第62話 施設の深奥、残された情報、残された物
――案の定、銀の王はそこに居らず、既にもぬけの殻だった。
そして……これまた案の定というか予想通り、これといってめぼしい情報も残っていなかった。重要な情報は全て抹消されたか、持ち去られてしまったのだろう。
冥界の悪霊があれだけだったのは、あの程度の数でも、十分にそれを行って更に逃げる時間を稼ぐ事が出来るから、という事だったのだろう。
「ん? この良くわかんねぇ箱みてぇなのは何だ?」
「それは……おそらく、PC――パーソナルコンピューターと呼ばれる代物ですね。何故こんな所にこれがあるのかは謎ですが……」
白牙丸の疑問に対して、そんな風に答える室長の声が聞こえてきた。
……PC? この世界に、そんなものあっただろうか……?
いやまあ、タッチパネル式の――タッチペンみたいな物でも操作可能な――タブレット端末めいた代物ならあるが、あれをPCというのはちょっと難しいしなぁ……
そんな事を思いつつ、白牙丸と室長の方へ歩み寄る俺。
と、たしかにそこにあったのはコンピューターだった。
もっとも、それは地球で言うなら40年以上前――1970年代後半に使われていたような代物で、タワー型ではないデスクトップのPC……とでも言えばいいのだろうか? 本体の上にモニタが乗っかっているかのような、そんな形状をしていた。
そして、そのモニタはというと、ブラウン管……と思しき物だった。
……というか、ネットの画像とかで見た事自体はあったが、この目でこういう古いPCの現物を見るのは俺も初めてだな。
「見た目は実にアンティークな代物ですが……中は最新式……いえ、それ以上と言ってよいかもしれませんね……」
なにやらケースを外して中を覗き込みながら、そんな事を言ってくる室長。
「というと?」
「この時代のPCにあるはずのないハードディスク……のようなものや、これまたあるはずのない部品が搭載されたマザーボード……そういったものが多々存在しています。……というか、使われているどの部品も、見た事がありませんね……。鬼哭界で独自に生み出された物……とかなのでしょうか?」
俺の問いかけに、室長がそう返してくる。
「起動したら、何かデータが残っていたり?」
横にやってきた朔耶がそんな事を言う。
「そうですね。何を動力としているのか不明ですが、特に電力等を供給する必要はなさそうな感じの代物ですし、とりあえず起動してみましょうか」
室長がそう言って起動すると、真っ黒い画面に数字の羅列が表示された後、『DATA BASE』という表示が現れた。
「なんて書いてあるのか読めませんね……」
と、室長。
ああ、これって英語に見えるけど、実際には別の文字だっていうパターンか。
「データベース……と書いてありますね」
俺が言うよりも早く、いつの間にか後ろにいたアリーセが言う。
まあ、アリーセもディアーナの全ての言語うんぬんの処置を受けているし、そりゃ読めて当然だよな。
「ふむ……データベース、ですか。いかにもな感じの名称ですね」
「そうですね……。でも、その割には表示されているファイル名っぽいのが少ない気がしますが……」
室長に頷きつつ、画面を見ながらそう告げる俺。
「おそらく、削除されてしまっていると考えてよいでしょう」
そう室長が言うと、先程から少し下がった所で、こちらの様子を眺めていた白牙丸が、
「つー事は、こいつにも手がかりなし……か」
と、残念そうな口調で言ってくる。
「ハードディスクもどきが搭載されていて、物理的に破壊されているわけではないので、上手くやれば復旧出来るかもしれませんが……現状では難しいと言わざるを得ないですね。まあ……とりあえず今は、普通に閲覧可能そうな物だけ覗いてみるとしましょうか」
室長は白牙丸の方を見てそう答えた後、俺と朔耶の方へと向き直り告げる。
「あ、ちなみにあちらにも同型機が2台あったので、蒼夜君、朔耶君、起動してみてくれませんか?」
俺と朔耶はそれに了承の言葉を返し、それぞれ同型機を起動した。
……
…………
………………
――んー、残されていたほとんどのデータにも削除されたと思しき痕跡があって、まともなデータがまったくないな……
そういえば……データを閲覧している途中で、エステルが俺の次元鞄を貸してくれと言ってきたから貸したけど……あれ、一体何に使うつもりなんだろうか?
