第58話 機巧竜と呪印式移動盤
「あ……そういえばこの間、シャルロッテさんと話をした時に、銀の王が話してくる内容の中には、私たちと同じようにノイズが入ってしまって、聞き取る事が出来ない部分がある、と言っていましたね」
俺の呟きでシャルの話を思い出したのか、アリーセがそんな事を言った。
『あー、なるほどねぇ……。■■■■■■■■■■のレベルが違うって奴だね。んー、それだとこれに関する話はこれ以上しても無駄かな?』
なにやら納得した声で、そう告げてくる銀の王。
「うん? 時間稼ぎはもう終わり?」
というロゼの問いかけに対して銀の王は、
『もう少ししたい所だけど、まー、あとは機巧竜でも十分稼げそうだからねぇ』
なんて事を言ってくる。
その直後、エステルが警告の言葉を発する。
「っ! 調律された魔煌波――魔力が口の砲門に収斂しておるぞい!」
それはつまり、あの凄まじいビーム砲撃が放たれようとしているという事だ。
「ちぃっ! 急いで隠れろっ!」
白牙丸が叫びながら走る。
刹那、機巧竜が背中の砲塔から光球を放ちつつ急加速し、突進を仕掛けてきた。
その意図は予想がつくが、それを阻止するのは難しい。
諦めて突進を回避すべく、横へと散開する俺たち。
機巧竜が俺たちの入ってきた通路へと続く扉に、その身を激しく激突させながら、強引にグルリとその場で反転。その直後、砲門に小さな光球が出現した。
やはりというかなんというか、これが――逃げ場を塞いでからの砲撃が、こいつの狙いか!
アスポートで、こいつ自体を通路の向こう側へ飛ばせないかと試みるが……
「くっ!?」
ギデオンの飛行艇の時と同じ、妙な力に弾かれた。
障壁の類が展開されているようには見えないが……
いや、ギデオンの時のあれも、障壁とは別の所に原因があったのかもしれないな。
となると……撃たれる前に破壊するしかないが……
俺と同じ考えに至ったのか、篝たち赤狼隊の3人と朔耶、そしてロゼが攻撃を仕掛ける。
……が、やはり決定打にはならない。硬すぎる。
何か……手はないか……?
鏑矢を使ってディアーナを呼ぶ……?
いや、さすがに間に合わないな……
ならば他の手を……と思いながら周囲を見回す。
壊れた培養槽や装置、砕けた柱が見えたが、その程度であの一撃を防げるものではなく、あれらの裏に隠れた所で、貫通されて一巻の終わりだ。
そうこうしている内に、砲門の光球が大きくなっており、もはや発射寸前といった所だった。
どうにかして砲門を塞げないもんか……
……ん? 塞ぐ?
直後、急激に周囲の動きがゆっくりになり、思考がクリアになる。
――あの力が発動したようだ。
周囲の……施設の残骸や瓦礫如きであれを防ぐのは無理だが、アスポートやサイコキネシスで片っ端から砲門に向けて飛ばせば、砲門を塞ぐ事は出来るんじゃないか……?
いや、その程度じゃ駄目だな。確実に発射時に吹き飛ばされる。
どうにかしてごく短時間でも構わないから吹き飛ばされるのを防げれば……突っ込んだ残骸や瓦礫が消し飛ぶ前に、放射されるはずの魔力の奔流が放射されずに、その場で暴走するのではなかろうか……?
一見すると光学兵器――ビーム砲のようではあるが、結局は魔煌波を調律……いや、歪める事で、極限まで圧縮された魔力を放射する重魔力砲とでも言うような代物みたいだからな、あれ。
と、そこに思考が至ったその直後、魔法陣のような紋様が張り付いたスパコン――スーパーコンピューターに似た縦長の装置が目に入った。
あれは……さっきの赤紫の光球が着弾したのか? まだ消えていないようだな。
まあ……あんな所にあっても、何も拘束出来ないだろうから無視しても大丈夫だろうが。
……って、待てよ? 拘束?
………………
――そうだっ!
