第55話 同じ名を持つ者、再び遭遇する罠
――認識を阻害する『何か』が、あの場にあったのかどうかについては、現時点で判断出来るものではないので一旦置いておくとして……
篝が言ったように、あのゴロツキどもが人形であるのならば、掃討してもすぐにどこからともなく現れる、というのは納得出来る話だ。
俺は急いで携帯通信機を取り出すと、蓮司へと連絡――しようとしたが、なかなか通信が繋がらない。
「ノイズ音ばかりが続いていて、全然繋がらないな……」
「ふむ……。おそらくじゃが、ジャミングされておるのではないかのぅ?」
「うんまあ、敵の拠点だし、うん、そのくらいしていておかしくはない。うん」
エステルとロゼが、俺の方を見て推測を口にする。
「まあ、それもそうか……。仕方がない、ここの調査が終わってからにするか……」
俺は納得の言葉を口にした所で一度切り、携帯通信機をしまうと、
「――とりあえず、ここでキメラや人形が作られているのはわかった。だが、これほどの施設をアカツキ領内に作って、何をしようとしているのかが不明だな。この先に手がかりがあればいいのだが……」
と、クレアボヤンスで周囲を見回してから、改めて続きの言葉を紡ぐ。
「我々が侵入しているのに気づいておるのに、明確な情報を残しているとは思えぬが……まあ、調べるだけ調べてみるのが良さそうじゃの」
「あるいは、銀の王から直接聞くかだね。銀の王って何気に色々と話してくれるし」
エステルの言葉に続き、朔耶がそんな風に言う。
「ん、それは時間稼ぎが目的の時だけ。うん。私がリハビリ中に対峙した銀の王は、何も言わずに攻撃を仕掛けてきた。うん。まあ、そこまで強くはなかったけど。うん」
ロゼがそう付け加えるように告げてくる。
銀の王もロゼにとっては、そんなものなのか……
いや、それともこちらが強くなりすぎているのか?
なんにしても、ここにいる銀の王もこの戦力なら負ける事はなさそうだ。
厄介な不死の魔物も対処出来る霊具があるようだしな。
なんて事を考えていると、俺たちの話を聞いていた篝が、
「なるほどねぇ……なかなか妙な人物だね。いや、複数人いるから、妙な連中というべきかな? まあ、時間稼ぎが必要な状況であってくれると、情報を引き出せて嬉しいのだけどねぇ」
と、頬を人さし指で軽く叩きながら言った。
「ま、奥へ行ってみりゃ分かるっつー話だわな。王ってくらいだし、一番奥でふんぞり返って待ち構えてんだろうからな」
両手を左右に広げながらそう言って、再び先頭に立ち歩き出す白牙丸。
その横をこれまでと同じくロゼが歩く。
「それにしても……これほどの施設を、短時間で作れるものなのでしょうか……?」
歩きながら室長がそんな疑問を口にする。
「そうですね……竜の座の知識があったとしても、いささか厳しい物がありますね」
室長に対し、深月が顎に手を当てながらそう答えると、
「……つまり、この地で竜の御旗と思しき者たちが目撃されるよりも前から、こういったものがここにあった……という事かな?」
と、篝が推測を口にした。
「あー、たしかに、ここに埋もれていた古代の研究所かなにかを利用した……という可能性はあるかもしれないね。私も実際に、沼の底の更に下――地中に埋もれていた古代の研究所をこの目で見た事があるし」
朔耶が何かを思い出すようにしてそんな風に言う。
いや、何かっていうか、沼に落ちてアストラル体になった時の事だろうな、多分。
地中深くにある古代の研究所でディーと出会った――いや、消えかけていたテレパシーによって感応したとか言っていたし。
「そう考えると、この施設に使われている建材が学院の地下に広がる古代遺跡のそれに似ているのも頷けるというものですね」
朔耶の言葉に、そう言いながら周囲を見回す室長。
「じゃが、あの遺跡は古代アウリアの物じゃ。この大陸に彼の文明の遺跡があるのは少し不思議じゃな」
「おそらく……同じ時代の別の文明、あるいは古代アウリアの属国かなにかがここにあったのではないでしょうか。『古代アウリア時代』と称されるように、彼の文明は、本国の領土以外にも、多くの地域を属州としていたと記録に残されていますからね」
エステルに疑問に対し、室長がそんな風に答える。
ふむ……あまり古代アウリアに関しては詳しくないのだが、知っている――というか、付け焼き刃的な感じで得た知識では、国の仕組み的な部分は、地球で言うところのローマ帝国に似ている感じだったな。
「おっと、鋼線の罠とはまた急に古典的な罠が出てきたな」
そんな事を言いながら、白牙丸が慣れた手付きで仕掛けられていた鋼線を除去した。
鋼線……?
