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サイキッカーの異世界調査録(サーベイレコード)  作者: TOMA
第1部 異世界グラスティアの異変 第4章 竜の座編
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第41話 モノノフ少女と魔獣

 ――乗り場の管理事務所のお偉いさんに快諾された俺たちは、魔獣の出現した地点まで船で移動していた。

 と、そこへ通信が入る。

 

『どうやら、少し前にひとりの少女――モノノフも出現地点へ向かったそうだ』

「モノノフ……ですか? 討獣士とかではなく?」

『ああ、討獣士登録のされていない少女だそうだ。種族は……ヒュノスかエルランかディアルフ辺りだそうだ』

「それは……なんとも信じがたい話ですね」

『うむ。少女というだけでも信じられぬ話だが、なんでもその少女は魔獣を討ってくると言って、湖の上――水上を走っていったそうだ』

「そ、それはまたとんでもない話ですね……」


 俺たちを乗せた船を操縦するドラグ族の若い男性が、通信でそんな事を話すのが聞こえてきた。

 

「水の上を走る……さすがにロゼでも無理ですね。それにロゼは討獣士登録をしていますし。――ロゼではなさそうですね」

 アリーセが、なぜか即座にロゼの名を口にした。それも3回も。

 いやまあ、ロゼならやりかねないなーと俺も思ったけど……

 

「水上歩行……。ふーむ、どこかで聞いた気がするのじゃが……思い出せんのぅ……」

 そのアリーセの横で、頭を捻って何かを思い出そうとするエステル。

 

「ま、行けばわかるだろ。……ところで、ツインヘッドボアクリーバーってのはどんな魔獣だ?」

「簡単に言うと、翼の生えた巨大な2つ首のワニ……といった所でしょうか……? 船底に穴を空ける程の威力を持つ水鉄砲を放ってくるのと、魚を引き千切るどころか、触れただけで引き裂いてしまう程の牙を持つのが特徴です」

「なるほど、それでボアクリーバー……穿ち引き裂くもの、か」

 アリーセの説明を聞き、そう呟くように口にした所で、エステルが、

「しかし……お主が古代の言語である魔獣の名をさらっと訳すのは、あの者の力であったのじゃな」

 なんて事を言ってくる。

 

 ……ああそうか、魔獣の名前って俺には普通に英語な感じで聞こえるが、エステルたちにとっては、古代の言語――意味はある程度わかるくらい――なんだっけな、そういや。

 まあ、言語によって『英語』として聞こえたり、『ドイツ語』として聞こえたり、『ラテン語』として聞こえたりと、変換される先となる言語の基準が未だに良くわからないんだけどな……

 しかも、『アージェンタム』みたいに、この世界で使われている言葉がそのまま地球の言葉と同じ場合もあったりするから、最早この世界の言語がどうなっているのか謎だ……

 もっとも……それに関しては、室長が使っていた事で一般化した『チート』のように、過去に地球から来た人間がいて、その人物が使っていた事で一般化したっていう可能性もあるんだが。

 

 それはそれとして……というわけで、俺はエステルの方を見て答える。

「あまり意識していないと、普通の言葉に見えたり聞こえたりするからなぁ……」


「ううむ……利点欠点一長一短じゃが、妾も欲しい所じゃのぅ」

「言えばやってくれると思うが……朔耶曰く、と・て・も、痛いらしい。のたうち回っていたし」

 朔耶がクーに対して、たびたび『とても』を強調して話していたので、敢えてそんな風に言ってみた。

 でも、俺自身は良くわからないんだよなぁ……。何しろその直前に、死にかける程の負傷をして意識なんてなかったし。


「そ、そんな風に言われると、なんだか急に欲しくなくなってきたわい……」

 なんて言って身震いするエステル。

 

 クーがローディアス大陸――ルナルガントからベアステートへ来る前に、するかどうか言われたけど、ルナルガントで朔耶にそんな事を言われ続けたから辞退した、という話をしていたのをふと思い出し、

「クーも朔耶にそう言われてやめたらしいしなぁ……」

 と、そんな風に言葉を返す俺。

 

 しかしその直後、

「あ、ちなみに私はやりました」

 などと、さらっと告げてくるアリーセ。

 