自分の物を使わないという事は、俺の鞄じゃないと入らないという事だから……サンプルとして、何か大きい機械か何かを回収していくつもりでいる……とか、そんな所か?
「――あまり有益な情報は得られませんでしたね」
室長がPCをシャットダウンしながら、そんな風に告げてくる。
「とりあえず、最近街で増えているゴロツキは、やはりここで生み出された人形だったという事は確定したね」
朔耶が室長と同じくPCをシャットダウンしつつ、俺の方を見て言う。
たしかにそれについての情報――の一部は、俺が調べた方にもあったな。
「ああ。後で改めて蓮司たちにも伝えないとな」
俺もまたPCをシャットダウンしながらそう答える。
すると、それに続くようにして、
「ですが、そのような行為をする事に、どういった意図があるのかは不明なままですね」
と、アリーセが言ってきた。
「ええ、そうですね。残念ながら、それについての記述は削除されてしまっていましたし」
そんな風に言い、腕を組んで首を横に振る室長。
「まあ……そこに関しての情報が得られなかったのは残念だが、ここと同じような施設がいくつかあるっつーのと、その施設がどこにあるのかっつーのが判明した事に関しては、万々歳だな」
「ん、でも、あの情報を削除しなかった理由がよくわからない。うん、情報自体が罠かもしれない。うん」
白牙丸とロゼがそんな風に言うと、深月が付け加えるように告げる。
「もしくは陽動――それらの施設を囮とする事で、重要な施設への攻撃を回避する狙いがある……とも考えられますね」
「たしかにそうだね。……とはいえ、得られた施設の情報を放置するわけにはいかないし……面倒だけれど、この件に関しては中央――皇都に行って、他の隊にも協力を要請するとしよう」
篝が頷き、そう答えた。って、あれ? さっきまでいなかったような……?
「なんにせよ、この場で得られた情報はこんな所じゃな。完全に撤退したのか、他の構成員の姿も既にないからのぅ」
エステルが肩をすくめながら言う。……って、エステルもか。いつの間にかどこかへ行ってまた戻ってきていたようだ。
「そうですね。……残されていたデータによると、実験体として使われた構成員もいるみたいですけど……」
「まあ……キメラは人間を素体に使っているものが、数多く存在していますからね……」
アリーセと室長がそう言いながら、モニタに表示されているデータを見る。
「ちなみに、君たちがその『ぱーそなるこんぴゅーたー』とやらで情報を漁っている間に、こちらは例の自律機械兵器――オートマトンを作っていたと思しき区画へ行ってみたのだけど……残念ながら、そちらも完全に停止していてね……。製造途中のオートマトンが並んでいた以外には、特に目ぼしいものはなかったよ」
「うむ、妾も同行したが……あそこは単なる製造工場じゃな。情報の類があるような場所ではなかったわい。……まあ、解析用に停止状態のオートマトンを1機拝借してきたがの」
「ああ、そういえば鞄に詰めていたっけね。……というか、よくあんな大きさの物が入ったものだね。イルシュバーン製の次元鞄は、どれもあんな感じなのかい?」
「そういうわけではないのぅ。なんというか……ソウヤの持つ鞄は、特殊な代物での。それゆえに入れる事が出来た、といった感じじゃのぅ」
篝とエステルがそんな事を話す。篝の方は少し呆れ気味だ。
ってか、エステルが俺の次元鞄を貸してくれと言ったのは、オートマトンを入れておくためか。……本当に動かないんだろうな?
