第64話 皇都へ向かう者、皇都で待つ者
「よし、接岸完了だ」
白牙丸が船内に張り巡らされた伝声管を使い、甲板上の俺たちにそう伝えてくる。
「ここからは徒歩になりますが……念の為、周囲を偵察してきます」
深月がそう言いながら、船から陸へと飛び移ると、そのまま物凄いスピードで森の中へと消えていく。
……小柄だから木々にぶつかりにくいというのもあるんだろうけど、メチャクチャ速いな。
「ぐぬぅ……。あれだけ労働させられた後に、まだ歩かされるとはのぅ。いやまあ、歩くのは別に構わんのじゃがの……」
「ん? エステルは、ほとんど動いてない。うん」
エステルの言葉にロゼがそんな突っ込みを入れる。
ちなみに労働というのは、船上に転がっていた黒鳶隊の死体を、全て途中の断崖絶壁に囲まれた河岸に埋葬してきた事だ。
赤狼隊の3人が、埋めた場所であれこれと隠蔽工作をしていたので、しばらく発見される事はないだろう。
まあ、そのまま埋めただけなので、あまり良い埋葬の仕方だとは言い難いが、今は悠長にあれこれしている余裕もないので、仕方がない。
なんて事を思っていると、アリーセと朔耶がロゼに続くようにして、
「ほとんど、ソウヤさんが河岸へ転送しましたからね」
「穴も私のソーサリーグレネードでドーンとデッカイのを開けてから、埋めただけだしね」
と、口にした。
「最後に土魔法で埋めたのは妾じゃわい!」
「まあ、そうですね。あの魔法は何気に高度な方で規模も大きいですね。普段、ほとんど運動していないのですから、たまにはいいではないですか」
はいはいと言った感じで、室長がエステルを宥めつつ、船から下ろす。
「ここの所、結構歩いておる気がするがの……。というか……おぬし、妾の扱いがちょっと雑ではないかのぅ?」
と、やや不満げに呟き、室長へと視線を向けるエステル。
それに対して室長は「そんな事はありませんよ」と答えて、軽く受け流した。
たしかに最近は歩きが多いな。
ルクストリアのような地球……というか、日本並に公共の交通機関が発達している上に、個人所有の移動手段――要するにレビバイク――まで気軽に使えるような大都市にいると、あまり歩く必要ってないから、余計そう感じる所はあるかもしれないな。
アリーセのように、常日頃から郊外まで出掛けていって、薬草を集めていたりするんなら別だが。
「まあまあ、1時間もしないうちに皇都が見えてくるから大丈夫だよ」
篝がそう言いながら、陸へと飛び移り、周囲を見回す。
「うん、ここなら船を置いておいても誰かに見つかる心配はなさそうだね。何かに使えるかもしれないし、このままここに置いておこうか」
「そうだな。ま、念の為もうちょっと隠蔽しておくぜ」
篝の言葉に頷き、そう言いながらどこからともなく取り出した霊具を起動する白牙丸。
……はて? 特に何かが変わったような感じはしないが……
と、思っていると、
「うわっ、急に船が消えたよ!」
などという声が頭上から聞こえてきた。
見上げると、そこにはいつの間にかアルに乗って上空に舞い上がっていた朔耶の姿があった。
ああなるほど、一部の人形や飛行艇に搭載されているのと同じような、光学迷彩の類を展開する事が出来る霊具、というわけか。
まあ、おそらくこの霊具の方が先に作られた物で、あの人形や飛行艇の光学迷彩展開機能は、この霊具をもとに、後から生み出された物なんだろうけど。
と、そんな事を考えていると、偵察に行っていた深月が戻ってきて、
「森とその周囲を偵察してみましたが……黒鳶隊と思しき者は見当たりませんでした。……ひとり、不審な者はいましたが、あれは無関係と考えて良いでしょう。また、式神を使って皇都方面も上空から確認しましたが、特に待ち伏せの類はなさそうです。森を突っ切らずとも、西紅月街道へと抜けて、紅樹橋を渡る経路で皇都を目指しても問題はなさそうです」
そう篝に報告した。……ってか、この短時間でそこまで確認してきたのか。
うーむ、式神が凄い便利そうな感じだな。
「ふむ……。それじゃあ街道を進むとしようか。森よりも歩きやすいだろうし、なによりこのまま森を進むと、八岐川の第5支流と第6支流を渡るのが面倒だからね」
「お、それなら想定の1/3……20分くらいで皇都が見えてきそうだな」
篝と白牙丸がそう口にした直後、
「――だそうです。よかったですね」
と、室長がエステルに対して言った。
「そうじゃな……。可能なら街道をレビバイクでかっ飛ばしたいがのぅ……」
なんて事を返すエステル。
「そういえば、レビバイクって見かけませんね」
