第49話[Dual Site] 青き湯に溶けたるは、異変と異常
久しぶりの2人視点の回です。
<Side:Souya>
「な、何故急に解除されたのでしょう!?」
アリーセが慌てた様子で、そう言ってくる。
温泉が濃い青色をしているお陰で、顔から下は何も見えないのが不幸中の幸いだな……
…………決して、残念などとは思っていないぞ?
って、誰に対して言い訳をしているんだ、俺は……
なんていうアホな事を心の中で呟きながら、俺は小部屋の方へと顔を向け、
「……雲って、あの小部屋を超えないと解除されないんだよな?」
と、朔耶とアリーセのふたりに、問いの言葉を投げかける。
「そ、そのはずだけど……」
「そう注意書きがしてありましたね」
ふたりのその言葉を聞き、俺は現在の状況から考えられる事を口にする。
「となると……あの雲を生み出す魔煌具だか霊具だかに異常が生じた……か? ああ、曇ガラスも同様と考えていいかもしれないな」
「宿の方でも異常を感知しているでしょうし、すぐに復旧するとは思いますが……どうしますか?」
アリーセが俺の方に顔を向け、そんな風に問いかけてきた。
……いや、どうしますかと言われても、今、湯船から動くわけには行かないと思うんだが……
「……まあ、待ってみるしかないだろう」
とだけ答える俺。
「そうだね、ちょっとばかし待っててみようか」
俺に同意するようにそう言ってくる朔耶。
そして、顎に手を当てると、そのまま言葉を続ける。
「――ところで、私が露天風呂に来た時、何か話しているようだったけど……何を話していたの?」
「え? あ! い、いえ、大した話はしていませんよ!? ただ、乳白色とか茶褐色の温泉も存在しているとか、サクヤさんと一緒に入った事があるとか、そんな話です。あ、あと、ソウヤさんがサクヤさんを妹のように見ているとか……」
アリーセが少し慌てた様子でそんな風に言う。
いや、その反応は怪しさ全開すぎだろ。朔耶に突っ込まれるな……
そう思ったのだが……
「あ、あー、なるほどねぇ……」
朔耶はそんな事を言いながら頷くだけだった。
……? なんか朔耶の反応が不自然だな……
普通ならもうちょっと突っ込みをいれたり、慌てたり、怒ったりしそうなものだが……
突然の事態に、実は内心では動揺していたりするんだろうか?
でも、温泉マニアな朔耶が、こんな事くらいでは動揺するとは思えないしなぁ……
うーん……わからん。
などと悩んでいると、急に大浴場と露天風呂とを隔てる窓ガラスが曇り始め、それに続くようにして、俺たちに纏わりついていた白い雲が復活した。
……この雲を生み出す術式、あの小部屋内にいる人間にだけ発揮されるのかと思っていたが……どうやら、この露天風呂全体に術式の効果が発動しているっぽいな。
まあ、こちらとしてはその方が助かるんだけど。
「あ、復活した」
「ええ。窓ガラスの方も曇りが入っていますね」
朔耶の言葉に頷き、そう言いながら窓ガラスの方を見るアリーセ。
「とりあえず、これで立ち上がっても大丈夫だね……」
俺は、ほっと一息つく朔耶と窓ガラスを交互に見ながら、思考を巡らせる。
ふむ……。どうやらあの窓ガラスにも何らか術式が用いられていて、それが正常に機能しなくなった事で、曇りがなくなっていたようだ。
しかし……そうなると、この俺たちに纏わりついている白い雲と窓ガラス、異常が発生して効果が消失するまでに時間差があったという事になるな……
この時間差は、一体なんなんだ……?
