第65話異伝 篝、視線の先
予定より1日遅れました……
<Side:Kagari>
蒼夜の異能によって屋根の上へと転移してきた私たちは、青虎隊のふたりを上から見下ろす形になった。
無論、気配察知されては意味がないので気配は消している。
まあ、気配察知能力が優れている者が相手だと見破られる可能性はあるが、あのふたりなら恐らく大丈夫であろう。
「しかし、刹月斎が蒼夜の異能にあっさりと対応出来るとは思わなかったぜ」
と、白牙丸が小声で刹月斎に向かって言葉を投げる。
「それはそうよぉ。私だって異能を持っているんだしー、転移すると言われれば対処は簡単に出来るわよぉ」
「ああまあ、それもそうか……」
「うん? セツゲツサイも異能を持つ?」
刹月斎と白牙丸の会話に疑問を抱いたらしいロゼが問う。
「――というよりも、私たち『街守ノ軍』に属する4部隊の隊長は皆、なんらかの異能を持っていたりするのさ」
「うん? 異能の所有者がそんなに? 普通に考えたら多すぎる。うん」
刹月斎の代わりに答えた私に、ロゼがもっともな疑問を口にする。
たしかに、他の国の人間から見たら、異能者がどうしてそんなにいるのか、というのは当然の話であり、良く分かる話だ。
見た感じあのふたりは、下水道へ入っていったであろう私たちの動きを探っており、これといった動きはないので、小声で説明する事にした。
「この大陸は、次元の境界が歪んでいる場所が多い事もあって、大昔から幾度となく妖魔――異界の魔物たちに襲われているというのは、前に話したと思うけど……その影響なのか、異能を有する者が他の大陸よりも生まれやすいのさ」
「ん、なるほど……理由はよくわからないけど、うん、納得はした」
「ついでに言うとぉ、他の大陸がどうかは知らないけどー、それらの異能ってね、親から子へと遺伝する傾向にあるのよぉ」
「刹月斎の所の一族なんて、一族全員が同じ異能を持っていやがるしな」
ロゼに対し、そんな風に付け加える刹月斎と白牙丸。
そう……刹月斎の一族は、その異能を有するが故に、この国の妖魔――異界の魔物に対する防衛の要となっている。
彼の一族と私の一族、どちらかが欠けても、この国は生き残る事は出来なかっただろう。
それほどまでに、この大陸は奴らの顕現が多い。
何故、他の大陸に比べてそのような違いがあるのかは謎。
というより、この大陸は外縁部を山脈によって囲まれているような形になっているため、外の大陸について近年になるまで――西の大陸で生み出された飛行艇がやってくるまでは、ほとんど知っている者はいなかった事もあって、『これが普通』であると思っていたのだ。
なにしろ、クシフォス帝による統一帝国時代の記録は、妖魔との戦いの歴史の中で大半が失われてしまっている状態なのだ。外の情報などほとんどないと言って良い。
もっとも……残っている記録も古すぎるがゆえに、それらに記された他の大陸に関する記述は、今となってはまったく役に立たない情報となってしまっているのだが。
西のフェルト―ル大陸を除き、この世界にある大陸は、どこも何かしら他の大陸とは違う妙な特徴があると言われているが、私としては西の大陸は西の大陸で何かがあるのかもしれないと思っていたりする。
ただまあ、それは漠然としたものであり、実際にフェルト―ル大陸の妙な特徴とは一体なんなのかと問われると、正直、返答に窮するのだが。
「お? あいつら何かし始めたな……」
白牙丸のその言葉に、私は思考を中断。青虎隊のふたりへと視線を向ける。
すると、ふたりのうちのひとりが札のようなものを取り出し、そこになにかを書き始める。
更に観察していると、もうひとりが同じように札を取り出した。
ただしこちらは、文字が書かれている。
ちょっと遠くて見えないけど……雰囲気的にあれは――
「あれは……紙? いえ、式神かしらねぇ?」
刹月斎が私の思った事を口にする。
そして、その読みは正しかったようで、
「ああ、そうみてぇだな。霊具を取り出したぜ」
という刹月斎に続く白牙丸の言葉どおり、文字の書かれている札を持った方が霊具を取り出し、それを使って燕型の式神を生み出した。
「ん、なるほど。うん、鳥のペーパーゴーレムを使って、状況を記した手紙を運ばせる事で連絡する……と。うん、通信機代わりになる良い手段。うん」
「そうだね、どこでも伝書鳩が使えるようなものだからね」
ロゼの感想に対し、私が感心しつつそう答えた所で、ふたりは式神を空に放……った直後、それを消した。……うん?