「なんじゃと!?」

「いつの間に……」

「ソウヤさんと別行動をしている時に頼んでやって貰ったんですが、たしかに恐ろしい程の激痛でしたね。私の作った鎮痛薬程度では、飲んで3秒くらいで効果が切れてしまうので、ひたすら飲み続けましたよ……」

 俺たちの驚きに対して、そう言ってくるアリーセ。

 

 ……いや、アリーセの作った薬で3秒しか効かないって、それ、普通の鎮痛薬じゃほぼ無意味だって事じゃ……

 

「そこでまさかのガブ飲み戦法とはのぅ……」

「なんです? そのガブ飲み戦法というのは」

「ああ、妾も良くは知らぬのじゃが、回復薬をひたすら飲みながら、被弾上等で殴り合う戦法じゃとかコウの奴が言っておったぞい」

 エステルが、アリーセの疑問にそんな風に答える。


 ゲームで、攻撃の回避や防御が困難な相手や、他の回復手段――回復系の魔法やスキルとか――だけでは回復が追いつかない相手に対して、大量の回復アイテムを湯水の如く使いながら戦闘し続ける方法だな……。まあ、一種のゴリ押しだ。

 無論、室長がその言葉――スラングを知っている事に関しては別におかしな話ではない。

 なにしろ、かなり古い時代のオンラインゲームとかもプレイしているからなぁ、室長って。

 

 なんて事を思っていると、アリーセが、

「なるほど、納得です。しかし……それをやるには、魔石を使わない薬、かつ即効性のある物じゃないと駄目ですね……。うーん……なかなか難しいですが、うまくやればそういう薬が作れそうな気も……。そう、例えば――」

 と、そんな風に言葉を紡ぎ、あれこれブツブツと小声で呟きながら思案し始める。 

 ……な、なんだか本当に作ってしまいそうな気がするぞ……

 

 だがしかし、そのアリーセの思案はすぐに中断される事となった。

 なぜなら、凄まじい水しぶきが上がり、それに伴う激しい音が響き渡ったからだ。


「な、なんじゃ!? 攻撃か!?」

 エステルが慌てて周囲を見回す。

 攻撃は攻撃だったが、こちらが標的とされているわけではなかった。


 攻撃の標的は、水上を走り回りながら戦う少女だ。

 そう、先程の水しぶきと音は、その少女が少し前まで立って場所で発生した物だったのだ。

 先程、ヒュノスかエルランかディアルフか……と言っていたが、少女の種族はというと……うーん、クレアボヤンスで見た限りでは、おそらくヒュノス族だな。角とか長い耳とかないし。

 

「ほ、本当に水の上を走っていますね……」

「ああ……まるで忍者だ。どうやっているのかさっぱりわからないが、あれが出来たら便利そうだな……」

 驚くアリーセの声を聞きながら、そんな事を呟く俺。

 

「しかもあの娘、かなり強いぞい。既に彼奴の首を1つ斬り落としておるようじゃしのぅ。ほれ」

 エステルが指さしながらそう言ってきた通り、ツインヘッド・ボアクリーバーの2つの首の1つには、頭がなかった。

 代わりにそこから黒い靄――瘴気が勢いよく放出されている。

 

 俺たちが自身の目でそれを確認した直後、ボアクリーバーの口から、船に当たれば簡単に穴が空きそうな程に超高圧な水鉄砲が、少女めがけて勢いよく放たれた。


 だが、少女はそれを最小限の動きで回避し、ボアクリーバーへと接近。

 その左右の手に持つ、鎌の刃が外側に付いた状態で手元の方に向かって伸びているかのような、そんな独特な形状をした斧で、ボアクリーバーの胴体を引き裂いた。

 

「ギャギィィィッ!」

 叫び声を上げながら水中へと潜るボアクリーバー。

 

 少女は左右の手を近づけ、斧の石突き部分をくっつける。

 と、次の瞬間、刃と柄が変形。先端が鋭く尖った三角形の刃にグリップがついたような形状となった。

 

「大型のジャマダハル……に、変形した、じゃと?」

 エステルが驚きの表情でそれを見つめながら呟く。

 

