第63話 消えた者たち、暗躍する者たち、進む者たち
「――とまあ、そんな感じだったわけだ。なんというか……あそこまで逃げる事に徹する銀の王というのは、何気に初めてだ」
俺が妨害状態から回復した通信機を使い、蓮司たちにあの施設で得た情報を伝え終えると、
『たしかにな。話を聞く限りでは随分と変わったタイプの銀の王だが……それゆえに、とでもいうべきか? 今までの奴らの施設にはなかったような代物や、情報が結構判明したな』
『だなぁ。……つーか、街のゴロツキどもが人形だとはなぁ。そりゃ倒しても倒しても湧いて出てくるはずだぜ』
『ええ、そうね。でも、奴らが人形を使ってそんな事をする理由がさっぱりだわ。まったくもって何がしたいのかしら?』
と、そんな会話を通信機の向こうでする蓮司、グレン、そしてシャル。
「たしかにシャルの言うとおり、それをする理由が謎なんだよなぁ……」
そう呟くように言う俺。
本当に、何が目的で奴らはそんな事をしているのだろうか?
「ああ、それについて関係があるかは不明なのだけど……どうやらあの施設にいた銀の王の撤退とほぼ同時に、ミナモハラからゴロツキに扮していた人形と思しき連中が一斉に消えたそうだよ」
篝がこちらに歩み寄りながら、そんな風に言ってくる。
どうやら、俺が蓮司たちに情報を伝えている間に、篝もミナモハラの詰め所と連絡を取っていたようだ。
『消えた?』
「うん。それはもう本当に最初からいなかったかの如く、そこで生活していた痕跡も含め、完全に影も形もなくなってしまったらしくてね。部下たちが困惑していたよ」
通信機越しに問いかけたシャルに対し、そう答える篝。
影も形もなくなった……?
『最初からいなかったかの如く消えた……ですか……。それはまたなんというか……あのギデオン――ギデオンの乗っていた飛行艇……みたいですね……』
アルチェムがやや小さめの声でそんな風に言い、クーがそれに同意する。
『そう言われるとたしかにその通りなのです』
「アルベルトさんを殺害したディラネスローヴァという人も、そういう意味では同じですね」
横にいるアリーセが、ふたりの言葉を聞き、そんな風に言ってきた。
……たしかにそうだな。ディランやギデオンも急に姿を消して以来、今に至るまで全く発見出来ていないどころか、痕跡ひとつ見つかっていないからな。
どちらも奴ら――『竜の御旗』が何らかの方法で隠蔽しているのだろうが……どうやってそれをやっているのか、そして何の為にそんな事をしているのかが、街のゴロツキ同様、謎すぎるんだよなぁ。
『ま、なんだ? その辺りの事は、こっちも調べて見るとするぜ。こっちにも『人形』のゴロツキどもがいるっつー事は、そっちと同じように、奴らの秘密基地的なモンが近くにある可能性がたけぇっつー事でもあるからな』
グレンがそんな風に言ってくる。
ふむ……たしかに言う通り、グレンたちのいる方にも、奴らの施設か何かがあってもおかしくはなさそうだ。
「そちらにも銀の王がいる可能性がありますから、気をつけてくださいね」
『了解ですねぇ。もっとも、こちらは十分すぎる戦力がありやがりますからねぇ。銀の王如きに負ける可能性は皆無ですけどねぇ』
室長の忠告にそんな風に返してくるティア。
まあ……うん、銀の王なんぞにやられるようなメンツではないな。
「……ザコ扱いされる銀の王が可愛そうだな」
肩をすくめつつ、おちゃらけた様子で言う白牙丸に対し、深月が頷きながら、
「そうですね。もっとも、かつて傭兵団内で『四天王』などと呼ばれていたうちの3人が揃っている時点で、銀の王に遅れを取る事態になるなど、ありえないのは事実ですが」
なんて事を誇るように言った。
『貴方もそのひとりですけどねぇ。――血被りの剣鬼ミヅキ?』
「そ、その名前で呼ぶのは止めていただけませんか……」
ティアの言葉に、顔を赤らめながら言葉を返す深月。
「何が嫌なのか良くわからないけど、私はその通り名、かっこいいと思うよ? 赤狼隊でもそう呼ぶようにしたいくらいさ」
そう告げる篝に対し、深月は慌てふためきながら、
「却下! 却下です! 絶対に却下です! もうこの話は終わりです!」