「……式神を消した? まさか、俺たちに気づいたのか?」
という白牙丸の言葉に、私は即座にふたりの視線を探る。
が、こちらに視線が向いている様子はない。となると……?
「ん……そうじゃない、多分『転送』したんだと思う。うん、ずっと霊力の動きを見ていたけど、霊具が動作したような様子はなかった。うん」
「ええ、私もそう思うわぁ。ほら、あのふたりってー、蒼夜クンと同じ異能を持っているじゃなーい? まあ、人を飛ばす程の力はないしー、長距離は飛ばせないみたいだからぁ、どっちかというとぉ、式神が建物なんかにぶつかってしまうのを避けるために、上空へ移動させた……といった所じゃないかしらねぇ?」
ロゼと刹月斎がそんな推測を口にした。
……霊力の動きを見ていたというロゼの言葉は少し驚くが、まあ深月も霊力が見えると言っていた事があるので、霊力持ちにのみ分かる何かがあるのだろう。
個人的にはその辺りが気になっていたりするのだが、とりあえずそこは一旦置いておく事にして、私はふたりに同意する言葉を紡ぐ。
「うん、私も同意見だよ。青虎隊にそういう異能を有する者がいる事は情報として知っているしね。……まあ、あのふたりがそうだというのは、今知ったけれど」
「あ……。そういえば……その辺りの情報は、最近掴んだばかりで、まだ共有していなかったわねぇ……。ごめんなさい」
刹月斎へと視線を向けると、少しだけ申し訳なさそうに言う刹月斎。
「なに、私は水藻原と神津来那を行き来している事もあって、白蛇隊との接触が少ないのだから仕方がないさ。それより……情報を連絡し終えたという事は……」
言いながら私はふたりを見る。
ふむ……。どうやら念の為といった感じで、再度下水道の中を確認しているようだ。
完全にこちら側に意識は向いていない。
「ああ、今が仕掛け時って奴だな。一気に片付けちまおうぜ」
横からそう言ってくる白牙丸。
「そうねぇ。それじゃあ私はロゼちゃんと一緒に、あの霊具持ちじゃない方を仕留めるわ。……念の為にもう一度言うけど、霊具持ちじゃない方、よ!」
「そんなに念を押さなくても承知しているよ。私と白牙丸で、あの霊具持ちを仕留めるとしようじゃないか」
私は刹月斎の言葉にそう返しつつ、得物として使っている霊具に手を添えた。
そして、4人が同時に顔を見合わせ……頷く。
――刹那、同時に跳躍する私たち。
ようやくそこで、ふたりがこちらの存在を察知するが、もう遅い。
真っ先に仕掛けたのはロゼ。
手に持った円月輪を投擲する。
さすがに青虎隊の人間だけあり、即座に防御障壁を展開してそれを防ごうとする。
ギギィイィンというけたたましい音が響き、超高速で回転しつつ、防御障壁を削る円月輪。
良く見ると、円月輪の刃が赤黒いオーラに包まれているので、おそらく霊力が込められているのだろう。
その圧倒的な破壊力の前に、防御障壁にヒビがピシピシと入っていく。
そこへ刹月斎が、自らの拳を叩きつけた。
パキィンという音と共に防御障壁が砕け散る。
その様子に慌てつつも、私たちが狙っている方の女が、再連絡のためと思われる式神を生み出そうとするが、そうはさせない。
「はっ!」
私は息を吐くかのような掛け声を発し、得物を振るう。
同時に構えておいた霊具の術式を発動。
真幻術が発動し、得物の先端から、槍の穂先を思わせる紫色の結晶が生み出され、式神を作ろうとしていた女を穿……つ、よりも早く回避行動を取られた。
