第61話 瞬殺、殲滅、その先へ
――2体のヴォル=レスクが動く。
そう、発射体勢に入っていた火球が同時に放たれたのだ。
こちらへ向かって迫る2つの火球へ向かって、一歩前に出る俺と朔耶。
「アル! 凍らせちゃって!」
という朔耶の声に合わせるようにして、俺は火球を見据え、手を前に突き出しながら精神を集中。サイコキネシスを発動する。
と、即座に迫る火球の1つを捉えた。
その手に伝わる感覚は……とても軽い。
そう……前に同じ事をした時と比べて、手に伝わってきた感覚よりも軽いのだ。火球の大きさは変わらず通路を塞ぐ程の大きさだというのに、だ。
なんというか……まるで、ゴムボールかなにかを掴んだかの如き、そんな感覚だった。
うーむ……こうやって過去にやった事とまったく同じ事をすると、俺のサイキックが以前よりも強化されているという事を実感出来るな……
なんて事を考えられる程、余裕で火球を受け止める俺。
さて、あとは……押し返すだけだな。
「よっ!」
俺の発したその声に合わせるかの如く、火球が逆回転。
そのままサイコキネシスに押し出される形で、発射してきたヴォル=レスクめがけて襲いかかっていく。
と、ほぼ同時に、朔耶に召喚されたアルが、火球をカチンコチンに凍らせていた。
ふむ……。どうせなら、あれもぶつけておくか。
俺は即座にカチンコチンになったその火球を押し出した。
俺が直接押し返した火球と、アルが凍らせた火球、その2つがヴォル=レスクに激突する。
通路の狭さに対して、2体もいるのだから回避など不可能なので、当然と言えば当然ではあるが。
そして、こちらも当然だが、その程度で奴は倒れはしない。
それはアルミナの地下神殿遺跡で対峙した時点でわかっている事だ。
故に、俺は即座にスフィアを呼び出し、石礫の魔法を放つ。
更にその魔法を追跡するようにアルが飛翔。
俺の魔法が片方――火球を押し返した方のヴォル=レスクに着弾すると同時に、アルもまた、もう1体に対し、勢い良くその尻尾を振るった。
直後、「「ルオォォオオォォオオォォオオッ!」」という、怨嗟に満ち満ちたふたつの咆哮が響き渡り、真紅色をした、砂の如き極小の結晶を大量に噴き出しながら、粉々に砕け散るヴォル=レスク。
そして、即座にその残骸そのものが崩壊し、悪霊が倒れた時特有の白い砂が通路に広がった。
「ま、ざっとこんなもんだな」
「アルにかかれば楽勝楽勝!」
俺と朔耶がそう口にする。
朔耶に至っては何を思ったのか、頭上にあるコインが多数入ったブロックを、下からジャンプしながら拳で叩いているのかの如き、そんな妙な動きをしていた。
奥――残った敵がいる方に視線を向けたままなので、余計にそれっぽい。
「いやはや、朔耶の召喚も相変わらず凄いが、蒼夜はそれ以上だね……」
「まったくだぜ。火球を本当に撃ち返すとはな……。しかもアルとかいうのが凍らせた火球まで飛ばしちまうし」
篝と白牙丸が、やや唖然とした様子でそんな言葉を発する。
どうやら、あれを押し出したのが俺だって事に気づいていたようだ。
まあでも……俺の動きを見ていればわかるか。
「ん、まだ終わってはいない。奴の後ろにいた連中を片付ける。うん」
ロゼがそう言い放ちながら、ヴォル=レスクが消滅した事で、その姿を現した小型の冥界の悪霊どもに向かって突っ込んでいく。
「おっと、その通りだね。残りの魔物どもは私たちに任せて貰うよ」
なんて事を言いながら、赤狼隊の3人がロゼに続く形で、冥界の悪霊どもに向かって突っ込んでいった。
◆
――さすがに小型の冥界の悪霊程度では、どれだけいようともロゼや篝たちをどうにか出来るわけもなく……文字通りあっという間に、その場から一掃された。
