第48話 蒼陽閣・温泉に入ろう!
アリーセに早く追いかけたらどうかと言おうとした所で、蓮司からの通信が入った。
『おう、こっちは宿に入った所だが、そっちは大丈夫か?』
「ああ、こっちも宿にいるから問題ない。早速、情報交換といこうか」
蓮司の問いかけにそう答えると、「じゃあ俺から話すぜ」と蓮司が言い、先に今日の出来事について話し始める。
が、蓮司たちの方は、大して進展がなかったようで、話はすぐに終わった。
というわけで、今度は俺が話をする。……こっちは色々あったからなぁ。
……
…………
………………
「――とまあそんな感じだな、こっちは」
今日の出来事を一通り話してそう締めくくると、
『ふむ……なるほど、そんな事があったのか。……つーか、相変わらず色々と事件が起きるなぁ、お前のまわりでは』
俺の話を聞いていた蓮司が、そう言ってくる。
なんか、通信越しでも向こうで肩をすくめているのが感じ取れる口調だな、おい。
「……たしかにそうですね。まあ、今に始まった事ではありませんが」
「英雄というものは、何かしらの事件に巻き込まれやすいものですし、そこはもう仕方がありませんね」
室長とアリーセが蓮司の言葉に同調するようにそんな風に行った。
……む、むう……
残念だが、それに関しては否定のしようがないからなぁ……。俺が英雄かどうかはさておき。
ちなみに、朔耶もロゼもエステルも温泉に入りに行ったまま戻ってきていない――というか、通信が来る直前に入りに行ったばかりなので戻ってくるわけもなく、この場にいるのは俺と室長とアリーセの3人だけだ。
まあ……アリーセの場合は、単に行きそびれただけと言う方が正しい気がするが……
なんて事を考えていると、
『奇妙な害獣――キメラと思しき存在が現れるようになった山……か。たしかにそれは詳しく調べてみた方が良さそうな場所だな。なら、街での情報収集はこっちでやっておくぜ。こっちは今の所、有力な情報とかはないしな』
と、通信越しにそんな風に言ってくる蓮司。
『しかし……街中にゴロツキが巣食う区画が出来たっつー話は、こっちでも聞いたな。なんか接点でもあるんかねぇ?』
『たしかに、200キロ以上離れている都市の両方で、同じような区画があるというのは不自然なのです』
今度はグレンとクーの声が聞こえてきた。
「潰しても潰してもキリがないと奉行所――じゃなかった、辻番所で言っていた事も踏まえると、何かあると考えた方が良い気はするな……」
俺は少し考えた後、通信機に対してそう言った。
『だったら、こっちはそこも調べてみる?』
『そうですね……竜の御旗との関連性も考えられますし、その方が良いかもしれませんね』
『まあ、無関係であっても、街の清掃にはなるので問題ありませんねぇ』
シャル、アルチェム、ティアが通信機の向こう側でそんな事を言う。
っていうか、清掃って……
『――ま、そういうわけだ。俺たちの方でそっちも調べてみるから、そっちは山の調査に集中してくれていいぞ』
締めるように蓮司がそう告げてくる。
「わかった。それじゃあそっちは頼む。何かあったら連絡してくれ」
俺はそう答えて、それから二言三言言葉を交わしてから通信を切った。
「――当初の予定通り、明日は全員でミスミ山の調査で良さそうですね」
「ですね。あの3人にも伝えておきます」
室長の言葉に頷き、そう言うアリーセ。
「というわけで、私も遅ればせながら温泉の方に行ってきます」
と、アリーセが言った直後、
「――お話中失礼いたします。イルシュバーンからお越しのエクスクリス学院の皆様ですよね? お食事の用意がもう少しで出来ますので、皆様お揃いになりましたら、食事処の方までお越しください」
仲居さんっぽい服装のカヌーク族がやってきて、そんな風に告げて去っていった。