「レビバイク? って……ああ、あの浮遊する鎧馬もどきの魔煌具か。見た目がかっこいいから、一度乗ってみてぇとは思ってんだが……いかんせんこの国は、西の大陸のモンは、獣王国の物以外、中々入ってこえねぇもんでなぁ……」
アリーセの疑問に白牙丸がそんな風に答えた。
「あー、そう言われるとイルシュバーン……というかルクストリアでも、この大陸の物を手に入れるのは結構大変だなぁ。もっとも、売る方も大変だけど……」
俺は、アヤネさんの店の事を思い出しながら、そう呟くように言う。
「イルシュバーンと共和国との間に、通商条約が結ばれていない以上、そこは仕方がありませんね。――我々の訪問をきっかけに、通商条約を結ぶ方向で話が進むといいのですが……」
室長が腕を組みながらそんな事を言った。
たしかに室長の口にした通りに――いや、正確に言うなら、アカツキ皇国と『対・竜の御旗』の同盟を結ぶ事が出来るのが理想なのだが、現時点では正直言って、そこに至るためには色々と障害を取り除かないといけなそうだったりするんだよなぁ……
◆
――深月の偵察してきた通り、道中に待ち伏せの類などは一切なく、俺たちは思っていた以上にあっさりと皇都へと辿り着く事が出来た。
「思ったよりも簡単に辿り着けたね」
「そうだな。黒鳶隊とやらにまだ情報が伝わっていないんだろうか?」
朔耶の投げかけてきた言葉にそう返しつつ、篝の方を見る。
「んー、伝わってはいると思うけど、さすがにあっさり殲滅させられるとは思っていなかっただろうから、次の一手をどうするべきか悩んでいる所なんじゃないかな?」
と、そんな風に返してくる篝。
「ん、なるほど……。要するに、うん、敵は無策でこちらへ襲撃を仕掛けるのは、うん、無意味な行為だと考えている、と。うん」
「ま、そういうこったな。黒鳶隊の隊長は、どこぞの突撃筋肉とは違うしな」
ロゼの言葉に対し、肩をすくめながらそう口にする白牙丸。
……突撃筋肉? どんな人物だ、それ……
なんて事を思っていると、同じ疑問を抱いたらしいアリーセが、俺よりも先に問いかけた。
「……えっと……? 突撃筋肉というのは?」
「……白蛇隊の隊長の事だね。頭の中まで筋肉が詰まっているんじゃないかという程に、力任せというかなんというか……」
白牙丸の代わりに、篝が考えながら……というより、言いづらそうにしながら、アリーセの方を見てそんな風に答える。
「それって……いわゆる、脳筋って事?」
今度は朔耶が問いかける。
「脳筋……? ふむなるほど……脳筋、か。その言葉は言い得て妙だね」
などと言って何やら納得する篝。
その横で、白牙丸が同意するように頷いた。
「ま、まあ……あの方も何も考えていないわけじゃないのですけどね……。ただ、力任せにやって大体どうにか出来てしまうせいで、あれこれ考えるよりも先に突っ込んでしまうだけで……」
その人物をフォローするように言ってくる深月。
あまりフォローになっている気はしないが、まあ……そこは敢えて言うまい。
「ちなみに、その者は味方側なのかの?」
「ああ、味方だな。……実に残念な事に、頭脳労働以外では非常に優秀で有用な味方だ」
エステルの問いに、本当に残念そうな表情をしながら答える白牙丸。
「――そんなに残念そうな表情をしなくてもいいじゃないのぉー、まったくもぅ……。そ・れ・と・も、照れ隠しだったりするのかしらぁ?」
唐突にそんな声が聴こえた。……野太い声で。
その声に、弾かれるようにして全員が一斉に声のした方へと振り向く。
というか、あまりにインパクトのある声だったせいで、反射的に顔を向けてしまった。
その視線の先に立っていたのは声の主と思しき、筋骨隆々のガッチリとした骨格と2メートル近い身長を持つ、これまでに見た事のない大柄な体格の人物だった。
アーヴィングやガランドルクも結構な体格だが、こちらはそれ以上だ。
これで猫のような耳と尻尾を持っている――カヌーク族なのだから、その絵面はなかなかに恐ろしい。猫というよりも、それはもうまるでライオンである。
それ以外だと、白を基調とした陣羽織を羽織っているのが特徴といえるだろうか。
……いやまあ、上半身は陣羽織しか身に着けていないともいうのだが。
下は、いわゆるズボン状になった袴に、脚絆を縫い付けたかのような構造をした、忍者が良く使っている裁付袴と呼ばれるもの履いている。
……もっとも、長さが足りていないらしく、まるで半ズボンのようになっているが……
もうちょっと長い物はなかったのだろうか。それとも、敢えてこうしているのか?
