第54話 いつぞやのキメラ、その先にあるモノ
予定より1日近く遅くなりました……
「お見通しですっ!」
「あめぇぜっ!」
深月と白牙丸がそんな事を言い放ちながら、頭上から急降下攻撃を仕掛けてきたキメラに対し、カウンターを叩き込んで仕留める。
って、このキメラ、俺に致命傷を食らわせてきた奴じゃないか……
うーん……なんだか懐かしさとトラウマめいたものが、同時に心の奥底からこみ上げてきたぞ……
「ソー兄、どうかしたの? 苦虫を噛み潰したかのような顔してるけど……」
「え? あ、ああ……実は、あいつにぶち殺されかけたからさ……」
朔耶の問いかけに対し、深月と白牙丸が仕留めたキメラを指さしながら言う。
「あ、アレがソー兄にクリティカルヒットを食らわせた奴なんだ」
「クリティカルヒットって……。まあ、たしかにそうだが……」
朔耶の言葉にそんな風に返しつつ、肩をすくめる俺。
そして、腕を組んで軽く息を吐くと、
「もう食らってやるつもりはないけどな」
と、言葉を続けた。
「まあ、そう何度も死にかけられたら困るし……」
「俺も何度も死にかける気はない。というか……それは朔耶にも言える事だぞ? もう一度死にかけられたら困る」
「あ、あはは……。た、たしかにそうだね……」
――などという話している間にも、そのキメラが次々に倒されていく。
奇襲を得意としていそうなキメラだが、看破する能力の高い面々が相手では分が悪すぎたな。
特にロゼと白牙丸なんて、逆に奇襲を仕掛けていたりもするし……
「……って、そういやアイツの名前なんていうんだ?」
ふと、そのキメラの名前を知らない事に気づき、そう朔耶の方を見て問う俺。
「え? えーっと……? そういえば、私も知らない……」
問われた朔耶は、しばらく考える仕草をした後、室長の方を見た。
俺もまたそれに続く。
「あの時点では、まだ直接遭遇した者と、私のような長クラスの者にしか、あのキメラについて知っている者はいなかったので、知らないのは当然かもしれませんね」
と、俺と朔耶の視線に気づき、そう説明してくる室長。
「なるほど……。――ソー兄、どうやら新種のキメラだったみたいだよ」
「そういう事みたいだな。あの時は、あれが新種だったなんて事を考えている余裕もなかったけどな」
朔耶の言葉に対してそんな風に答えながら、俺は室長の方を見て、改めてそいつの名前を問う。
すると室長は腰に手を当て、
「名前は……ディープワンです。……個人的には、元ネタのそれにあまり似ている気はしませんが、そういう風に名付けられていますね……」
などとため息まじりに言って、首を横に振った。
「そこはそれという事で……。他のキメラも、なんとなく見た目が神話や伝承に登場する魔物に近いというだけで名前が付けられているわけですし……」
「まあ、たしかにその通りなのですけどね」
俺の言葉にそう返してくる室長。
そして同時に、
「……今の話、理解出来ましたか?」
「いいやさっぱりじゃ。相変わらず、こやつらの隠れ里の話は良くわからんのぅ」
アリーセとエステルがそんな事を話すのが聞こえてきた。
ああそうだ、ふたりもこっちに居たんだった……
まあ、あまり気にしてはいなさそうだし、とりあえずはフォローとかしないで良さそうだ。
なんて事を思っている内に、進行方向で待ち伏せしていたディープワンの群れが一掃される。
「ざっとこんなもんだぜ」
「ん、余裕」
白牙丸とロゼがそんな事を言いながら、何故かハイタッチをしていた。
斥候役同士、何か通じるものでもあったのだろうか?