なんて言った。それはもう必死に。……そんなに嫌なのか、その通り名。
『――まあ……なんだ? とりあえず話を元に戻すが……こっちはこっちで調べてみて、何かわかったら連絡するぜ。そっちは皇都へ行くんだよな? そっちも気をつけろよ、どうも皇都は不穏な状況みてぇだからな。……って、そっちには赤狼隊の長である『篝』殿がいるからそのくらい掴んでるか』
蓮司がそんな風に言うと、篝が頷き、
「ああうん、そうだね。それについてはしっかり把握して幾つか対策を施しているよ。だから、学徒の皆の事は私に――赤狼隊に任せておいて欲しい所だね」
と、そう返す。
『んんんー? その言い方だと、うちの傭兵団の者が潜伏しているのも掴んでいやがる感じですかねぇ?』
「無論だとも。まあ、前途ある学徒を他国へ送るのだから、国としても、傭兵を雇ってそのくらいの事をしよう考えるのは自然な事だと思うし、それに関してあれこれ言うつもりはないさ。ただ、手違いで交戦になるのは避けたいと思ってね。もし戦いになったりしたら、どう考えても深月級がゴロゴロしているような傭兵団相手では、こちらの方が分が悪いし」
ティアの問いかけに対して答えながら、肩をすくめてみせる篝。
通信機越しなので、あちらにそんな篝の姿は見えていないのだが、あのメンツなら、篝の口調からそういう仕草をしているであろう事は、感じ取れているのではないだろうか。
『さすがに深月級はゴロゴロしていないが……まあ、了解だ。そこに関しては注意するように言っておこう』
「ああ、よろしく頼むよ」
そんなふたりのやり取りを締めとして、通信を終了する俺たち。
「……とまあ、そういうわけで、皇都への案内役は私が――私たちがさせて貰うから、引き続きよろしくお願いするよ」
通信機をしまった所で、篝が胸に手を当てながら告げてくる。
そして、その言葉に続く形で、篝の横に並ぶ白牙丸と深月が頷く。
どうやら、皇都でもこの3人と一緒に行動する事になるようだ。
ま、こちらとしても、この3人が同行してくれるのは色々と助かるので、むしろ願ってもない話ではあるな。
◆
――翌日。大型河行船という名の、大きな木造船で『紅蒼河』と呼ばれる大河を進み、皇都を目指す俺たちだったのだが……
「……これで終わりか?」
スフィアの生み出した槍の如く鋭く尖った巨大な氷柱を、黒装束――いや、黒い巫女装束を身にまとった女性に叩きつけながら、そう口にする俺。
篝が黒い狩衣姿の男性を斬り倒しつつ、素早く眼を動かし、周囲を確認。
敵がいないと判断したのか得物をしまいながら、
「――うん、そのようだね」
と、言ってきた。
「それにしても、まさかこの大型河行船の船乗りまでが、黒鳶隊の人間に入れ替わっているとは思いませんでしたよ」
「うん。まあ、たしかに。他の乗客は乗り込んできた時点で怪しかったけど、うん、船乗りは想定外だった。おそらく、うん、乗客側にわざと怪しさを出して囮にしつつ、船乗りに化けていた本命が、うん、仕掛けるつもりだったんだと思う。うん」
「でしょうね。もっとも、それをするには今一歩殺気の遮断が甘かったですが」
「うん、まったくもってバレバレだった。うん」
なんて事を言いながら、こちらも得物をしまう深月とロゼ。
その周囲……というか、俺たちの周囲には屍の山が築かれていた。
その屍の山を築いた数で言うなら、多分このふたりが一番多い。
「ところで……船を操舵出来る方がいなくなってしまいましたが、どうすればいいのでしょう?」
「ああ、このくらいなら俺でも動かせるから、心配しねぇでも大丈夫だぜ。ただ……このまま直接皇都に入るのは、色々とまずいだろうな」
アリーセの問いかけに、白牙丸がそんな風に言葉を返す。
「そうだね。この先の……八岐川の第3支流に入って、紅樹橋の辺りから歩くのがよさそうだ」
「なるほど……あの辺りは森になっているからちょうどいいな。んじゃ、とりまそこを目指すとすんぜ」
篝の返答に納得した白牙丸が、早速操舵室へと向かう。
「ん、黒鳶隊ってのは何? うん」
「『街守ノ軍』に属する部隊の1つですね。私たち赤狼隊もそこに属する部隊です」