やれやれ、これはまた良い反応力だ。殺すのが惜しいくらいに素晴らしい。
そして同時に、その反応力の高さが、逆に仇になったようだと言わざるを得ない。
なぜなら――私の攻撃は、牽制と目くらましにすぎない。そう……本命は白牙丸なのだ。
私が心中でそんな事を呟いた刹那、私の攻撃を回避する事に気を取らたまさにその瞬間を狙って放たれた白牙丸の鎖鎌が、女が手に持つ、式神を生み出す霊具を破壊した。
「くっ!?」
これで次の連絡をされるのは避けられる。
そう思いながら、真幻術を続けざまに発動。
紫色の結晶が連続して女へと襲いかかる。
「ぎああぁああぁ――ぐ、がっ!?」
殺到する結晶を回避しきれず、結晶のひとつが女の足を穿ち貫き、その身体を地面に縫い付けた。そこへ他の残っていた結晶が降り注ぎ、全身に突き刺さった。
その苦痛に女が叫びを上げる――も、途中で途切れた。
なぜなら白牙丸が急接近し、女の首に鎖鎌の鎖を絡ませ、締め上げたからだ。
そのまま絞め殺す……わけではない。それでは遅すぎるというもの。
私は即座に踏み込み、がら空きとなった女の胸元に自らの得物を突き立てる。
「――!?」
女が憎しみを滲ませた形相で、何かを口にしようとしたが、声にならない。
そのまま私の方に手を伸ば……そうとした所で、ダラリと腕が下がる。
「やれやれ、憎悪や怨念は愚かな上官――青虎隊の隊長へ向けて欲しいものだね、まったく」
そう小さく呟きながら、もうひとりの方がどうなかったかと思い顔を向けると、首から上が消え、血が勢い良く噴き出す屍がそこにはあった。
……刹月斎の得物は、拳。
つまり、あれをやったのはロゼだ。
「やれやれ、もう少し隠蔽しやすい始末の仕方をしてくれないもんかねぇ」
なんて事を、少し呆れた声で言いながらロゼの方を見る白牙丸。
「ん、ごめん。面倒だった」
全然まったくもってこれっぽっちも悪いと思っていない無表情さで返してくるロゼ。
ディアルフ族が、感情表現に乏しい種族である事は当然知っているが……これはそういうわけでもない気がする。
……あのロゼという娘、アリーセという名の、共和国の元老院議長であるアーヴィングの娘がいる事を考えると、護衛要員も兼ねているのは間違いないけど……あの戦い方……おそらく、以前は暗殺者だったのだろう。
ふむ……。洸たちが共和国の学院からやってきた……というのは間違いないが、他の経路で我が国にやってきた獣王国の王子一行と連絡を取っている事を考えると、やはり何らかの裏の理由がありそうだ。
洸が言っていた『繋がりを深める事』が、その裏の理由とも考えられるけど……ああもあっさり私に話した事から考えると、あれもまた表の理由である可能性は高い。
ただ……我々の陣営にならば、裏の理由を話すに値する、という意味合いも暗に含んでいるような感じではあったので、そこが私の勘違いではない事に期待するとしよう。
……この国の行く末の為にも、今の我らには少しでも多くの、力ある味方が必要なのだから――
前回、金曜日と言っていたのですが色々あって1日遅くなってしまいました……
時間的に微妙なタイミングですが、更に1日遅くなるのもなんだったので、
ちょっと変な時間ですが更新してしまいました。
次回の更新は、週明けの火曜日の予定です。
今度は、予定通り火曜日の12時に更新出来る……と思います!