「ん……? この鋼線、この仕掛け方……。うん、なんだかアルミューズ城の時に似ている。うん」
除去された鋼線を手に取り、それをまじまじと見つめながら呟くように言うロゼ。
「アルミューズ……城?」
篝が言いながら首を傾げる。まあ、知るわけもないから当然疑問に思うよな。
というわけで、俺はアルミューズ城を訪れた日の出来事を、簡潔に篝たちに説明する。
「――ふーむ……。古城のある湖に突如として現れた魔獣に、その古城の地下に隠されていた謎の遺構、そして謎のローブ男……ねぇ」
「で、そのローブ男ってーのが、鋼線の罠を使うのか」
篝に続く形で、白牙丸がロゼの方を見て言う。
「ん、そう。だから、うん、もしかしたらここにあの男がいるかもしれない。うん」
「銀の王だけじゃなくて、あの男もいるって事か」
ロゼの発言を聞き、俺はそう呟くように口にする。
「そのローブ男は、実は銀の王じゃったとかいう可能性はないのかの?」
「召喚魔法めいた方法でゴーレムを出してきたので、ありえないとは言い切れませんが……個人的には銀の王ではないと思います」
エステルの疑問にそう答えるアリーセ。
「それはまたなんで?」
朔耶が小首を傾げながら問う。
「そうですね……なんというか、あの者は銀の王とは纏っているオーラが違うというか、雰囲気が違うというか、底知れない闇を感じたというか……上手く言葉に出来ませんが、そんな感じなんです」
「ん、たしかにそう。だから、銀の王とは違うと私も思う。うん。あの男は一見すると普通の人間だったけど、その実、得体のしれない存在だった。うん」
アリーセとロゼがそう答える。
うーむ……。そう言われてみると、あの時なんとなく『やばい奴』という感覚は俺にも少しあったな。
銀の王と対峙した時には、そういう感覚にならなかった事を考えると、たしかにあいつは銀の王とは別な気がする。
「……銀の王よりもヤバそうな相手、ねぇ。……こういってはなんだけど、君たち、ちょっとヤバい事に遭遇しすぎじゃないかい?」
話を聞いていた篝が、そんな事を口にする。
「あー、まあ、昔からソー兄はハプニングとか厄介事に巻き込まれる質だったからね……」
そう言いながら俺の方を見てくる朔耶に対し、
「いやいや、どうして全て俺のせいみたいな顔をしてんだよ? 半分くらいは、お前に巻き込まれた形じゃないか」
と、そう言葉を返す俺。
まあ、もっとも……残り半分は俺自身が原因である事は理解しているので、朔耶を強く攻める事は出来ない。
だが、これだけは反論しておきたかった。
「うぐっ……! ひ、否定出来ない……」
大げさなポーズでそんな事を言う朔耶。
その俺と朔耶の会話を聞いていたロゼが、トラップを解除しながら、
「ん、ヤバい状況に遭遇しようという意味では、アリーセも似ている。うん。ラ……アルミナの森で魔獣に遭遇した時はヤバすぎた、うん。今なら属性相性が悪くても余裕で勝てるけど、あの頃は今のように霊力を使う技術なんて持ってなかったし、うん。お陰で、片腕を魔獣に食わせるなんていう失態をしてしまった。うん」
なんて事を言ってきた。
……一瞬、ランゼルトと言おうとしていたな。
さすがにそれを口にするのはどうかと思ったのだろう。すぐに代わりにアルミナの森での一件を例にあげてきたが。
「そ、それを言われると否定出来ません……」
アリーセがそう返すと、横から、
「片腕を食わせた? その割には何ともなさそうだね?」
と、篝が疑問の言葉を投げかけてくる。
「彼の国の魔煌技術は、医療の面でも世界一ですからね。腕の1本や2本、簡単に再生出来るのですよ。……私も傭兵団にいた頃に、一度だけ再生した事がありますし」
そんな風に言ったのは深月だ。
「深月ほどの剣の達人がそれほどの負傷をするとはね……。一体全体、誰とやりあったんだい?」
「白き王剣の騎士団というテロ組織に属していた龍人の女です。背負った大太刀と鎌槍を切り替えながら戦う独特の戦技と、霊具を組み合わせた戦い方に苦戦を強いられまして……。名前は名乗らなかったので、わかりませんが……」
篝の質問に深月がそう答えると、前を行くロゼが、
「ん? 大太刀に鎌槍に霊具……? それに龍人? うん? もしかして、龍人ってドラグ・ケイン……族?」
と、そんな事を呟いた。
「あ、はい、そうです。アカツキでは昔から龍人と呼ぶ傾向があるので、ついそう口にしてしまいました。……何か心当たりがあるのですか?」
「ん、あるかもしれない……」
前を行くロゼが、どこか忌々しげな様子で呟くように返す。
「うん、私が白き王剣の騎士団に暗殺者として所属していた時に、私に暗殺を命じてくる人間が、そんな感じだった。うん。たしか名前は……リリア」
「そのリリアというのが、私の母様をロゼに暗殺させようとした諸悪の根源なわけですね。……まだ生きているのですか?」
「ん、既に死んでいる。あの後、イルシュバーンから逃亡したらしいけど、うん、逃亡先で倒されたと前にお父さんが言っていた。うん。多分――」
ロゼはアリーセにそう答えると、深月の方を見る。
「はい。苦戦はしましたが、しっかり私が倒しました」
「なるほど……。仇を討っていただきありがとうございます。それと……その人物がもう暗殺に関わる事も、ロゼに接触を図ってくるような事もない、というのがわかったのも嬉しいですね。物語とかでは、接触されてまた操られる……みたいなパターンが良くありますし、ロゼがそうならないか少し心配していたんですよ」
そんな風に笑みを浮かべながら言うアリーセ。
それを聞きながら、ああ……そんな展開、魔法探偵シャルロットにあったなぁ……なんて事を、ふと思い出す俺だった。
というわけで、今回は2章以来となる存在の登場です。
いやまあ……まだ『登場』はしていませんが……
そして、どこかで出てきたような名前が……
なんだか4章は全体的に、忘れた頃に再登場! みたいな流れ(展開)が多い、
そんな章になっている気がしますが、3章に時間がかかりすぎたせいです……
という所で次回の更新ですが、金曜日の予定です!
今度は土曜日になったりはしない……と思います。多分……