「もう少し詳しく言うなら、昨日、あの蓮司という傭兵団長が言っていた通り、今の皇都は表面上平穏に見えるのだけど、その裏では色々とまあ……それはもう酷い暗闘が繰り広げられていてね……。黒鳶隊というのは、我々の陣営と敵対する陣営に所属する連中なんだよ。――ああ、そういえば奴ら、君たちの入国を拒否するのが良いとか言っていたっけ……」
ロゼの問いかけに対し、深月と篝がそんな風に言ってくる。
「ん、なるほど。理解」
「ふむ……黒鳶隊とやらの事は理解出来たのじゃが……その連中が、我らの入国を拒んだのはなぜなのじゃ?」
ロゼの言葉に続くようにして、今度はエステルが疑問を投げかける。
「この国とイルシュバーン共和国との関係が良くなる――それこそ、同盟の類を結ぶような仲になった場合に、非常に都合の悪い連中がいるという事ですよ」
という深月の答えに、納得して頷くエステル。
その横で同じく頷いた室長が、
「なるほど……。『竜の御旗』となんらかの繋がりを持つ者たち……ですね?」
と、問う。
「その通り……と言いたいけど、実はそれだけじゃない」
深月に代わって、篝がそう答えた。
そして、それを聞いた室長が首を傾げる。
「といいますと?」
「この国の覇権――皇座を狙っている者も、『都合の悪い連中』に含まれるんだ。おそらく、今の巫皇であるアヤカの陣営が、共和国との繋がりを持つと勢力図が大きく変わって、皇座を狙うのが難しくなる……とまあ、そんな風に考えているんだと思うよ」
「なるほど、そういう事ですか……。まあたしかに……実際の所、我々も今回の訪問をきっかけに、国レベルで互いを深く知る事に繋がれば良いと考えている……いえ、もっと率直に言いましょう。……アカツキ皇国との繋がりを深める事を、国――元老院議会から遠回しに依頼された、という面はありますね」
「ま、そうだろうね。しかし……それを私に話してしまって良いのかい?」
「そうですね……。話さない方が色々と互いの信用に不都合――不協和音が生じるというか……これまでの貴方の言動から考えて、これを話しても問題ないと考えました」
室長と篝がそんな話をする。
信用されていると感じたのか、篝がなんだか嬉しそうな表情をしているな。
ちなみに室長の発言は、実は『こういう状況になった時には、信用出来る人物にこう伝える』と、前もってアーヴィングたちと打ち合わせをして決められていた内容だったりする。
……なんというか、こういう話――情報の出し方は、さすが国家元首や室長といった感じだ。
ただ、どうにも騙しているような感じになってしまっている面があるので、そこが個人的には少し気が引ける部分ではあるのだが……
なんて事を考えていると、朔耶が顔をしかめながら周囲を見回し、
「ところで、この死体の山どうするの? このまま放っておくのはちょっと勘弁願いたいんだけど……」
と、そんな事を言ってきた。……あー、たしかにな……
その言葉を聞いた篝もまた、同じく周囲を見回しながら顔をしかめ、ため息混じりに言う。
「……さすがに放っておくわけにもいかないけど……正直、これを片付けるのはちょっと面倒だね。川に落とそうか?」
口にした内容――方法は、まったくもって駄目な物だったが、その気持ちはちょっとだけ理解出来なくもないな……うん。
「この船舶の行き来が多い大河でそれをするのは、後で浮いてきてしまった時に、大変な事になるだけですので却下です」
という深月の当然すぎる指摘に対し、
「だよねぇ……。やれやれ……もうちょっと片付けやすい所で仕掛けてきて欲しかったものだよ」
そう返事をして、更に深くため息をつく篝だった――
そんなわけで、皇都を目指しますが……なかなか先行きが怪しい感じです。
ただ、皇都までは、それほどかからずに到着する予定ではいます。
ちなみに、皇国の国家元首である『カンナギノオウ』は、漢字だと『覡皇』と『巫皇』の2種類があります。
前者は男性である場合に対して、後者は女性である場合に対して、それぞれ使用する漢字になっています。
という所で次回の更新ですが、1月1日の予定です! 元旦です!
もっとも、今年も特にお正月らしい内容の話が差し込まれたりする様な予定は、全くないのですが……
……ま、まあそれはそれとして、皆様、良いお年を!




