第50話 由比良と緋天商会と龍脈の乱れ
今回、若干長めです。
――温泉での軽い騒動があった翌朝……
「龍脈の異常?」
『ええ。昨夜、大陸全土で龍脈の異常が観測されたそうよ。――実際、私も妙な感覚があったから、術式を用いて探ってみたら、龍脈を流れる力――大雑把に言うと、霊力の一種ね。それの流れが極短時間だけだったけど、大きく乱れているのが分かったわ。で、そのせいで魔煌波だけじゃなくて、霊力も利用する霊具は一時的に効果が失われる物もあったようね』
通信越しに俺の疑問にそう返してくるシャル。
「なるほど……。温泉で使われていた霊具が、一時だけど効果を失ったのはそういう事か。……宿の人に話を聞いても原因がわからないはずだ」
と、呟くように言う俺。
――あの後、気になったので宿の人に話を聞いたのだが、何故そのような現象が起きたのか不明だという話だったからな。
なんでもあの雲や、くもりガラスは、魔煌具ではなく霊具の力によるものであるらしく、魔煌具の方は問題なかったそうだ。
「――ふむ……龍脈の乱れか。なるほどね……だから私たちの方で詳しく点検しても、特に異常がないはずだよ」
いつの間にか横にいる篝がそう告げてくる。
「ま、そう……って、篝!?」
もう来ていたのか。……ただの学生が通信でこんな話しているのは不自然か……?
いや……今更な気がするな。
「やあ、おはよう。なかなか面白そうな通信をしているようだね。龍脈の異常とか聞こえてきたから、つい盗み聞してしまったよ」
なんて事を、篝が悪びれる様子もなく平然と告げてきた。
「あ、ああ、知り合いのディンベルの王子が武者修行とかでこの国に来ていてな。せっかくだから連絡を取ってみたんだ」
とりあえずそんな風に返すと、
「ディンベル……。西の大陸の南部にある国だね。その国の王子と知り合いとは……なかなか興味深い交友関係だよ」
などと言って返してくる篝。
「そこはまあ、色々あってな。……ところで、まだ予定の時間よりも大分早い気がするんだが……もう来たのか?」
「もう来たというか……調査のついでに来た、というべきかな」
「調査? ……ああ、霊具のか」
「その通りさ。この国では魔煌具だけじゃなくて霊具も多く使われているからね。街のあちこちで、一時的とはいえ、全ての霊具が同時に動作不良を起こした……なんていう、とんでもない事態が起きた以上、我々としては調査せざるを得ないわけだよ」
篝は俺の発言に対して頷いた後、そんな風に言いながら肩をすくめてみせる。
「まあもっとも……我々赤狼隊の者は皆、霊具の構造や扱いには長けているので、隊長自ら調査する必要性はあまりないのですが」
篝の横にいる幼女のような容姿――マムート族の女隊士が、篝の言葉を補足するかのうように、ため息混じりにそう言った。
身の丈よりも長い刀を腰に差しているが……あれ、振り回せる……のか?
「良いではないか。どうせ、この宿には最初から来る予定だったのだしね」
そう篝が言い放った所で、
『なるほど、昨日話していた赤狼隊の……』
というシャルの声が聞こえてきた。
更にそのまま、レンジとティアの声が続く。
『だが……今の声、どこかで聞いたような声がするな……』
『そう言われるとたしかにそうですねぇ』
『まあ……なんだ? もうどうせだし、そっちもスピーカーモードに切り替えたらどうだ?』
と、蓮司が言ってきた。
それもそうだな……と思い、俺は通信機を操作し、スピーカーモードへと切り替える。
これで篝たちにも、あちらの声が聞こえるはずだ。
『――さて……とりあえず名乗らせて貰うぜ。俺は傭兵団の長をしているレンジ・カドクラってぇモンだ。……アカツキの言い回しをするなら、門に倉、蓮の花の蓮に司るの司と書いて、門倉蓮司だ。蒼夜とは同郷の仲でな。その縁あって、グレン王子の護衛をさせてもらっている』
『私はシスティア・レティア・アルマティアと言いますねぇ。でも、長いんでティアだけで構わないですねぇ。というか、そう呼びやがってくださいねぇ。ちなみに元聖女の傭兵ですねぇ』
『あ、私はシャルロッテ。シャルロッテ・ヴァルトハイムよ。レンジと同じくグレン王子の護衛をしているわ。私も傭兵だった事はあるけど、今は討獣士よ。あとついでにソウヤの騎士ね』
蓮司たちがそれぞれ自己紹介する。……ティアが自分から元聖女というとは珍しいな。
「傭兵はともかく……騎士? ふむ、やはり蒼夜の交友関係は興味深いね」
なんて事を言ってこちらを見てくる篝。
おいこらシャル、余計な事を言うな、と心の中で突っ込む俺。
「おっとすまない、私の名は天宮篝――西の大陸や東の大陸での言い方に合わせるのなら、カガリ・アマミヤだね。赤狼隊の隊長をしている者だよ」
「――通信機越しで何ですが……お久しぶりです。蓮司さん、シャルロッテさん、システィア――ティアさん」
篝に続き、女隊士がそう言った。……お久しぶり? 知り合いなのか?
