第56話 リリアの謎と鋼の獣
「そういっていただけると、ありがたいですね。苦戦しながらも倒した甲斐があるというものですし」
深月がアリーセの発言に対し、少し嬉しそうな表情でそんな風に返す。
そして、それに続くようにしてロゼが、
「ん、魔法探偵シャルロットに出てくるような展開にはならない、うん。それに……もし、ああいう展開になったとしても、私は拒絶するから大丈夫。うん」
と、アリーセにちょっと呆れ気味に告げた。
「えっと……私は、魔法探偵シャルロットという物について、共和国で書かれた物語の本だという程度の知識しかないから聞きたいのだけど、その物語に出てくる『ああいう展開』……というのは、どういう展開なんだい?」
と、そう言ってくる篝。
深月と白牙丸も同じらしく、俺たちの方を説明して欲しそうな感じで見て来る。
「えっとですね――」
と言ってアリーセが説明を始めた。
……のだが、あまりにも説明長すぎてイマイチ理解出来なかったようなので、
「まあ、なんだ? 元暗殺者に対して刷り込んでおいた『ワード』を口にする事で暗示のようなものがかかる……みたいな仕組みで、それを仕込んだ者――かつての主の意のままに土壇場で操られる……という感じの展開って事だ」
と、俺はそんな風に簡単に纏めて補足するように言った。
「なるほど……そういう話なわけか。よくわかったよ」
という篝の言葉に続く形で、
「物語としては随分とリアリティがあるような気がすんだが……」
そう言って首を傾げる白牙丸。
「ああ、それは深月さんも良く知っているシャルロッテという元傭兵の討獣士がモデルになっているからですね。ちなみに……その物語のモデルになった人物が言うには、それはあくまでも物語であって、実際には『人』と思い込まされていた『人形』だったという話でした」
「なんというか……それはそれでなかなかに酷い話ですよね……。そういう意味では、物語の方が『救い』があったと言えなくもないです」
アリーセが付け加えるように言う。
「ああなるほど……あの時の一件をもとにした物語なのですか。たしかにあれは『人形』に同情しますね……」
悲しげな表情で、少しうつむきがちにそう口にする深月。
「ん? 深月も関わっていたのかい?」
「はい。別件で『竜牙姫リリア』の『偽物』を追っていたのですが、調べていくうちに、シャルロッテさんが関わっていた『事件』と重なりまして……。それでシャルロッテさんと、それから本物の竜牙姫リリアさんと共に、その『人形』を倒しました」
「ふむ、なるほどね」
と、納得し頷く篝。
その横で、朔耶がなにやら「うーん……」と唸っているが、どうかしたのだろうか?
「朔耶、どうかしたのか?」
「あ、大した事でもないと言えば大した事でもないんだけど……竜牙姫も、白き王剣の騎士団に所属していたロゼに命令を下していた奴も、どっちもリリアという名前なのが、なんだかちょっと気になってね」
俺の問いかけにそう返してくる朔耶。
「ふむ……。そう言われてみると、たしかにどっちも同じ名前だな。でも、リリアっていう名前はそこまで珍しいってわけじゃないからなぁ……」
「そうなんだよねぇ。まあ、槍は使っていたけど大太刀は使っていなかったから、同じ名前の別人だとは思うんだけど」
そこまで言った所で、朔耶が何かに気づいたかのような顔をする。
そして、一呼吸置いてから言葉を続けた。
「……あ、でも、よく考えたら種族まで一緒なのかぁ。うーん……ドラグ・ケイン族ってそもそも総数が少ないよね……?」
「ああ、そうだな。……うーむ、そう考えると少し気になる所ではあるなぁ……」
そう言いながら腕を組んで考える俺に、朔耶が肩をすくめてみせる。
「だよねぇ……。でもまあ……だからと言って何か出来るわけじゃないし、現状では気に留めておくくらいしか出来ないんだけどね」
たしかに朔耶の言葉通り、現状では気に留めておくくらいしか出来ないが、逆を言えば気に留めておいた方が良さそうな点ではある。
