、あれだけの水がどうしてこうもあっさりと、何事もなかったかのように乾燥しきるのかが非常に疑問だが……まあ、魔法だからな……
特に魔煌波を調律して放つ魔煌具の魔法は、その性質上、『見た目の印象』と『実際に起きている現象』とがかけ離れている、なんていうのは割と良くある事だし。
なんて事を考えていると、セツゲツサイと白牙丸が戻ってきた。
「倉庫に押し込んできたわよぉ。これでしばらく見つかる心配はないわねー」
「これで、あっちには下水道に入ったという情報だけが伝わっている状態のはずだぜ」
そう告げてきたふたりに対して、篝は頷くと、
「そうだね。気づかれる前に急いで皇宮を目指すとしようか。……ただ、地上の監視に見つかってしまうと、この細工の意味がなくなってしまうから、向かう経路は慎重に確認したい所ではあるけれど……」
と、言った。
「それでしたら、先程から式神を飛ばしてある程度確認してありますよ。蒼夜さんの話を聞いた時点で調べておく必要がありそうでしたので」
「あら、さすがは私の好敵手ねぇ。やるじゃない。褒めてあげるわぁ」
さらりと言ってきた深月に対し、そんな風に告げるセツゲツサイ。
「どうして上から目線なのかわかりませんが、まあいいです」
深月がため息混じりにそう言いながら、藁半紙のようなものに記された地図――皇都の全域図を俺たちに見せてくる。
ふむ……所々に『壱』とか『弐』とか漢数字――のように俺には見える文字――が書き込まれているな……
「この数字が書かれている所が、敵――青虎隊や黒鳶隊と思しき奴らの居た場所か?」
という白牙丸の問いかけに、深月が頷く。
「はい。――正確には、その可能性が高い怪しい人物の居た場所ですね」
そこまで言った所で、言葉を区切り、地図に数字の書かれていない場所を指差し、それから改めて続きの言葉を紡ぐ。
「……ただ、基本的に上空からの確認しか出来ていないので、屋内などに潜んでいたりするような人物は、これだけではわかりませんが……。特にこの辺りなど、全くいないという事はありえないと思いますし……」
「あ、言われてみると、たしかにそこは全然いないね」
深月の説明に対し、地図を見ながら納得の言葉を口にする朔耶。
たしかに不自然な程に空白だな。
「ここは……飯屋や居酒屋といった、中で飲み食いが出来る店が連なる通りだね。ふむ……となると、数字の書かれていない場所の中で、こういった店舗の多い所は、屋内――店の中に潜んでいると思って良いだろうね」
「あと、普段から人通りの少ない所が空白になっているわねぇ」
篝の推測に続くようにして、そう告げるセツゲツサイ。
「人通りが少ない所は、式神とか霊具とかで監視しているんじゃねぇか?」
「そうだね。そう考えるのが一番妥当な気がするね。そうなると、人通りの多い場所を抜けるか、店舗の多い場所を抜けるかになるけど……」
「どっちも厄介な道なのに変わりないな」
と、地図を見ながら言う篝と白牙丸。
「ふむ、魔法を看破する霊具や魔煌具がなければ、《玄夜の黒衣》で姿を隠しながら進めば良い気がするがの」
「なるほど……たしかにそうだね」
エステルの言葉に納得して頷く篝。
「この国は霊具の方が魔煌具よりも普及しているからねぇ。青虎隊も黒鳶隊も、魔煌具の類は持っていないはずよぉ」
「魔煌具に由来する魔法を看破する霊具、というのも聞いた事がありませんね。魔煌波を調律して発動する魔法に関しては、この国はまだまだ技術も知識も未熟と言わざるを得ない状態ですし」
セツゲツサイと深月がそんな風に言ってくる。
「ふむ……。それなら、《玄夜の黒衣》が使えそうな気がするな」
そう俺が言うと、それに同意しつつ、
「はい、私もそう思います。ただ……人通りの多い所は、他者から見えない状態で進むには難しい気がしますね」
「そうですね。もし歩いている人とぶつかってしまった場合、不自然に思われてしまいます」
と、アリーセと室長が意見を述べる。
「となると……。ここをこう通って……ここまで行ったらこっちへ回って、それからこんな感じで進むのが良さそうですね」
深月が声に出しながら、地図にルートを万年筆のようなもので記していく。
そして示されたルートを確認しながら、
「そうねー、これなら問題ないと思うわよぉ。一応注意は必要だけどねぇ」