「相変わらずの戦闘力じゃのぅ」
「ええ。私の出番がありません」
エステルとアリーセがそんな事を口にする。それはもう盛大なため息交じりに。
……あー、言われてみると、たしかにふたりの出番がほとんどないなぁ……
なんて事を思いつつ、敵のいなくなった通路の先をクレアボヤンスで確認する俺。
ふむ……。この先には冥界の悪霊もキメラもオートマトンも存在していないな。
竜の御旗の施設である以上、竜の御旗に属する人間の姿があって良いような気はするが、それもない。……というより、一度も見かけていない気がするぞ。
――その理由として考えられるのはふたつ。
もうすでに逃げた後か、あるいは……キメラにされたか、だ。
……まあ、どちらにせよ捕縛して情報を得るというのはもう無理だ。
諦めて先へ進むしかないな。
というわけで……
「周囲に増援の類は見当たらないな。とりあえず、さっきので打ち止めのようだ」
と、告げる俺。
それに対して、室長が反応してくる。
「随分と緩い待ち伏せですね……。なにかの罠でしょうか……?」
「あるいは、この程度で十分時間が稼げると判断した……といった所でしょうか」
頬に指を当て、そんな推測を述べる深月。
それに対し、白牙丸が通路の奥へと視線を向けながら言う。
「ああ、あっちは逃げる気満々だかんな。その可能性は十分にありえる。――逃げられる前に急いで先へ進んだ方がよさそうだぜ」
「そうだね、行くとしよう」
という篝の同意の言葉に頷き、通路の奥へと向かって走る俺たち。
程なくすると、通路が左右に分かれている場所に出た。
「ん。通路が左右に分かれてる。どっちに行く? うん」
ロゼが俺たちの方を見て言う。
「んー、そうだね……。どっちかを選ぶというよりは、二手に分かれるのが良い気がするけど……」
「――いえ、ここは右ですね」
篝の発言に対し、室長がそう答える。
「ふむ? 入った時も気になったけど、銀の王の居場所がわかるのかい?」
もっともな疑問を抱く篝に、室長が、
「少し違いますね。私は『物体の持つ過去の記憶が視える』のですよ」
と、告げる。
「物体の持つ過去の記憶……?」
いまいち良く分からなかったらしく、首を傾げる篝。
「――凄く簡単に言うのであれば、『過去に銀の王が通ったかどうかが視える』という事ですね」
「まあ、ソウヤと同じ類の異能じゃな。ソウヤの物と比べると大した事のない異能故に、割と良く持っている事自体を忘れるがの!」
室長の言葉に続き、エステルが補足するようにそう言って笑った。
「ふむふむ、なるほどねぇ……。それはまたなんとも、追跡や捜索にうってつけな感じの異能だね。ともあれ……そうであるのなら、言う通りに全員で右へ進むのが良さそうだ」
という篝の言葉に頷き、俺たちは右の通路を進む。
「しかし……異能っつーと、お嬢くれぇしか見た事なかったが、ここに来てふたりも見る事になるとはな」
「異能者自体、そうそういるものではないですからね。ふたり揃っているというのは、ある意味珍しい気がします」
通路を進みながら、白牙丸と深月がそんな事を話す。
「それを言ったら、召喚術も珍しいと思うけどね。まあもっとも……式神使役の霊具がそれなりに使われているこの国では、皆、召喚獣も式神も似たようなものだっていう認識だったりするんだけどね」
「あ、なるほど。だからギルドの人は、そんなに驚かなかったんだ」
篝の言葉に納得が言った様子で頷く朔耶。
「式神使役の霊具……ですか。式神というのは、たしかゴーレムのようなものでしたっけ?」
「んー。ゴーレムというよりは、ファミリア――使い魔に近いような気がするな」
アリーセの疑問にそう答える俺。
ってか、『式神』はそのまま聞こえているんだろうか?