「――先程の会話からすると、キメラはかなり前から、この大陸に出没していた事になりますね」
納刀しつつ、俺たちの方を見てそんな事を言ってくる深月。
戦闘しながら、俺たちのあの会話を聞いていたのか……? 凄いな。
「え? あの会話、聞いてたの?」
朔耶が、まさに俺が今思った通りの事を口にする。
「ええ、まあ……。私、エルラン族並に耳は良い方ですので……」
「というか、私にはエルラン族よりも耳が良い気がするけどねぇ?」
深月の言葉に、篝が付け加えるようにそう言った。
そして、篝は俺達と深月を交互に見て、言葉を続ける。
「この大陸の、異界の魔物が顕現しやすい性質を利用して、そういった魔物とこちらの世界の人や生き物とを融合しようなどという、忌まわしき研究を行っていた者たちがいる……と、そう考えるのが妥当な所かな? 霊具もキメラも、古の錬金術を基にしたものである……という話は、聞き及んでいる事だしね」
「え? 霊具も古の錬金術が関係しているんですか?」
アリーセが驚いたように問う。というか、俺も驚きだ。
「うん、霊具というのは、古文書などに遺されていた古の錬金術の解析に成功した者が、それらを用いて作り始めたのが最初だからね」
頷き、そう説明してくる篝。
なるほど……解析された古の錬金術の一部が使われているのか。
たしかにキメラの技術に、似ているといえば似ているな。
もっともキメラの場合は、どちらかと言うと元々あった技術が、古の錬金術によって強化された……といった感じだが。
そう俺が思案している横で、エステルとアリーセが説明に納得したらしく、
「ふむ、そうであったのか。どおりで現代の魔煌技術でも解明不可能な部分があるわけじゃ」
「ええ、たしかにそうですね」
と、言った。
「古の錬金術は、竜の座に至った者ですら、良く分からない所が多いんですよね。一部分の情報しか判明していない……といった感じなんですよ」
深月がそんな風に言ってくる。
一部分の情報しか判明していないというのは、竜の座のデータベースとやらに、一部分しか情報がないという事なのか、それとも情報自体はあるが、それだけでは意味がわからないという事なのか……
などと思案していると、
「竜の座……ね。私としては、一度そこへ行ってみたいものだけど、どうやれば行けるのかさっぱりだからね」
そう言ってくる篝。……おや?
「ん? 篝も竜の座に至っていないのか?」
「無論さ。深月から話は聞いているけど、なかなか難しいね。――というより、『も』という事は、蒼夜も至ってはおらず、そこを目指している感じかい?」
俺の問いかけにそう答えてくる篝。
ここを隠す意味はないと思い、俺は、
「ああ。俺だけではなく、ここにいる全員がそうだけどな」
そんな風に篝に対して告げると、室長がそれに頷いた後、続く形で言葉を紡いだ。
「ええ。学院の次期学長としては、竜の座の知識は欲しいと考えていますから」
って、室長が次期学長になるって初めて聞いたぞ。
アリーセとロゼは知っていたんだろうか?
そう思ってアリーセとロゼの方へと顔を向けてみるも……
「あれ? アキハラ先生が次期学長なんですか?」
「ん、初めて聞いた。確定事項?」
アリーセとロゼ、双方が室長に問いの言葉を投げかけた。
ふむ、どうやらふたりも知らなかったっぽいな。
という事は……決まったのは、昨日今日といった所か?