そう思ったものの、考えても特に答えが出るわけでもなく……
一応、宿の人に話を聞いてみるかと思い、
「さて、俺はそろそろ出るとするか」
と、ふたりに告げた。
「あれ? もう出るの?」
「いや、俺は朔耶やアリーセが来る前から入っていたから、『もう』ではないぞ」
「あー、たしかにそうだね」
「ああ、そういう事だ」
そんな会話をして、俺は湯船から出て大浴場へと戻る。
……途中、雲が消える小部屋に入った所で、ふと振り返ってみると、朔耶が何やら迷っているというか……これから意を決しようとしているというか……ともかく、そんな雰囲気を醸し出している表情をしていた。
うーむ……。さっきの反応といい、今の表情といい、どうも朔耶の様子がおかしいのが気になるが……俺が立ち去り、アリーセとふたりになった所でそんな顔を見せた事から考えると、俺が聞いても話してはくれないだろう。……朔耶はそういう奴だし。
……仕方がない。折を見てこっそりとアリーセに聞いてみるとするか――
◆
<Side:Sakuya>
ソー兄が露天風呂から完全に立ち去った事を確認した私は、アリーセの方を見る。
そして一呼吸置いてから、意を決して言葉を発した。
「――ねぇアリーセ、そう言えば……なんだけど」
「はい? どうかしましたか?」
小首を傾げてくるアリーセに、私は問う。
「アリーセって、ソー兄の事どう思っているの? 恋愛的な意味で」
「ふあっ!? き、き、急にどうしてそのような話に!?」
慌てふためきながらそう言ってくるアリーセに対し、私は頬を指で掻きつつ、
「いやぁ……その、先にごめんなさいしておくけど……実はさっき遊郭がどうとか言いだした辺りから、アリーセとソー兄の会話を聞いちゃってたりするんだよね……私」
と、告げた。
「そ、そそ、そうだったのですか……っ!? ぜ、全然気づきませんでした……っ!」
「そりゃまあ……気づかれないようにしてたからね。……こうやって」
私はアリーセに対してそう答えると、霊体の割合を引き上げ、先程と同じように温泉の暖かさも外気の冷たさも感じない状態に自身を変える。
「ゆ、ゆゆ、ゆ、幽霊っ!? サクヤさんのフリをした悪霊!? それとも憑依!? ど、どちらにしても、ターンアンデッドボト――あああっ! 服も次元鞄もないんでしたぁぁぁっ!?」
今までとはベクトルの違う動揺を見せるアリーセ。
っていうか、唐突に混乱し始めたって言うのが正しい気がするよ……
う、うーん……。ターンアンデッドボトルなんて持ち込む事すら出来ない温泉の中で良かったかもしれない……
服を着た状態だったら、今頃、ターンアンデッドボトルを使われてエラい事になっていた気がする。
……って、違うからっ! そんな事を冷静に考えている場合じゃないからっ! 私っ!
と、とりあえずアリーセを落ち着かせないとぉぉぉっ!
……
…………
………………
「――そうだったのですか……。それはその……なんと言えばいいのでしょう……。私自身はサクヤさんの肉体が擬似的であろうがなんだろうが、サクヤさんはサクヤさんなので気にしませんが」
ようやく落ち着いたアリーセが、湯船の縁石に腰掛けながらそう言ってくる。
「……えー。その割には、ターンアンデッドボトルで浄化しようとしていたよね……? もし持っていたら、確実に使っていたよね……?」
冗談半分でジトっとした目を向けながら、そんな突っ込みをいれると、
「うっ。す、すいません……。幽霊やそれに類するものに対してはどうしても、存在ごと消し去らなければならないという使命感めいた恐怖に駆られてしまうのです……」
なんて事を言ってくるアリーセ。
いやいや、使命感めいた恐怖って何……。もうわけがわからないよ……
「――まあいいや、今度から幽霊っぽい状態に私がなっていても、ターンアンデッドボトルを投げたりしないでよ?」
「だ、大丈夫です! そういうものであると理解していれば、幽霊だと思う事はありませんしっ!」
「ま、そこは信じるとして……話を戻すけど、アリーセって、ソー兄の事どう思っているの? 恋愛的な意味で」
私は再びそう問いかける。
「……ソウヤさんの事を好きなのは間違いないです。ただ……その『好き』が、英雄的な存在である事への憧れでの『好き』なのか、サクヤさんの言う恋愛的な意味での『好き』なのか、実の所、自分でもいまいち良くわかっていないんです」
「ええっ!?」
アリーセの発言に対し、私は大いに驚いた。
いや、だってねぇ……あんないかにもな事を口にしておきながら、そんな風に言ってくるだなんて、全く予想していなかったし……
「ですが……」
「ですが?」
「ソウヤさんに対する、サクヤさんやシャルロッテさんの言動を見ていると、なんだかモヤモヤチクチクするんですよね」
そう言いながら、胸に手を当てるアリーセ。
「えっと、その……それってさ――」
「はい。……以前読んだ物語の記述から、こういう状況を『嫉妬』だという事は理解しているので、それを踏まえると、恋愛的な意味での『好き』である気はするのですが……でも、やはりそれも英雄的な存在として羨望する相手ともっと話をしたい、もっと親密になりたいという事からくる『嫉妬』な気もしますし……」
アリーセが私の言葉を遮るようにして、そんな風に言ってくる。
ええ!? 嫉妬って所は理解しているのに、どうしてそういう取り方に!?