「ああそうだな。いくら安全性の高い経路だとはいえ、完全に無警戒で進むつもりはねぇし問題ねぇだろう」
セツゲツサイと白牙丸がそんな風に言った。
「うん、そうだね。この経路で皇宮へ向かうとしようか。エステル殿、お願いするよ」
という篝の言葉にエステルが頷き、魔法を発動する。
「うむ。任せよ。――《玄夜の黒衣》っ!」
直後、俺たちの姿が薄く、ぼやけた感じに変化した。
魔法の効果が正しく発揮された証拠だ。
「うむ、問題ないようじゃな」
と言って頷くエステル。
それに対し、セツゲツサイと篝が、
「へぇ、こんな風になるのねぇ。なんだか面白いわねぇ、これ」
「互いの位置も一応確認出来るし、はぐれる心配はなさそうだね」
そんな感想を口にする。
「ん、それじゃあ出発。うん」
というロゼの言葉に促される形で、俺たちは皇宮へと向かって歩き出した。
◆
「――やれやれ、どうにか見つからずに辿り着けたようだね」
と、篝。
深月の式神による偵察と《玄夜の黒衣》のお陰で、青虎隊や黒鳶隊の人間に発見される事なく、俺たちは皇宮へと辿り着いた。
やはり深月の言葉どおり霊具が主流の国だけあり、他の大陸では一般的な魔煌波生成――実際には調律しているのだが――タイプの魔法に対する備えには穴があるようだ。
「無事に辿り着いたのはいいが……なんつーか、ある意味この国の問題点も浮き彫りになった感じがあるな。竜の御旗の連中が皇国領内に侵入して、好き勝手やれてる理由も、魔法への防衛が脆弱なせいだろうなぁ、やっぱ」
「そうねぇ……。一段落したら、魔法対策を何か考えないと駄目よねぇ……」
白牙丸とセツゲツサイがそんな事を言う。
「皇宮って、もっと厳重な警備がされているのかと思っていたけど、全然そんな事ないっていうか……普通に中に入れるんだね」
朔耶が周囲を見回しながら言ってくる。
「まあ、表向きは平和という事になっているからね。物々しい警備なぞしようものなら、民たちに何かが起こっている事を気づかれてしまう。そうなれば、様々な所に――特に経済的、商業的な部分に影響が出てしまいかねない。それを回避する為にも、普段どおりなのさ」
「と言いつつも、実際には式神と霊具による防衛網が十重二十重に張り巡らされていますので、不審な者が立ち入ろうものなら、1分もしない内に衛兵たちに囲まれる事になりますが」
篝の言葉に続くようにして、そんな補足をしつつ、襖を開ける深月。
「なるほど……。本当に裏での静かな戦い――暗闘状態なのですね」
というアリーセの言葉に、白牙丸と篝のふたりが、
「ま、アカツキ皇国は誕生してから今に至るまで、妖魔――異界の魔物たちの相手に精一杯で大きな戦なんて無理だからな」
「そうだね。戦で大量の人死にを出そうものなら、魔物たちに対抗出来なくなるからね。……そうして滅んだ国がいくつもある歴史を持つからこそ、死人が少数で済むよう、裏で静かにやり合う事になるってわけさ」
と、そう答えながら、襖の先の広い畳の間へと足を踏み入れる。
「なんとも皮肉な話よねぇ……。妖魔の存在が抑止力となって、大戦が防がれているのがこの国の現状だなんて」
頬に手を当て、ため息混じりに言うセツゲツサイ。
「……西の大陸との繋がりが強まれば、その現状を打開出来る可能性がある。だからこそ『国外実習の話を聞いた時に是非顔合わせをしたい』と、伝えたのだしね」
「……えっと、それはどういう?」
篝の発言に首をかしげる室長。……いや、俺も内心では首を傾げているが。
「ん、アカツキのお偉い方と会う約束があったはたしかだけど……。うん?」
ロゼがそんな風に疑問の言葉を口にする。
そう、『お偉い方』に会いたいと言われたはずなのだ。
なのに、会いたいと思っていたのは篝だった。……いや、まてよ……?
とある『可能性』が頭に浮かんで来ようとしたその直前、いつの間にか部屋の中央に立っていた篝が俺たちの方を見る。そして、
「――イルシュバーン共和国の学徒諸君、アカツキ皇国へようこそ! 私が、現アカツキ皇国国家元首……巫皇アヤカだ!」
なんて事を、声を大にして告げてきたのだった――
そんなこんなで、篝……改め、巫皇アヤカの登場となりました。
といった所で次回の更新ですが……金曜日の予定です!
……また土曜日になる可能性もゼロではありませんが、多分大丈夫です……。た、多分……