もしかしたら、だが……珠鈴が『あちら側』にいる理由も、その辺りが何か関係しているのかもしれないな。
「――朔耶さんは、リリア――あ、竜牙姫の方のですが――と、面識があるのですか?」
「あ、はい。メル・トゥーナ大森林に珠鈴――昔の仲間と一緒に行った事があったんですよ」
深月に問われた朔耶がそう答えると、深月が、
「そうなのですか……。傭兵を辞めて学者に専念しようと思っているという話は聞いていましたが、その後急に連絡がつかなくなってしまったんですよね。まあ……定期的に私に対して手紙を送ってきているので、生きてはいると思いますが……」
などという、とんでもない事を口にしてきた。
「……ふへっ!?」
朔耶が目をパチクリさせた後、驚きの表情と共に素っ頓狂な声を上げた。
というか、俺も同じく驚きだった。
「? どうかしましたか?」
首を傾げる深月に対し、朔耶は俺の方をチラリと見てから、
「え、えと……その……竜牙姫の方のリリアさんも、すでに亡くなられているというか……まさにそのメル・トゥーナ大森林で、命を落としているんですが……」
と、そう答える。
「……え?」
当然といえば当然だが、今度は深月が驚く番だった。
……とりあえず、深月にも珠鈴から聞かされた話をした方が良さそうだな。
……
…………
………………
「まさか……そのような事が……。い、いえ、だとしたらあの手紙は……」
俺の説明を聞いた深月が、そんなもっともな疑問を口にする。
「……なんらかの方法で深月さんの情報を得た珠鈴が、竜牙姫リリアに代わって出した物か、あるいは……」
「実は竜牙姫リリアは生きていて、なんらかの事情があって表に出られず、秘密裏に活動をしているか……ですね」
俺の言葉に続くようにして室長がそう告げてくる。
それを聞いていた白牙丸が付け加えるように言う。
「あるいは、また『人形』かもしれねぇな」
「もし、また『人形』だとしたら、悪趣味な話じゃのう……」
「そうだね。もしそうなら、どれだけ竜牙姫リリアを貶めれば気が済むのやら……だね」
エステルの発言に同意するように頷き、ため息混じりにそう返して肩をすくめる篝。
「でも、うん、どれにしても、深月に手紙を送る理由が良くわからない。うん」
「たしかにそうなんだよねぇ。うーん……」
ロゼの言葉に頷き、腕を組んで考える仕草をする朔耶。
「手紙の出どころを逆に辿ってはみたのかい?」
「ええ、もちろんです。ですが……東の大陸にあるエレンディアという都市から送られてきている、という所までしかわかりませんでした」
篝の問いに、深月がそう答える。
「エレンディア、か。北と南があるが、どっちなのか分かんねぇのか?」
「残念ながら、飛行艇便で送られて来ていたのでどっちなのか不明ですね……」
「あー、なるほどな……。あそこは空港が中央の運河部分にあるせいで、南北の搬送代行所から集められた手紙を、送り先ごとに一纏めにしちまうから、どっちで出された物なのかわかんなくなんだよなぁ……」
「はい。私も試しに空港の搬送代行所本部に問い合わせてみましたが、やはり無理でした。それに……もしわかったとしても、エレンディアで出されただけで、実際には別の所にいる、という可能性もありますし」
と、そんな話をする白牙丸と深月。
ちなみに搬送代行所というのは、搬送代行ギルドという、討獣士ギルドや傭兵ギルドのような組織が運営しているもので、簡単に言うと郵便局と宅急便の集荷センターを足したような物で、それなりに大きい街であれば必ず存在する程だ。
ルクストリアなんて、20ヶ所くらいあるし。
ある程度の信頼や信用がないと、ギルド員として登録出来ないという点が、討獣士ギルドなどとの違いだが、他のギルドとの掛け持ちも可能なので、大体は名の知れた討獣士や、それなりに実績のある傭兵団が、手紙の郵送や荷物の配達の依頼を請け負う形になっていたりする。
……というか、結構な金額が入るらしく、それ専門の傭兵団もあるくらいだ。
蓮司の傭兵団も、平時は良く請け負っているとか言っていたな。