……アリーセって、なんていうかこう……ちょっとズレた鈍感さがあるよね……うん。
「……えっと、それさ……どっちも同じだと思うんだけど?」
少し呆れ気味にそう言うと「え?」と、心底理解出来てなさそうな反応を見せるアリーセ。
お、おーう……
「いやだって、ソー兄を英雄的な存在として見ていて、その英雄に対して、もっと親密になりたいと思うのって、恋愛的な意味で親密になりたいと思うのと大差なくない? っていうか、英雄であるソー兄――『ソウヤ・カザミネに対する恋』じゃない?」
と、そう告げる私。
英雄……つまり、ヒーローやスターに対するファンのような感じでの『好き』っていうのも、そりゃたしかにありえる話なんだけど、アリーセの話を聞いている感じだと、アリーセの場合は、どう考えてもコレなんだよねぇ……
「…………」
顎に手を当て、なにやら考え始めるアリーセ。
しばらく待っていると、アリーセが何かに気づいたかのような表情を見せた後、顔を赤くして両手を頬に当て、
「……い、言われてみるとたしかにそうかもしれません……っ」
なんて事を言ってきた。
ふぅ……どうにか自覚したみたいでなによりだよ。
……これで私も安心、というものだね。うんうん。
「――いえ、そうですね……認識しました。私はソウヤさんに恋心を抱いています。それはもう間違いありません。……ですが、その事を私に気づかせてしまって良かったのですか? サクヤさんもソウヤさんの事が好きなのでは? ライバルとなる人物は少ない方が良いのでは?」
「あー、いやまあ、そうなんだろうけど……。なんというか、その……私はまあ、幽霊ではないけど幽霊みたいなものでしょ? 最終的にはソー兄と一緒にはなれないかなぁ……って思うんだ」
アリーセの疑問に頭を掻きながらそう答えると、アリーセはなにやら盛大にため息をつき、
「……バカなんですか?」
と、言ってきた。
「ちょっ!? えっ!? えっ!?」
アリーセの今まで聞いた事もないセリフと、冷めた視線に驚く私。
「……私の好きな『英雄ソウヤ・カザミネ』は、その程度の事など気にもしないはずです。……私よりも長い時を共に歩んできたサクヤさん、貴方がそれを……そういう人である事を……知らないわけがありませんよね?」
「う……。そ、それは……」
アリーセの言葉に返す言葉が見つからずに詰まる私。
……ディンベルで私の事を――この身体の事をソー兄に打ち明けた時、ソー兄はたしかに気にもしていなかった。
むしろ、私が今のこの身体の事を気にするのなら、俺がどうにかしてやるみたいな勢いだった。実に頼もしいほどに。
でも……
「――今、『でも……』と、思っていませんか?」
「うぐっ!? な、なんで分かったのさ!?」
「……顔を見れば誰でも分かるというものです。……はぁ、サクヤさんは本当にどうしようもないバカですね。ダメダメですね」
「あ、あのアリーセ? なんだか、言葉遣いがいつもと違くない……? というか、やさぐれてる……?」
そういえば……アリーセは変なスイッチが入ると、文字通り人が変わるとかなんとかそんな事をロゼやソー兄が言っていたような気がするけど、もしかして今のこの状態が、それ?
「そんな事はどうでもいいです。サクヤさんのマヌケっぷりに比べたら、その程度は些末も些末というものです。サクヤさんの諦めの速さの方が大問題です」
と、そこまで言った所で一度言葉を切り、縁石から湯船へと戻るアリーセ。
そして、ザブザブと音を立て、私の方に歩み寄りながら
「――どうしても、その『でも……』の先を言いたいのなら、言っても構いませんが、まずは先にやれる事をやってはどうですか? もしくは、英雄ソウヤ・カザミネの力を信じて、話をしてみたらどうですか? シャルロッテさんの時のようにどうにか出来る可能性は十分にあるはずです」
と、まさに一気呵成という言い回しが似合うかのような勢いで、そう言ってくる。
「そ、それは……」
「――話す事が出来ない……という事ですか?」
「…………」
アリーセの問いに何も答えられず、無言になる私。
「……サクヤさん、貴方は一体何をそんなに心配しているのです? どうしてそうも簡単に、諦めたかのような事が言えるのです? 正直言って、サクヤさんらしくな――」
と、そこまで言ったところで、一瞬ハッとした表情を見せて言葉を切るアリーセ。
そして、こめかみに右手を当てながら、つとめて冷静な口調で、私に向かって問いの言葉を投げかけてくる。
「……もしや、なにかそうせざるを得ない、やんごとなき事情――『理由』があるのですか?」
――ああ、そこに考えが至っちゃったんだ……
……でもまあ……『私らしくない』……か。そうだね、たしかにその通りだね。
だから、私はアリーセに対して語る事にした。
『理由』を――
結局、余裕がなくて3章の登場人物紹介は書けませんでした…… orz
近い内に、なんとか時間を作って書きたいと思っています……
さて、今回はライトな展開からダークな展開へと急転しかけた所で話が切れていますが、次回は朔耶の話の続きではなく『翌朝』のシーンから始まります。
なので、朔耶がアリーセに何を話したのかは、またいずれ……という感じですね。
でも多分、それが判明するのは、そこまで遠くはないと思います(現在の想定では、ですが)
さて、その次回の更新ですが……金曜日に予定しています。
なかなか余裕が出来ないせいで、色々と申し訳ない限りです…… orz




