第22話 ミラージュキューブ
「な、な、な、なんじゃそれはぁぁぁぁぁっ!?!?」
硬直が解けたエステルが叫ぶ。部屋全体に響き渡るほどの声量だ。
「……もしかして、剣を飛翔させていたのは、魔法の力ではなかったという事なのでしょうか……? だとすると……」
一方、アリーセの方はというと、静かにそんな事をブツブツと呟きつつ何かを思案し始めていた。おーい?
「なにをどうやったら、あそこにあったものが、おぬしの手の中へと瞬間移動するのじゃっ!? 25年生きてきて、そんなもの始めてみたぞい!?」
あまりの驚きに、サラッと年齢を漏らすエステル。
しかし、25歳だったのか。俺より6つも上だな。
まあ……年齢の話は聞かなかったことにしておいてやるか。それよりも――
「ああ、すまん。ギルドで説明するつもりだったんだが、機会を逃してな……」
「空間転移の魔法なんぞ、作り出せたものはおらんのじゃぞ!? あのテレポータルですら、どういう原理なのかさっぱりわからんのじゃから! それをサラッと使うとか、いったいなんなのじゃ!?」
興奮しながら、そんなことを言って詰め寄ってくるエステル。……わ、わからんでもないが、おちついて最後まで言わせてくれ、と。
「あー、いや……その、これは魔法じゃなくてサイキック――簡単に言えば、俺自身が持つ異能の力だな。それを使っているんだ」
サイキックがどうこう説明すると時間がかかるので、とりあえずそんな風に簡単な言い回しで説明する俺。
「異能……じゃと?」
エステルの反応から、『異能』という単語が、この世界では使うとヤバいような単語だったらどうしようかと一瞬思ったが、それはどうやら杞憂だったようだ。というのも――
「異能……ですか。古の精霊王ガルトハルクの《精霊交信》や、神算鬼謀の魔軍師リョウジンの《看破の魔眼》といったものが『異能』としては有名ですが……」
と、思案に沈んでいたアリーセが俺の説明で復活し、そんな事を言ったからだ。
でもなんというか、精霊交信だとか看破の魔眼だとか、そっちの方が俺のサイキックよりも凄そうに感じるな……
「うむ……。よもや、この目で異能というものを見ることになろうとはのぅ。普通は一生に一回、拝めるかどうか、というレベルの代物じゃからのぅ」
「ですね……」
そう言って2人が、こちらに羨望の眼差しを向けてくる。……いやまあ、たしかに特異ではあるが、そこまで羨む程の物ではないと思うんだが……
俺が2人の眼差しに若干困惑していると、
「それで、お主のその『さいきっく』という異能は、どういう代物なのじゃ? 見た感じでは、物質を転送出来る代物のようじゃが」
エステルが腕を組み、首を傾げながら、そう問いかけてきた。
「ん? ああ……。今のように物を転位させる力がまず1つ。それから――」
そこまで言ったところで、突然、石碑の上に、いかにも警告っぽい赤い文字が浮かび上がる。
……またか。なんでサイキックについての説明をしようとすると、こうも横から差し込まれるのやら……
などと、そんな事を思いながらもヤバイ警告だと困るので、書かれている内容を確認する。
『ミラージュキューブ・ステラの認識に失敗。星辰圏域の投影を停止します』
……停止?
俺が首を傾げた直後、周囲の星空が明滅し始める。
「な、なんじゃ?」
「星空が……消えていく……?」
エステルとアリーセが周囲を見回し、そう呟き終えた時には、周囲の星空は完全に消え去り、見慣れた遺跡の天井と壁、そして床が姿を現す。
「よくわからんが、本当にプラネタリウムみたいなものだったみたいだな……。どうやら、このミラージュキューブ・ステラっていうのが、この下に配置されていないとあの星空は映し出せないようだ」
「ん? そのミラージュキューブ・ステラという名はどこから出てきたのじゃ?」
「いや、そこの石碑の上に浮かび上がっている文字に書いてあるだろ」
エステルの質問に対し、俺は石碑の上を指さす。
……って、文字の色が青くなっている上に、内容もさっきと違う物になってしまっているな……
「あー、すまん。今は内容が変わっちまっているが、ちょっと前は『ミラージュキューブ・ステラの認識に失敗。星辰圏域の投影を停止します』と表示されていたんだ」
「え!? ソウヤさん、あの文字読めるんですか!?」
内容について話した瞬間、そう言ってアリーセが俺の方を見て、驚きの声を上げる。……うん?