と、若干の不安を懐きつつ、手渡してきた次元鞄を受け取る俺。
「ふーむ……でしたら、どうせなのでこれも持っていきますか。学院へ戻れば失われたデータを復元出来る可能性がありますし」
と、そう言ってPCを指さす。ふむ……たしかにそうだな。
「じゃあ、全部入れておきますね」
俺は室長に返事をしながら、とりあえず目の前のPCを次元鞄に突っ込む。
そして、そのまま朔耶の前にある物と室長の前にある物も続けざまに入れた。
「なかなか驚きの光景ですね……。あれ程の性能を持つ次元鞄が存在しているとは思いもしませんでした」
「そうだね。……というか、竜の座に至った深月がそう言うという事は、あれは竜の座で得られる知識や技術でも作るのが不可能という事だったりするのかい?」
という篝の問いかけに対し、深月はしばし思案してから、
「そうですね……。次元鞄の技術に関しては専門外ではありますが、作るための図面を描く所までは割と簡単に出来ると思います。……ただ、その図面をもとに実際に作るとなると……並の職人では無理でしょうね」
と、告げた。
ふむ……竜の座で得られる技術があれば、一応作れるのか。
というか、図面まで作れるなら、その先は本職に任せるとかすればいいんじゃなかろうか……?
そう思った所で――
「ん? それってよ……例えば、深月が図面を作成して、鞄そのものを実際に作るのは、別の優秀な職人……みたいなやり方をすりゃあ、竜の座とやらで得られる技術が必要な物も、作る事が可能だっつー話にならねぇか?」
俺と同じ発想に至ったらしい白牙丸が、まさに俺が問おうとしていた言葉を、深月へと投げかけた。
「いえ、残念ですが私が図面を作り、それを他の者に渡して作らせようと思っても、その者が竜の座に至っていないと、おそらく竜の座の認識阻害によって、何が描かれているのか理解出来ないと思います」
そんな深月の返答を聞いた白牙丸が、手を左右に広げ、首を横に振りながら、ため息まじりに言う。
「マジか……。そんな風にも影響してきやがんのかよ……」
あれって言葉だけじゃなくて、そういう形でも現れるのか……
まあもっとも、あのノイズが魔煌波に作用して発生している以上、視覚的な部分で似たような現象が起きても、別に不自然な話ではないのだが。
なにしろこの世界には、魔煌波のせいで遠くが霧に包まれたかのようになっている、幻燈壁という現象があるわけだしな。
「ふむ、なるほど。つまり……この鞄を作った方は、竜の座に至ったか、あるいはそれと同等の知識や技術を有した上で、職人としても超一流である……という事だね」
と、篝が呟くように言う。
それに対して俺は、そりゃ、これを作ったのはディアーナだしなぁ……なんて思う。
「――っと、さて、これで終わりだな」
全てのPCを次元鞄に入れ終えた所で、そう告げる俺。
「ありがとうございます。……うーむ……これ以上、ここに居ても得られる物はなさそうですし、そろそろ地上へ戻るとしましょうか。おそらく、銀の王の逃げた後を追えば、外に出られるでしょうし」
室長がそう言いながら、部屋の奥――壁の一点に視線を向けた。
なるほど……ここにも隠し扉があるってわけか。
でも、そうじゃないとあの隠し通路の先はこの部屋しかないから、逃げようがないよな。
「うむ、当初の目的も達成出来たしに、たしかにもうここに長居する理由はないのぅ」
「ん? 当初の目的? 達成?」
「この施設の全機能が停止した以上、現在残っているものを除いて、もう山の中にキメラが出現する、などと事はないはずじゃ。つまり、当初の目的である甘玄天花の供給が滞っているという問題に関しては、解決出来たと考えて間違いないじゃろう?」
「ん、なるほど……。それは、うん、たしかにその通り。さすがエステル。ブレない。うん」
そんな事を話すエステルとロゼ。
……ああ、そういえばそんな目的もあったな。
いや、エステルにとっては、そっちがメインか。
ロゼの言う通り、ブレないな……本当に。
思ったよりも長くなりましたが、この施設の探索はこれで終わりです!
次回は……皇都に移動――する予定です。……予定です(何)
さて、その次回の更新ですが、予定通り来週の火曜日を予定しています。
いやはや、なんとか落ち着いてきたので、週2更新には戻せそうです。
週3更新に戻すには、まだちょっと厳しい状態ですが…… orz