「うおぉっ!? 噂をすればなんとやらって奴かよ!」
白牙丸が驚きの表情のまま、そう突っ込むような口調で言い放つ。
「そうそう、私の耳は地獄耳なのよー。どんな遠くからでも、私の話をしていたら聞こえるのよー?」
この人、自分で地獄耳とか言っているぞ……。まあ……別にいいが……
「あー、それはキショ……なんともシャレにならねぇな」
「そうそう、希少なのよー」
白牙丸が言いかけた言葉の方を誤って解釈し、そんな風に返す。
「いや、気色悪いと言おうとした――」
「あん? 誰が気色悪いだって?」
正そうとした白牙丸の言葉を遮るように、ドスの聞いた口調で言葉を返す。
「……まあ、先に進まないから漫才はそのくらいにして、本題に入ってくれないかい? ――白蛇隊隊長、セツゲツサイ殿?」
篝が呆れた様子でそう問いかける。
どうやら、この白蛇隊の隊長らしい人物は、セツゲツサイという名前のようだ。
「漫才じゃねぇ! ……じゃなくて……漫才じゃないわよっ!?」
と、そんな何ともな突っ込みを返した所でセツゲツサイは一度言葉を区切り、咳払いをしてから改めて続きの言葉を紡ぐ。
「――ん、んんっ。……まあいいわぁ、私はアヤカ様の命で、貴方たちを迎えに来たのよぉー」
「……ああ、やはり西紅月街道にいた覆面だるまは、貴方でしたか」
「覆面だるまって何っ!? あれは由緒正しい妖魔調伏士の戦装束よっ!」
深月の言葉に対して、勢い良く反論するセツゲツサイ。
……そういえばさっき、偵察から戻ってきた深月が『ひとり、不審な者はいましたが、あれは無関係と考えて良いでしょう』って言ってな……
「――というかー、私の存在に気づいていたのねぇ……。さすがは終生の好敵手、深月だわぁ」
「……私は貴方を好敵手と思った事は一度もないのですが……。……いえ、やっぱりいいです、言っても無意味そうなので」
疲れた声で、そんな風にセツゲツサイに言葉を返す深月。過去に色々あったのだろう。
「――それより、貴方があの場所に居たという事は……」
「ええ、西紅月街道にゴミが転がっていたから、とりあえず掃除しておいたわよぉ。感謝して欲しいわねー」
深月の推測に対して暑苦し……良い笑顔でサムズアップを返し、そう答えるセツゲツサイ。
「……やはりそうでしたか。いくら船上で黒鳶隊を退けた後、隠蔽工作を行ったとはいえ、その後ただの一度も襲撃がなく、あっさりと皇都まで辿り着けたので不思議に思っていましたが……」
「ただ、外は良いけど、中まではちょっと掃除しきれそうにないのよねー。まあそれもあって、こうして声をかけたのだけど……」
そんな事を言いながら、セツゲツサイが視線のみを通り沿いの定食屋へと向ける。
「……なるほど、青虎隊ですか……」
同じく定食屋へ視線のみを向けながら言う深月。
クレアボヤンスで定食屋を見てみると、障子を数ミリ開け、その隙間からこちらを除いている女性がふたりいた。どちらも眼光が鋭い。
「あの女たちはちょーっとばかし厄介なのよねぇ……」
「何はなくとも突撃あるのみ、みたいな思考のお前が突撃せずに考えるとは珍しいな」
「いやぁねぇ、私だって考える事くらいあるわよー」
白牙丸の言葉にそう答えながら、その背をバンバンと――白牙丸がよろめく程の勢いで叩く…叩きまくるセツゲツサイ。
……あれは、内心怒ってるな、きっと。
「それで? どうするつもりだい?」
やれやれと言った感じで、セツゲツサイに問う篝。
「そうねぇー、私たちが取れる手は……ふたつあるわねぇー」
セツゲツサイは白牙丸の背を叩くのを止めると、そう言いながら指を2本立てたのだった。
あけましておめでとうございます!
というわけで新年最初の話は……何やら濃いめの新キャラ登場となりました。
登場人物がかなり多めのこの物語ですが、何気にこのタイプのキャラは今まで出て来ていなかったりするんですよね。
さて、次回の更新ですが……来週の火曜日を予定しています。
それでは、今年もよろしくお願いいたします!