『あ、やっぱりミヅキ師匠だったんですね。なんだかそんな気はしていましたが』
『そうか! ミヅキか! 傭兵団を抜けた後、国に戻ったとは聞いていたが……なるほど、赤狼隊とやらに入っていたんだな』
『ええ、元気そうでなによりですねぇ。まあそんな気がしていたからこそ、あえて『元聖女の』と言ったんですけどねぇ』
シャルたちがそんな風に言う。
っていうか、シャルが気になる事を言っているな……師匠?
傭兵団を抜けた後と言っている事を考えると――
「えっと……師匠?」
『私が傭兵団に所属していた時に、私に霊力を用いた剣術と真幻術を教えてくれたのが、その人なのよ』
俺の疑問にシャルがそう答えてきた。
「え!? そうだったのか!?」
シャルの言葉に驚きつつも納得した俺は、ミヅキの方へと視線を向ける。
「刀の扱い――剣術自体は、既に蓮司さんが教えていた事もあって、傭兵として戦うには十分な状態になっていたのですが、霊力を用いた剣術となると、さっぱりと言って良い状態でしたからね。せっかく霊力を扱う事が出来るのに、それを扱わずに腐らせておくのは少々もったいないと思いまして……師を名乗るにはおこがましい程度の技量ではありますが、扱い方を――霊力を用いた剣術を教えさせていただきました」
俺の視線に気づいたのであろうミヅキが、そんな風に言ってきた。
それに対してシャルが、
『――なんてのは謙遜で、実際の所、ミヅキ師匠は自らの身の丈よりも長い刀を、霊力を使って軽々と振り回す技術を持っているし、抜刀術を連続で繰り出して瞬く間に敵の群れを斬り伏せせていったりも出来るし……と、その容姿に反してかなり強いわよ』
と、補足するかのように告げくる。
抜刀術――居合斬りを連続で繰り出すって事は、鞘から抜き放ちながら相手を斬って、即座に鞘に収めて……の動作を超高速で繰り返すって事だよなぁ……うーむ、なんだか凄そうだ。
……っていうかその前に、どうやってあの身体で鞘から抜き放つんだろうか……?
まあ……良くわからないが、シャルやロゼと同じように霊力を扱える人みたいだし、それを上手く使う感じだったりする……んだろう、多分。きっと。
てな事を割と真面目に考えていると、ミヅキは通信機に向かって、
「いえいえ、今ではあなたの方が強いと思いますよ? シャルロッテさん」
と言った後、俺の方へと向き直り、頭を下げて自己紹介をしてくる。
「――改めて、自己紹介をさせていただきますね。私はユイラミヅキといいます。あ、風峰さんもこちらの出身と伺っておりますので、この名乗り方をさせていただきました」
名字の方で呼ばれるのは、なかなかレアだな……
と、そんな風に思ったところで、ユイラという名字にふと引っかかりを覚えた。
えーっと……たしかユイラって……
俺は次元鞄に入れてあったメモ代わりの紙切れを取り出すと、
「名前の方で呼んで貰って構いませんよ、というか、皆そっちで呼んでいますし……。それにしても、『ユイラ』ですか……。もしかしてアカツキ文字ではこんな風に書く感じですか?」
と、そう言いながら『由比良』と漢字で書いてみる。――いや正確に言うと、漢字に相当するこの世界の文字……アカツキ文字だな。
俺は漢字で書いているつもりなんだが、自動的にアカツキ文字に変換されていたりする。どういう仕組なのかはさっぱりわからんが……
ディアーナに例の全ての言語云々って奴を施してもらったアリーセが、昨日、自分の書く文字にもそれが影響するって事を知って驚いていたっけな。
「あ、はい、その通りです。ちなみにですが、ミヅキの方はこう書きます」
頷き、そう答えながらミヅキは筆ペンのようなものを懐から取り出し、俺の持つ紙切れに『深月』と書いた。
――ふむ。由比良深月か。
「それにしても、よく知っていましたね。その文字を」
そんな風に言ってくる深月に対し、
「いえ、『由比良』はルクストリアの討獣士ギルドのカリンカや、サギリナ本部長の名字だったので……」
と、答える俺。
「なるほど、そういう事でしたか。実は、討獣士ギルドの本部長であるサギリナさんとは、種族が違いますが親戚なんですよ。何度もお会いしていますし」
なんて事を言ってくる深月。
『というか……師匠のその縁があったから、私や団長はサギリナと知り合いなのよ。討獣士ギルドに所属しようと思った時に、師匠には同行してもらったりもしたし』
通信機からシャルの補足するような声が聞こえてくる。
ああそういう事か……。なんとも複雑な関係性だな。
「――あの後、ルクストリアを中心に随分と無茶をやらかしていたそうですね。それはもう、本になるくらいに」
深月が、そう言って笑った。
『うっ……。ま、まあ……その……た、たしかにそうですね……』