ただまあ……そういった過程を踏むせいか、目的の場所や人に、手紙や物が届くまでに時間がかかるので、急ぎの場合は割高になるが、飛行艇やレビバイクを有する人たちが共同でやっていたり、広範囲に手を伸ばしている大きな商会がやっていたりする、『直送便』という物を利用する方が良いそうだ。
余程の事がない限りは、指定日時までにきっちり届けてくれるらしい。
「直送便とかなら、簡易でも契約であるという扱いになる都合上、請け負ったお店などに依頼者の情報が残っている事が多いですが、搬送代行所はそういう物が残らないので、余計に難しいですからね……」
と、腕を組みながら言う室長。
「まあ、ここで考えてもどうにもならないし、今はこの施設の制圧に専念するとしようか。なにやらヤバそうな気配が、正面の扉から漂ってきているしね」
「そうじゃな。とっとと制圧して甘玄天花の供給を回復させねばならん」
篝とエステルがそんな風に告げてくる。
いつの間にか、目的が調査から制圧に変わっている気がするが……まあいいか。
「ん、扉の解錠には成功しているから、認証パネルに手を触れるだけで開く。うん」
「罠の類もなさそうだったぜ。どうする? 開けるか?」
さすがというべきか、今までの俺たちの会話に参加しつつも、きっちりと役割をこなすロゼと白牙丸。
「――いや待つのじゃ。その扉の向こうなんじゃが……膨大かつ凄まじく歪んだ魔煌波が収斂しているようでの。魔法の類ではないようじゃが、明らかに危険な雰囲気が漂っておる」
エステルが白牙丸を制止するようにそう告げる。
「膨大な魔力の収斂……。待ち伏せをしている……といった所でしょうか? 開けた瞬間、なんらかの攻撃が放たれそうですね」
「ん、その可能性、危険性は特大。うん。だから、私が開ける。――ソウヤ、そういうわけでよろしく。うん」
ロゼは朔耶の発言にそう返した後、こちらへ顔を向けてきた。
なにがそういうわけでよろしく、なのかと思わなくもないが、この状況でロゼが俺にやって欲しい事なんて、ひとつしかないな。
というわけで、俺はわかったと短く答える。
それに対してロゼは満足そうに頷くと、皆を見回しながら、
「うん。じゃあ、隠れてて」
と、告げてきた。
その言葉に従う形で、俺たちは近くの柱の影や扉の脇などへと散開。扉の直線上から退避する。
そして、俺たちの移動を確認したロゼが、「ん、開ける」という合図の言葉に続くようにして、認証パネルに手をかざした。
「よっ、と」
俺がロゼをアポートで引き寄せたその刹那、空気が振動し、甲高い音と共に漆黒の魔力の奔流が、勢い良く開かれた扉の向こう側から放たれ、俺達が進んできた通路を駆け抜けていく。
これはまたなんというか……まるでロボットアニメの戦艦とかに標準装備されているビーム砲、といった感じだな……直撃を食らったら一瞬で消し飛びそうだ。
無論、俺たちはその射線上にいないので、直撃どころか、かすりもしないが。
「ん、ナイス」
そう言ってVサインをしてくるロゼ。
「ま、このくらいは余裕だ」
俺がそんな風に答えた所で、
「融合魔法……? いえ、それにしては何かが違いますね……。例えるなら……魔法のビーム……でしょうか?」
と、俺の後ろにいる室長が呟く。
銀の王が良くビーム兵器を使っているから、使ってきてもおかしくはないが……そうすると、この先にいる奴は一体どんな奴なんだ……?
どうにも気になった俺は、慎重に、そーっと扉の縁から扉の先を覗く。
すると、そこに鎮座していたのは、鋼で出来た二本足のステゴサウルス……。そう表現するのが一番近いような、そんな姿形をした化け物だった――
リリア関連の話が、想定していたよりも少し長くなってしまいました……
郵便関連が今まで出番なかったので、説明が必要だったのを忘れていたともいいますが……
(もっと前の方の章で、説明を入れておけば良かったと今更思いました)
さて、次回の更新ですが、来週の火曜日を予定しております。
相変わらず間が空いてしまい、すいません……