 ああそうか、たしかに剣の刃が取り付けられた格闘武器――ジャマダハルに似ているな、あれ。

 まあもっとも、ジャマダハルは片手で持つ物なのに対して、こちらは両手で持っているという違いはあるけど。


 などという事を考えていると、少女が刃の先端を水面へと向けると、そのまま勢いよく叩きつけた。

 次の瞬間、刃の先端から水中へ向かって、結晶のようなものが物凄い速度で――まるで、氷柱や鍾乳石が成長するかの如き勢いで伸びていき、ボアクリーバーの背中に突き刺さる。

 

 うーん……シャルが以前使っていた真幻術とかいうのに似ているな……あの結晶。

 ちなみに、最近まったく使っていないのは、そんな術を使っているよりも斬った方が早いくらいに、今は強くなっているからだとかなんとか言っていたが……

 

 ふとそんな事を思っている間にも、貫かれたボアクリーバーからは大量の瘴気が放出され、それによって周囲の水が黒く染まっていく。

 

 直後、少女は気合の掛け声と共に、突き刺したままのそれを上に振るい、釣り竿で魚を釣り上げるかの如く、ボアクリーバーを水中から強引に引き上げ、そのまま空中へと放り捨てた。

 

 水中からいきなり空中へと飛ばされたボアクリーバーは、混乱しつつも水鉄砲を乱射するも、少女にはまったく当たらない。

 少女は手に持ったジャマダハルもどきの武器を再度分離――独特な形状をした2つの斧へと変化させると、勢いよくそれを投げつけた。

 

 2つの斧が、吸い込まれるようにしてボアクリーバーの身体めがけて、回転しながら一直線に飛んでいき……鱗を引き裂き、食い込んで止まった。

 

「ガギィィィィィッ!」

 身を捩らせながら湖へと落下してくるボアクリーバー。

 

 それを確認するやいなや、少女は水上を滑走し、ボアクリーバーに接近。

 ギリギリまで近づいた所で跳躍し、食い込んでいる2つの斧を強引に引き抜くと、今度は即座にX字に斬りつけた。

 

 ボアクリーバーは、その一撃によって勢いよく斜めに弾き飛ばされ、なすすべもなく水面へと激突する。

 だが、そこで沈みはせず、水切り、あるいは石切りと呼ばれる、投げた石を水面で跳ねさせる遊びの如く、水面を何度も跳ねながら、大量の瘴気を撒き散らしつつ吹き飛んでいくボアクリーバー。

 そして5度目の跳ねの直後、一際激しく瘴気が放射され、そのまま空中で霧散した。

 同時に弾け飛ぶように放出された魔石が、そのまま湖に沈――

 

 ――ませるのはもったいないので、サイコキネシスとアポートを使って回収しておく。

 

「なんというか、実に一方的な戦いでしたね」

「お主らが戦闘しても同じく一方的だったと思うぞい」

 アリーセの感想にそう告げるエステル。……たしかにそうかもしれないな。

 

「むしろ、ソウヤさんなら一撃で消し飛ばしていた気がしますね」

 なぜか自慢気な表情でそんな風に言うアリーセ。


 それに対して、俺は肩をすくめながら答える。

「いやまあ……融合魔法を使えばそうかもしれないが、あんな物、周囲に何もない所か、壊しても大丈夫な物しかない所でしか撃てないから、一撃であいつを消し飛ばすのはさすがに無理だったと思うぞ……」


 融合魔法は射程も火力も段違いだから、湖と言ってもそこまで対岸までの距離があるわけではないこの場所では、下手に撃ったら湖畔の家屋を吹き飛ばしかねない。

 もし撃つのなら、さっき少女がやったように、まずあいつを空中に浮かせた上で、なるべく下から撃たないと駄目だからな。その時点で一撃ではない。

 

 などという事を話していると……

 

「――ん? もしかして貴殿らは、今の魔獣を討伐しにきた討獣士であるか?」

 少女が俺たちに気づき、そんな風に問いかけてきたのだった――

ツインヘッド・ボアクリーバーって、字面からすると、なんとなくイノシシ感がありますね……

※注:文中にも訳が出ていますが、この『ボア』はイノシシの方の『ボア』ではありません。


さて、今週は少々立て込んでいる為、次回は10月2日金曜日の更新を予定しています。

また、その次は来週の火曜日を予定しています。

ここの所、頻繁に更新数が減ってしまっていて申し訳ないです…… orz

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