「おぬし……これは、機構秘文と呼ばれる古代アウリア時代の文字の1つで、未だに解読されておらん文字なのじゃぞ? 何故にそうも簡単に読めるのじゃ……」
……どうやら、ディアーナが全ての言語を脳に刷り込んだその影響が出たらしい。
俺から見ると、普通に読める文字なんだよなぁ、これ。
さて、どう答えるべきか……と、考えていると、エステルがため息を尽き、
「どうせ、おぬしの里で学んだとかそんなところじゃろう? まったくもっておぬしの里は色々とおかしいのぅ」
そう言って手を広げ、やれやれと言った感じで首を横に振った。
なにやら勝手にそんな解釈をされてしまったが、まあ……説明が楽なので、そういうことにしておこう。
「ソウヤさんの里、一度行ってみたいですよね……。きっと、私の学んでいる魔煌薬の研究を、大きく発展させられそうな気がします!」
「まったくじゃのぅ。ソウヤの里で少し学ぶだけで、技術レベルを数十年分くらい一気に進められそうじゃわい」
アリーセは期待に輝く瞳で、エステルはジトッとした瞳で、それぞれ俺の方を見てくる。
「……き、機会と許可があれば……な……? た、多分無理だけど……」
一歩後ずさりながら、そう返す俺。
「まあ、そうでしょうねぇ……」
そう言って盛大に溜息をつくアリーセ。そ、そんなに残念なのか……?
「ま、しょうがなかろう」
エステルがアリーセの肩をポンと叩き、再び俺の方を見る。
「それで? そこに今浮かんでいる文字は、なんと書いてあるのじゃ? 教えてくれぬか?」
「ん? あー、えーっと……『星辰圏域の投影を再開する場合は、再度ミラージュキューブ・ステラを、認証盤の上に設置してください。なお、他の幻像を投影したい場合は、そのミラージュキューブを設置してください』と書いてあるな。おそらく、石碑の下のスペースが認証盤とやらなんだろうな」
「ん? ということは星空はそれが生み出していた幻影ということじゃろうか?」
と、エステル。……というか、むしろ映写機みたいなもんな気がするなぁ。
「というより、幻影再生機に近いような気がしますね」
「幻影再生機? なんじゃそれは」
「最近、首都にあるグランフェスタ劇場の演目として追加された『幻影舞台』というもので使われる魔煌具ですね。遠くの街で演じられた劇を、劇場で幻影という形で観ることが出来るんですよ」
そうエステルに説明するアリーセ。それって映写機……?
いや違うな。幻影として見られるんだから、舞台上に立体的に投影されるって事だよなぁ……
どっちかというとSFに良く登場する空中に浮かぶ映像――ホログラムみたいなもんか? うーん、なんだかそっちの方が凄そうだぞ。
「ほう、そんなものがあるとはのぅ。今度観に行ってみるとするかの」
エステルの言葉に、俺も心の中で同意するも、
「……半年先の公演まで埋まっているので、すぐというのは難しいですが、是非、一度観てみることをおすすめします。なかなか凄いですよ」
即座にアリーセの言葉で出鼻をくじかれた。ず、随分先だな……
「は、半年とな……。ま、まあ人気のあるものは、そんなものじゃと聞いておるし、仕方ないかのぅ……」
そこで一度言葉を区切り、ため息をついた後、周りを見渡しながら、言葉を続けるエステル。
「それはともかく、じゃ。その話を聞く限りじゃと、ここも昔はそういった感じの劇場かなにかであったとも推……ん?」
エステルが何かを発見したのか、前のめりになって一点を見つめている。
「どうかしたのか?」
「あそこじゃが、扉が見えぬか?」
「扉?」
エステルが指さす方へと目を向けると、そこにはたしかに扉があった。
どうやら、ここはこの遺跡の最深部ではなかったようだ――