「篝か深月さん! あそこの――あの装置を、紋様を分離する感じで斬ってくれないか!?」
スパコンに似た装置を指さしつつ、そう叫ぶ俺。
普通に考えたら無茶な話だが、ふたりならおそらく斬れるはずだ。
「え? あ、はい、わかりました!」
「なら、私が下を斬るよ! 上は任せる!」
なんの躊躇もなくふたりが同時に動き、装置を一閃。
上下を分断された装置の一部が、重い音を響かせながら床に転がった。
あとは……時間次第か……
即座に、適当な培養槽の残骸を機巧竜の口――砲門にアスポートで転送。
『おや、そのガラクタで砲門を塞ぐつもりかい? たしかに培養槽は安全のために魔法や霊力といったものに対する高い耐性を有するが……その程度の質量なら、発射の際に軽く吹きとばせると思うけどね?』
などという銀の王の声が聞こえてくる。
適当に放り込んだだけなのだが、どうやら高い耐性を有するらしい。
……それは好都合だな。良い情報をありがとうと言うべきか。
『そうそう、百聞は一見にしかず……という言葉が、このアカツキという国にはあるらしいね。まさにその言葉どおりといこうじゃないか』
その銀の王の言葉を聞きながら、紋様の付いた装置の残骸を、素早くサイコキネシスで浮かせると、機巧竜の口の下――ちょうど砲門の真下辺りに滑り込ませる感じで飛ばした。
あとは……上手く行くかどうかだが……『俺の思考』では、問題ないはずだ。
俺は機巧竜の方を見据えつつ、ふたつのスフィアを構え――
直後、甲高い音と共に空気が振動し、重魔力砲が発射され……る事はなく、代わりに爆発音が響く。
それと同時に、ふたつのスフィアから放たれた魔法――融合魔法が機巧竜の口の砲門に直撃する。
重魔力砲の暴発と融合魔法の攻撃をまともに食らう形になった機巧竜の砲門と、その周囲が砕け散り、機巧竜が大きくバランスを崩した。
そしてそのまま、激しく重い衝撃音、振動と共に機巧竜は転倒。
同時に暴発によって放出され損ねた魔力が、真上へと放たれ、漆黒の柱となって天井を穿つ。
強烈な魔力の塊を叩きつけられる形となった天井は、耐えられるわけもなく、あえなく崩落。
壊れた天井の瓦礫と共に、土砂が降り注ぐ。
あっという間に、機巧竜は瓦礫と土砂に押しつぶされ、その姿を消した。
しばらく機巧竜がいた――土砂に埋もれたその場所を、半ば呆然としつつも眺めていたが、機巧竜が這い出して来たりするような様子はない。
あの頑丈な装甲も、この大量の土砂に押しつぶされては無意味だったようだ。
「……お、おおー。まさか、こうも見事に上手くいくなんて思わなかったよ……」
「さすがはソウヤさんですね!」
なんて事を言いながら、俺の方を見てくる篝とアリーセ。
「いや……天井の崩落までは、さすがに想定外――偶然の結果だ。それはそうと、あれに巻き込まれたのは……いないな」
そう言いつつ周囲を見回して、全員いる事を確認する俺。
「ん、ちょっと危なかったけど、離脱出来たから問題ない。うん」
ロゼが服についた砂埃を払いながら、そんな事を言ってくる。
それはなんというか……すまん……
「ここが地中であって良かったと言うべきなんじゃろうかのぅ?」
「偶然とはいえ、機巧竜を倒せたわけですし、まあ……良かったと言うべきかもしれませんね。幸い、若干危うかった人はいますが、崩落に巻き込まれた人はいませんし」
なんて事を、先程まで機巧竜がいた方を見ながら言うエステルと室長。
「ただ……天井の崩落が広がり、この辺り全体が大きく埋もれてしまう危険性があるので、とりあえずこの場は離れた方が良さそうですね」
と、天井を見上げながら付け加えるように言う室長。
その室長の言葉に、白牙丸が納得するかのような表情で、
「あー、そう言われてみっと……たしかに、若干だがミシミシいう音が聞こえてくんな……」
なんて事を告げてくる。
って、マジか! さすがにすぐ崩落するという話ではないだろうが、それでもなるべく急いだ方が良さそうではあるな。
「んー、だけどこの先へ続く通路は見当たらないような……」
朔耶がアルと共に周囲を探りつつ言ってくる。
「いや、向こう側に色の違う丸い床――昇降機か何かっぽいのがあるぞ」
俺はクレアボヤンスを使い、視えた光景を伝えつつ指でそちらを指し示す。
「うっし、ちょいと見てくんぜ」
「うん、同じく」
白牙丸とロゼが、そう言って走りだす。