「ああ、そういえば準備してもらっていたんでした」
と、頭を掻きながら言う室長。
「はうぅー」
とかいう、アリーセらしからぬ声と共に、膝と手を床につけて項垂れるアリーセ。
そして、そんなアリーセの背中に向かって、
「ま、まあ……温泉は逃げないから……」
そんな慰めの言葉を投げかける俺。
というか、他に何か出来るわけでもないしなぁ……
◆
「うーん、青色の温泉って初めてだな。存在する事は知っていたけど……」
俺は温泉に浸かりながら、そんな事を呟く。
温泉がそこら中にある日本でも、青色の温泉は、たしかそんなになかったはずだ。
しかも、必ずその色になるとは限らない場所も多いらしい。
……とかなんとか、朔耶が前に言っていた気がする。
「――にしても、本当に誰もいないな。入ってくる気配も全然ないし」
周囲を見回しながら、そんな事をつい呟いてしまう俺。
まあ、脱衣所の気配まで感じ取れたりはしないので、『クレアボヤンスで覗いた限りでは』と言う方のが正しいのだが。
っと、まあそれはともかく……なんだかんだで結構遅い時間になってしまった事もあるのか、大浴場には俺以外誰もいなかったりする。
なんというか……まるで貸し切りにでもしたかのような気分になるなぁ。
などと、そんな事を考えつつ、ふと大浴場の窓ガラスから外の庭園を眺める俺。
「……ん?」
庭園かと思っていたが、良く見ると外にも温泉があった。
どうやら露天風呂になっているようだ。ただし、そちらにも人の気配はない。
まあ、せっかくだし行ってみるか。
……って、どっから出ればいいんだろうか……?
周囲を見回してみると、少し離れた場所にふたつの扉が連なっている透明な――といっても、下半分は板で覆われている――小部屋が見えた。
小部屋の扉はそれぞれ、外と大浴場につながっている。
なるほど、つまりあそこから出られるってわけか……
というわけで、そちらへ移動してみると、扉に『この小部屋に入ると、小部屋に組み込まれた術式が起動し、湯浴み着代わりとなる泡のような白い雲が、お客様に纏わりつく仕組みとなっております。なお、この白い雲は外から小部屋に入った時に自動的に解除されます』なんていう、見た事も聞いた事もないような文言が記されているプレートが取り付けられていた。
……上とかから見えても良いように、って事だろうか?
まあ……どういう代物なのか気になるし、試してみよう。
早速、俺は扉を開けて小部屋へと入る。
と、一瞬にして、白い雲が俺の腰まわりを中心に生み出され、それが腰蓑のような形状で固定されて纏わりつく。
指で突いてみると、普通にすり抜けた。
どうやら、この雲は文字通り小部屋に組み込まれた術式とやらによって生み出された、見えてはいけない部分を『隠すため』だけの物らしい。
……無駄に画期的というかなんというか……ある意味では、ファンタジー世界ならではの代物だと言えなくもないな……。まあ、この世界は既に中世ではないのだけれど。
なんて事を思いつつ、外へと出る。
「……若干、肌寒さを感じるな」
夜の冷気を感じ、そんな風に小さく呟く俺。
とはいえ、温泉に浸かってしまえば、このくらいは問題ないだろうという事で、足早に大小様々な岩に囲まれた湯船へと移動して、すぐに浸かる。
さっき中から見た通り、誰もいないのでこちらも貸し切り状た……い?
正面――要するに入ってきた方とは真逆の方からチャポンという足をお湯につける音がした。
そしてそれに続き、今度はお湯の中を歩く音が聞こえてくる。
ふむ……どうやら、出入口がもう1つあったみたいだな。
俺の後に大浴場へ入ってきた誰かが、そちらからやって来たのだろう。
と、そう思った所で、
「ソ、ソウヤさん!?」
という、聞き覚えのある声が聞こえた。
聞き覚えというか……思いっきり、アリーセの声だ。
……って、なんだとっ!?