「そうだね。式符――特殊な術式の紋様が描かれている札……と言った方がわかりやすいかな? それを、霊具を用いて使い魔化し、使役するような感じではあるね」
「ん? それはつまり……うん、霊具だけじゃ式神は使えない?」
「うん、その通りだよ。その霊具は、あくまでも式符の術式を起動するための物でしかないからね」
篝がロゼの疑問に対し、そんな風に説明する。
「っと。――皆さん止まってください」
室長が唐突にそう言ってくる。
「ん?」
「どうかしたのか?」
ロゼと白牙丸が不思議そうな顔で室長を見ながら言う。
「ここの壁……仕掛けが施されています。そして、銀の王はこの先に移動しています」
そんな風に言いつつ、壁の方へと視線を向ける室長。
「仕掛け……ですか? それはどういう風にすれば?」
俺の問いかけに、
「ここの小さな穴に何かを差し込んでいますね……」
と言いつつ、室長が壁に手を触れる。
正確に言うと、壁に空いた小さな穴の真横、か。
「鍵の類……と考えるべきかな? だとすると、開けようがないね……」
そう言って両手を左右に開き、首を横に振る篝。
「『視えた光景』によると、内側からはボタンひとつで開くようですね」
室長が、俺の方を見て、そんな事を言ってきた。……ああ、なるほど。
壁に近づいてクレアボヤンスを使い、壁の向こう側を視る俺。
すると、たしかにボタンがあった。
「じゃあ、飛ばしますね。――よっと」
サクッとアスポートを使い、室長を壁の向こうへと飛ばす。
「って……なんか、あっさりと他人をテレポートしてんだが……」
「そうだね。その程度で驚きはしないけど……まあ、なんというか羨ましいかな。私も使えるなら使いたいものだからね、そういう異能を」
「そいつは同感だ」
白牙丸と篝がそんな事を後ろの方で言う。
「といっても、これは自分を飛ばすことは出来ないし、壁の向こうへ飛ばせるかは、距離によるから、そこまで万能な代物ではないぞ」
「それでも十分凄い異能だと思いますが……」
俺の言葉に深月がそう返し、白牙丸と篝がその横で、ウンウンと頷く。
……そう言われると、そうかもしれない……
などと思った所で、ガコンという音が響き、壁が左右に開き始めた。
「銀の王は、この先のドアに入っていっています」
開かれた壁の先――スイッチの近くに立つ室長がそう告げてくる。
「こんな仕掛けで隠された部屋なわけだし、そこが終点と考えて良さそうだね」
「そうですね。ただ、ここまで待ち伏せやトラップの類が一切なかったのが、少し気にはなりますが……」
「ん、たしかに……。そして、ここにもトラップの類はない。うん」
朔耶、アリーセ、ロゼの3人の会話を聞きながら、俺は室長が言う通路の先を視る。
すると、そこにはたしかにドアがあった。
ギリギリ透視が可能な距離だったので、そのまま中を覗いてみる。
……何に使うのか良くわからない器具や、何かが走り書き――あるいは、なぐり書きされている紙やらが散乱しているが……それだけだ。竜の御旗の人間は疎か、銀の王の姿もない。
そんなわけで俺は、とりあえず視えた光景を皆に伝える。
「ふむ、既に逃げた後……と考えるのが妥当かもしれぬのぅ」
顎に手を当てながらそんな風に言ってくるエステル。俺もその意見に同意だ。
「ん、なにはともあれ、中を調べてみよう。うん」
ロゼがそう言って歩き出す。
それもそうだなと思い、俺たちもそれに続く。
うーむ……。敵がいないのは楽だが、この分だと大した手がかりも得られそうにないな……
と、そんな事を思う俺だった。
あと1回か2回でこの施設の話は終わりです!
ようやく少し余裕が出来た為、次回の更新は金曜日……と言いたいのですが、諸事情により金曜日の更新は難しい為、土曜日の更新を予定しています!
そして、その次はいつも通り火曜日の予定です!