シャルが少し言葉を詰まらせながら返してくる。
通信機の向こうで、バツの悪そうな表情をしていそうだな。
『む、昔話はこれくらいにして、今日の方針について話さないかしら?』
なんか話の流れを強引に変えてきたぞ……
まあ……その辺りの話は、俺や篝にとっては蚊帳の外みたいな話ではあるし、続けられても聞いているくらいしか出来ないから乗ってやるか。
「いいけど、こっちはまだ誰も揃ってないぞ……。っていうか、そっちもクーたちの声を聞いていないけど、いないのか?」
『ディンベル組の3人なら、緋天商会の会長と話をしている所よ。どこで掴んだのか知らないけど、向こうから『グレン王子と』話がしたいと言ってきてね。護衛の名目で来ている私たちは、さすがにその場に入るわけにもいかなくて、外で待機中なのよ』
なんて事を説明してくるシャル。
緋天商会、か……。まあ、ディンベルで色々やらかした連中だから、気になるな……
『ま、クーに盗聴用の魔煌具を持たせておいたし、なにかあれば速攻で踏み込むさ。あ、ちなみにその盗聴用の魔煌具は、竜の座の技術を使った特別性の超高性能な奴でな、この辺りで使われているような看破系の魔煌具や霊具くらいだったら、余裕で欺けっからバレる心配もねぇぜ』
『もっとも……聞こえてくる話を聞いている限りでは、ディンベルの支部がやらかした事は本部の預かり知らぬ所で勝手にやっていた事だというのを会長が主張して、どうにかディンベルに再度進出しようとしている……って感じの話――交渉を延々としていやがるだけですけどねぇ。特にヤバそうな雰囲気はなさそうですねぇ』
シャルに代わって、蓮司とティアがそう言ってくる。
看破魔法を欺くって……。しかも竜の座ときたか……
まあ、クーの安全を確保するためなら、そのくらいは必要不可欠か。
っと、それはそれとして――
「なるほどな。……本当に預かり知らぬ事だったとは思えないが、そこはグレンの判断に任せるとするか」
と、俺。
――鉄道網を拡大しようとしているディンベルとしては、他国の大きな商会との繋がりは持っておいた方が、色々と有用ではあるだろうからな。
無論、一長一短な所はあるが、さすがにそのくらいは心得ているだろうし。
『ま、どちらにしても今日の方針なんてものは、昨日決めた事からあまり変わらないですねぇ。そちらはナントカ山という所へ赴いて、こちらは街中で情報収集……。ああまあ、こちらは緋天商会次第という部分も少しありやがりますけどねぇ』
『情報収集ついでに龍脈の異常に関しても調査しておきたい所ではあるわね』
ティアとシャルがそんな風に言ってくる。
「ああ、それはたしかにやっておいた方がいいな。うーむ……俺も龍脈の異常に関しては気になるから、こっちでも可能な範囲で調査はしておきたい所だが……」
「ふむ……。龍脈の異常に関しては、我々――というか赤狼隊に任せてくれないかい? 無論、赤狼隊の調査で分かった事は君たちにも伝えよう。代わりに、そちらでなにか分かったら、こちらにも情報を共有して貰いたいのだが……良いだろうか?」
俺の言葉に続くようにして、篝がそんな提案を口にしてきた。
「もちろん構わないぞ」
『もちろん異論はないわ』
俺とシャルがほぼ同時にそう答える。
『息ピッタリですねぇ……。さすがはラ――』
ティアの言葉が、ラを最後にモガモガという音に変わった。
なんというか、ティアの口を抑えるシャルの姿が目に浮かぶな……
『と、とにかくそんな感じね。他になければ通信を切るわよ』
「あ、ああ、特にないな」
『それじゃ、また後でね』
そんな感じで、あちらとの通信が終了する。
……ティアは一体何を言おうとして阻止されたのやら……
そんな湧いてきた疑問に対してなんとなく首を傾げた所で、室長たちがやってきた。
「おや、篝ではないか。随分と早いのぅ」
と、最初に言葉を発したのはエステルだ。ま、もっともと言えばもっともな言葉だな。
しかし、それより気になるのは、その斜め後ろを歩くアリーセだったりする。
わずかにだが、陰りめいたものを感じるんだよなぁ……。やはり昨夜――あの後、何か朔耶からとんでもない話を聞かされたと考えてよさそうだな。
……気になる所だが、当の朔耶がその後ろにいる以上、アリーセにそれを聞くわけにはいかないし、一旦横に置いておくしかないな……
次の話からは、例の山(ミスミ山)の探索(調査)に入っていく予定です。
さて、その話――次回の更新ですが、来週の火曜日を予定しています。
追記:真幻術についての話を入れ忘れていたので、追加しました…… orz
プロットには書いてあったのですが、実際に今の形で書いている間に、完全に頭の中から抜け落ちてしまっていました……