その後を追う形でそちらへ移動すると、先に床を調べていたふたりが、
「たしかに、この下は空洞になってやがるな」
「うん、昇降機で間違いなさそう。うん」
と、告げてきた。
ふむ、まあ予想通りだな。
「でも、動きませんね……。操作盤のようなものも見当たりませんし……」
「魔力的なものも感じぬのぅ……機械仕掛けじゃろうか?」
アリーセとエステルがそんな風に言う。
「……これ、もしかして『呪印式移動盤』……か?」
「じゅいんしき……いどう……ばん?」
俺の言葉に、小首を傾げる朔耶。
「呪印円盤っていう道具で起動する、魔力――魔煌波を使わない昇降機だ。以前、アルミナの地下神殿遺跡の深部で見た事があってな。……あの時は、適合する紋様を生み出すカードで対応したんだが……あれは手元にないしなぁ……」
腕を組みながらそう答える俺。
というか、ディアーナの良くわからんチートめいた方法でどうにかした感じだしなぁ……あれ。
無論、ディアーナには可能なわけで、鏑矢を使ってディアーナを呼べばいい話だけのではあるんだが……それは崩落が確定した――間近に迫った時の最終手段にしたい所だ。
少なくとも敵になる事はないと思うが……篝たちの事を完全に信用していいかどうかが、まだ判断出来ていないからな。俺の中で。
「呪印式移動盤……ですか。なるほど……そう言われてみると、たしかにそれが一番ありえますね。ちょっと解析してみましょう」
なんて事を言って、懐から見た事のない道具――おそらく霊具――を取り出し、呪印式を調べ始める深月。
「何やら見た事もない道具の数々じゃのぅ……。妾の作った霊子測定機に似ておるが、随分とコンパクトじゃし……うーむ、良く分からぬな。もしや、これらは全て竜の座とやらで得られる技術で作られた物なのかの?」
「ええまあ、そのような感じですね。どうやって作るのかは、残念ながら教えたくても教える事が出来ませんが……」
エステルの疑問に、深月が申し訳なさそうな表情でそう答える。
霊子測定機……?
もしかして、アルミナの地下神殿遺跡で、エステルが使っていたあの大きめの魔煌具の事か?
エステルが測定機としか言わないから何を測定するものなのか、あの時はさっぱりだったけど、あれが霊子測定機とやらだと考えるのが一番しっくり来そうな感じだな。
などと、あの時の事を思い出しながら思案していると、
「なに、いずれ竜の座とやらに辿り着くつもりじゃし、そこは気にせんでくれ。それに、竜の座とやらの技術の一部は既に会得しておくからの」
「まあ……師匠から教わった技術の、どこからどこまでがそれに当たるのかは不明ですけどね」
と、エステルと室長がそんな事を言った。
あー、そうか。
アーデルハイドさんも竜の座に至っている人だから、室長やエステルが、その技術――竜の座の技術の一部を、どういう方法でかは不明だが、会得しているってわけか。
よく考えると、とんでもないな。
「師匠?」
首を傾げつつ、当然の疑問を口にする篝。
「――アーデルハイド・エメーリエ・ナーハフォルグ。巷で『遺失技法学士』と呼ばれている人の事です。私とエステルはその人から魔煌技術を学んだのですよ」
「なんと! ……でも、ふたりともあれこれと詳しいし、貴方に至っては次期学院長という話だし……まあ、納得と言えば納得かもしれないね」
篝は室長の言葉に驚きつつも、そんな風に言葉を紡ぎ、納得した。
「……そういえば以前、アーデルハイドさんが、自分にはふたりの優秀すぎる弟子がいる……と、そのような事を言っておられた事がありましたが……なるほど、貴方がたの事でしたか」
こちらも霊具を使いながら納得を口にする深月。
そして、霊具に表示された数字を見て、
「蒼夜さんの言う通り、これは呪印式移動盤ですね。呪印の術式を解読すれば起動させられそうです」
なんて言葉を続けてきた。
竜の座の技術、恐るべし……
だがまあ、これでディアーナを呼ばなくてもよさそうだな……
第1章以来となる、特殊な昇降機の登場です。
……まあ、同種の遺跡に訪れる機会がほとんどなかったせいで、本当にかなり久しぶりになってしまった感じですが……
(霊峰の遺跡は、洞窟から直結していましたし……)
さて、それはともかく……次回の更新ですが、来週の火曜日を予定しています。
もうしばらく、週2更新が続きそうです…… orz