「うむ、実は学院の方から昨晩連絡があってのぅ……。元老院からの通達で、そう決まったそうじゃ」
「先代学院長の件の事もあり、元老院からは学院側で次期学院長にふさわしいと思う者数名を選出した後、その候補者の経歴を記した資料と共に提出せよ、とそう命じられていたので、それに従ったのですが、まさかそんな通達が来るとは思ってもいませんでしたよ……。お陰でそれに対する諸々の対応で、今日は早朝からてんやわんやでした……」
「妾もなんだかんだで手伝わされて大変じゃったわい……」
なんて事を言ってくるエステルと室長。
あー、蓮司からの定時連絡の場に現れないのが、ちょっと不思議だったが……なるほど、そういう事だったのか。
「まあ……どうも、提出した資料に載せておいた他の者たちが、妾たちがこの大陸へ旅立ったその日に、元老院に赴いて、コウが最も相応しいと揃って説いたようじゃがな」
などと付け足すように言って肩をすくめてみせるエステル。
「ん、相手の隙を突いて行動を起こすのは、暗殺の基本。うん」
そんな事を口にしたロゼに、朔耶は少し引きながら、
「暗殺て……。でもまあ、室長が学院長になるなら安心かな?」
と、言った。
そして、それに同意するように頷くアリーセ。
「そうですね。私もアキハラ先生以外に適任はいないと思います」
「――その次期学院長が、こんな敵地の真っ只中にいると知られたら、大変な事になりそうだね……」
というため息まじりの篝の言葉に、
「ん、そう? イルシュバーンは、うん、割と偉い人が最前線にいる事が多い。うん」
なんて事を言って返すロゼ。
「というか、ディンベルやクスターナもそんな感じでしたよね?」
ロゼに続くようにして、ディンベルの事を思い出しながらといった感じで、アリーセが言う。
言われてみると、たしかに国家元首が最前線で戦闘している場面が多かったな……
ディンベルに向かう時に乗った飛行艇――『蒼穹』の艇長も、実は元帥級の人だって話だし……
「西の大陸は、変わっているねぇ」
と呟くように口にした篝に対し、なぜか深月が頬に手を当てながら、
「いえ、我々の国もあまり変わらないと思いますが……」
と、そんな風に言ってため息をついた。
「そ、そうだろうか? ……ま、まあ、いいじゃないか。さあ、先に進むとしよう!」
深月から向けられた言葉に、明らかに動揺しつつ、そんな風に言ってそそくさと歩き出す篝。
ふむ……。なんとなく思っていたが、篝ってやっぱりそれなりに『良い』立場の人間っぽいな。もしかしたら、皇族かなにかだったりする……のかもしれないな。
なんて事を思いつつ、俺もその後に続くようにして歩き出す。
そして程なくすると、ある意味見慣れた光景――培養槽が並ぶ大きな部屋に出た。
「こいつぁ……とんでもねぇ光景だな、おい……」
培養中のキメラ群を見ながら、そんな風に呟く白牙丸。
「こっちには、人そのものな姿も見られるね。骨が金属っぽいなにか……だから、人ではないようだけど」
そう言ってくるのは篝。……ん?
そちらに視線を向けると、たしかに人型の何かが生み出されている途中だった。
……って、待て、これって……
「これは……『人形』ですね。なるほど……このようにして生み出されていたのですか……」
まさに俺の思った事を口にする室長。
「あの『人形』どもが、どうやって作られているのかが、ずっと謎じゃったが、ここに来てようやく判明したのぅ」
「人形……何度か傭兵時代に戦闘しましたね……。似たような顔を持つ者同士が、恐ろしいまでに精密な連携攻撃を仕掛けて来た事を覚えています」
エステルの言葉を聞き、深月がそんな風に言う。
「……ん? 人……?」
「お嬢、どうかしたんか?」
「いや……最近、問題になっている潰しても潰しても湧いてくるゴロツキどもは、実は『人形』だったのではないか……と、そう思ってね」
白牙丸の問いかけに、篝がそう答える。……って、そうか!
俺だけじゃなく、他の皆もそこに気づいたのか、ハッとした表情をしている。
「完全に失念していたよ……!」
「はい、たしかにありえる話です!」
朔耶とアリーセが声を大にしてそんな言葉を口にする。
そう……今思えば、南町での戦闘において、明確に『出血した』のは、ゴロツキどもとは別の――あの黒い巫女装束っぽい物を着ていた女性だけだった。
なのに、何故『そこ』に気づかなかったのだろう。
まさか、そういった認識を阻害する『何か』があの場に仕掛けられていた、あるいはゴロツキどもか女性のどちらかがそれを持っていた……?
もしもそうだとしたら、なかなかに厄介な話だな……
金曜日に更新する予定でしたが、どうにも間に合わず1日近く(22時間強)遅くなってしまいました orz
次回は、なんとかして火曜日のいつもの時間に更新したいと考えています。