弾かれるようにしてクルリと声のした方へ向き直る俺。
って、なんで向き直った!? 俺!?
俺の視界に、同じように白い雲を纏った――といっても、雲が覆っている面積は、俺よりも圧倒的に広い――アリーセの姿が入ってくる。
「ど、どうしてここに!?」
アリーセが驚きつつも、当然と言えば当然であろう問いの言葉を投げかけてくる。
「い、いや……どうしても言われても……。ふ、普通に向こうの扉から入ってきただけなんだが……」
唐突すぎた事もあり、しどろもどろになりながらそう答え、扉のある方を指さす俺。
「え? む、向こうの扉……ですか?」
「あ、ああ。……ん? んん? もしかしてそっち側って……」
俺は即座にクレアボヤンスを使い、アリーセが歩いて来た方を視る。
と、そこにあったのは『壁の色の違う大浴場』だった。
って、やっぱりそういう事かよ!
「ここ、男湯からも女湯からも繋がっているみたいだな……」
アリーセに対してそう説明する俺。
「あ……。な、なるほど……そういう事でしたか……」
納得するアリーセに対して俺は、
「まあ、俺は男湯に戻るからアリーセはゆっくり入っていていいぞ」
と言って立ち去――
「い、いえ、別にお気になさらずっ! この術式で生成された雲があるので、あまり気にはなりませんしっ!」
声を大にして勢いよく言ってくるアリーセ。
「そ、そう、か? まあ、アリーセがいいなら俺は別にいいが……」
「何も問題ありませ――へくちっ!」
アリーセが小さくクシャミをする。
「……とりあえず、きっちりと湯に浸かった方がいいぞ。若干肌寒さを感じるしな」
そう俺が告げると、アリーセは顔を赤らめながら「そうします……」と答えて、その場に座った。
「はふぅ、良いお湯ですね……」
何やら幸せそうな表情でそんな風に言ってくるアリーセ。
……じっとその顔を見ていると色々と危険なので、適当に話を繋げる事にする。
「ああ、そうだな。さすがは温泉って感じだ。それに青色というのも珍しいし……。乳白色とか茶褐色とかは何度か見た事があるんけどな」
「乳白色? 茶褐色? そんな色の温泉あるんですか? 私が知っているのは、黒色か透明な物ですが……」
「ああ。前に朔耶に巻き込まれる形で連れて行かれたからな。……どうしてそういう色になるのかはよく知らんから、気になるのであれば、朔耶に聞いてみるといいと思う」
「サクヤさん……に巻き込まれて……?」
俺の言葉にアリーセはそう呟くように言って、そのまま俯いた。
いや、下を向いて何かを考えている……のか?
と、思っていると何やら顔を赤くしつつ、
「――あ、あの、サクヤさんとは一緒にこうやって温泉に入った事が何度もあるのですか!?」
なんて事を問いかけてきた。
って……うえっ!?
俺のあの言葉でそんな反応を――そんな問いかけをしてくるとは思わなかったぞ……っ!?
まあなんというか……凄くわかりやすい展開だったのではないかと思います!(何)
そんなこんなで、温泉シーンは次回に続きます。
その次回に関する話なのですが……来週は、ほぼ執筆する時間が取れない予定の為、1話分はなんとかなりそうではありますが、2話分はちょっと厳しいです…… orz
その為、来週は火曜日ではなく、その次の『水曜日』の1度だけの更新を予定しています。
週の更新数が少なくなってしまっていて申し訳ありません……っ!
(ただ、もしかしたらその来週の週末辺りに、ずっと放置されたままの『3章の登場人物紹介』を書いて載せるかもしれません)
再来週は火と金の更新に戻りますので、引き続きよろしくお願いします!
(本当は、火木土の3回更新に戻したいのですが、まだ少し難しい状況です……)




